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第216話 腹ごなし

 街の門ではいつものように衛兵に片手を上げる挨拶をして外に出た。

 目の前の広大な敷地では建築ギルドの人たちが作業をしている姿が広がっている。そして大浴場は無駄と思うほどに立派な彫物をされていて、完成が近付いていると思う。

「皆も精が出ているな。儂らも少しやるか。」

 そう言うと色褪せた草むらの中から棒を数本探して持ってきた。そして俺やシュリ、リーサ、そしてホビーに渡した。

 想定の範囲ではあるけど、食後の腹ごなしの域は大きく超えていると思う。

「好きなタイミングでかかってきなさい。相手をしてやろう。」

「シュリ、いっきまーす!」

 しかしシュリはやる気満々に身体強化をして飛び掛かった。一瞬で間合いを詰めて棒を振り下ろすが、1歩横にずれてかわしてオルデンブルクの木の棒がシュリの喉元に突きつけられた。

「……ありゃ。」

 シュリは俺より強い。そのシュリが全く相手になっていない。やっぱりオルデンブルクは強い。それも圧倒的に。

 ホビーは打ち合いに付き合ってもらい、何度か木の棒同士が当たる音が響かせた。段々と音が大きくなったと思ったらホビーが持っていた木が大きく宙を舞った。

「いってぇ……。」と痺れた手を押さえていた。

「まだまだ力が足らんな。」

 リーサも斬り掛かったがやはり簡単に負けていた。そしてオルデンブルクの射抜くような目が俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

 俺は覚悟を決めて自分にできる最大限の準備を始めた。ヒールを体に満たし、身体強化を極限まで高めた。

 そして――

 一気に間を詰めて右足を目掛けて突きにいった。しかしオルデンブルクが薙ぎ払いに弾かれる。それは想定していたことなので、すぐに返すように斬り掛かった。オルデンブルクは一歩引いてやり過ごすと、俺が木の棒を振り切った時には間合いを詰めて来た。その動きは目で追えたが体が付いてこない。振り切った木の棒を戻そうと思った時には喉元に切先が突きつけられていた。

「バランスが悪いな。」

 それは俺も感じた。それは実戦経験が足りていないからだろうか。

「もう一度良いですか?」

 シュリが木の棒を構えた。オルデンブルクは不敵な笑みを浮かべてシュリに向き合った。

「無論。」


―――


「腹ごなしには丁度良かったな。」 

 散々に打ちのめされた俺たちはその場に座り込んでいた。

「まだ!」

 ホビーだけが元気に木の棒を握っている。まぁ、ティアの抱っこから寝て起きたばかりだからなんだけど。

「おお、よく言った。」

 オルデンブルクは嬉しそうに頬をほころばした。そしてホビーとは遊ぶように木の棒で受け止める。何度か木が交わる音がするとホビーの手から木の棒が飛んでいく。

「もういちど!」

 すぐに木の棒を拾うとまた飛びかかった。

「いいぞ、ホビー。何度でもかかってこい!」

 俺はホビーよりも強い気持ちを持ってやらないといけないのに。

「俺もお願いします。」

 ホビーの木の棒が飛んだ時に割って入った。

「勿論じゃ。」

 これまでよりも慎重に身体強化を行った。全ての細胞が強化されるようにと綿密に魔力を循環させた。今の俺は剣技では全く太刀打ちできないから、唯一対抗できる魔力の出力で勝負するしかない。

 そして木の棒を構えてオルデンブルクを見据えた。身体強化したから隙が見えるようになる、なんてことにはならない。隙は作らないといけない。

 俺はオルデンブルクに向かって斜めに動いた。そして着地する前に木の棒を地面に突き刺し急旋回して懐に入り込んだ。そして木の棒を薙ぎ払った。

 オルデンブルクは後ろに飛び退いて避けた。俺はそれを追うようにすぐに間合いを詰めた。そしてそのまま連続で突いた。しかしそれも全て躱された。でも体のバランスがほんの少し崩れた。

 チャンス!

