第238話 意思表示
俺は近くに落ちていた枯れ枝を拾い上げると、腰ベルトからナイフを抜いて枝を切り落として使いやすい長さに成形した。一方でイザベラは近くの枝を拾うと、乱雑に放り投げて集めていた。
「もう少し丁寧に集めたら?」
「焚き火番は暇なんだよ。少しやることがあった方が良いの。」
俺は俺のやり方、イザベラはイザベラのやり方で枯れ枝を集めていった。そしてイザベラは抱えきれないほどの枝を何往復もしながら運んでいた。俺は自分の集めた枝に加えてイザベラの未成形の枝を抱えた。
「またー、イザベラちゃん?」とシュリに注意されていた。
「夜、やるからさ。」と言うと焚き火の脇にドサッと置いた。
「そんなことを言って、いつもやらないじゃない。」
そんなやり取りを聞いて俺は火の近くにあぐらをかいて座った。そしてイザベラの集めた枯れ枝を成形して落ちた枝を火に焚べた。
水気を含んだ枝がパチパチと火の粉を飛ばしながら燃えて、その熱が顔を温めてくる。気付くとホビーも隣で枝を切り落として火に焚べていて、サーベルタイガーの親子はいつの間にか狩ってきた魔獣や動物を俺の後ろで食い散らかしていた。プーンと血の匂いが漂ってくる。あまり嗅ぎたくない臭いなんだけど。
「折角だからさ、狩ってきた獣の皮を剥いでから食べてもらってもいい?」
「売るの?」
「お金が欲しい訳じゃないけど、立ち寄った村とかに置いてこれたらって思って。」
確かにちょっとした資産だよな。俺はベルに皮を剥がさせて欲しい話をした。
『ソノホウガ、タベヤスイワ。』と言って狩ってきた獲物の小山に目をやった。するとリーサやシュリはその獲物の中から毛皮が取れそうな角うさぎや三尾の狐を引っ張り出すとナイフを使って獣の皮を剥いでいった。
「上手ね。」
「昔は角うさぎの皮を剥ぐ仕事もしてたんです。」
角うさぎの後ろ足に切れ込みをいれるとそこからスルスルと皮を剥いでいく、シュリはとても手際よく頭の方まで綺麗に丁寧に剥いでいった。
『カワガナイト、タベヤスイ!』
子供の方が喜んで角うさぎの肉にかぶりついていた。
そして人の夕食はいつものように空間収納袋から取り出したものを食べるだけだ。今日もパンと焼肉、野菜炒めだ。その焼肉を食べていると、サブルがあぐらをかいている膝の上に乗ってきて、肉に鼻を近付けてきてクンクンと嗅いできた。
「食べたでしょ?」
『ボク、ソダチザカリ。』
「仕方ないなぁ。」と言ったと思ったらフォークから肉が無くなっていた。
『オイシイ!モット。』
サブルもベルのサイズ……もしくは雄の分もっと大きくなるのかもしれない。それを思えば仕方ないのかもしれないな。自分の皿に載っている肉を全てサブルに与えた。そして「野菜は?」とフォークに刺して聞くと、プイッと膝からいなくなった。勝手気ままな猫はこんなもんだろう。
俺はパンを肉汁に浸して、残った野菜炒めと食べた。
「それじゃ足りないでしょ?」
リーサはそう言うと皿から3切れの肉を移してくれた。
「それじゃリーサさんが足りないでしょ。」
「年頃の女子はこれで良いのよ。」と言って微笑んだ。
それがどういう気持ちなのかは分からなかったが、素直に礼を言って貰っておいた。
「さて、食べたら動かねばな。」
そう言うとオルデンブルクは立ち上がると、森の中に入っていった。そして手頃な太さの木を見つけると、剣を抜いて掛け声と共に根元から斬った。そしてそれを担いで森から出てきた。
「これで薪を作って次の者たちへ」
俺はその木から太い枝を掴むと身体強化を加えて折った。
「違う。剣を使って斬るのじゃ。」
やはりベースにはトレーニングがあった。オルデンブルクは俺の横に立つと剣を構えてシュッと振り抜くと太い枝が綺麗に根元からバサッと音を立てて落ちた。
