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第223話 心属性

 オルデンブルクの剣筋は身体強化していなければ見えない程の速さで、正面の太い幹を真横に斬ると、流れるような逆袈裟斬りで斜めに斬り上げた。

 しかし木を切った音がせず、剣が風を切る音しか聞こえなかった。しかし間違いなく木は切れているはずだ。どんな技術を持ってするとそんなことができるんだろうか?

 オルデンブルクが振り返えると、シュリとホビーがおおーっと声を上げて拍手をした。

 俺は目に焼き付けた剣の軌道を確認したくて木に近付くと、想像通りの綺麗な切れ目が入っていた。

「うわっ……。」

 思わず漏れた声にオルデンブルクは「この良さが分かるようになったなら進歩じゃ。」と満足げに俺の肩を二度三度と叩いた。

 そして「見ておれ。」と丁度『フ』の字のように切れている部分を押すと、その形のまま綺麗に抜き取れた。その先端までが綺麗に揃っていて本当に切先がミリ単位よりも精度高く同じ場所を通過していた。

 まじかよ……人はこんな芸当をできるようになるものなのか。

 ミシミシ……

 俺はその切り口を指で撫でながら感心しきっていた。

 ミシミシ……

「コーヅくん、上、気付いてる?危ないよ。」

 シュリののんびりした声に見上げると木が俺に向かって倒れてきていた。「あわわわ!」と変な声をだして慌てて避けた。

「あっぶね。」

「お主は何をしておるのじゃ?切り口の正面に立つやつがあるか。」とオルデンブルクに呆れられた。

「切り口が見事だなと思いまして……。」

 俺がそう答えるとホビーが腰に両手を当て「コーヅはまわりをみないとだめだよ。」と注意をしてきた。段々とホビーからのこういう扱いにも慣れてきた。日本では俺の方が周りの社員たちに指摘する側だったんだけどなぁ……。

 俺は改めて倒れた木に近寄ると切り口に触れてみた。そしてその滑らかさにまた唸り声を上げた。ホビーも隣で「つるつるだねぇ。」と言って頬をその切り口に当てていた。

 一方でオルデンブルクは警護の人たちと木の枝をナイフで落とすと、その木を抱えて街の入り口に担いでいった。

 そして戻ってくると「次はお主がやってみい。」と言って腰から抜いた剣を渡してきた。その剣は見た目よりもかなり重たくて思わず落としそうになった。

 俺は全身ヒールと身体強化を強めて、オルデンブルクの軌道をなぞるように意識を集中した。そしてオルデンブルクの剣筋のイメージを強めていく。

「ハッ!」

 低い体勢で踏み込むと横一閃に剣を振った。すると綺麗に残像の中のオルデンブルクと重なった。

「どうですか?」

 俺は会心の振りに自信を持って振り返った。

「まだまだじゃな。」

 オルデンブルクは腕を組んだままゆっくり首を振った。

「コーヅくん、上!」

「上……?」

 バキバキ……

 ゆっくりと木が倒れてきてる。

「うわわわ!」

「お主は毎回騒々しいのう。」

「もう、まわりみてっていったよ!」


 倒れた木の枝はまたオルデンブルクや警護の人たちで落としてくれた。俺はその間、自分の切り口を見ていた。手触りも悪いし、角度も斜めになっているし、手前で止めることができておらず、幹を全て切ってしまっていた。それは倒れるよな……。俺はオルデンブルクの剣の残像イメージと全く違う結果にがっかりした。

 見た通りに体を動かすというのは身体強化の範疇ではなくて、やはり簡単なことではなかった。もっともっと練習を積まなければいけないんだな。

「ボクはこのきのけんでれんしゅうするよ。」

 ホビーは木刀を持って木に向けて打ち込みを始めた。甲高いカンカンという音がリズム良く聞こえてくる。

「リーサさんもやる?」

 俺が剣を渡そうとすると、首と両手をブルブル振って受け取らなかった。

「私は良いかな。その剣て国宝なのよ。」

「ええ!?まじか、これが国宝……。」

 剣聖が持つ剣なんだからあり得る話だ。それを聞いてしまうと、俺も持っていたくない。

「シュリ、この剣って国宝なんだって。持ってみる?」

「えええーー!?剣聖様の剣……。持ってみたいかも。本当に良いの?」

「うん!」

 シュリは緊張した面持ちで剣を受け取ると「う……重たい……。」と呟いた。そして剣を構えて素振りを始めた。

「うわぁ……。私、剣聖様の剣を振ってる。」

「木は切らないの?」

「切る訳ないでしょ!?折れたらどうするのよ。」

「はっはっはっ、もう実戦で使う機会も無いじゃろう。折れたって構わんよ。」

 戻ってきたオルデンブルクがシュリに切ってみるように促した。

「この剣が折れたら私の心まで折れます……。」

 本気でそう言っている姿に俺も剣を使って木を切ることをためらってしまった。リーサが断るのも当然と思った。結局シュリもリーサも自分の剣を使って木を斬る練習を始めた。2人とも綺麗な軌道で木を切れていた。返した剣の切っ先までがピタリと合う精度ではなかったけど、2人とも俺よりも綺麗な切り口だった。オルデンブルクとの大きな違いは木の断面がざらついているところだった。これは腕の違いなのか、剣の違いなのかまでは分からないけど。

 俺は剣の軌道が危ういということで、オルデンブルクやシュリ、リーサが数本の木を切るところを見せて貰った後は、ナイフで枝を落とす手伝いをして一緒に門の前まで木を運んだ。