 俺は畳みかけるように連続で突き続けた。しかしオルデンブルクもそれらをしぶとく躱す。俺はそこでフェイントを入れて、突くリズムを変えた。そしてもう一度懐に深く飛び込んだ。

 行ける!

 俺は力の限りで木の棒を薙ぎ払った。するとカン!と甲高い音がして俺たちの木の棒が折れた。

「ふははは!」と声を上げるオルデンブルクの目は一切笑っておらず、俺の肩に強く叩くように手を置いてから力を込めて握るようにしてきた。

「いだだだ!」

 どうやら本人は相当悔しかったようだ。これは一矢報いることができたということだろうか?でもまだ余力があるオルデンブルクのバランスをほんの少し崩せただけなんだけど。


 屋敷に帰る道すがらオルデンブルクから話しかけられた。

「やはりAランクというのは伊達ではないようじゃな。」

「いえ、伊達ですよ。」

「お主はこの世界で何を成し遂げたいんじゃ?」

 腹の中を探るような眼差しで真っ直ぐ俺を見据えた。

「元の世界に帰りたいだけです。」

「そうなのか?そうは見えんが……。」

「はは、良く言われます。」

 自嘲気味に笑った。しかし日本に帰るために一人でエルフを探し回れるほどの準備はできていない。まずは力が圧倒的に足りない。そして知識も足りない。経験も足りない。あるのはお金くらいだ。それも手元にはないけど。

「どうやって帰るのか、知っとる者もいないだろうしな。仕方ないことかもしれんなぁ。お主がニホンに帰りたいなら儂も支援するが、リーサを悲しませるようなことはせんでくれ。」

「はい、それは勿論です。」

 それは俺の中でも絶対という気持ちがある。それがショーンとくっつける大作戦だ。俺が功績や魔力量を認められて王族に引き抜かれて婚約解消となった隙にくっつけたいと思ってるけど、具体的な作戦らしきものは何も思いついてない。今は大前提となる功績や魔力量の積み上げをしている段階だ。

「それで帰るアテはあるのか?」 

「エルフに会えればなんとかなるかもしれないので探してます。」

「エルフ?儂は会ったことあるぞ。いや、あれは見かけたという程度かもしれんが。」

「本当ですか!?どこでですか?」

 俺は突然のエルフとの繋がりに驚き、そして隣にそびえ立つオルデンブルクを見上げた。

「儂の領地に帰る途中にあるから、そこは案内しよう。」

「是非お願いします!」

「相分かった。恩人殿に報いることにしよう。」と笑った。

 こんなところにもエルフに接点がある人がいた。そしてその場所にも連れていってもらえるなんて。そこに行ったからって何かが起きるかなんて分からない。これは藁をも掴む気持ちだ。


