第23話 お中元
俺とティア、そしてお茶専門店アランの娘のロカの3人で店を出た。
俺はティアと茶葉の袋を分け合って抱えている。胸元の袋からは果実のような甘い香りが漂ってくる。その香りで胸を一杯にしたくて自然と深呼吸してしまう。そしてその度に心が洗い流されるような気持ちになる。
ティーセットは重いと思うんだけど、ロカは自分が持つと言って聞かない。そしてロカの歩みに合わせてカチャカチャと聞こえてくる。
そんなロカには申し訳ないけど、これから買い込んだ茶葉を街の知り合いに配って歩くのだ。お中元みたいなものだね。
「ティア、最後にフィーロのパン食堂に寄る感じで順番に連れて行ってくれない?」
「分かってるわよ。それにしてもあんたは物好きねぇ。」と呆れ顔を見せた。
「みんなにお世話になるからね。こういう時にお返ししないと。」
右も左も分からない俺にはこういう処世術が大切だと思う。何が日本に帰るきっかけになるかも分からないし。
しかしティアは興味無さそうに「ふーん。」と流してお茶を抱えたまま歩いていく。俺とロカはその後ろをくっついていく。ロカは視線を落として躓かないように気をつけている。ティアは通りから横道に入って、更に1本曲がったところで立ち止まった。
「はい、マロリー魔道具屋に到着よ。」
俺たちは店に入った。前回と同じようにドアを押すとカン、カンと音がして、奥から「いらっしゃいませー!」という声がしてマロリーが出てきた。
そしてロカを見るなり「あら、今日はロカちゃんも一緒なのね。」と3人の顔を順番に見た。
そしてロカも「こんにちは。」と挨拶を返した。
「珍しい組み合わせね。どうしたのかしら?」
俺は先日魔道具を見せていただいたお礼にお茶を持ってきたと伝えて、お茶を渡そうとした。
しかしマロリーは受け取ろうとしなかった。
「えー!困るわ。お店で商品を見るなんて当たり前のことよ。いただけないわ。」と戸惑っている様子だった。それならと俺は「この先、きっと無理なお願いをすると思うんです。だから今のうちにお詫びの印です。すみませんでした!」と、すこし冗談ぽく頭を下げてみた。
マロリーは「ぷっ」と笑い「面白い人ね。確かにこの前も携帯シャワーを作ってくれって言ってましたもんね。じゃあ今のうちに受け取っておくわ。ありがとう。」と冗談めかして受け取ってくれた。
「はい。携帯シャワーは近いうちに是非お願いしたいと思っています。」
マロリーは「本当に?」と冗談じゃないのかとばかりに俺を見つめた。
「はい、是非。」
それにはマロリーも苦笑いで返した。
しかしそれは今ではないし、ここで問答しても仕方ないので、他にもお茶を配るからと伝えて店を出た。
「ねぇ、本当に携帯シャワーっていうのを作りたいの?」ティアも不思議そうに聞いてきた。
「勿論だよ。携帯シャワーは絶対にお勧めだから。すっっっごく気持ちいいんだよ。1日の疲れと汚れがシャワーに溶け出して流れていくんだって。」
俺の熱弁でもティアからは疑いの眼差しが消えない。誰がなんと言おうと俺は強めのシャワーで頭皮を刺激するあの感触は大好きです。それに湯船だけだと頭が痒くなるし。これは絶対に譲りません。と、俺の携帯シャワーへの情熱が再燃したのであった。
次はすぐそこに見えているのはアデリーナ婆さんの店だな。改めて見ても看板も無いから民家と見分けがつかない。
アデリーナ婆さんの店に入ると、売り物とは思えないガラクタのような物が所狭しと置かれているので3人もいると狭く感じる。
少し時間を置いてアデリーナがゆっくりと奥から出てきた。ティアがアデリーナが到着する前に少し大きな声で声を掛けた。
「アデリーナさん。今日は買い物ではなくて、お茶を持ってきました。受け取ってください。」
アデリーナはゆっくりとお店のカウンターまで歩いてきてから、ロカを見て言った。
「お前さんの所のお茶かい。」
ロカは笑顔で「はい、そうです。美味しいお茶ですよ。」と答えた。
「そうかい。それなら貰っとくよ。」とティアから茶葉を受け取った。
俺はこの前買った小さな魔石を見た。相変わらず多いな。というか前よりも増えたんじゃないのか?