 するといつの間にかホビーが森の中で木に寄りかかって眠っていた。

「今夜はそろそろ帰るとしよう。今日も良い稽古ができたな。」

 オルデンブルクの言葉を合図に稽古を止めた。もうすっかり夜で、森の奥からは聞いたこともないような獣の声が聞こえてくる。ホビー効果なのかこの声は魔獣ではないし、恐れるほどの強さではないことが感覚的に分かる。

 するとリーサがすぐにホビーのもとに歩み寄り抱き上げた。

「俺が抱っこするよ。」とリーサから受け取ろうとした。しかし「軽いから大丈夫よ。」と言って渡そうとしない。

 こうやって俺とホビーの関係が少しずつ離れていく気がして「俺の従魔だよ。」ともう一度渡してもらおうと手を伸ばした。

「私には心属性の魔力が無いのよ。だからホビーの母のように接さないといけないの。……だから私に抱かせて。」

 ホビーに対してそんなに強い想いを持っていてくれたなんて全然気付けなかった。そんな気持ちに感謝しつつ「分かった。」と、ホビーのことはそのままリーサに任せて屋敷に戻った。


 そして寝るまでの1人の時間は木刀を使って素振りをした。俺にはとにかく経験が足りない。少しでも上達するために素振りが必要だ。ここに来たばかりの頃の素振りとは意識も?違うので身になっている実感はある。

 食後なので形を丁寧に軽く振っていたが、身体強化を使わないので暖かい部屋では汗が噴き出してくる。俺はエアコンを止めると窓を開けて月夜を見上げながら冷たい風を浴びていた。

 気持ちいいな……。庭で素振りしたいけどこの寒空の中でキキに一緒にいて貰うのは忍びない。

 俺はふと屋根に上ってみたいと思い、窓に足をかけた。そして窓枠を掴むと勢いをつけて屋根まで飛び上がると、そのままそこに寝転んだ。空に広がる漆黒のキャンパスは光の粒で埋め尽くされている。そして大きな月が一際大きな存在感で俺を見下ろしている。


 ……俺は日本に帰るために前に進んでいるって思って良いんだろうか?エルフとの接点には近付いているとは思う。遠くない将来に接触できるような気がする。……根拠は何もないけど。

 それに強さも身についてきた。剣技も経験もまだまだだけど身体強化は使いこなせるようにはなってきた。もうあの壁への激突のような事故も起こさないという確信的な自信もある。

 もう少しこの世界や国の知識を仕入れたら、この先も協力を得られるような形で旅に出たい。そしてホビーが一緒ならきっと旅も上手くいくと思う。……でも一緒に来てくれるかなぁ?正直、最近のホビーを見ていると少し心配になる。……けど、それならそれで良いのかもしれない。日本に帰るときに別れる方が辛いはずだし。

 そして俺は降るほどの星空の下で、流れ星を見つけては日本に帰らせて欲しいと願った。


―――


 十分な睡眠が取れた翌朝はすっきりと目が覚めた。

 明後日にはここを旅立ってオルデンブルクの領地へ赴く。とは言え、ただの旅行だし、ここから持っていく程のものは無いので改めての準備は不要だ。強いて言えば届く予定のショートソードを持っていくくらいのことだ。着替えなどは既にキキが準備を終えているし。

 俺はいつも朝支度を済ませるとキキに連れられて食堂に向かった。

「少しは木刀を振ったか?」

「はい、昨日見せて貰った剣筋をなぞるように頑張ってます。」

「そうじゃな。基本八型さえしっかり押さえておけば、お主の身体強化の力があれば敵う者は無くなるじゃろうて。」

「さっすが武神様ね。」

 リーサがからかうように俺の方を見た。

「武神……?」

 クリストフとシャルロッテが不思議そうにお互いの顔を見合わせた。

「儂が授けたのじゃ。コーヅ殿は武神じゃと。」

「まぁ!お爺様にそこまで認められるなんて……。」

 シャルロッテが信じられないといった表情で俺を見ている。クリストフも「武神……。」と言葉の意味を噛み締めるように呟いていた。

 俺はそれに苦笑いで答えることしかできなかった。

 これを受け入れると心に誓ったばかりだろう……と自分に突っ込んだが、やっぱりこういうのは苦手で思わず苦笑という形で逃げてしまった。


 それから武神までの経緯を根掘り葉掘り聞かれたが、俺が言い淀んでいるとリーサが面白おかしく伝えた。そしてそれをオルデンブルクも頷きながら聞いている。

 俺は武神という二つ名を受け入れて利用すると決めたばかりではあるので、くすぐったくて逃げたい気持ちを抑えて、「ハハハ……。」とヘタれた曖昧な笑みを浮かべていたものだから、料理を運んでくるメイドや執事の見る目まで違ってきた気がする。

 変な視線を感じながらで味もよく分からなかった朝食を終えた。この後は大聖堂で治療を行うために行かないといけない。

 でもクリソプレーズへ出発する日も治療したとしてもあと3日しかないんだけど、本当に残された祭司や修道女たちで大丈夫なんだろうか?今更ながら不安に思った。

 応接室に入ると相変わらずシュリは立ったままお茶にも手を付けずに待っていた。そして俺たちを見るとすぐに「さぁ剣聖様、武神様参りましょう。」と言って部屋を出ていこうと歩き出した。

「誰か抜けてない?」

 俺がそう言ってティアを見ると、爆炎が宿る目で俺を睨んでいた。そしてソファから立ち上がると俺の足を踵で踏んづけてから部屋を出ていった。

「痛ってぇ……。」

「コーヅはなんにもわかってない。」

 ホビーにまで呆れた目を向けられた。

 くっそー、何で俺だけ……。

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