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第208話 早朝の来訪者

 三竦み(さんすくみ)で進展のない中へティアが割って入ってきた。

「あんたねぇ、これは善意なの。あんたが連れてきた人を治すのに金貨を要求されてもおかしくないのよ。分かる?」と食ってかかった。

「……。」

 ティアの金貨というワードに男性が掴む肩の手が少し緩んだ。

「あんたたちを治すも治さないもコーヅの自由。明日じゃなくて今日診るって言ってんだから、少しくらい大人しく待ってなさいよ。」

「……分かった。」

 男性はティアに半ば脅されるように説得されると肩から手を放して「すまない。」と呟いてから、肩を落として自分の場所へと戻っていった。

 そんな男性のことが気になったが、その為にも急ごうと少女の元に歩み寄ると、枕もとにしゃがみ込んで治療を始めた。


「治りました。」

「え?もう?」と驚いている母親に笑顔で頷くと、俺を呼んでいるホビーの元へ向かった。

「お母さん!」

 後ろから喜びの声が聞こえてくる。俺はホビーに開けて貰ったとても上質なテントの中に入ると、そこで寝ている女性の治療を始めた。寝具もとても上質でこの若い女性がそれなりの身分であることが窺い知れた。でもやることは何も変わらない。肩に手を置いて治療を開始した。

 治療を終えて状況が飲み込めずに戸惑っている女性と一緒にテントを出ると、上品なタキシードを着た紳士に頭を下げられた。そして手を取られて何かを握らされた。

「これは……?」

「治療していただいた際には感謝の言葉と共にお贈りするようにと。」

「これは明日、大聖堂に寄付していただけますか?コーヅの治療は創造神様の御心の元に行われています。」

「かしこまりました。そのようにさせていただきます。」

 ティアの言葉に紳士は頭を下げると女性にも「お帰りなさいませ、お嬢様。」と頭を下げると、女性は「私はどこにいるのかしら?」と首を傾げていた。

 

 そして最後が文句をつけてきた男性のところだ。一番最初に並んでいたのに一番最後に治療することになってしまった。文句をつけたくなる気持ちは分かる。だからまた何か言われるかとも思ったけど、黙って俺がやることを見ていた。

 そして治療が終わると、やはり黙ったまま俺に頭を下げると、奥さんを強く抱きしめていた。

 喜んでもらえて良かった。


 これでここで待っている人たちの治療は終えられた。そして、それを今か今かと待ち構えていたリーサが「急ぎましょう!」と急かしてきた。

「セバスこわい。はやくかえろう。」

「皆さん、お大事に!」

 そう言うと屋敷に向かって一目散に駆け出した。ホビーはリーサの脇に抱えられている。

 そして屋敷が見える通りに入った時に、屋敷の前にはまだ誰も立っていないことが遠目に確認できた。

 どうやら間に合ったようだ。

「はぁ、良かったぁ。」

 走ってるところを見られると、それも貴族らしくないと指摘されてしまう。屋敷の外では衛兵だからと反論したものの、外でも貴族です、ピシャリと言われてしまい、それは屁理屈だと思いつつも言葉を返せなかった。そこからはセバスの前では歩くことにしている。

「それにしてもあの様子だと毎日新しい病人が来そうだねぇ。」

「困りましたわね。コーヅ殿にも予定というものがあるのですが。」

 ホビーを下ろしたリーサがため息をついた。

「大聖堂は朝が早いから治療してから仕事に向かえばどうだろう?」

「あんな風に夜から並ばれると早く治療してあげたいよねぇ。でもそういう事って勝手にできるもの?」

「調整が必要ですので、明日からすぐには難しいと思いますわ。」

 意見をあれこれと出しあっているうちに屋敷に着いてしまった。結局、結論は出なかったけど、ティアもシュリも念の為に明日は早めに来ると言って帰っていった。


「婿殿。明日の朝からしばらく大聖堂に向かってくれ。大病を患っている人が方々の町や村から集まってるらしい。」

 食堂に行くとすぐにクリストフから申し訳なさそうに頼まれたが、こっちも同じことを考えていたのでむしろ許可を得る必要がなくなったので、これは渡りに船だ。

「コーヅ殿の力を知れば当然こうなりますわよね。領主様はどのようにお考えなの?」

「勿論、基本的には歓迎だ。ただしそれが経済的に意味があるものになって欲しいともお考えだ。」

「治療代を取るのかしら?」

「いや、それは無い。」

 クリストフとシャルロッテの2人で街の運営についての意見交換が続いた。そこへ料理が届き食事が始まったが、俺たちは2人の会話を邪魔しないように静かに食事を続けた。ホビーも分かってか分からずか大人しく食事をとっていた。

