第225話 砦で稽古
俺はシュリと場所を入れ替わって、患者の前にしゃがむと、患部に触れて治療の状態を確認した。
……これは間違いない。
「シュリ、凄いよ!治療が進んでるよ。」
間違いなく患部に存在する違和感が小さくなっている。まだまだ完治には程遠いけど、こうやって小さくしていけるなら、いつか完治させられるはずだ。そしてシュリのお陰でオレ流治療法の理論が間違いではないということも証明できたんじゃないかと思う。
「本当に!?でもその言い方だとまだ治ってない?」
「うん、まだまだ残ってるよ。」
残念ながらこのペースではかなり治療に時間はかかる。でもそんなのはこれからだ。0が1になったんだから、それが2になり10になっていく方が簡単なはずだ。
続いてシュリには体の状態を確認する方法を試してもらった。シュリは患者の肩に手を置くと目を閉じて集中力を高めていった。
「……。」
そして意識を完全に患者の体に向けたシュリは慎重に全身に向けて魔力を流していった。そんなシュリの様子を周りの祭司たちも静かに見守った。
シュリは患者から体の状態を掴み取ろうと集中しているが、簡単にはいかず時おり唸り声をあげたり「……あっ、いや違うか……。」などと呟いたりしながら魔力を流し続けていた。
やがて「……ダメ。もうよく分からないや。」と言って体を起こした。
「でも治療できたんだからすごいじゃん。」
「えー、でも少しだけでしょ?きっとみんながコツを掴んだらすぐに抜かれちゃうよ。」
「いいじゃない。Bランクが治療しきれない病気を治療できるようになったんだから、ある意味Aランクの価値がある訳だし。それに練習すればもっと良くなるわよ。」とティアが励ました。
その後も午前中一杯かけてオレ流の治療法を祭司たちに教え続けたが、結局シュリ以外にコツを掴めた人はいなかった。これは感覚的なことなので、人によってはもう少し時間が必要なのかもしれない。
しかし唯一神津式治療法という違和を削り取る技術を習得できたシュリはみんなに褒められて「少しだけですし……。」と謙遜気味に答えながらも口元は緩んでいた。
まだ初日だしこんなものだろう、と俺は治療しきれなかった残りの患者たちを治療していった。俺は患部の違和をゴリゴリと削り取りながら、これがそんなに難しいことかなぁ?という疑問を抱いていた。
祭司から大聖堂での食事を勧められたが、今日はオルデンブルクのためにフィーロのパン食堂を予約済みなのだ。なんなら明日分も既に予約済だ。
女性たちは美味しくても同じ店ばかりは飽きるようで、本当は他の店で食べたいという気持ちを言葉の端々から感じる。でもホビーも含めた男性たちは好きなものなら何度か続くくらいは苦になるどころか、むしろ嬉しいのだ。
そして昨日と全く同じメニューで、新鮮なサラダパンと濃厚な卵パン、肉汁がたっぷりの肉パン、そして雪山フレンチトーストを美味しく味わった。
「明日までしか食べれんとはなぁ。名残惜しいのう。」
オルデンブルクは綺麗に無くなった皿を見て呟いた。そして店を出る時も「店主殿、いつでもクリソプレーズに出店する相談には乗るからの。」と諦めきれない様子だった。
「はい、ありがとうございます。」
フィーロはいつもの笑顔で頭を下げた。しかしその表情からは提案に惹かれていないことが伝わってくる。
「さて、どこで稽古するかの?」
昼食が終われば次は稽古だ。こういう切り替えはあっさりしていて早い。でもクリソプレーズの領主らしく何かを視察するとか、誰かと会合するとかそういう予定はないんだろうか?
「壁の外が使えんとなるとなぁ……。また森かのう?」とオルデンブルクは恨めしそうに、遠くにそびえ立つ外壁を見た。あまり森での稽古は楽しくなかったようだ。俺は大歓迎なんだけど。
「お爺様、衛兵たちに稽古をつけていただくのはいかがでしょう?タイガー隊長もいらっしゃいますよ。」
「おお、あのタイガーか?それは良い考えじゃ。そうするとしよう。」
オルデンブルクは決断が早い。そのまま方向を変えると砦へ足早に向かった。砦に足を踏み入れるのは1〜2週間ぶりくらいになるだろうか?やはり砦に戻る道には懐かしさがあって、歩いているだけで嬉しくなる。
橋を渡り、門番が俺たちに気付くと軽く手を上げた。しかし何かに気付いたようで、というかオルデンブルクなのだろうが、慌てて直立不動の姿勢をとると、胸に拳を当てる敬礼をした。
その衛兵たちの前をオルデンブルクは「大儀である。」と胸に拳を当てて通過した。こういう扱いを受けているオルデンブルクは初めて見たが、本来はこのくらい偉いんだろうな。本人や警護の人たちはどんな対応を受けても、ほとんど気にした様子がないから忘れがちだけど。
そして砦の中を訓練場に向かって歩いた。
訓練場ではいつもと変わらない様子でキビキビとした動きで訓練が行われている。相変わらず高い練度の連係の取れた動きで、俺がこの訓練に混じるとついていけない絶対的な自信がある。
