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第21話 雨の日

 雨はしとしとと降り続いており、蒸し返すような暑さで体とシャツがくっつき不快な気持ちにさせる。心なしかすれ違う人たちからも陰鬱な空気を感じる。

 

 食堂前には雨の中の訓練をしていたのであろうショーンが立っている。顔や髪の毛はタオルで拭いてきたようではあるが、少し乱れた髪の毛から滴っていて、それがイケメンを更に引き立てている。女性たちもチラチラとショーンを見ながら通り過ぎたり、近くで立ち止まってそこで雑談を始めた。

 俺から見ても綺麗な顔立ちだもんなぁ。でもティアってあんまりショーンを意識している感じがしないな。

「びっしょりだね。」

「うん、雨だからね。」

 そのまんまだな、という返事は軽く流して、俺たちは食堂に入った。


「明日、天気が良くなったら、またフィーロのパン食堂に行ってこようと思ってるんだ。」

「美味しい物を沢山食べてそうなコーヅがそこまで気に入ったなら期待できる店だね。僕も街に出たら寄ってみるよ。」

 

 俺たちは食事を終え、食堂の前でティアと別れた。2人とご飯を食べて少し気分は晴れたと思ったけど、降り続く雨を見るとまた陰鬱な気分に引き戻される。

 

 訓練場の更衣室に足を踏み入れようとすると、中からもわっとした熱気と、充満している男の臭いが漂ってきた。

「うぷっ。」と口を押えた。食べてきたものが全部出ちゃいそうな苦くて酸っぱいこの臭い。それはサッカー部の部室を遥かに超えていて耐えきれなかった。

「ははは、コーヅはまだ慣れてないんだね。夏の雨の日はこんなもんだよ。」と言ってショーンは先に中に入った。


 俺は外の新鮮な空気を大きく吸い込むと息を止めて走って中に入った。そして手早く着替えて外に出て、大きく息を吸った。そして「はぁ、はぁ……。」と膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。

 そんな俺とは違い、悠々とショーンは出てきて、「慣れだよ、慣れ。」と言って訓練に出ていった。


 やがて呼吸が落ち着いてくると、屋根のない場所まで出ると、空を見上げて雨が顔にかかる感覚に慣れるようにしばらく立っていた。すると「どうしたコーヅ?」とガシッと首に腕が巻き付いてきた。以前、俺の警護をしていたジュラルだった。

「戦場で天気は選べないぞ。諦めろ。」

俺は力なくジュラルに「そうだね。」と返事をして自主練を始めた。

 

 バシャ、バシャ

 

 雨の中のランニングは地面がぬかるみ、前に進むためにもいつもより力が必要になる。その上、皮の鎧が雨を吸い込み重さを増してくる。段々と足取りが重たくなり、進みも悪くなる。

 

 ランニングと打ち込みを全てを終えた時、俺は泥の中に膝をついてへたり込んでしまった。頭も真っ白でヒールをかけるなんて気力は無く、しばらくその姿勢のままで呼吸が戻るまで待った。

 呼吸と心音が落ち着いてきたのでヒールをかけた。1回、2回、いつもより良いペースで回復していく事を感じた。そして今回も3回目で全快することができた。

 俺は立ち上がると、雨が当たらない屋根がある所に移動してショーンを待った。

「雨は嫌だね。足が地面にめり込むし、踏ん張りがきかないね。」と髪の毛をかきあげる姿が妙に色っぽい。俺がそんな事を思いながらショーンを見ていると「どうしたの?」と聞かれた。

「色っぽいなと思ってさ。」と思っていたことをポロッと漏らしてしまった。

「え?ちょっと嫌だよ、僕は。」と1歩、2歩と距離を取られた。

「いやいや、そういう変な意味じゃないよ。」と慌てて否定した。

「……本当?」とジトッと見られた。

「本当だよ、俺には愛する妻がいるんだよ。そんな訳ないじゃん。信じてよ。」そして「さ、もう帰ろうよ。」とショーンを急かして更衣室に向かった。


 俺はタオルで頭や体を拭いて着替えて部屋に戻った。ショーンは軽くタオルで頭と顔と腕を拭いただけで、水を滴らせながら横を歩いていた。髪の毛が乱れていても、これはこれで絵になっている。

