第236話 スナイパー
「さっきので多分狩りは終わったはずだから、しばらくはないんじゃない?」とリーサは小首を傾げた。
―――その時だった。
瞬間的に更に強い魔力を感じた。そしてそれはさっきよりも確実にこの村に近付いている。
「あっ……!」
リーサも気付いたようだ。そして俺のズボンの裾をギュッと握るホビーはガタガタと震えていた。
しかしまだまだ距離はある。そしてすぐにここへ到達するとは思えない。そんなことをすればきっと魔獣探知の網にかかるはずだ。
「ホビーを連れて避難しててもらえる?」
リーサは悔しそうな表情を見せたが、静かに頷くと震えが止まらないホビーの背中に優しく手を回した。
「サブルはどうする?」
「シャー!」とポイズンライノーがいる方向に向けて威嚇した。
「そう、残るの。勇敢なのね。」
リーサはホビーに寄り添うように村の建物の方へ歩いていった。
「私は命に代えてもリーサ様をお守りするわ。」
イザベラはそう言い切るとリーサの後をついて行った。
……逃げたな。
そんな背中を見送りながら俺に寄り添っているベルとサブルの親子の頭を撫でた。そして壁作りに注力した。この壁が村人たちだけでなく、自分たちを守ることになるからだ。
俺はポイズンライノーの警戒はベルに任せて、集中して壁作りを進めていった。
魔力回復薬を飲みながら魔力の出力を上げて壁を延ばしていった。高さも揃えていないので、かなり歪な壁だけど厚くしてるし性能は悪くないと思っている。
ついでなので畑2つ分くらい長く壁を作ってから、南の方へ向かう為の接合部を見張台になるように丁寧に作った。でも階段は作っていないので、そこに飛び乗るとベルも軽やかなステップで飛び乗ってきた。しかし体の小さなサブルはまだこの高さへは飛び乗ることができず、見張り台の下から自分も連れて行けとばかりにニャーニャー鳴いている。それをシュリが頭を撫でながら落ち着かせている。
俺はヒールで体を満たしてから魔力探知を西の方へ広げていった。ベルも俺の隣から森の方へ睨みをきかせている。
恐らく索敵範囲の中にポイズンライノーはいるはずだ。でも本当に分からない。魔力を隠すのが本当に上手いんだと思う。いくら細心の注意を払っても、集中力を高めてもやはり感じ取ることができなかった。瞬間的にはあれだけの強靭な魔力を放出するような魔獣なのに……。
「あれ……?」
小さな魔力が消えた気がした。あ……また消えた。これは気のせいじゃない。もし狩りをしているとするとあの小さな魔力が消えた場所にいるってことだ!そうだポイズンライノー自体に気付けなくても良かったんだ!
俺はその気付きに興奮して打ち震えた。そしてすぐにこぶし大の水晶でライフル弾を作り出した。そして魔力が消えた方向へ手をかざして狙いを定めると魔獣探知を行った。
次に見つけたら撃ち込んでやる。
しかしそれっきり魔力が消えることはなかった。こちらの魔力に気付かれたか?いや、こんなものは壁を作る魔力に比べたら微々たるもんだ。
「焦るな。」と自分に言い聞かせた。するとベルが俺の体に擦り寄せてきた。俺は一度集中を解くとサーベルタイガーの頭をポンポンと叩いた。
どれだけ経っただろうか。一瞬が5分にも10分にも感じられる。喉もカラカラだ。
「あっ……。」
今、魔力が消えた。またこちらに近付いている。その地点に狙いを定めた。
細く長く息を吐き出しながら集中力を高めていく。
もう一度来い。……来た!
その瞬間、俺は全力で水晶弾を撃ち込んだ。
ゴッ!ゴッ!と鈍い音を立て木々を薙ぎ倒しながら目標点に真っ直ぐ向かっていった。
ドォーン!