「お?コーヅ……」
衛兵の一人が声を上げたと思うと、すぐに訓練の手を止めて直立不動の姿勢で敬礼した。その様子に何事かとこちらを見た衛兵たちが次々と胸に拳を当てて敬礼をした。その波が全ての衛兵に伝わると訓練が止まり、その場が静寂に包まれた。
「皆、畏まらなくて良い。良く訓練されておるな。」
オルデンブルクは訓練場の中に入っていき、衛兵たちに歩み寄った。全ての衛兵からの熱い視線がオルデンブルクの一挙手一投足に注がれている。
「儂にしてやれることは剣の稽古くらいじゃ。誰か木刀をくれんか?」
「どうぞお使いください。」
近くにいたトーマスが自分の木刀を服で拭ってから渡した。
「うむ、すまぬな。では誰から稽古しようかの?」
一瞬の間が空き、衛兵たちがお互いに視線を交わしあった。それは牽制と威圧の混じった異様な雰囲気だった。そして誰も手を挙げない、いや挙げられないという重たい沈黙の時間が続いた。
「もう、みんな冷たいんだなぁ。お爺ちゃんの相手は私がやってあげるよ。」とイザベラが手を挙げた。
「ばっ馬鹿!あのお方は剣聖様よ!」
隣のウルシュラが慌ててイザベラの口を押さえた。
「へ?何?」
きっと理解してないだろうイザベラは呑気な声で答えた。きっと敬礼も良く分からないままに周りの真似をしてたんだと思う。
「わははは。そうか、お主からじゃな。それでは本気でかかってきなさい。」
そう言うとオルデンブルクは木刀を構えた。
「あれ?えー?……もう仕方ないなぁ。」
イザベラは周りの嫉妬の視線に自分じゃなくても良かったことに気付いたようで、面倒臭そうに木刀を構えた。
「いきますねぇ。」
ガキッ!という甲高い音がして木刀が重なり合った。
速い!イザベラは一瞬で間合いを詰めていた。そしてそれを受け止められると連続で斬りかかった。
思ったよりも速くて力強い攻撃に驚いた。いつものイザベラとは別人のようだ。
イザベラは全く手を止めない。上に下に右に左に攻撃を続ける。オルデンブルクも最初は驚いていたが、木刀で全て受け止めた。
「もう〜、全然通らない。」
イザベラは本気だと思っていたが、まだ文句を言うだけの余裕があるようだ。そして更に木刀を振るう速度が上がった。
「良いぞ!その調子じゃ。よし儂からも打っていこうかの。」
そう言うとオルデンブルクはイザベラの木刀を強く打ち弾いた。そして今度はオルデンブルクがイザベラへ打ち込んでいく。イザベラはそれを受け流したり避けたりしながら反撃の隙を伺う。
「ちょっ……、ちょっと聞いてないよ。このお爺ちゃん、何でこんなに強いのよ……。」
本当にイザベラは、全くと言って良いほどに人の話を聞いてないよな。おそらく未だに理解していないのは衛兵の中でイザベラだけだと思う。
「もう!」
オルデンブルクの横殴りの木刀を体を低くしてかわすと、グッと更に体勢を低くし一瞬でオルデンブルクの後ろへ回り込んで木刀を横一閃に振り抜いた。しかし振り抜いた瞬間には、オルデンブルクがそのイザベラの後ろに回り込んで首元に木刀を当てていた。
衛兵たちからどよめきが起きた。
「うっひゃあ。負けちった。たははは……。」
「太刀筋は良いぞ。じゃが最後は油断しすぎじゃ。必ず避けられることを想定して準備せねばならん。」
「でも、必殺イザベラ木の葉斬りを初見でかわすなんて……。お爺ちゃんはただものじゃないね?」
イザベラは本気で驚いてる。……いや、だから剣聖なんだってば。
「認めて貰えてなによりじゃ。」
オルデンブルクは豪快に笑い、警護の人たちは苦笑していた。
「次は誰じゃ?」
「俺……自分が!」「はい!」「私を!」
もう遠慮していられないとばかりに一斉に手が挙がった。オルデンブルクは嬉しそうに顔を綻ばせると、手が早かったヴェイを指名した。
「うへへへ。剣聖様と剣を合わせる日が来るなんてな。……いきますぜ。」
ゴキッ!
交通事故かと思うような大きな音が響き渡ると、衛兵からも唸り声のようなどよめきが起きた。
しかしその衛兵たちの輪から少し外れて、まだ不満気にブツブツと文句の呪文を呟いているイザベラに気付いた。
「イザベラって強いんだね。」
「あー!私の恥ずかしい姿を見たのね!……もう、責任取ってね。」と言って頬を染めた。
責任って……。まぁ、いちいちイザベラの言葉を真に受けてはいけない。それにしてもぐうたらなイメージしかなかったイザベラの印象が変わった。前衛を張るだけはあるってことだ。
「イザベラちゃんがコーヅくんの警護をするのも分かるでしょ?」
「うん。見直したよ。」
「見直さないといけないなんて……コーヅさんは人を見る目がないのね。」と言ってプイとそっぽを向いた。そんなイザベラには是非、日頃の行いという言葉の意味を理解して欲しい。
「おおー!」
その時、衛兵たちからひときわ大きな声が上がった。




