第237話 猫っぽい
「本当にありがとうございました。」
コツンとコップを当てて一口飲む。この村で作っているという果実酒で酸味が強めで濃厚な味わいが飲みやすくて美味しい。これはヤバいヤツです。
次々に村人が来ては挨拶をしていくという、気を使いつつも楽しく危険な宴を過ごしていた。
「大丈夫?」
「村の人があんまり多くないから大丈夫だよ。」
そう思っていたのも束の間で、気付くと村人たちは2周目に入っていた。
これは本当にヤバいかも。俺は意識を保つために身体強化しながら飲んでいた。
「それも貴族の宿命だから頑張って。」
お酒を好んで飲む方では無いので、この宿命からは謹んで逃れさせていただこうと思う。
夜は気温も下がってくるので早々に会はお開きとなって、村唯一の宿に案内された。そこは1階が食堂を兼ねていて、テーブル席がいくつもある。そして受付の脇から2階へと続く階段が伸びている。
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました。」
柔らかな雰囲気で微笑む女将に癒された。
「初めて入りましたわ。」
リーサが周囲をキョロキョロと見回しながら言った。ホビーとサブルは階段を駆け上がって上から早くと手招きしている。
……まさかリーサと同じ部屋ってことはないよな?婚約者なんだからおかしな話ではない。隣のリーサは知ってか知らずか鼻歌を歌いながら上機嫌だ。
部屋数は5つあって他には宿泊客はいない。そうするとリーサと同部屋になるのは確率だけで言えば20%だ。
まずはオルデンブルクの部屋が一番奥の最上級の部屋に充てられて警護の人たちと入っていった。あと4部屋……25%だ。
次はリーサがその隣の部屋となったが、ホビーと入ると「おやすみなさい。」と言ってパタンとドアを閉めた。
良かった……、と人知れずホッとした。
俺はもう1人の警護の男性であるジョー、そしてサーベルタイガーの親子と一緒にその隣の部屋になった。ベルとサブルはすぐに部屋の隅で丸くなって眠り始めた。この猫たちは隙あらばすぐに寝る。
「こうして見ると可愛いものですね。」とジョーがベルやサブルを見ながら鎧を脱ぎ始めた。
「本当ですね。大きな猫みたいですよね。」
ガルルルル……
寝ていると思っていたベルが唸り声を上げた。
「ごめんごめん。」
俺は笑いながらベルの背中を撫でた。そして俺も鎧を脱いでベッドに潜り込んだ。懐かしく感じる硬いベッドの感触だ。
俺は部屋の中から魔獣探知を行った。薄く広げていった自分の魔力が届く範囲には魔力は感じなかった。魔ネズミくらいはいそうだけど。もしかするとサーベルタイガーが番犬……番虎になっていて逃げ出したのかもしれない。
これは助かる、と安心して眠りについた。
「痛っ。」
突然顔を叩かれた。何事だろうと目を開けるとサブルがお腹に乗っかり、顔を虎パンチしてくる。
「痛いって。」
いちいち猫っぽいよな。
「どうしたの?」
『アソボ。』
カーテンの下からはまだ明かりは差し込んでこない。まだ夜だと思う。まぁ道中眠ければ馬車の中で眠らせてもらえば良いんだし。
俺は隣のベッドで静かに寝ているジョーに注意しながらベッドから起き出した。
部屋の中でも吐くアルコール混じりの息は白い。腰ベルトから火魔石を取り出すと、魔力を通して部屋の隅にある机の上の火魔石置き場に置いた。
子供はその間もずっと体を俺の足に擦り付けるようにしてぐるぐる周っている。これは猫扱いで良いよな。
猫じゃらしではないけど、先を少し丸くした石棒を作った。
「ほら。」
俺は子供の目の前にその丸いものをトンと置いた。サブルはそれをジッと見つめる。俺がゆっくりと動かすと、目だけが一緒に動く。
一瞬止めた後、サッと動かした。
バン!
