第219話 お土産
飛び散ったドロリとした溶岩が枯れた草を燃やし、そして土までも燃やした臭いを漂わせている。
「だから注意してって言ったでしょ!」
「コーヅはへたくそ。」
「お主の扱いにも細心の注意が必要なんじゃなぁ。」とオルデンブルクにまで呆れた顔を向けられた。
俺は寄って集って散々な言われようだった。でも魔術としては成功の部類に入るんじゃないだろうか。
「あの……でもこれって成功したんじゃ?」とティアに聞いたが「味方に被害が出る魔術なんて失敗に決まってるでしょ!?何言ってんのよ。」と重ねて怒られた。
技術的なことだけでも認めて欲しかったんだけど……。俺は褒められて伸びる子なのに。でも初めての割に上手くできたと思う。次からは火魔術の威力を抑えれば良くなるはずだ。
「次は気をつけるよ。」
そう言うと今度こそ、という思いでもう一度岩を宙に作り出した。
「コーヅ殿、慌てることは無い。それにせっかくの 土地が台無しになる。もうここではもうやらん方が良いな。」
オルデンブルクが冷静にそういうと、グツグツと煮えたぎっている溶岩に水を撒き始めた。するとそこからは周囲が見えなくなるほどの水蒸気が立ち上った。
「げほっげほっ。」とホビーは咽てしまうと、その場から走って逃げていった。
「あんたは本当に不器用ね。複合魔術は当面禁止。」
こうしてあっけなく俺の複合魔術は禁断の秘儀として封印されてしまった。でもこれは練習が足りてないだけだから、複合的に扱う魔力の自主練は続けて、いつか解禁になるようにしたいと思う。
「お主には身体強化を活かした剣術が良かろう。」
「……ヒール以外のセンスが無いものね。」
「ボクもそうおもう。」
ホビーにまで……。散々な言われようだが、今は黙って耐えるときだと俯いて、顔に浮かべた不満は地面に生えている枯れかけた草に向けた。
「コーヅ殿、あと2日でできることはしれている。それならば剣技を磨いた方が良かろうということじゃ。」
オルデンブルクはそういうと、俺の肩に手を置いた。
「そういうことね。まず剣を頑張りなさい。不器用なんだから、一つずつ身に付けていけばいいの。」
今度は慰められながら俺はホビーやリーサと剣技を教わった。
俺自身には全く剣の技量は無いので、自主練用にと基本八型を教わった。これは本当に基本なので衛兵でも教わっていたけど、オルデンブルクの型はより厳密な動きを求める。
「違う。そうではない。」
何度も叱責されながら8つの型を教わった。これはホビーが一番褒められてたし、実際に動きも綺麗だった。ここで思わぬライバルが出現した。ホビーのまんざらでもない顔を見ていると、今夜から早速自主練して追い抜かねばテイム解除にも繋がりかねない、と警戒心を高めた。
そしてその次は身体強化を活かした戦い方だ。俺の場合は魔力の馬力で技量不足を補うような戦い方だ。
「うっひゃぁ、速くて良く見えないよ。」
シュリがタイガーの元から戻ってきて、ティアと並んで俺がオルデンブルクに稽古をつけてもらっている様子を見ていた。
しかし、なんとか受け止められているのはオルデンブルクが手加減しているからだ。それも何度も受け続けていると、その動きにも慣れてきてオルデンブルクに向けて一閃した。
「ようやっとか。」
オルデンブルクはそれを軽く避けると、木の棒を振る速度を上げてきた。
それは一瞬でも気を抜けばすぐに押し切られてしまうような連撃だった。しかし、それを何とか凌いでいるとお互いの木の棒が折れてしまった。
「また折れてしまったのう。」
木の棒にも魔力を流しているので、簡単には折れないんだけど、お互いに力が入ってくるとさすがに耐えられなくなってくる。
足元には折れた木の棒が何本も落ちていた。
「あ、あの……俺、旅の前に魔石とか剣とかも予備を買いたいんですけど。」
「そうじゃな。稽古をするにもこんな木の棒ではなくて木刀があった方が良いな。」
オルデンブルクの基準は稽古からブレない。
でも俺は稽古から解放されてやっと買い物に行けるとホッと安心した。
ここから近いのはアデリーナ婆さんの魔石屋だ。相変わらずクズ魔石の在庫を抱えてるんだろうか?
