第234話 イマムゲート到着
ティアがかざした手から発される炎がより大きく、そしてより熱を帯びて黄色く変色してきた。そして渦を巻き始めた業火が今にも俺たちに襲いかかってきそうだ。
「あ、あ……。」
まだ距離があるのに渦巻いた熱風がここまで届いてくる。こんな炎を受けたら俺たちは骨すら残らないだろう。
俺はその状況に声も出せず、ただただ自分たちに向けられた炎を見つめていた。
「剣を下ろせ!これらはコーヅ殿の従魔じゃ。」
腕を使って熱から顔を覆いながらオルデンブルクが叫んだ。
「止めんか!!」
オルデンブルクの怒号が広場に響き渡った。すると一瞬の静寂の後、ティアから向けられていた魔力がパッと発散していった。
「もう、何なのよ!先に言いなさいよ。」
「ぷはぁ……怖かった。剣聖様を突破してくるだけの魔獣だからどんな魔獣かと思ったよ。」
シュリはその場にへたり込んだ。しかし俺はへたり込むこともできないほどにショックで体が硬直してしまっていた。商人の警護者である冒険者たちは未だに何が起きたのか理解しきれおらず、剣を構えたままゆったりと歩くサーベルタイガーを見つめている。
そしてティアの元にオルデンブルクが歩み寄って、すまんすまんと謝りっぱなしだ。
そしてホビーが俺の隣に駆け寄ってくると、俺の足にギュッとしがみついたままサーベルタイガーの母親を見上げて聞いた。
「ね……ねえ。おなまえは?」
『ソッチニキイテ。』
「コーヅ?」
「どんな名前が似合うかな?」
こういうときは逆質問だよな。
「それはコーヅがきめることでしょ?そんなことじゃだめだよ。」
くっ……こいつ。
「これから考えるよ。」
「ぼくのときみたいな、へんなのはだめだよ。」
くっ……こいつ。
「そんな事しません。」
「コーヅだしなぁ……。」
くっ……こいつ。
ホビーは言いたいことを言い終えると俺の足から離れてサーベルタイガーの母親の前に出て見上げた。
「のぼっていい?」
『イイケド、コドモヲオコサナイデ。』
「うん!」
ホビーは勢いをつけて脇腹の毛を掴むとヒョイとその背中に乗った。
「うわぁ……たかい!」と大きな瞳をキラキラさせた。丁度俺の視線と合うくらいの高さになる。そして自分の目の前でペタリと母親に貼り付いたまま眠っている子供の頭を撫でた。
俺は母親を連れてゆっくりとみんなのところに進んだ。商人たちやその警護の冒険者たちは顔を引き攣らせてサーベルタイガーの姿を見ている。
「そのうちコルベール家は従魔で溢れてしまうかもしれませんね。」とリーサは笑った。しかしサーベルタイガーの迫力に笑顔が引き攣っている気がする。
「ははは……。」
「私も触っていい?サーベルタイガーさん。」
人懐っこいシュリは魔獣にも壁が無いようだ。従魔なんだから安全だとばかりにサーベルタイガーに笑顔を向けている。
「触ってもいいか、だって。」
通じていないシュリの言葉を通訳すると、母親は面倒くさそうにシュリの方へ体を向けた。
「わぁ……。」
シュリが抱きつくようにして顔を擦り付けながら「よろしくね。」と言っている姿に、商人の子供たちも引き寄せられるように近付いてきて恐る恐るお腹を撫で始めた。
『ネムタインダケド……。』
母親が疲れた表情を浮かべた顔だけを俺の方に向けてきた。ヒールで体は回復したとはいえ、これまでに蓄積された疲労が消えるものではない。
「寝るって。もういいかな?」
サーベルタイガーに触れていた人たちが離れた。俺はサーベルタイガーを火の近くに案内すると、その場で丸くなって眠り始めた。俺も一緒に座るとサーベルタイガーに寄りかかった。肌に触れる毛は細くて柔らかくて、何より温かい。
「説明して。」
腕を組んだティアが俺を見下ろしている。
「分かりやすくね。」とその隣で同じように腕を組んでいるイザベラが付け加えた。
俺はそんな2人に苦笑しながら、大蛇の処理のためにオルデンブルクと森に入ってからのことを説明した。
「テイムが解除されたらどうなるか分かってるわよね?」
これは暗に殺しておいた方が良かったということを言っている。
「それは大丈夫と思う。心が通じてるんだもん。」
「でもさ朝起きたらコーヅさんが行方不明とか笑えないよ?」
「やめてよ……。」
確かにこの口に飲み込まれたら何の証拠も残らないだろう。
大丈夫だよ……な?と寝息を立てているサーベルタイガーを撫でた。
ティアにも納得してはもらえたけど、サーベルタイガーはとても危険な魔獣だからテイムしているからといって油断はできないということを再度忠告された。
それからバタバタと食事の準備をして食べた。焚き火の番はすぐに来るので、早く眠りたかったけど横になっても神経が高ぶっていて寝付けなかった。しばらく目を閉じていたが、諦めて体を起こすと焚き火に薪をくべた。パチパチと薪が音を立てて燃えている。
「寝なくていいの?」
「なんだか寝れなくて。」
「馬車で寝すぎよ。」とリーサに笑われた。
空を見上げると降るほどの星が広がっている。そして時折星が流れていく。
「それにしても……。」
リーサの声に視線をリーサに戻した。
「コーヅ殿に平穏な日って全くないのね。」
