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第220話 ショートソード

「何……今の?」

 俺の声にホビーも反応した。俺たちは顔を見合わせると頷きあった。そしてその場にしゃがみ込むと丸い目が見えた狭い隙間を覗き込んだ。

「お止め!」

 アデリーナの声が響く。そこへ何かが足元を駆け抜けてアデリーナの膝に跳び乗った。

 猫!?真っ白で柔らかそうな毛に包まれた可愛い猫だ。丸い目は俺たちを警戒するように見つめている。しかしそんなことはお構いなしに、ホビーは興味津々に大きな目でジッと見つめ返していた。

 それにしてもこの世界で猫は初めて見た。

「チロちゃん、怖いでちゅねぇ。」とアデリーナが白猫の体を優しく撫でると、目を細めて気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 猫の存在にも驚いたが、アデリーナの『でちゅね』にはもっと驚いた。俺とティアが不思議なものを見る目で見ていると「あんたたちは買うもの買ったらサッサと帰っておくれ。」と睨んできた。

 白猫と俺たちへの対応の差が激しいが、アデリーナらしくてむしろ安心した。


 いつもの籠を覗いたが期待していた程には魔石の在庫が無かった。しばらく来てないから山盛りになっているかと思っていた。

「あんまり魔石は置いて無いんですね。」

「あんなクズ魔石でも冬は売れやすいんだよ。今年は特によく売れててね。そこに出てるだけだよ。」

 これしか無いなら、買いに来る人のためにむしろ残しておいた方が良いのかもしれない。

「それなら他で買った方が良いですかね?」

「私の知ったことか。欲しいなら買えば良いし、要らないなら買う必要ないだろ?」

 うーん、悩むなぁ。このサイズで慣れてるから使いやすいんだよな。まぁ買って良いって言うんだから買えば良いのかな。

「それなら全部ください。」

「袋はあるかい?」

「あ、これを。」

 俺は腰ベルトから布袋を取り出した。老婆はそれを受け取ると数を数えずに籠から流し込んだ。

「小銀貨2枚だよ。」

 雑な会計は魔石量に比べて少し高い気はしたが、需給のバランス的にはこんなものかもしれない。そしてティアも値段に文句をつけることなく支払っていた。


 まだ給料は基本的にはティアが持っている。だから正直いくら残ってるのかは分からない。この世界に数カ月いたが、大きく支出する機会も多くないから金貨で数枚残ってるのかもしれない。特に最近はコルベール家にお世話になってると財布を出す機会は更に減った。一応俺の腰ベルトにも金貨を除く各種硬貨は入っているので支払い能力はある。今のところはそれで十分だし、この世界に未練を残さないためにも過度な財産は持たない方が良いと思っている。


「体の様子を診させてもらっても?」

 俺は魔石の入った袋を受け取りながら聞いた。

「そんなもの要らないよ。」

 そういう人だよな。俺がそのまま手を握るとビクッと体を震わせた。しかし嫌がる素振りは見せなかったのでそのまま体の状態を診た。また少し腰に疲れが出ているが、それくらいだ。全身にヒールを送り込んだ。

「ふん。勝手に治したんだから礼はしないよ。」と言うと上気した顔を背けた。

「はい、勝手にやってしまってすみません。」

 言葉だけを切り取るとこんな感じだけど、喜んでくれていることが伝わってくるところが可愛いと思う。


「コーヅ殿の行きつけの店っていうのはどこも変わったところばかりなんじゃのぅ。」

 店を出ると、店内ではずっと黙っていたオルデンブルクが不思議そうに首を傾げた。

 そして唯一真っ当なオリベルのところにも経過観察に寄らせてもらい、病気の再発がないことを確認した。そしてヒールで夫婦の疲れを癒すと冒険者ギルドに向かった。


「アズライトの冒険者ギルドは儂も初めてで楽しみじゃ。」

 冒険者ギルドが近づいてくると、いつものように人相の悪い集団が道の端にたむろしている姿が増えてくる。しかも今日の俺たちは人数も多い上にオルデンブルクの体の大きさで余計に注目が集まっている気がする。あの圧をまた受けるのか……。俺はオルデンブルクから少し離れるようにして目立たないように歩いた。

「何だ、あれ?」

「でけぇ爺さんだな。」

 オルデンブルクを噂する声は聞こえてくるものの挑発するような威圧感は届かない。やっぱり強さって伝わるのかもしれない。そう思うと、俺もせめて彼らにバカにされないくらいの強さは身につけたい。

 それにもしかするとオルデンブルクの方が冒険者たちを値踏みするように威圧しているのかもしれないと思った。

 その証拠にまるでモーセが海を割ったように冒険者たちが順番にオルデンブルクから目を逸らしていく。でも剣聖の称号を持ってる人から威圧されたら仕方のないことだと思う。

 冒険者ギルドの入り口でオルデンブルクは「武器を見せてもらおう!」と声を張り上げて武器売り場へ大股で向かった。すると受付のエマから食事中の冒険者までが手を止めてオルデンブルクに視線を注いだ。オルデンブルクの野太い声はギルドの奥まで聞こえたようで職員たちも奥から出てきて顔を覗かせていた。