買い物は買うものが何であれ気持ちが上がってくる。
「先に魔石を補充したいんですけど。」
「相分かった。」
アデリーナ婆さんの店に向かって歩き始めた。砦の方に向かう道で少し懐かしさが込み上げてくる。
「あっ、あそこの靴屋にスリッパが売ってるはずですよ。」
「儂はあれは好かん。」
「侯爵様、ニホンの物ですし、手土産にいかがでしょう?」と警護の人が珍しくオルデンブルクに意見した。
「ニホンの……か。確かにそうじゃのう。」
急遽ゲーベルス靴工房に行くことになった。知った道を歩いて行く。この通りには工房がポツポツとあり靴や服が工房のショーケースに並んでいる。でもまだスリッパを真似している工房は無いようだった。それはスリッパがこの街に受け入れられていないことの証でもあり寂しい気持ちになる。
「ここです。あ、スリッパも展示されてますね。」
ゲーベルス靴工房でも飾られてなかったらという一抹の不安があったのでホッと安心した。
「ほう。色々な色や生地があるんじゃな。」
展示物をチラリと見たがあまり興味はなさそうだった。
ドアを開けて中に入った。革の臭いが充満するあまり大きくない工房に8人が入ると身動きができない程に狭くなってしまう。潰されてしまいそうなホビーはオルデンブルクの肩によじ登っていた。
「いらっしゃーい!うわっ、多すぎ。そんなに椅子ないよ。ごめんね、ちょっと待ってて。おーい、親方ー!」と言いながら、スリッパを音を立てて引きずりながら奥に戻っていった。
相変わらず受付のロザリーは元気一杯で安心した。
「……騒々しいのう。」と言っているオルデンブルクも大概だと思うけど……と隣で白い髭を撫でている偉丈夫をチラリと見た。
「すまねぇな。何度も言って聞かせてるんだけどな。」
親方が頭を掻きながら出てきた。
「お?お客さん、久しぶりじゃねぇか。俺たちのことなんて忘れたと思ってたよ。」
「あー、どこかで見たと思ってたんだ。お客さん、アレだよね。創造神様の御使い様だよね?」
「こんなポンコツな御使い様がいるものかしらねぇ?」とティアが胡散臭そうな目を向けてくる。俺が言ってるわけじゃないのに……。ひどい扱いだと思う。
「そうなの?でもお母さんの水虫を治してもらったって聞いたよ。」
「水虫!?ワッハッハ!そうか水虫か!」
オルデンブルクのツボにはまったようで面白そうに何度も水虫と言っては笑っている。
オルデンブルクの笑いが落ち着くと、最新のスリッパを見せてもらった。踵が引っ掛かる様になっていて開放感は残しつつ歩きやすくしたようだ。
「儂はこっちの方が良い。これなら少しは踏み込みやすい。」
「では侯爵様、こちらをいくつ購入なさいますか?」
「あるだけ貰おう。」
「いや、お客さん。スリッパはそんなに安いものじゃないんだ。10足も買ったら金貨になっちまう。」
「そのくらいなら良いじゃろう。店主、すまんが荷物はコルベール家に届けておいてくれ。」と言うとオルデンブルクは立ち上がった。
「コルベール……様?」
「申し遅れたが、儂はオルデンブルク侯爵じゃ。今日は良い物を見せてもらった。感謝するぞ。」
「オルデン……あ、あの剣聖!?……様ですか。」
親方の声が店に響いた。するとそこへお盆に沢山のお茶を載せたロザリーが戻ってきた。
「あー、もう帰っちゃうの?私が美味しいお茶を淹れてきたのに。」と頬を膨らませた。
「ハッハッハ。折角じゃから頂くことにしようかのぅ。」
一度立ち上がったが、また椅子に座り直すと渡されたカップに口をつけた。
「ねーねー、お客さん。最近親方の周りに髪の毛がよく落ちててさ。それって止められるの?」
「そっ、そうなのか?」
親方が慌てて頭を触りながら「そんなにか?」と聞いた。
「あ、でもまだ間に合うよ、きっと。」
ロザリーの言葉にショックを隠しきれない親方は、すがるように俺を見た。
「えっと……。」
どうなんだろう……毛根を強くする?それってヒールの対象なのか?
結果がどうなるかは分からないけど勿論ヒールはできる。
「やってみましょうか。」
「頼む。」と下げた親方の頭は少し地肌は見えるものの、まだまだ大丈夫そうに見えた。
俺は肩に手を置くと全身の状態を確認した。肩こり、腰痛、腱鞘炎といった職業病のような症状が出ている。それから全身にヒールを流して、最後は丁寧に頭皮へ魔力を流した。
「治療しました。」
やれるだけのことはやった。少なくとも肩こりや腰痛などの職業病は完治したはずだ。髪の毛が急に増えることはなかったが、髪が抜けにくく生えやすい状態になったと信じよう。
「ありがとうございます。」と深々と頭を下げると、親方はまた髪の毛を触り始めた。
「おお、髪にコシがあるぞ。お客さん、何から何まですまん。何かお礼をしないと……。」
「儂は毛根どころか心の臓をコーヅ殿に生き返らせて貰った礼に領地に招待するんじゃ。お主の毛根分は儂がしっかりと歓待するから安心せい。」と言って笑った。
「ありがとうございます。」
親方は深々と頭を下げた。
「親方の抜け毛まで減ったらさすがに私も御使い様って認めざるを得ないよね。」と腕を組むロザリーには警護の人も苦笑いを浮かべながらスリッパの代金を親方に渡していた。
短い時間だったけど、以前と何にも変わらず賑やかで居心地が良い工房を訪れることができて良かった。
そして店を出ると、そのまま次にアデリーナ婆さんの魔石屋に向かった。しかし相変わらず開いてるのか閉まってるのか分からないような殺風景な店構えだ。
「こんにちはー。」と言いながら店に入った。すると奥からスタスタとアデリーナ婆さんが歩いてきて、いつもの場所に腰掛けた。
そういえば治療したんだった。
「調子良さそうですね。」
「ふん、老いぼれを長生きさせて何の意味がある。まぁ、太く短くと思えば良いもんだけどさ。」
商売っ気の無さは以前と変わらないが、店内はずいぶんと整理されているし、埃っぽさもない。品数も少し増えた気がする。店の中を見回していると、ふと足元で光る2つの丸い目が俺に向いていることに気が付いた。