丸い石を目掛けた虎パンチは空を切って床を叩いた。目がキラキラし始めた。そしてもう一度石を目掛けて虎パンチをするが、それも空振った。
子供は一度後ろに身を引き、獲物を狙うように構えると石に目掛けて飛びついてきた。
そんなことをして遊んでいると隣の部屋でゴソゴソと音がし始めた。そしてバタンと隣のドアが閉まると同時に俺たちの部屋のドアが勢い良く開いた。
「ぼくもあそぶ!」
子供たちは朝から絶好調だ。いやまだ夜だよなー、とぼーっとした頭で考えていた。
バン!
虎パンチで石が壊された。子供とは言えサーベルタイガーの力は強い。そしてもう一度虎じゃらしを作ると左右に振った。それに向かってサブルとホビーが飛びかかった。
なかなか捕まらないと俺の体を押さえつけるようにして虎じゃらしを破壊した。
「これで遊んでみな。」
俺は数本の虎じゃらしを作ってホビーに手渡した。そして眠気に意識を渡した。
―――
「コーヅ殿、そろそろ朝食に向かいましょう。」
俺は肩を揺り動かされて目を覚ました。いつの間にかベッドに寄りかかって眠ってしまっていた。目をこすりながら起き上がると、着替えるのは後にしてジョーと部屋を出た。その後からベルとサブルものっそりと後をついてきた。
階段を一段下りる度にパンの焼けるほんのり甘く香ばしい香りが強くなってくる。
「おはようございます。」
昨夜と全く変わらない穏やかな笑みを浮かべた女将が出迎えてくれた。
「遅いよ。コーヅくん待ちだよ。」
「ごめん。」
俺が席に着くと、見たことがあるような溢れそうな卵パンと温かな湯気をゆっくりと立ち上らせている野菜スープが並んでいた。
「美味しそう。」
オルデンブルクの祈りが終わると食事が始まった。俺は目をつけていた卵パンを取ると大きな口で頬張った。これでもかと挟まれた卵が口の周りについてしまう。それを指で口に戻した。
「この卵は絶品ですね。」
「ふふふ。この卵はアズライトにも届けてますのよ。」
壁際に立っていた女将が笑みを向けた。覚えがある、卵パンとこの笑い方。
「もしかしてフィーロのパン食堂に卸してます?」
「あら?娘をご存知ですの?」
「えー?フィーロさんのお母さん?」
ティアが驚いていた。しかしすぐに「あっ、本当だ。」と思い出したように言い直していた。
確かにフィーロのパン食堂は母親のアシュリーのパン屋から引き継いだと聞いていた。だからティアは知っていたんだと思う。
「あらアズライトにいた頃のことをご存じなのかしら?」と笑った。その笑い方は何度見てもフィーロとそっくりだ。
俺たちはフィーロの近況を話していると、アシュリーはそれを笑みを浮かべて時おり頷きながら聞いていた。最後にオルデンブルクが「奥方、ご令嬢は確かな腕をお持ちじゃ。安心すると良い。」と付け加えた。
「そう言えば雪山フレンチトーストをべた褒めしてましたもんね。」
「あれだけオルデンブルク様が宣伝したから、今頃大変なことになってそうね。」とティアが苦笑した。
「是非奥方にも雪山フレンチトーストを作れるようになって欲しいもんじゃ……。」
オルデンブルクはまだ未練があるようだった。フィーロも母親になら教えるかもしれないな。
「コーヅ殿はいらっしゃるか?」
宿の入り口からイマムの声が聞こえた。そう言えば俺は壁を作りかけだったことを思い出した。俺は返事をすると、急いで卵パンを口一杯に押し込むとスープで胃まで流し込んだ。そして席を立つとイマムの方へ向かった。するとベルも一緒についてきた。サブルはリーサやシュリに怒られながらホビーと半分遊びながら食事をしていた。
「朝からすみません。」
「いえ、早く作ってしまわないと出発も遅れますし。」
喋る度に口からは煙のように息が白く空へ昇っていく。そして村のあちこちは霜で薄っすらと化粧されていた。
昨日の見張台まで来ると急いで残りの壁を作っていった。ここまで歪ならこの先も気にしない。イマムやベルガ見張ってくれているので全力で壁作りに集中した。
やがて村を壁で囲うことができて、最後に結合したところに作った見張台に飛び乗った。あーあ、森が消失している。まぁ、でも開墾しやすくなったってことで。