「アデリーナさん。この小さな魔石はこの前よりも増えてますよね?」
「ふん。迷惑してるよ。」と吐き捨てるように言った。
後ろでガチャッと扉が開く音がした。振り返るとそこには破れた服を着た小さな男の子がいる。歳は小学生になったか、なってないかくらいだろうか。6歳前後という感じかな。
「あの……。」
「なんだい、またかい?いくつ持ってきたんだい。」
「2つ……。」
「小銅貨2枚だね。魔石はその籠に乗せときな。」
アデリーナはお茶の袋を持って奥に戻っていった。しばらく待っていると小銅貨を2枚と小さなパンを持って戻ってきた。
「ほら、持って行きな。」
「ありがとう!お婆さん。」
子供は小銅貨とパンを持って嬉しそうに帰っていった。アデリーナは貧しい子供たちから小さな魔石を買い取ってあげてるんだな。でもあんまり売れないから不良在庫になっているのか。お茶なんかよりこれを何とかする方が良いのかもしれない。
「これ……この魔石を引き取らせてもらっていいですか?50個ください。」
「ふん。……まぁ助かるよ。」
ティアも何も言わずにお金を払ってくれた。そして俺は何とも言えない気持ちで店を出た。日本にだってご飯を食べるのに苦労している人たちが大勢いる事は知っている。でもそういう人が身近にいなかったから、こんな風に目の前で生活に困った子供たちを見てしまうと、何もせずにはいられなかった。それが焼け石に水の行為であったとしても。
店を出て、次の場所に向かうティアの後ろを歩きながら、先ほど見た光景が忘れられずまた考えてしまう。この前もアデリーナの店で貧しい子供たちを見たけど、これは間違いなくこの街が抱える問題だと思う。今日、明日で解決できる問題ではないと思うけど、どうにかできないものかな。
「着いたわよ。」
ティアの声で我に返った。ここは生地屋だった。自分の気持ちとは違い色とりどりの鮮やかな生地が並ぶ生地屋に入っていった。
「いらっしゃいませ。」
しかし俺と同じで鮮やかな店に不釣り合いな少し暗く疲れたような声だ。店員は「あっ」と言い、改まって「先日はお買い上げありがとうございました。」と頭を下げた。
一昨日、来たばかりなので顔を覚えていてくれた。そしてニコリと女性店員さんなりに頑張って微笑んでくれた。
「こんにちは。今日は先日のすばらしい生地のお礼にお茶をお持ちしました。お召し上がりください。」
店員の女性は意味が分からずに、きょとんとしている。
「マルタさん、こんにちは。ご無沙汰してます。オリヴェルさんのお加減はいかがですか?コーヅさんのお茶はウチの店のお茶なんです。是非飲んでください。」
店員のマルタはまだよく分かっていないようだが、ロカにも勧められたからだろうか、受け取ってくれた。
「この様なものを頂いてよろしいのですか?むしろ私たちの方が生地を買っていただいたのに……。」
「私は異世界の日本からの転生者なので、皆さんに助けてもらわないと何もできないんです。こちらの生地はとても色鮮やかですし、品質も良くてとても気に入っています。今後もお世話になると思うので、このお茶はお近付きの印です。」
店員のマルタは戸惑った表情のまま「ありがとうございます。」と受け取った。俺は「また来ますね。」と店を出た。
店では聞かなかったが、お店の関係者に体調不良者がいるようだった。
「ロカさん、あの店に体調が悪い人がいるんですか?」
「はい、そうなんです。マルタさんの旦那さんのオリヴェルさんなのですが、体調が悪くて寝込んでいると聞いています。でもそれを聞いたのはギルド会議の時だったのでもう3ヶ月くらい経つと思います。」
「コーヅ、きっとオリヴェルさんの病気は大聖堂にいる祭司では治せなかったと思うの。こう言う時のためのあなたのヒールなんだからね。いつまでも疲労回復のヒールで躓いてたらダメよ。」
確かにその通りだと思ったので俺は黙って頷いた。自分のことだけ考えてたらダメだな。この世界にだって困ってる人が沢山いて、俺はその中の何人かは助けられる可能性があるんだから、もっともっと色々な事を考えて頑張らないといけない。今更だが自分自身の了見の狭さに情けなくなった。
「じゃあ次はゲーベルス靴工房ね。その後はフィーロのパン食堂よ。」
ティアは浮かない俺の表情に気付いたからか、努めて明るく振る舞っている。
ゲーベルス靴工房と生地屋の間は歩いて数分だ。ロカのペースでゆっくり歩いているが、先程の子供や旦那さんの事が気になってしまい景色が入ってこない。そして気付いた時にはもうゲーベルス靴工房の前にいた。
「ねぇ大丈夫?子供たちも病気もコーヅのせいじゃ無いんだから、仕方ないじゃない。あなたはこれから頑張ればいいのよ。ほら、元気出して!」
ティアが気を使って声をかけてくれた。ロカもその通りと頷いている。
「うん。ありがとう。」
なかなか気持ちは切り替えきれないが、これ以上2人に気を使わせるにはいかないので形だけでもと笑みを浮かべた。
そして3人でゲーベルス靴工房に入った。
「いらっしゃーい!あれ?お客さん、もう来たの?待っててね!おーい!親方ー!フィーゴー!」
ズルッ、ペタ
ズルッ、ペタ
「本当にお前は何度言ったらまともな接客ができるようになるんだ?」
親方が頭を掻きながら出てきた。そしてその足元は……スリッパだ!もう試作品できてるじゃん。すごいすごい!
