第235話 ポイズンライノー
「久しいな、イマムよ。」
オルデンブルクは笑みを浮かべて親しげにイマムの肩に手を置いた。
「はっ!しかし、あの……危篤と伺ったのですが、もうお加減はよろしいのでしょうか?」
「ハッハッハ!心配かけたの。ここにおるコーヅ殿に治してもらったんじゃ。お陰で10年は若返ったぞ。」
バシバシと俺の肩を叩いた。すると殴られたような激しい痛みが走り、思わず膝をついた。
「大変よろしゅうございました。」
そして俺の方を向くと「コーヅ殿と仰ったな。大変恩に着ます。」と頭を下げた。俺は慌てて立ち上がるとその頭を上げさせて「私は治療しか能がありませんので。」と答えた。
「そんなことはあるまいて。お主はアズライトで武神となり、聖女シュリを育て、サーベルタイガーを従魔にした。そしてあれだけの壁を作って街を広げたのじゃ。」
「はぁ……大変凄いお方なのですね。」とイマムは言葉の意味を掴みきれていないようで曖昧な返事をして、不思議なものを見るように俺に視線を向けている。しかしオルデンブルクはそんなことはお構い無しに会話を続ける。
「そうじゃ。この世界でも唯一無二の存在じゃ。コーヅ殿、どうじゃ?ここにも壁を作ってやらんか?」
「そんなに高い壁じゃないのでしたら大丈夫ですけど、出発が遅れますよ。」
「何を言っておる。領民の命を守るんじゃ。それっぽちの遅れと比較するな。」と呆れた表情を浮かべた。
確かにそうだよな。何なら俺たちはあの馬車の速度なら走って追いつける気がする。
「はぁ……壁ですか?」
しかしイマムはあまり釈然としない、むしろ不満げな様子だった。あればあったで良いと思うんだけど。何でだろう?
「お主がこの村を作り、守ってきたことは重々知っておる。じゃがな、いつまでも1人で全てを背負うことはできん。儂も今回のことで良く分かった。時には人を頼る事も大切じゃ。」
「侯爵様がそのように仰るのでしたら、私に断る理由はございません。」と恭しく頭を下げた。
「よし、そうと決まれば時間が惜しい。コーヅ殿、早速頼む。」
「オルデンブルク様、あの……食事は……?」
「お主のものは後で届けよう。」
「ですよね。」
空腹であることを一旦忘れるために、壁作りに向き合うことにした。
ぐうぅぅぅ……
お腹は主張してくるが、無視してイマムに村の外周を案内してもらった。そしてイマムからこの村の成り立ちなどを聞かせてもらった。
この村は商人や冒険者たちが安心して旅ができるようにと、休憩所を開拓して作った村だそうだ。オルデンブルクからの指示を受けてイマムを中心にここに建築ギルドを住み込ませて村の形を作ったらしい。建築ギルドはクリソプレーズだけでなくアズライトからも派遣してもらったそうだ。そして移住者もクリソプレーズとアズライトの両方から募ったそうだ。
そんな話をしながら歩いていると、サーベルタイガーの親子が俺の存在に気付いてのっそりと立ち上がって後ろからついて来た。
「彼らがコーヅ殿の従魔なのですな?」
「はい、昨日からですが。」
「昨日……?一体どういう経緯で?」
俺はイマムに昨夜の経緯を説明した。
「あの辺りでそんなことが……。」
イマムが考え込んだ。
「どうされたんですか?」
「サーベルタイガーが重傷を負うような魔獣となると相当に強力な魔獣かと。」
「ねぇ、誰に襲われたの?」
俺は振り返ると母サーベルタイガーのベルに聞いた。
「ポイズンライノーヨ。トツゼンダッタノ。ソウジャナカッタラアンナヤツ……。」と悔しそうな表情を滲ませた。
「ポイズンライノーだそうです。」
「ポイズンライノーだって!?生息域が違うじゃないか!もっとずっと西の方にいるはずなのですが。」
「どんな魔獣なんですか?」
「突進がとても速く、力強いです。それに加えて角に毒がありまして、かすろうものなら10秒もしたら体が痺れて動かなくなる。そのまま放っておいたら体が壊死していく厄介な魔獣ですね。」
俺が間に入りイマムとサーベルタイガーの会話を取り持った。
どうやら普段は見かけない魔獣を何種類も見かけたそうだ。そして森で異常なことが起きているのではないかという結論に至っていた。ただしその原因や状況は分からないということだ。しかも西から流れてきてるなんて。プルスレ村では北からだし、ここでは西からだし。一体何が起きてるんだろう?
「どうすべきかはこれから考えますが、壁は確かにあった方が良いかもしれませんね。」
俺は守りたいエリアというものを地面に線を引いてもらい村を囲んでもらった。
この前の風呂で思いついたんだけど、互い違いの入り口にすることで門のようなものが不要にできないかな?