遠くからでも分かるほどの大きな音を立てて土煙が上がり、鳥たちが叫び声を上げて一斉に飛び立った。その瞬間、その地点に空から大きな火球が降ってきて、巨大な爆炎を吹き上げた。
「すごっ……。」
思わずその光景に見入ってしまった。しかしみるみるうちに爆風が近付いてきた。
「うわっうわっヤバッ!」
俺とベルは慌てて壁から飛び降りた。しかし降りる速度より早く爆風が届いてしまい、頭を爆風が通過していった。
「あちち……。」と慌てて髪の毛が燃えてないかと後頭部をさすった。
それにしてもあれはティアの火魔術だろう。俺の攻撃に瞬間的に反応して範囲攻撃を仕掛けたんだろう。何も打ち合わせてないのにすごい。
ベルも『ナンナノアレ……。』と目を丸くしていた。
俺は壁から飛び降りるとオルデンブルクやティアの元に駆けた。
「よくやった。すぐに森林火災を消しつつポイズンライノーを確認しよう。まだ生きておる可能性も十分ある。気を抜くなよ。」
俺たちは緊張感を纏ったまま森に足を踏み入れた。ヒールからの身体強化を最大出力にして魔力回復薬を一口飲んだ。
森の中はシンと静まり返っていた。いつもなら鳥や何か分からない声が沢山聞こえているんだけど。今、耳に届くのは俺たちが踏みしめる枯れ葉の音だけだった。
やがてティアの火で燃え広がる火事が見えてきた。そして木々が燃える臭いが煙と共に届いてくる。
それをオルデンブルクとシュリが水魔術を使うと、それに贖うかのように炎が上空へ吹き上がった。
「さすがティア殿じゃ。」
オルデンブルクは感心したように炎を見上げると、その上から水を落とした。
「ゴホッ」
水蒸気と煙に巻かれて思わず咳込んでしまった。俺は水ではなく、砂を撒いて消火を進めた。そしてティアとベルでポイズンライノーを警戒している。一応サブルもベルの背中から警戒はしてくれているようだけど。
地面で燃えている火は砂を撒いて確実に消していき、燃えている木々を水魔術で消していった。
しかし辺りは煙と水蒸気で覆われて、周りの様子がよく分からない。
時おり逃げ遅れたリスのような小動物や角うさぎたちが砂の上を半狂乱で駆け抜けていく。
プルスレ村であれだけ怖かった角うさぎが足元を駆け抜けていっても今は何の怖さもない。
消火活動をしながらやがて着弾地点の近くまで到達したが、ここは炎の力が強くて爆心地までは近付けない。それを砂や水で温度を下げていこうとしたが、炎は全く衰えを見せなかった。
しかし時間をかけて少しずつ炎を押し返しながら中心地に向かっていくと、爆心地らしきクレーターが見えてきた。そしてその端の方に大きな黒焦げの塊が見えた。俺はシュリに合図してその辺りを重点的に消火してもらった。俺も炭化した塊の周囲に砂を撒いていった。
「これって……?」
ベルが鼻を近付けてクンクンと嗅いで顔を俺に向けた。
『ポイズンライノーネ。』
「良かった……。」
俺の反応に周りの人たちにも安心感が広がっていった。
「でもこれでは何の素材にもならんなぁ。」
「中は良い具合焼けてるんじゃない?」とティアはベルを見た。
「焦げを外したら食べられるかなぁ?」
『コンナナカデ、タベルノ?』とベルは俺に呆れ果てた視線を向けた。
「そりゃそうだよね。」
『ウエッ、ニガッ。』
サブルは早速噛じってみたもののあまりの苦さに吐き出していた。そりゃ外側はただの炭だもんな。
爆心地は消火を終えたが、それではまだ半分だ。周囲では延焼が続いていてもうもうと煙を立ち上らせている。
ポイズンライノーを仕留められた安心から軽口が出たのもののまだすべきことがある。俺たちは辺りに大きな魔力を感じないことを確認してから、放出する水や砂の量を増やして急いで火を消していった。
やがて森林火災は消し止められたが、木の隙間から小さく赤い火が燻っているのが見える。
「こりゃ、今夜はここの村に宿泊じゃのう。」
「そうなりますね。すみません……。」と珍しくティアが謝った。
「あれがあったから間違いなく仕留められたんだし。」
「そうだよ。コーヅくんのが直撃してたら形が残らないはずだもん。仕留めたのはティアちゃんの炎だよ。」
爆炎のティアは本当に凄いと思う。魔力もだけど判断力とか知識とか、複合的にも優秀だと思う。
小さな火も大体消し止めることができた頃には陽がすっかり落ちてしまっていた。お陰で燻っている火は見つけやすかったけど。
この間にポイズンライノーを解体し、大きな魔石をシュリが持ち、食べられるところをベルとサブルに渡すとあっという間に食べ尽くした。
『アー、オナカイッパイ。』
サブルは満足気にペロリと口を舐め回すとベルの背中に飛び乗った。
「私もお腹空いちゃった。」
「ホントだね。折角だから美味しいお店に行きたいな。」
「村なんだから幾つもないわよ。」
「そうじゃな、宿が1軒だけあるんじゃ。そこで食べて泊まろう。」
村に戻るとイマムが壁の上に立ち俺たちが戻るのを待ち構えていた。
「侯爵様たちがお戻りだ!」
イマムが村に向かって声を張り上げると、真っ先にホビーが走ってきた。そして俺の横を通り過ぎ、ベルの背中によじ登るとサブルに抱きついて、そのまま地面に転がり落ちた。
「あそぼう!」
『イイヨ!』
子供たちは仲良く村の方へ走っていった。その姿を微笑みながら見送るとイマムが口を開いた。
「とても助かりました。私だけではポイズンライノーから村人を守り切ることは難しかったと思います。」と頭を下げた。
「今夜はここに泊まらせてもらう。空き部屋はあるか?」
「はい、今夜は是非お泊りください。ささやかですが精一杯もてなしさせていただきます。」
その答えにオルデンブルクは満足そうに頷いた。
村では人々が広場に集まって食事の準備を進めていた。
中心にある大きな焚き火、周囲を取り囲むようにかがり火が設置されて広場全体を明るくしていた。
既に食事を終えているサーベルタイガーの親子は俺の後ろで丸くなって眠り始めた。
大きな鍋からもうもうと湯気が立ち上っていて、食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。今日はまともに食事をしていなかったことを思い出して、ぐうぅぅぅ……とお腹が盛大に鳴った。
隣に座るリーサは「聞こえていないから大丈夫よ。」と笑った。
そして食事の準備が整うとオルデンブルクからの短い挨拶と創造神への感謝の祈りがあり食事が始まった。