「へへへ、お客さん、このスリッパはどうだい?まだお客さんに出せるもんじゃないけどな。それにしてもスリッパってのはいいな。足が締め付けられる感じが無くて楽だし、足の裏の感触も良くてな。俺たちもスリッパの良さが分かったところだよ。」
良かった。この世界でもスリッパは受け入れられそうだ。
「ここから商品としてどこまで品質を上げられるかって事を試行錯誤しているところだ。」と腕を組んで親方が言った。
「俺にもスリッパを履かせてもらえますか?」
「もちろんだ。」
「おい、フィーゴ。お客さんがいらした。途中のでいいからスリッパを持ってこい。」
親方が奥の工房に向かって声をかけた。
「おう!ちょっと待ってな。」と奥からフィーゴの声が返ってきた。
相変わらず賑やかな店だな。ここに来るまでに固まりつつあった心がほぐれていくのを感じた。
「私もお茶を淹れるからね。待っててよ。」と、ロザリーはバタバタと奥へと消えていった。
俺もお茶と言われて思い出した。茶葉を渡しに来てるんだった。
「すみません。今日は本当はスリッパを見に来たのではなくてお茶をお届けに伺ったんです。」
「なんだ?お客さん、そんなに気を遣わなくて良いんだよ。今回のスリッパは俺たちも楽しみながらやれてるんだ。こっちが感謝したいくらいさ。」と言いながらも、遠慮する親方ではなく「ありがとうな。」と快く受け取ってくれた。
そこへフィーゴがスリッパを2足持ってやってきた。
「まだこれは仕上げてないからな。」と念を押された。俺からするとフィーゴはまだ子供に見えるけど、きちんと職人のプライドを持っている事に心強さを感じた。
「勿論分かってるよ。」
デザインは足先まで覆われている。甲の部分を覆っている範囲が違うものになっている。そして色も2色で変えてある。
俺は早速ブーツを脱いで履いてみた。
「これこれ、この感じです。」
ただ皮を使っているから日本で履いているスリッパより重たい。
甲の部分の覆いは浅い方が好きかな。あと踵にもう少しクッションが欲しいな。
俺は履いた感想を2人に伝えた。
皮や上質の生地なので一見サンダルの様にも見える高級スリッパになりそう。でも領主にも贈るものとしては良いと思う。俺は細かなデザインは任せるので、指摘した部分が改良されていれば良いと伝えた。
デザインはギリギリまで検討したいからやっぱりあと3日欲しいそうだ。サンプルのデザインは1種類で生地や色の組み合わせなどを考えて5つ準備するそうだ。
そして興味津々に俺の足元を見ているティアにスリッパを譲った。女性たちはそれに群がり順番に履いてキャッキャ言いながらファッションショーみたいなことをして楽しんでいて、ロカはノリノリでポーズをとっている。
やっぱり鮮やかな色って映える。女性たちにも良く似合っているし、本人たちからもかわいいと高評価を得られた。
そして受付のロザリーは早速フィーゴに私にも可愛いスリッパを作るようにと指示をしている。そしてそれをフィーゴが今はそれどころじゃないんだよと断り、親方がお前らうるさいと文句を言う。
見ているだけで温かい気持ちになれる工房だ。本当にここに来ると元気が出る。俺も自分に出来ることを精一杯やっていこうと前を向けた。
店を出る頃には心にかかった薄曇りから少し晴れ間が覗いた気がする。またすぐに雲がかかってしまうかもしれないけど……。
さぁ、そして最後はフィーロのパン食堂だ。