 

「ただ今戻りました。」

「うふふ、雨の中ご苦労様でした。風邪をお召しになりませんように。」

 

 サラの柔らかい雰囲気は場を和ませる。リーサはチラリとこちらを見て「おかえりなさいませ。」と言うと慌てて正面に向き直った。そんなリーサを見ているとショーンのファンなのかもと思った。

 

 「頑張ってね。」とショーンに声を掛けると、苦笑をしてから戻っていった。俺はショーンの後ろ姿を見送ってから部屋に戻った。

 部屋に入ったものの、玄関で立ち止まった。このまま入ると部屋の中が水や泥で汚れてしまう。まず玄関でブーツを脱ぎ、替えのブーツに履き替えた。

 

 濡れたブーツはどうしよう?


「新聞紙でもあればいいんだけどな。」と呟いた。


 ブーツの乾燥器って作れるかな?石筒を作って風魔術で風を送り込むような簡単なものを考えてみた。石筒を2又に分けて両足分を乾かせるようにする。土台をしっかりさせてブーツの重みで倒れないようにした。

 魔石で動かすにしても最初は自分の風魔術で軽く空気を送り出してみた。

 

 ボフン!ドン!

 

 ブーツが天井まで飛んでいき、水と泥ををまき散らしながら落ちてきた。

「冷てぇぇ。」

 コンコン

「コーヅ様?」とドア越しにサラの声が聞こえた。

「すみません。少し濡れてしまいまして。」

「お気をつけくださいね。」

「ありがとうございます。」


 うーん、空気の逃げ道がないとこうなるのか。石筒の周囲に穴を開けて空気の逃げ道を作って、もう一度風を流し込んだ。今度は風がばらけて出るようになったのでブーツが飛んでいくという事はなかったのだがまだ風の力が強すぎて水やら泥が飛び散ってくる。


「簡単にはできないもんだな。」


 もう少し風を逃がすために服も一緒に乾かせるようにしてみようと思う。まずは服を乾かせるようなハンガー状の物を2つ作り穴をあちこちに開けて風が全体に吹かれるようにした。

 そしてそこに風を流してみると、かなり落ち着いた感じでブーツから水や泥が飛び散るという事が無くなった。

 

「できたかな。」


 訓練後に着替えたので濡れては無いがテストの為にシャツとズボンを脱いでハンガーに被せた。そして風魔術を流してみると、良い感じにシャツやズボンにも風が入り膨らんでいる。これなら乾燥器として役に立ちそうだ。

 次は風魔石を使って連続運転させるようにさせようと思う。と、その時だった


 コンコン、ガチャ


「コーヅ殿、タオルをお持ちした。」とリーサがドアを開けた。そこでパンツ1枚という半裸の俺とリーサの目が合った。


「あ。」


 お互いに声を上げた。そしてリーサは「し、失礼した。」と慌ててドアを閉めた。


 俺もドア越しに「ごめんなさい。後で説明します。」と言って慌てて乾燥器を持って脱衣所まで逃げた。そして急いで服を着た。

「はぁ……、びっくりした。」

 俺はその場で心を落ち着かせてから、魔石を取りに行った。そして魔石作りに失敗しても良いように窓が無い場所をと探してシューズクロークに移動した。

 まず手のひらに1つ魔石を置いて風の魔力を流し込んでいく。

 

 じっくり、ゆっくりと……。

 

 バシュ!