 屋敷に戻ると、ホビーにおもちゃがあると言ってリーサも一緒に誘った。

「儂にも見せてもらえるか?」

 これは疑問形なようで疑問形ではない。形ばかり「勿論です。」とは答えたが。

 部屋に戻ると、買ってきたばかりのクッキーやラスクを棚の上に置いた。

「スリッパって俺は好きなんですけど、あんまり浸透はしませんでしたね。」

 ブーツの締め付けから解放された足はとても楽だ。でも結局色々な人に上げたけどあまり履いている姿は見ない。この屋敷の中でも俺が部屋で履いているだけだ。

「そんなこと無いわよ。私もお部屋では履いてるし、お父様も部屋で仕事しているときには履いてるわよ。」

 思わぬ答えに驚いてリーサを見た。

「こんなことで嘘なんてつかないわよ。」

「そうかもしれないけど、もう使ってないのかと思ってたよ。」

「儂はブーツを脱ぐのは気持ちが悪い。深く踏み込めなさそうでな。」

 あくまでオルデンブルクの基準は戦いにある。安定の脳筋らしい答えだ。

 そんなやり取りの間に俺はテーブルの上にすごろくの準備をした。

「これがすごろくだよ。」

「すごろく……?」

 ホビーがクリっとした目で地名がかかれたパピルス紙を見つめた。遊び方の想像がつかないようで不思議そうな目で俺とすごろくを交互に見ている。

「これはどうやって使うんじゃ?」

 俺はパピルス紙をテーブルの上に広げて、駒とサイコロを置いた。

「街の名前が書いてあるんじゃな……?」

「俺が覚えるのにも良いかなって思いまして。」

「ほう……遊びながら覚えるのか。」


 ルールを教えながらみんなで遊んでみた。

「ほぅ、プルスレ村か。あそこは何も無いからなぁ。」

「そんなことありませんのよ、お爺様。コーヅ殿のお陰で随分立派になりましたのよ。」

「大浴場が懐かしいなぁ。早くここでもオープンして欲しいよ。」

 そしてリーサがプルスレ村のことを面白おかしく語り始めた。リーサもあの頃はサラの付き人だったんだよな。そうじゃないようにしたのは俺なので、余計なことは言わずに耳を傾けながら一緒になって笑っていた。

 リーサの話を聞いてると、記憶が蘇ってきて村長やアルベルトとミアのカップル、大浴場やポテチなどを思い出した。ちなみにアルベルトたちは既に結婚してプルスレ村で落ち着いているそうだ。言ってくれればお祝いもしたのに。

「そうじゃったな!そこでコーヅ殿に千本槍の二つ名が与えられたんじゃったな。」

 あの突如目の前に現れた、血走った目の巨大なオーガを思い出す度にいまだに身震いする。偶然だったけど魔力を放出できたあの時の自分は偉いと思う。


 街のマスを通過するたびにリーサやオルデンブルクの思い出話が始まる。俺はプルスレ村以外のことは何も知らないので黙って2人の会話に耳を傾けていた。

「ぜんぜんすすまない!はやくさいころふって!」

 雑談には興味ないとばかりにホビーが怒った。

「ペリドットは魚が美味しいんじゃ。」

 そんなホビーのことを全く意に介さないオルデンブルクにホビーは「もう!」と声を荒げた。荒げたところで可愛いんだけどね。


「いや、これは面白かった。しかしなコーヅ殿。これが他国に漏れてしまうと脅威になりかねん。これは製品にせず、ここだけに止めておいてくれ。」

「え?」

 思わず聞き返した。みんなが楽しそうに遊んでいたので売り物になるかと思ったのに製品化できないの?

「街の位置は公にはなってはいるが、やはり戦争を考えると誰でも知れる状態にするのは良くないんじゃ。街ではなく言葉を覚えるような遊具にすればよかろう。」

「そうですわね、お祖父様。お父様……いえお母様に伝えますわ。」

 今、しれっと言い直したよな?娘に頼りにされていない可哀想なクリストフ……。

 その後も何度か遊びながら改良点を話していると、キキが食事を知らせに来た。

「やったぁ!」

 食事と聞いて飛び上がって喜ぶと、すっかり懐いたホビーがオルデンブルクの肩によじ登った。

「おい!」

「良いのじゃ!」

 警護者がホビーに声を荒げたがオルデンブルクがそれを制した。ホビーの人懐っこさは相手が誰であれ変わらない。オルデンブルクは肩に座ったホビーの足に手をかけて固定した。

「よーしよし、ホビーは可愛いのぅ。」というオルデンブルクはすっかり好々爺の顔になっている。

 リーサの次にオルデンブルクという強敵まで現れた。ホビーは一体いつになったら俺のところに戻ってくるんだろう?

 食堂に向かう道すがら、オルデンブルクとホビーの後ろ姿を見ながらそんなことを考えていた。

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