俺もショートソードを抜くと枝の根元を狙って振った。しかしオルデンブルクほどの精度が無く15cmくらい残してしまった。
「この精度が大事なんじゃ。」と言うと剣を薙ぎ払って根本から斬り落とした。
うーん、当たり前だし比べる相手ではないけど、違いが大きいな。精度もだけど、切り口の滑らかさという質も違う。
これも繰り返しだよな。一本丸々あるわけだし、練習しないといけないよな。
俺は剣を構えて枝を落とす、ということを繰り返した。1本分枝打ちをやっただけでは大した成長がある訳ではない。
「あとは儂に任せろ。」
枝が無くなった木を担いで離れていき、上空に放り投げた。そして一緒に飛び上がると、目にも留まらない速さで剣を振るった。するとバラバラと薪っぽい形になった木が降ってきた。
うわっ……。漫画で見るやつだ。すげー。
それを警護の人たちが集めて回り山積みにした。さすが1本の木からは相当な量取れる。それに枝も良いサイズに切って同じように集めておいた。これが乾燥すれば立派な薪になるが、それは1年も2年もかかるらしい。
そして余った葉っぱやら小枝は気にせず火にくべていった。するとバチバチッという音を立てて白い煙がもうもうと立ち上った。
ゲホッゴホッ!とむせ返り涙目になった。
「生木をまとめて入れたらそうなるよ。」とシュリは苦笑した。
みんながその焚き火から離れたが、サーベルタイガーの親子はその場から動かずにジッと火を見つめていた。
俺は稽古の続きに、森の入り口でそびえ立つ木から枝を切り落とし続けた。こういう事もコツコツ続けないと意味がない。また明日もやってみようと思う。
―――
次の日の朝、食事をするとすぐに出発となった。昨夜の薪は広場の真ん中に山積みしてある。きっとそれだけあっても数週間で無くなってしまうんだろう。
馬車には昨日と同じようにティアだけが乗り、他の人たちで馬車を囲うように走っていく。
俺は走りながらの魔獣探知をひたすら練習していく。その周りをホビーとサブルがキャッキャ言いながらふざけ合って走っている。
しかしまずはホビーがフラフラとし始めて脱落していく。それをリーサではなくイザベラが拾い上げて馬車に戻った。
「あれ?」
「ホビーの面倒を見ていたいんですって。」
イザベラが考えそうなことは分かる。俺はまた魔獣探知の練習に戻っていった。まだ自分の索敵範囲に引っかかる前にオルデンブルクやベルが森の中へ入っていく。そしてしばらくすると馬車の後ろから追いかけてくる。
「ついて行ってみていい?」
「良いわよ。私も行くから。」
オルデンブルクについて森に入ってみた。そしてリーサもその後ろからついてきている。オルデンブルクは森の中に入ると更に速度を上げて木々の間を縫うように駆け抜けていく。鳥や獣の姿も見えるが、速すぎてそれらを気にしていられない。そして時折り顔に枝が引っ掛かったり、葉っぱに叩かれたりしながら何とか視界から消えないようにオルデンブルクを追った。
すると突然オルデンブルクの姿が消えた。見失ってしまった。
「あれ?」
「あっちよ。」
オルデンブルクがいる方向を指差した。そしてそこに走り寄ると辺りにコボルドが倒れていた。
「後始末までしっかりやらんとな。」
オルデンブルクは剣を鞘に戻すと、腰ベルトからナイフを取り出して体から魔石を取り出した。俺もリーサも同じように胸にナイフを突き立てた。何度やってもこの感触には慣れない。そしてそこへ手を突っ込むと魔石を取り出して携帯水道の水で洗い流した。最後に獣や魔獣が集まらないように燃やしてから土に埋めた。
それらの作業を手早く済ませるとまた街道に出て馬車を追いかけた。