「それは求めてないけどね。」と言うとお互い顔を見合わせて笑った。
「コーヅ殿が正直羨ましいよ。全てを持っているし。創造神様の加護すら手に入れているように感じることがあるの。」
「そんなのないよ。ここにいることがそもそも求めていないことなんだもん。」
焚き火越しに見えるリーサの表情が曇った気がした。
その後はお互いに会話もなく焚き火を見つめていた。そして薪をくべるとパチパチ……と火の粉が舞い上がった。
そして柔らかく揺れる火を見ながら、サーベルタイガーの名前を考え始めた。
ネコ科だからってタマとかミケとかは駄目だ。
んー……。
「どうしたの?」
「サーベルタイガーの名前を考えてるんだ。」
「いい名前をつけてあげてね。」
それは勿論なんだけど……。俺は苦笑を浮かべた。
「ねぇ、お母さんの方はベルっていうのはどうかしら?」
「ベル?」
「サーベルと『素敵』って意味から考えてみたの。」
「うわっ、すごく良いと思う。」
俺には無いセンス……。羨ましい。ネーミングセンスはAランクだな。きっと俺にはその能力は与えられていないと思う。
「子供の方はサブルってどう?」
「かっこいいね。」
「牙って意味よ。」
リーサに名付けてもらえて思いもよらず決まってしまった。でもひと仕事終えたと思うと急に眠気が襲ってきた。
「ありがとう。肩の荷が下りたよ。少し眠るね。」と言って横になった。
―――
朝、目を覚ますと焚き火はまだ燃え続けていた。その周りの草や落ち葉には霜が降りていて白い世界を創り出していた。そして吐き出す息は煙草のように目の前を白くする。
「フン!フン!」
オルデンブルクは上半身が裸で、そこから湯気を立ち上らせて素振りをしている。そしてその隣でホビーも素振りをしている。こんな光景も見慣れてきた。
『オナカスイタワ。』
こっそりと起き上がったサーベルタイガーの母親……ベルが鼻先で俺の背中を突いた。
「あ、うん。待ってて。」
そしてその動きに連動するように母親のお腹で丸まっていた子供も起きた。子供は辺りをキョロキョロと見回した後、ホビーの方に向かって駆けていった。
「わっ、おきたの?あそぶ?」
『ウン!』
ホビーとサーベルタイガーの子供……サブルが広場の中を追いかけっこをしながら駆け回り始めた。周りの大人たちもそんな様子を微笑ましく見ていた。
「リーサさん、ベルやサブルに餌をあげられる?」
「今はあるけど途中で買い足ししないと足りなくなるわね。」
「そうだよね……。」
まだ病み上がりだし自分たちの分は狩ってこい、とも言えないしなぁ。そんなことを考えながら空間収納袋から焼いた肉塊を出してもらった。
『アラ?オイシイノネ。』
この一行が1回で食べる量の肉塊を鋭い牙で噛みちぎりペロリと平らげてしまった。そして口の周りを舐めるとまた焚き火の前で丸くなった。この食事量だとやっぱり自分で狩ってきてもらわないと駄目かもしれない。
そしてふと気付くと商人の子供たちも一緒になってホビーやサブルと遊んでいるのに気付いた。子供同士が仲良くなるのは早い。とても微笑ましい光景だ。
やがて商人たちが出立の準備が整うと子供たちを呼んだ。
「また後でね!」
子供たちはそんな挨拶を交わして別れていた。それは2グループともにクリソプレーズが目的地なので、道中はずっと同じ休憩所、宿泊地となるからだ。まずは次の村で再会することになるだろう。
「よし、儂らも行くとしよう。」
焚き火に水をかけ、燃え残りや灰などを土に埋め戻した。広場を見回りした後で最後に出発した。サーベルタイガーたちは馬たちへの配慮から馬車の後ろを走るように指示した。
「お昼ごはんは何かなぁ?」
まだ朝食を食べたばかりだというのにイザベラはもう昼食のことを考えている。
でも馬車に乗っていると楽しみは食事だけだ。そして退屈な馬車の中で魔力探知をしていたがほとんど引っかからない。これはサーベルタイガーから逃げていったからじゃないかと思うけど、俺も従魔じゃなければ逃げたくなる。
何ごとも無く昼前には次の村、イマムゲートへ到着した。ここを宿場とする人もいるらしいが、食事や休憩の利用が多い。
サーベルタイガーの親子は村には入らず森の中で休んでもらった。後で食事だけ届けることになっている。そして馬たちを囲いの中で休ませて食事や水を与えた。そこには既に到着している商人たちの馬も休んでいた。
俺たちも食事のために村を歩いていた。
とても長閑な村で森を切り開いて作られている。畑が広がり、鶏や馬、牛などの家畜が飼われている。でもこんな森深い場所で全く囲いのない村が心配になってくる。
「ここって安全なの?」
「そんなことないと思うけど……。」
シュリが首をひねる。
「腕の立つ者がおるのじゃ。」
オルデンブルクの話しっぷりからすると知っている人なんだろうな。
「侯爵様!」
偉丈夫な中年男性がオルデンブルクの元に駆け寄ってきた。
最後までお読みくださりありがとうございました。
今年も貴重なお時間を割いてお付き合いくださりありがとうございました。
来年も頑張りますので引き続きよろしくお願いいたします。
次回は1月7日の投稿を予定しています。




