第241話 決戦の機運
「治療させてください。」
「おお、すまねぇな。これからガーディアン村へ戻るか、この先の集落で力を蓄えるか決まってなくて治療する魔力もケチってたんだよ。」と言って笑った。
俺はまず怪我をして血を流したまま座っている4人組の冒険者たちの傷口を水で洗い流した。しみると思うけど、誰も痛そうな素振りは一切見せなかった。俺は膝に触れるとヒールで治療した。
治療しながら聞かせて貰った話を整理すると、冬の肉は高く売れるから大型パーティを組んでオーク狩りに出たそうだ。冬時期のオークは丸々と太っているらしい。
でも想定を遥かに超える数のオークと遭遇し、それらが一斉に突進してきたので、盾役も抑えきることができなかった。そしてそのまま防衛ラインを突破されると、その後ろに控えていた剣士も分散させられてしまい効果的な攻撃ができなかった。そして数に勝るオークたちはそのまま魔術師たちの魔術攻撃にもひるまず突破してきたので、力の弱い支援職が狙われることになり、パーティはそのまま総崩れとなって、ここまで逃げてきたそうだ。早めの撤退判断で怪我人は出たものの死者はいないらしい。
オークの数は混乱の中では把握できない程に多かったようだ。冒険者たちも15人くらいはいる。そうするとその倍ってことは無いよな。3倍とか4倍とか思っていた方が良いのかもしれない。でも数は多くてもティアの炎で壁を作って方向を限定してから俺の石弾で撃ち落とせる気がする。
「……というやり方でどうだろう?」
「甘いわね。思った通りにいかなかった場合の想定が必要よ。もし私の炎を突破してきたら?」
「ティアの炎を突破なんて……。」
「だから甘いって言ってるの。想定より多くのオークがいてあんたの石っころをかいくぐったら?」
ダメ出しをされた。でも確かに想定外は今ここにいる冒険者たちに起きたばかりだ。もし周囲を囲むように襲ってきたら?もし撃ち漏らしたら?もし木の上から飛び降りてきたら?確かに咄嗟の行動が取れるほどの実戦経験がある訳では無い。
俺がもう一度頭を整理して作戦を自分なりに練り始めると、「治ったー!」と言うシュリの声が聞こえ、そのまま後ろに寝転んでいた。
キャシーは冒険者たちに肩を借りながら立ち上がったが、すぐに座り込んでしまった。あれだけ血を流したんだから貧血だろうと思う。栄養あるものを食べてゆっくりするしかないんじゃないかなぁ。
それから冒険者たちも含めてパンと肉で一緒に食事をした。
キャシーが一度は要らないと断っていたが、みんなに諭されて時間をかけて少しずつだったけど頑張って食べていた。
「ねぇねぇ、こういうのって治せないの?」
「多分だけど、血が抜けすぎてるからだと思うんだ。」
「ああ、そっか。血よ増えろ〜ってヒールをすれば良いのかな?」
「試してみる価値はあると思うな。」
シュリの表情がパッと明るくなり、すぐにキャシーの元に駆け寄って一言二言話してからまた治療を始めていた。
食事が終わるとすぐに出発となったが、まだ歩くことも苦労するキャシーと、その付き添いでシュリとリーサ、それからホビーが馬車での移動となった。そしてその場にいた冒険者たち全員が一緒に来た道を戻り、オークと対峙することになった。
俺は全身をヒールでひたひたに満たし、その上で身体強化も最大限にかけた。これでいつ魔獣に遭遇しても大丈夫だ。しかしこの状態で魔獣探知をしてもオークらしき魔獣は網にかかってこない。
「よし、戦える者は一緒に行くぞ。ここから先は儂が指揮権を持つ。」
「勿論です!剣聖様がいて負ける訳がねぇ。このまま手ぶらでクリソプレーズに帰る訳にはいかねぇしな!お前らもいいな!?」
「おう!」
冒険者のリーダーが勇んで街道に出ると「うおっ!?魔獣だ!構えろ!」とベルとサブルの親子に腰を抜かすほど驚いて剣を構えた。
「すまん。こやつらはここにいるコーヅ殿の従魔でな。強力な味方じゃ。」
「従……魔……?」
冒険者たちはその事実をまだ受け入れられていない様子でサーベルタイガーの親子と俺を交互に見ていた。俺がベルの毛並みが良く柔らかな背中を撫でると納得はしてくれたけど、冒険者たちと俺との距離が微妙に広がった気がする。
そして馬車が走り出した。ゆっくりでも走り出してしまうと俺は途端に魔獣探知の範囲が狭くなってしまう。今はオルデンブルクが一番索敵範囲が広い。もしかするとベルの方が広いのかもしれないけど。
緊張に包まれた集団が街道を南へと進んでいく。しかしいくら進めどもオークの気配は一切無い。そして冒険者たちとオークが遭遇した場所の近くまで何事も無く着いてしまった。
オルデンブルクが一団を止めた。
「どっちに向かったんじゃろうの?」
オルデンブルクが俺たちにはここで待つように言って冒険者とその場所に向かうために街道から中に入っていった。
「ねぇ、分かる?」
『ワカルワヨ。マッスグアッチノホウネ。』
ベルが見据える先は街道の進行方向だ。冒険者を探して進んだ訳ではなさそうだ。何を狙ってるんだろう?……それとも何も考えずに突進を続けただけなのかな?
