第228話 ニホン祭り
タイガーは近くの衛兵から木刀を受け取ると剣を構えた。すると周囲の空気が一瞬にして緊張感に包まれた。それは息をすることも厭われるほどのものだった。
「参ります。」という言葉と同時にオルデンブルクの懐に飛び込むと木刀を薙ぎ払った。オルデンブルクはその剣速よりも一瞬早くタイガーの後ろに回り込むと連続の突きを繰り出した。
タイガーはそれを大きく後ろに飛び退いてかわすと、オルデンブルクの正面に対峙した。
「全く衰えていませんね。」
「お主も楽しませてくれる。」とお互いにニヤリと笑った。そしてタイガーは素早く左右へステップを踏みながらオルデンブルクに近付いていった。
「ねぇねぇコーヅさん。私も一緒に明日から旅行なんだよ。よろしくね。」
タイガーの変則的なステップからの袈裟斬りや突きにオルデンブルクは対応に苦慮しているように見える。俺たちと相手している時のようにギリギリで避けるのではなく、少し大きめに避けて不測の事態が起きないようにしているように見える。
「でもさ集合場所とかも聞いてなくて。朝、コルベール様のお屋敷に行けば良いの?」
オルデンブルクは防戦を嫌がるように攻撃へ転じた。タイガーの足を封じるように素早く不規則に木刀を振るう。お互いに主導権を握ろうと相手の裏をかくような高度で高速な戦いをしている。
野次る声なども無く2人の一挙手一投足を見逃すまいと誰もが集中して動きを見ている。
ガキ!
ヒュン
木刀や土を蹴る音、そして呼吸音だけが訓練場に響いている。
「あ、あとね。どっちの剣が似合うと思う?私的にはこっちなんだけど、でもこっちの剣って鞘のこのワンポイントが好きなの。だから悩んじゃってて。」
足先を突いてきたタイガーの木刀を甲高い音を立ててオルデンブルクが強く打ち返した。
「ねぇ、聞いてるの?」
イザベラが俺の顔を両手で潰して自分の方へ向けた。
「にゃに?」
「乙女の悩みを打ち明けたのに聞いてなかったの?酷い人ね。ふん!」
イザベラは打ち込み台にいるシュリの方に歩いていった。俺はその後姿を見ながら何だったんだろう?と首を傾げていた。
その間もタイガーとオルデンブルクの一進一退の激しい戦いは続いていた。そしてその戦いに終わる気配はなく延々と続いていた。
「タイガーよ。そろそろ終わりにしよう。とても良い稽古になった。」
やがてオルデンブルクが木刀の切っ先を地面に向けた。
「こちらこそ大変良い機会になりました。」とタイガーが頭を下げた。
俺の魔力任せではなく剣技としてタイガーはオルデンブルクと近いレベルだということだ。この戦いを見ていると武神とか言われるのが恥ずかしくなる。
「よし、次じゃ。次は誰がやる?」
オルデンブルクは水を飲みながら次の相手を探し始めた。俺も少しでも剣技を磨かないといけない。ホビーの隣で木刀の打ち込みを始めた。
厚い雲に覆われた空はいつもより早く暗くなり始めた。いくつかの光魔石照明に明かりが灯り始めている。
「そろそろ祭りに向かった方が良いのでは?」
タイガーの声にオルデンブルクは大きく息を吐き出した後、木刀を下ろした。そしてその体からはオーラと見間違えるような湯気が立ち昇っている。
「うむ、そうじゃな。これからも稽古に精を出すのじゃぞ。」
「明日から頑張ります!」
「今夜はとことん付き合ってくださいよ。」
「わっはっは!そうじゃな。今夜もとことん剣技について語らい合おう。」
俺は苦笑しか出ないが、衛兵たちは盛り上がっている。
「盛り上がるのは良いが、お前ら見回りを忘れるなよ。」
「隊長、盛り下がるような事を言わんでください……。」
「お主らがおるから街の者は安心して楽しめるのじゃ。しっかり頼むぞ。」
俺たちはまだ任務が続くらしい衛兵たちを置いて一足先に外壁の祭り会場に向かった。砦から出ると、街の人たちも家々から続々と家族連れで出てきてゾロゾロと外壁に向かって歩いていた。
両親と手を繋いでぶらぶらとぶら下がっている子供の姿があった。家族全員が笑顔で幸せそうに見えて微笑ましく感じた。
……あれ?何だろう、寂しさを感じない。今までだと家族に会いたくなって落ち込んでいた気がする。どうしたんだろう?祭りの高揚感?
俺は不思議な気持ちでその親子の後姿を見つめていた。
「どうしたの?何か気になることでも?」
隣のリーサが俺の様子を気にかけて話しかけてきた。
「あ、いや、何でもないよ。ただ混んでるなって思って。」
「でも本当にすごい人出ね。もっと早く移動始めれば良かったわ。」
後ろを歩いているティアが会話に入ってきた。
「ホントだねぇ。このメンバーなら飛び越えちゃう?」
「行儀は良くないですが、お爺さまも挨拶をすることになっているので急いだ方が良いかもしれませんね。」
確かにここだけで見てもなかなかの人出になりそうだ。外壁に近付くとどれだけの人がいることやら。とは言え人はまだ流れているのでそのまま流れに任せて一緒に歩いていた。
しかし徐々に歩く速度が落ちていき、やがて止まった。あと少しなんだけど。でも人の間に縫って進めるほどの隙間はない。
「あれさ、門が開いてないんじゃない?」
人の背中ばかり見ていた視線を上げると確かに門が閉まっている。これでは進むわけがない。そして後ろにも行列ができている。これって危険なんじゃないか?