それをイマムに聞いてみた。
「簡単なもので十分ですよ。元々そんなものなくて守ってこれましたし、これからもそのつもりです。」
その横顔からイマムが誇り高い戦士であることが伝わってくる。オルデンブルクとあれだけ近しく接しているということはクリソプレーズでもきっと偉い人だったんだろうな。それが任務を終えてもここに残り村長として生きている。何があったんだろうか?と線を引いていくイマムの後ろ姿を見た。
やがて村を大きく囲うように線が1周した。それはプルスレ村とは違い、街道から東側に村が作られている。
早速街道から少し入ったところで地面に手をつくと基礎を作り、そこから上へ延ばしていった。ポイズンライノーという魔獣に突進されても壊れない気がするくらいには厚く、そして3mくらいの高さの壁を作っていった。魔獣の本にも載ってなかったから犀のイメージで作った。
でもこんなのアズライトの壁を思えば何でもない。西側から北へ向かい、そして北から東の方へ壁を作っていった。ここで互い違いの出入り口を作った。これら馬車でも通れるくらい緩やかなもので無いよりマシというくらいのものだ。
「おーい、コーヅくーん!食事を持ってきたよ。ベルさんにもサブルくんにもあるからね。」
「お手!」
イザベラが干し肉の肉塊を持ちながらベルの前で手を出している。
『ナンナノ、コノコ?』
「気にしなくて良いよ。いつもそんな感じなんだ。」
『コノオネエチャンハ、ナニヲシテホシイノ?』
「握手になるのかなぁ。片足をその手に乗せてみて。」
サブルがイザベラを見上げると、イザベラはしゃがんで満面の笑みを浮かべてサブルの前に手を出した。するとサブルは困った顔をしながらその手とイザベラの顔を交互に見た後、恐る恐る片足を乗せた。
ピトッ
「きゃー!きゃわゆいわぁ。」
イザベラは子供の頭をグシャグシャに撫でた。
『ワップ、ヤメテ!ヤメテヨ!』
ひとしきり撫で回して満足してから、手に持っていた大きな干し肉の塊を与えた。するとサーベルタイガーの親子はそれをがっつくように食べ始めた。
やっぱり毎食この量は困るなぁ……。
その時、突然何か大きな魔力を北西の方に感じた。俺は顔を上げるとそっちに目を向けた。まだ相当距離があるので何かが見える訳ではないが。
「あれ……消えた。」
魔獣探知の出力を上げてみたが、それらしき大きな魔力は検知できなかった。
「どうしました?」
リーサが不思議そうにしている。
「うん……。大きな魔力を感じたんだけどすぐに消えたんだ。」
『ソレガアイツヨ。』
母サーベルタイガーが口の周りの肉片をペロリと舐めながら忌々しげに答えた。
「ポイズンライノーってね、魔力を隠すのが上手いのよ。突撃するときだけ魔力を解放するの。だからベルでも気付くのが遅れたんだと思うわよ。」
さすがティア。歩く魔獣辞典だ。でも俺もこのくらい詳しくならないと森を歩くのは危険だよなぁ。
とりあえずまだ遠いことが分かったから良いけど、魔力を感じられる距離にいると思うと壁作りを急がないといけない。それに村人の避難も考えないといけないんじゃないかと思う。
「村人に注意を促してきます。」
イマムは走って畑で大根のようなものを収穫したいる村人たちのところへ向かった。
「儂はこの壁から魔力探知を行おう。」
オルデンブルクは鎧を着て壁の上に飛び乗った。ティアもその隣に飛んだ。
「コーヅくんはまず食事だよ。」
シュリからサンドイッチを渡された。鮮やかに黄色い卵のパンと焼いた薄い肉と野菜のパンだ。俺ははやる気持ちを抑えてパンをかじった。
「怖いね。毒を受けたらまず死ぬもん。」
「シュリじゃ治せないの?」
「毒が回る速度と治癒の速度の競争だからね。勝てる気がしないな。」
そこが病気とか違うところか。俺自身が浴びてしまえば治療されずに死んでしまうかもしれない。そう思うと近付かれる前に探知して、先に石弾で撃ち抜いてしまいたい。
やはりのんびりと食事している場合ではない。俺は口一杯にパンを無理やり詰め込むと壁作りの作業を再開した。
「コーヅ殿、口元に卵が。」
リーサの白い指が俺の口元から卵を拭き取ると、それを自分の口に持っていった。
あっ……。
リーサは涼しそうな顔をして俺を見た。しかしそれにはこちらが恥ずかしくなってしまい思わず頬を染めてしまうと、リーサは楽しげに笑っていた。
気を取り直して、ここからは魔力探知もしながら壁作りを進めた。
「気になる?」
明らかに壁ができあがっていく速度が遅くなっているからだろう、リーサが声をかけてきた。
「うん……。」
俺は西の森を振り返った。しかし静かな森からは何の魔力も感じない。それがとても不気味なのだ。
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次回は1/14に投稿いたします。
今年もよろしくお願いいたします。皆さまにとっても良い一年になるようにお祈り申し上げます。