「おや?あの方は……。」

 その声にオルデンブルクが反応した。

「久しいなバルナバスよ。」

「お久しゅうございます。剣聖オルデンブルク侯爵。」

 剣聖という言葉にギルド中がざわついた。

「聞いたか……?」

「ああ……剣聖って言ったぞ。」

 そう言った会話は一切耳に入っていないかのように全く気にした様子が無かった。しかし食事中の冒険者たちの視線はオルデンブルクに注がれていた。

「儂の命の恩人であるコーヅ殿に剣を見繕って欲しい。明後日中に欲しいんじゃが。」

「明後日ですか!?」

 ギルドマスターのバルナバスは驚いた顔を見せた。貴族が持ち歩く剣には必ず装飾が入るので、売っている物をそのまま帯剣するという訳にはいかないらしいのだ。俺は余計な注目を浴びたくないし、むしろ普通の剣のままの方が良いんだけど。

「3日後にはアズライトを発つんじゃ。一つ頼まれてくれんか?」

 そう言うとオルデンブルクは頭を下げた。

「お止め下さい。」

 バルナバスが慌てて頭を上げさせようとするが、頑なに頭を下げ続けていた。何度か押し問答が繰り返されたが、バルナバスの方が先に折れた。

「わ、分かりました。何とかしましょう。」

「ありがとう。無理を言ってすまなかった。」

 オルデンブルクは頭を上げてバルナバスの肩に手を置いた。バルナバスは恐縮しながらリーディエを呼んだ。武器売り場の端の方にいたリーディエがゆっくりと歩いてきた。

「おや?前にも見た顔だねぇ。でも顔つきが少しはマシになったんじゃないかい?前に渡したナイフを見せてもらうよ。」

 リーディエは俺の目の前に立つと、独り言を呟きながら頭から足の先までをじっくりと見回した。そして突然俺の腰からナイフを抜き取った。そして目の高さに持ち上げると角度を変えながらじっくりと検分した。

「全然使ってないね。あんた、本当に後衛の仕事をしてたのかい?」

「あー、えっと一応は……。」

 でも言われた通りで、ナイフを抜いて何かを削ったり、魔石を抜き出すって全くではないけど、ほとんどしてきてない。

「まぁ、いいわ。剣聖様のご希望は剣だったわね……。でもこの体つきじゃショートソードくらいが良いのかねぇ。」

「それでは締まらんのう。それとは別に国王に謁見するときの帯剣用にも一振り頼む。これは急がん。しっかりしたものを頼む。」

「かしこまりました。」とリーディアはオルデンブルクに恭しく頭を下げた。そして「あんたはこっちへ。剣を選ぶよ。」と剣が並んで立てかけてあるところに連れていかれた。

 そこにはショートソードからロングソードまでどこが境目なのか分からない程に小刻みな長さや厚み違いの剣が立てかけられている。俺は一番短いところから手に取って構えてみた。

「んー、これはちょっと短いですね。」

「当たり前だよ。それは小柄な女向きさ。あんたはこの辺りからだよ。」

 そう言うとそれよりも20cmくらい長いショートソードを渡された。

 これは相手との距離も一定取れそうだし、構えると手に馴染む感じはある。振りにくさは感じないし、結構良いと思う。でもこれより長いとどんな感じなんだろう?

 俺は色々な長さの剣を手に取って構えてみながら比較した。長さが同じ剣でも刃の厚みや持ち手の感覚など一振り一振りに違いがある。それは鍛冶師が違うかららしい。


 俺の剣選びが順調に進んでいるとみたオルデンブルクが冒険者ギルドの雰囲気に疼き始めたようでバルナバスに声をかけた。

「折角じゃ。儂はここにおるものに稽古をつけようかのう。場所は借りられるか?」

「勿論でございます。」とオルデンブルクに頭を下げると、ギルド内に通る声で「これより剣聖様がお前たちに稽古をつけてくださる。希望する……」

 途中まで言いかけると冒険者たちは食べているものもそのままに、我先にと広場へ走っていった。そして冒険者ギルドの中には誰もいなくなった。

「ワッハッハ!皆、良い心掛けじゃ。儂もその熱い想いに応えんといかんな。」と意気揚々と警護の人たちと共に広場へ向かっていった。

 本当にこの人は領主なのだろうか、と疑いたくなる程に脳筋だと思う。クリソプレーズに行ったらどれだけ領主としての仕事をしているのか見てみたい。

 

 周りから人がいなくなり、落ち着いた雰囲気の中でティアやシュリのアドバイスを受けながら自分に合う剣を選んでいった。手に馴染む感じや重さなど教わりながら、最終的には直感で選んだ。やはり俺に合うのはショートソードの範疇の物だった。ショートソードとは言えそれなりに重みを感じる。こんなものを腰に下げていたら体が歪んでしまいそうだ。本当にこれからは日常的に身体強化しなくてはいけなくなるんだと思う。

「振ってみておくれ。」

 俺は選んだ剣を受け取ると、身体強化はせずに言われるままに振り下ろした。

「……恐ろしく素人だな。」とリーディアが苦虫を嚙み潰したような表情でこめかみを指で叩いた。

「そうなんですよ。」とティアも同意して頷く。

 そんなの言われなくても分かってる。数カ月程度の努力では衛兵や冒険者に追い付けるわけがない。……それにしてもこの場に他の冒険者がいなくて良かった。きっと指を差して笑われていたんじゃないかと思う。

「でも強いんですよ。オルデンブルク様と打ち合えてますし。」というティアの言葉にシュリも頷いた。

「あの剣聖様とかい!?」

 リーディアから疑いしか感じられない目が俺に向けられた。

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