「本当だ。どうする?」
「ちょっと見てくるよ。」
シュリがそう言うと俺の肩に手を置くと、勢いをつけてジャンプして建物の屋根に飛び乗った。そして屋根の上をピョンピョン飛び跳ねて壁まで辿り着いていた。
「俺は何にも聞かせられてないけど、リーサさんは聞いてるの?」
「聞いてることもあるし、聞いてないこともあるわ。でもコーヅ殿には言えないの。」
「何で?」
「それも内緒。」
「ホビー、教えてよ。」
人の波に飲まれないようにリーサに抱きかかえられているホビーに聞いた。
「コーヅにはないしょ。」
「こらこら、テイムの関係があるだろ?」
「ははは、ほんとうはぼくもしらないんだ。」
あの領主のことだから考えてることは分かる。あのプルスレ村で驚かされたことを根に持ってるんだ。でもこれだけの人を巻き込むなんてやり過ぎだと思う。
「みんな前に来てって!」
シュリが近くの屋根の上から声を上げた。俺たちは順番にその屋根に飛び乗るとシュリの案内で壁の方に進んだ。
屋根からは通りごとに沢山の人で溢れかえってざわついている様子が見えた。これは早く門を開けないと危険なんじゃないか?
「遅えよ。」
すっかり顔色が良くなった領主に文句をつけられた。後ろにはサラやアリアも待機していたので2人に会釈をした。
列からは見えてなかったけど、ここにはちょっとした櫓が組まれていた。回りをキョロキョロと見回していると突然街の灯りが消えて真っ暗になった。
「どうした!?」「きゃあ!」
人々から驚きと悲鳴が入り混じった声が上がった。
そしてオーケストラの力強い演奏が始まった。すると今度は歓声が起きた。
領主は満足気な表情を見せて頷いている。そしてサラが櫓の上に素早く飛び乗った。すると色とりどりのスポットライトが外壁に当てられた。
「おおー!」
またしてもどよめきが起きた。
そしてそのスポットライトがいくつにも分かれてグルグルと不規則に壁の上を動き回った。光の元を辿ると衛兵たちが光魔石が入った筒を動かしていた。
サラが手を挙げるとそれらの光が櫓の上に佇んでいるサラに集まった。
すると演奏も止んで静まり返った。その様子に隣にいる領主が満足そうな笑みを浮かべている。
「本日の皆さまと共に素敵な夜を過ごしたい思いからご用意いたしました。それでは本日の為にお越しいただいたクリソプレーズ領主の剣聖であられるオルデンブルク様にご挨拶頂戴いたします。」と頭を下げて櫓を下りた。そしてオルデンブルクが櫓に駆け上がった。すると一斉にオルデンブルクを呼ぶ声があちらこちらから上がった。凄い人気だ。
「クリソプレーズ領主のオルデンブルクじゃ。今夜は皆と楽しむためにクリソプレーズの食材も届けた。夜が明けるまで存分に楽しもうぞ。」
そしてオルデンブルクはそのまま残り、続いて領主が櫓に上った。
「今日は皆に拡張した街のお披露目と、シンと同じニホンから来たコーヅの持ち込んだものを集めてみた。コーヅ、シュリ、来い!」
……今、呼ばれた?
俺は隣のシュリと思わず顔を見合わせた。シュリは聞いてないとばかりに首をフルフルと振った。
突然言われても……。俺、こんな大勢の前に出たことなんてないよ。
「早くしろ!」
領主に急かされ、俺は慌てて櫓を駆け上ったら、途中で足を踏み外して脛をぶつけた。
「ッ!」
ヒールを使う余裕もなく涙目になりながらシュリと櫓を上った。スポットライトがあちこちから当てられていて眩しい。でもそのおかげで街の人たちの姿が見えない。
「このコーヅは春には王都に行ってしまう。まだアズライトに来て数カ月だが沢山の物を残した。そして最後に残したのがこの聖女シュリだ。これまでにない新しい治療法を身に付けた。」
「おおぉぉぉ!」とどよめきが起きて、それが腹に響いてくる。
隣ではシュリが顔を引き攣らせている。そしてそんなことはお構いなしに領主は一呼吸置くと「ここにニホン祭りの開会を宣言する!皆、存分に朝まで楽しめ!」
「うおぉぉぉぉ!!」
そしてスポットライトが消えたと思うと、今度は閉じている門に間接照明が当てられた。すると更に大きなどよめきが起きた。
ギギギ……と言う音を立てながら、ゆっくりと外壁の門が開いた。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回は11/26(火)の投稿予定です。
またお時間あるときに読みに来ていただけると嬉しいです。