そこへオルデンブルクが歩いてきた。それを見たイマムは見張台から飛び降りた。
「イマムよ、これからもこの村を頼むぞ。」
「はっ!命に代えましても。」と胸に手を当てて敬礼をした。
「コーヅ殿も良くやってくれた。この村にコーヅ殿の名前が語り継がれるじゃろう。では行こうかの。」
「いや……」「勿論です!」とイマムが敬礼したまま俺の答えに被せてきた。
お気になさらずに……とは言い出せず曖昧に頷いて、見張り台から飛び降りてオルデンブルクと一緒に出発準備が整った馬車に向かった。
するとフィーロの母親であるアシュリーとその旦那が道中で食べられるようにと卵パンを大皿に山ほど持ってきた。
「奥方、こんなに頂くわけにはいかない。お前たち銀貨を。」
「いえいえ良いのですよ。私たちからの気持ちです。侯爵様から娘をあれほどに褒めていただけたのですもの。もう十分いただきましたわ。」と言って一緒に見送りにきたフィーロの父親に寄り添った。
オルデンブルクも「じゃがの……。」と言いながら言葉を続けられなかった。
「あっ、そうだ。干し椎茸を少し置いていくのはどうです?」
「そうじゃの。作り方も使い方も簡単じゃしな。スープが劇的に美味くなるんじゃ。」
俺は空間収納袋から一掴みほど干し椎茸を取り出して料理を担当しているフィーロの父親に渡した。
「これは……?」
俺は干し椎茸からの出汁の取り方と、干し椎茸の作り方を教えた。フィーロの父親は全てが急なことで戸惑っていたが、話を聞いて理解してくれた。
帰り道に寄る楽しみができた。
そして濃密な時間を過ごしたイマムゲートを出発した。
旅とは思い通りにはいかないものなんだな。本来は昨日の昼に出発のはずが既に丸一日遅れている。
もうあの商人たちには道中で会うことはないだろう。一期一会という言葉は大切にしないといけない。
ホビーは身体強化をしながら、そして俺は魔獣探知の練習をしながら馬車の隣を走っていく。オルデンブルクたちやベルは恐らく魔獣を検知すると森の中に入っていき、しばらくすると戻って来る。残念ながら俺にはまだ検知できていない。
やがてホビーが脱落しリーサに抱きかかえられて馬車に戻った。
そして陽が傾く前には次の宿泊地である広場に着いた。どうやら他のグループはおらず貸切状態だ。
さすがに今日のホビーは森の中へ駆け出したりはせず大人しくしていた。一昨日の反省もあるだろうけど、主には遊び相手のサブルがいるからだろう。早速広場を走り回っている。
『ショクジヲシテクル。』
ベルはそう言い残すと森の中へ静かに足を踏み入れた。俺は火起こしを手伝いながら魔獣探知をしていた。
ベルは魔力をとても小さくして移動している。そして魔力を解放した瞬間には狩りが終わっている。一瞬の出来事だ。周囲の魔獣たちもその魔力に気付いたのか逃げるように動き始めた。しかしベルは気にした様子もなく、同じペースで小さな魔力を一つずつ潰していく。どのくらい狩ったかという頃に口に大量の魔獣や獣を加えて戻ってきた。
火起こしを終えた俺は、薪になるものを探しに森に入った。
「遠くに行ったら駄目だからね。」と言いながらイザベラがついてきた。
「行かないし。それにベルのお陰で魔獣もいないでしょ?」
「うーん、そうとも言えないんだよねぇ。」とイザベラは腕を組んだ。
「そうなの?魔獣探知は?」
「魔力を抑えられる賢い魔獣もいるし、動物にはそもそも魔力無いし。コーヅさんは大蛇に学ばないと。」
何だろう、この違和感。イザベラに正論で諭されている。まさか魔獣が変身していて俺を森の奥へ連れ出そうとしてる?
俺は魔獣探知をイザベラに向けてジッと見つめた。
「何よ、そんな熱い眼差しを向けられたら……。」と腰をクネクネし始めた。
うーん、やっぱりイザベラか。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回は1/28(火)の投稿予定です。
風邪が治ってからも青っ鼻が出るなと思っていたら、蓄膿症では?と言われました。面倒ですが病院に行ってこようと思います。




