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第230話 目が覚めると

「コーヅ殿!これは何というものと言ったか!?」

「シ、シャワーです。」

「是非、儂の領地にも作ってくれ!」

 オルデンブルクの分厚く大きな手で肩をガシッと掴まれて真剣な眼差しを向けられた。

「は、はい。すぐにでも。」

 その無意味なほどに圧倒的で威圧的な迫力に気圧されて良く分からない返事をしてしまった。

 続いてシャワーを浴びたホビーや警護の人たちからも恍惚な表情を浮かべながら「おおお!これは……。」という声が漏れていた。

 俺はオルデンブルクの圧から逃げるように警護の人たちの方を向いた。

「えっと……なかなか良いですよね?」

「はい、これは何とも気持ちが良いものですね。いつまででもこうしていられます。」

 3人が強めのシャワーを頭から浴び続けていた。

「ふうぃぃぃ……。」

 一足先に浴槽に浸かったオルデンブルクから地響きのようなため息が漏れた。

「こうやって皆で入るのも良いもんじゃのう。」と言うとお湯を掬ってバシャバシャと顔を洗った。

 俺は手で水鉄砲を作るとホビーに向けてピューっと撃った。

「わわっ!?なにそれ、ぼくにもおしえて。」

 俺はホビーにやり方を教えたが、手が小さくてなかなかまともにお湯が飛んでいかない。近くから見ていたオルデンブルクや警護の人たちの方が上手く飛ばせるようになった。

「やーめた。ぼく、おなかすいた〜。」

 上手くいかないことにイジケたホビーが浴槽から出ようとした。

「まぁ、そうじゃな。儂らは普段から風呂に浸かっとるから民に譲ろう。」と言ってオルデンブルクも立ち上がった。

 俺もシャワーの良さを理解してもらえたから十分かな、と脱衣所に戻った。

 するといつの間にかタオルや着替えが用意してあり、改めて汗で汚れた鎧を着ずに済んだ。

 大浴場から出ると既に待ち行列ができていて、それぞれがタオルや着替えを持ってきている。よく見るとその中に衛兵たちも混じっていて、大浴場が解放される時を今か今かと待ちわびていた。

「これより大浴場をオープンしまーす!」

 声の方を見ると櫓の上にスポットライトが当たり、ウルシュラが声を張り上げている姿があった。

 そこへ「待ってました!」と合いの手が上がる。そして受付の説明が始まると、受付に並ぶ人たちへスポットライトが移動した。

 今日は無料だけど明日からは小銅貨2枚とのことだ。それは俺の感覚からしても安い。浸透するには良い価格設定と思う。

 ふと受付に立っている人たちを見ると、その中に異様に痩せた女性が混じっていた。それはスラムでよく見かけるような体型だ。もしかするとスラムの人も仕事が貰えたのかもしれない。

 ウルシュラの説明が終わるといよいよオープンだ。期待に満ちた人々の列が大浴場へ飲み込まれていった。


「ところでコーヅ殿、儂が食べていないものはあるか?」

「……?」

 オルデンブルクは俺たちと食事をしているので、持ち込んだ料理は結構食べてると思う。周囲を歩いている人の手元を見る。

 唐揚げや天ぷら、ポテチ。それからハンバーグ……あれ?ハンバーガーっぽいものやポテトフライがある。なんで!?……あ!もしかして作ったままになってたレシピ板?

 そういえば、ベッド脇にしまったまま忘れてた。あれから再現してくれたのか。

「オルデンブルク様、ハンバーガーというものはまだ食べていないかと思います。」

「よし、それを食べよう。」

 でも何がどこにあるのか良く分からない。人混みを掻き分けるように屋台を巡り歩く。

「出汁を使ったスープだよー!肉も野菜も入ってるよー!」

「唐揚げでーす!肉によって味が違いますよー!レシピも公開してます。作り方を覚えていってくださーい!」

 そしてそれぞれの屋台の隣にはレシピの掲示板があって気に入ったレシピを熱心にメモしている人々の姿がある。

「ぼく、からあげをたべたいな。」

「分かった。待ってて。」

 ハンバーガーの場所がどこだか分からない俺たちはひとまずからあげ列の後ろに並んだ。

「あんたがコーヅさんか?からあげって美味いな。」

 酒と唐揚げを持った人が赤い顔をして話しかけてきた。

「いや、俺は天ぷら派だな。野菜も美味く食べられるところがいい。」

「それならパンと肉と野菜をまとめて食べられるハンバーガー一択だろ?」

「何だと?」

「てめぇ、コーヅさんの前だからって調子に乗んなよ!」

 みんな酔っ払っていることもあり一触即発の空気になった。

「儂は雪山フレンチトースト一択じゃ!あの控えめな甘みとふわふわした食感はこの世界で味わってきた何よりも美味じゃった。」

 オルデンブルクがその上から重厚な音量で言葉を被せると酔っ払いたちは喧嘩を止めてオルデンブルクを見上げた。

「侯爵様がそんなことを言うものがあるなんて。」

「どんなものなんだ?」

「おい、探しに行こうぜ。」

 ……これは明日からはヤバい混み具合だろうな。


 俺たちは10種の唐揚げという山程に盛り付けられた木皿を受け取ると、開けた場所に移動した。しかし俺たちが見つけた広い場所には一緒に人々も移動してきて挨拶をしていく。それは俺だけではなくオルデンブルクもリーサ、ティアも、そして聖女シュリもだ。

 ……あれ?ティアが見当たらない?