「どっちって?」
「うん、このまま真っすぐだって。」
「えっ!?それって……。」
「どうしたの?」
「だって街道を真っすぐ進んだら村があるじゃない。」
「確かに!」
村の方へ向かっているのなら急がないといけない。しかしオルデンブルクたちはなかなか戻ってこない。
「ねぇ、迎えに行った方が良くない?」
「駄目よ。お互いに意思疎通が取れていない時に行動を変えるのは危険なの。」
……確かにそうかもしれない。通信手段が無いってのは本当に不便だ。
俺はオルデンブルクたちが消えていった森をジッと見つめていた。しかし本当に帰ってこない。待ち切れずにイライラが募っていく。
「やっぱり……。」
「駄目だってば。オルデンブルク様の指揮下に入るってことはそういう事なの。」
「コーヅ殿、こういうところではどっしりと構えてください。」
何か言おうものならすぐに反論されてしまう。俺は諦めて大人しくオルデンブルクを待つことにした。
それにしても待っているだけの時間はとても長く感じる。耳を澄まし森の中の音を聞くが鳥の声や葉の擦れ合う音、そしてイザベラの寝息くらいしか聞こえてこない。イザベラはベルに寄りかかって一緒になって眠っている。俺もそのくらいの心の余裕が欲しい。
俺が何度も痺れを切らした後にやっとオルデンブルクたちが森の中から戻ってきた。
「奴らの巣が空じゃった。」
「どういうことですか?」
「何らかの理由で住処を変えることにしたんじゃろう。」と言うオルデンブルクは釈然としない様子だった。
「まさか!?」
「どうした?」
「街道の先の方へオークたちが向かっているらしいんです。」
「ガーディアン村か!?」
「あそこなら簡単には落ちないと思うが、巣を空にして向かったということは相当な数になるはずじゃな。急ぐか。」
俺たちはキャシーの負担を考えて少しだけ行軍の速度を上げて街道を南下していった。しかしこの速度ではオークたちに追い付くことができず野営をする広場に着いてしまった。
「よし、今夜はここで過ごして日の出と共に出発じゃ。」
「はい!」
俺たちは火を起こすと空間収納袋から食事を取り出した。そしてキャシーは相変わらず顔色が悪くてぼんやりとしているが受け答えは大分はっきりしてきた。そして一緒に火を囲むように座って食事をした。
「熱っ!でもこりゃ旨い。」
「本当だ。何だよ、この旨さは。」
出汁が入ったスープを温めるなおして冒険者たちに配ると、口の中を火傷しそうになりながら勢い良く冷えた体に流し込んでいた。
「ハッハッハ!旨かろう。しっかり食って明日に備えよ。」
冒険者たちは何度もおかわりをしていた。キャシーも温かなスープは「美味しい……。」と呟いておかわりをしていた。
そして皆が腹一杯になると冷える地面に横になって眠りについた。そしてキャシーの近くにはエアコンを置き、体を温めるようにした。
「これはいいな。」
冒険者たちもキャシーのおこぼれに預かろうとエアコン近くで横になった。そこへベルものっそりと近づいて来て丸くなった。そこへホビーとサブルも飛び込んで眠りについた。
「お、おお……。」
冒険者たちは言葉にならない声をあげた。しかし冒険者としてはここで逃げ出す訳にはいかないのだろう。しばらく気になって寝付けないようでゴソゴソとしていた。
「コーヅくん、起きて。」
今夜の焚き火の番は明け方、最後の番になる。冒険者のクロウとダッフルと一緒の番だ。
「ふわぁぁぁ……。」
身体強化やヒールを駆使しても旅の疲れは少しずつ蓄積していく。体にダルさが残っている。俺は伸びをしてから首をコキコキと鳴らした。
「なぁ、あんた。オークの群れは半端ねぇぜ。勝てると思うか?」
クロウが薪をくべながら話しかけてきた。炎に揺れる表情からは恐怖の色が見えた。それはそうだろう。今日、死にかけたばかりなんだから。
「このメンバーなら戦い方を間違えなければ大丈夫と思ってます。」
「そうか……。」
気休めにでもなっただろうか?炎に揺れる表情からはどのように受け止めたかは計り知ることはできなかった。
「大丈夫という根拠はどのようなものでしょう?」
ダッフルが質問を重ねてきた。
「それは相手が多勢ということを知っていること。それに剣聖様と爆……S級のティアがいるんだよ。それからサーベルタイガーのベルだって。」
俺はティアの方を見たがスヤスヤと寝ているようだ。
「あの爆炎のティアさんですか!?」
ダッフルが大声で反応した。
「しーー。」
俺は慌ててなだめると、ダッフルも慌てて口を押さえた。そしてクロウとダッフルを近くに呼び寄せて小声で説明した。
「ティアをその二つ名で呼ぶと本っっっ気で怒って手がつけられなくなるから、気をつけてくださいね。」
相手を殺すんじゃないかと心配になる程に怒るシーンを何度も見てきたし。
「はい、分かりました。」
「それにしてもその2人と1匹なら確かに心強いな。安心したよ。」というクロウの表情が緩んだ。
やがて東の木々の上から朝陽が差し込んできた。夜明けだ。
「おはようございます!起きてください。朝です。」
「もう食べられないよ、コーヅさん。ムニャ……。」
イザベラだけが起きてこないが、それは放っておいてそれぞれが支度を始めた。こんな時でもオルデンブルクは上半身裸になって素振りを始めた。そしてそれに感化されたホビーだけでなく、冒険者たちも一緒になって素振りを始めた。
「決戦の機運が高まってきたな!」
「はい!」
オルデンブルクは冒険者たちと稽古しながら熱く語らい合っていた。