 ブワワッと突然シューズクローク内に吹き荒れた、顔が歪む程の強烈な風に呼吸ができなくなった。終わってみると10秒程度のことだったけど、いつまで続くか分からない上に、その場から動くこともできない怖さがあった。

「ゲホッ、ゴホッ!はぁ、はぁ、死ぬかと思った。」と俺はしゃがみ込んで呼吸が落ち着くまでそのままの姿勢でいた。

 原因は分かっている風魔術はあまり使い慣れてないので途中で魔力がふらついてしまったのだ。次は呼吸を止めて、もっと集中してやらないといけない。

 

 次の魔石を手のひらに載せて、集中し呼吸を止めてから魔力を注いでいった。すると今度は魔石が鈍く光り成功した。

「良かった……。」と力が抜けた。予備の魔石を作る気力は無いので、この1つで試運転をしようと思う。俺は脱衣所に戻った。そして一度リビングの方の様子をうかがってから、服を脱いで乾燥機にセットした。

 そして風魔石に魔力を通すと、風が吹き始めた。急いで俺は乾燥器に開けた穴から風魔石を放り込んだ。風で服はかなり膨張している。風魔石の風は結構強いんだな。風を逃がす穴を1つずつ増やすにつれ服の膨らみも落ち着いてきた。

 しばらく様子を見ていたが安定して風が吹き出ている。


「できた、かな。」


 次はリーサに説明をして誤解を解かないといけない。まず服を着て乾燥器から魔石を取り出すと、風を止めから玄関先に移動させた。そしてサラとリーサに声をかけるために廊下に出た。

 そしてコホンと咳払いをしてから「サラさん、リーサさん、ちょっと部屋に入っていただけますか?」と声をかけた。

 すると「ぷっ、ふふふ。」「あははは。」とサラとリーサに笑われた。

「どうしたんです?」

 俺には何がおかしいかよく分からなくて聞いた。

「コーヅ様ったら。髪の毛がひどい事になってますわ。」

「え?」と髪の毛を触るとボサボサになっていた。あの風だ。慌てて俺は髪の毛を手櫛で梳かした。

 鏡がないからこういうのに気づきにくいんだよなぁ。


 そして2人は部屋に入ってくれた。そしてリーサが「先ほど渡そうとしたタオルです。」と差し出してきた。 

「さっきは服とブーツの乾燥器を作ってたんです。これが役に立つか見ていただけますか?」と乾燥器を指さした。二人は怪訝な表情で乾燥器を見つめている。

  

「コーヅ様、これはどの様なものかご説明いただく事はできますか?」

「はい、これは風魔石を使って小さな穴から空気を送り出しています。これで服やブーツを乾かすことができます。」

 

 そして魔石に魔力を通して乾燥器に入れた。これにはリーサの方が反応してくれた。サラはお嬢さまなので自分で服を乾かすなんてしないだろうしね。

 

「コーヅ殿が訓練中に来ていた革の鎧も裏方の者たちがカビが生えないように干しています。彼らの役に立つのではないかと思います。……それにこれは私も個人的に欲しいものですね。」

「同じもので良ければ作りますよ。」と言うとリーサはちらりと乾燥器を見ると表情を曇らせた。そして少し考えた後「少し考えさせてください。置き場の事もあるので。」と答えた。これはきっと断られたんだよな?

「コーヅ様、乾燥器をわたくしにお貸し頂けますか?魔術具の商品化を検討させますので。」

「分かりました、明日にはお貸しできます。」と頷いた。少し雑談した後で2人は任務へ戻っていった。

 

 乾燥器は玄関の端の方に移動させておいた。ブーツを触るとだいぶ水気は飛んでいると思った。どのくらいの時間で乾くのかちょいちょい見ておこう。

 

 夕食後のヒールトレーニングの後に乾燥器の様子を見たら、もう風魔石が切れていたがブーツも乾いていた。風は結構エネルギーを消費するんだな。乾いたブーツはシューズクロークにしまっておいた。

 

 そしてベッドに潜り込んで家族の写真をしばらく眺めた。

 本当に帰れるんだろうか。何も手がかりが無い今の状態が怖くなってくる。そしてこの世界に馴染み始めた自分にも。でも焦っても何にもならない。一歩一歩だ、と自分に言い聞かせてから写真をしまって目を閉じた。

 イメールの気配には注意しないといけないと思うけど、俺も同じようにショーンに疑われてしまうとは。

 一体どうしてこうなったんだろう?

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