 ティアはもしかして逃げ出したのかもしれない。

 俺はコツン、コツンと挨拶にきた人と手当たり次第に杯を重ねていく。勿論セーブしているし、酔わないように時々ヒールで醒ましている。でもすぐに体に残った酒が体中に広がっていくんだけど。

「あの、俺がハンバーガーを探してきます。」

 この場を逃げ出そうと提案するが「いえ、私が行ってきましょう。」と空気の読めない警護の一人が俺を制して人混みの中に入って行った。俺は仕方なくこの場をベースにすべくテーブルを作った。

「ほう。便利じゃのう。」

 山盛りになっている木皿を置いて唐揚げを摘んで食べた。その間にもオルデンブルクは挨拶を卒なくこなしていた。

「あっ……!」

 これは魚の唐揚げだ。懐かしい母の味に驚いた。これはスズキじゃないのか?本当に子供の頃食べた味に似ている。胡椒がまだ食べられなくてシンプルに塩だけで味付けをした唐揚げだった。ホクホクで柔らかな食感で子供の頃は「火傷するわよ。」と言われながら作りたてのスズキの唐揚げを摘まみ食いしていたんだ。

「どうしたんじゃ?」

「え?」

「何かすごく嬉しそう。そんなに美味しかったの?」

 どうやら俺は自然と顔が綻んでいたようだ。

「懐かしい魚の味でね。俺の母親が良く作ってくれたものにそっくりなんだ。」

「それは儂らの領地から届けたスズキかもしれんな。」

「スズキが獲れるんですか?」

「そうじゃ。少し旬は過ぎたがの。まだまだ旨いぞ。」

 とても良いことを聞いた。クリソプレーズに行く楽しみが一つできた。こういうバタバタした状況ではなくゆっくりと味わって食べたい。捕れたてのスズキをすぐに捌いて揚げる唐揚げはどれだけ美味しいだろう?

「コーヅさん、乾杯いいですか?」

 自分の考えに浸る余裕は与えてもらえない。街の人に声をかけられ、持っていたコップでコツンと乾杯をして一口飲んだ。1人来ると周りの人たちもどんどんと声をかけてきて人だかりができてくる。

 人だかりには波があって落ち着いた時にはまた唐揚げを摘まんでいたが、段々と途切れなくなってきた。コップは一口ずつ飲んでいてもすぐに空になるのだが、定期的にコップまで持ってきてくれて乾杯を求めてくる人がいてその場で即席の乾杯会が始まった。

 オルデンブルクのところにも同じように人集りができているが見るからに冒険者と衛兵といったゴツめな人たちが多かった。

「クリソプレーズはここから10日程じゃ。景色も良いし魚や新鮮な茶が飲めるぞ。ここより暖かいし過ごしやすい。」

 オルデンブルクはしっかりと自領の宣伝をしている。

 ハンバーガーはなかなか届かず、街の人たちと杯を交わし続けた。リーサはホビーと一緒に街の女性たちと談笑している。ティアはやはり見当たらない。そしてシュリは色々な人に囲まれて戸惑いながら挨拶を交わしている。

 そしてやっとハンバーガーが届いてテーブルに置かれた。しかしすぐそこにあるテーブルに移動して食べる隙を与えてもらえない。

 その間に一つ、また一つと減っていく。そんな様子をぼんやりと眺めながら乾杯を繰り返していた。

 あー、俺も食べたい……。でもまーいいや。楽しいし、お酒も美味しいし。

 

―――


 ゴン!


「いてっ!」

 目が覚めると揺れる椅子に座らせられていた。

「あれ?」

「もうアズライトは出発しましたわよ。」

 確かにこれは馬車で……いてっ……小さな窓から見える景色が後ろへと流れている。

 馬車にはリーサとホビー、ティアとシュリ、そして……イザベラが乗っている。

 なんで!?

「どうしたの?コーヅさん。朝から視線が熱いよ。」

 

 俺にはいつの間にかヒールもかけられていて二日酔いはなかった。ただ体に酒は残っているので時間とともにほわほわした気持ちになり、その上揺れるので気持ちが悪くなってくる。

 ヒール

 その度に回復し、また段々と気持ち悪くなってくる。

「気持ち悪い……。」

「身体強化は?」

「あ……。」

 ヒールをしてスッキリしたところで、すかさず身体強化で肝臓を強めた。アルコールの分解速度は追い付かないもののかなり楽になった。

「これいいかも。」

「常識よ。」

「ティアの常識が俺に通用すると思ったら大間違いだよ。」

「ぼくもいつもじょうしきをまなんでるよ。コーヅも。」

 ホビーにまで注意されてしまうと何も言えなくなる。

「オルデンブルク様は?」

「お爺さまは外で走ってますよ。」

 窓から外を覗くと上半身裸で走っているオルデンブルクと警護の人たちの姿があった。蒸気機関車かと思うほどにオルデンブルクの體からは湯気が立ち上っている。

 それにしてもこれは警護の人には迷惑だろうなぁ。でも俺の近くで同じように杯を乾かし続けていたはずなのに……なんでこんなにも元気なんだろうか。

「敵わないなぁ。」

「敵う相手と思ってるところがすごいわ。」

 これは褒められてるんだろうか、それとも馬鹿にされてるんだろうか……?


 馬車とオルデンブルクたちは街道をひたすらクリソプレーズに向かって走っていった。

お読みくださりありがとうございました!

次回も来週の火曜日、12/10の投稿予定です。

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