やがて街道が広くなってきて木々の葉で覆われていた視界も広がってきた。青く澄み渡った空が見えるとホッとしてくる。
「そろそろ集落が見える頃ね。」
リーサの言葉通り開けた場所に畑や家がポツポツと見えてきた。こんな深い山の中に家を構えるなんて。都会暮らししか経験のない俺には不思議に思える。
馬車の速度が落ち集落の隅にある広場に停車した。こんなちょっとした集落でも馬を休ませる場所は準備されていて御者たちが馬を連れて行った。
この集落も畑が大きく広がっている。そしてそこで手入れをしている人たちの姿が見える。それから鶏も飼っているらしく元気な声が響いてくる。
『オイシソウネ』
「そうなのかもしれないけど襲ったら駄目だからね。」
『ワカッテルワヨ。』と睨まれた。
すると「あー疲れた~。」と体を伸ばし、あくび混じりのイザベラが馬車から降りてきた。そしてホビーもこの頃には元気一杯になっていて早速サブルとじゃれ合っている。
これから昼食になる。きっとここにも食堂があるだろう。食事が温かいというだけで楽しみになってくる。
「コーヅ殿、この近くに川ごあってな。儂はその近くでエルフを見たんじゃ。」
エルフ!!
すっかり忘れていたがエルフを見かけた場所へ案内してくれる約束だった。それがここだったのか!もし今ここでエルフに会えたら……。淡い可能性ながら期待で胸がパンパンに膨らんできた。
「是非連れて行ってください!」
俺がそう答えると、不意に袖を引っ張られた。振り向くとリーサが俯いたまま袖を掴んでいた。
「あ、えっと……そこにエルフがいる訳ではないから大丈夫ですよ。」
一体何が大丈夫なんだ?俺は帰りたいんだろ?きちんと伝えろよ!
「それでも行って欲しくない……。」とリーサが呟くように言った。
「でも俺は……。」
俺は声を振り絞ってリーサに気持ちを伝えようとすると、リーサの手にも力が籠もった。
「行って欲しくない。行かないで。」とリーサが顔を上げて俺を見つめた。
でもここで行かない、と言えばもうこのままジルコニアに骨を埋めることになる気がする。
「ごめん。俺は日本に帰りたい。」
「嫌!」
「ごめん……。」
俺は袖を掴んでいるリーサの指を一本ずつ解くと、俺はリーサの顔は見ずに、いや見られずにオルデンブルクの前に立った。
「……良いのじゃな?」
「はい。」
俺は真っ直ぐにオルデンブルクを見据えて伝えた。
もう迷わない。受け入れてくれているリーサには申し訳ない。でもやっぱり俺は日本に残してきた家族の元に帰りたい。
オルデンブルクは頷くと振り向いて集落の奥に向かうと、そこから森に延びた道を進んだ。
「とは言えな、本当は儂もお主がこの世界に残ってくれることを願っておる。お主のことが気に入っておる。」
オルデンブルクは前を見据えたままだ。その表情を盗み見たが表情は読ませてくれなかった。
「すみません。」と明確に意思表示をした。
「分かっておる。元の世界に残した妻を簡単に見捨てるような漢を儂は認めたりはせん。」
「すみません。」
俺は繰り返した。
二人が踏みしめる枯れ葉の乾いた小気味良い音だけが聞こえている。会話が無いまま道を進んでいくとサーッという水が流れる音がしてきた。
そして更に進むと開けたところに出た。とても澄んだ小川が流れていてそこへ簡素な橋が架かっている。
「誰?」
俺は声の方を見た。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回は2/4(火)の投稿予定です。
病院嫌いなため鼻水を放置していましたが、無事に快方へ向かってくれています。たまたま大丈夫だったから良かったですが……面倒くさがり屋はいけませんね。