 ここの政治家たちが本当に善人なんだな、とこういう会話からも伝わってくる。患者第一で考えているし、治療で訪れた人が街で気持ち良くお金を落としていくには、という観点で話をしている。

 でもこんなことは一時的なことなので大きな投資はせずに、やり繰りで何とかしようという話だ。残念ながら俺にはアイディアが無いので、静かに食事を続けながら明日からの事を考えていた。


 明日からは大聖堂で治療をしてから、スラムの下水道工事や外壁工事に向かうということだ。そしてそのことは建築ギルドにも伝わっているから遅刻をしても大丈夫なことは理解した。でもそれだけ明日からは忙しくなるということだ。ため息をつきたくなるけど、死ぬか生きるかの中を一か八かで、他の街から連れて来られた重症というか危篤と言えるような患者を前に治療しないという選択肢は無い。でもこれがこの世界への呪縛になりそうな気がしなくもない。それはそれで新たな悩みとなりそうな気がする。どうしたものか……。


「お父様、今日の大聖堂は本当に大変でしたのよ。」

 目の前の会話が途切れた時にすかさずリーサが割って入った。

「ホビーもがんばった。」

「そうね、ホビーは大活躍でしたね。みんな感謝していましたよ。」

「ほう、ホビーがか?」

「そうなのですよ。」とリーサはホビーが患者たちの間を忙しく駆け巡り治療の順番を決めたり、水を飲ませたり励ましたりと役に立っていたことを伝えた。するとクリストフとシャルロッテからも褒められたホビーは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。

 

 食事を終えると、ホビーは当たり前のようにリーサと手を繋ぎながら部屋に帰っていき、俺はキキに連れられて誰もいない静かな部屋に戻った。

 でも今日はものすごく疲れた。だから正直言うと一人でいられるのは助かる面もある。本当はこのままベッドに潜り込んで眠ってしまいたいけど、自分自身の目的のための勉強やトレーニングは絶対に続けないといけない。そしてホビーの新しいおもちゃ作りもだ。

 風呂に入って目を覚ますと、先にエアコンを作った。これで約束の台数は揃えたことになる。廊下に並べた後、キキに書斎へ連れていってもらった。

「こちらが地図になります。」

 一瞬それがなんのことか理解できなかったが、これはリーサに頼んでいたものだ。

 キキは頭を下げると部屋を出ていった。地図はホビー向けのすごろく作りで使うので、部屋に持ち帰らせてもらうことにして、俺は並んだ本の中から複合魔術の本を書棚から取り出した。複合魔術は一時期練習していたけど、最近はすっかりおざなりになっていた。

 俺は派手な挿絵のメテオという魔術に興味を惹かれた。ティアは大きな火球を落として森に広大な広場を作ったって聞いた。このメテオは少し違って石に火を纏わせて物理的な衝撃に高熱を加えたものだ。これをいくつも同時に作り出すと、文字通りの火の雨を降らせるということになる。

 『このような無差別魔術が役に立たない平和な世界を願う。』と結ばれていた。魔術の研究とそれを戦いに使うことは別の次元で語られるんだろうな。


 本を読み終えて書棚に戻したときに、ドアがノックされた。

「コーヅ様……。」

 これは部屋に戻れという合図で、それだけ遅い時間ということだ。俺は立ち上がると地図を手に持った。


 部屋に戻ると早速パピルス紙の上にすごろくを作っていくことにした。まずは王都までの大まかな地図を書いて、そこに四角いマスとプルスレ村、カルセドニー、ペリドット、スピネル村、ヘリオドール、そして王都と言った街や村の名前を書き入れていく。

 どの街や村も2日から3日程度の行程らしいので街と街の間では必ず野宿が入るようだ。それをイメージして近い街や村へはサイコロを2回以上、遠いところは3回以上としてマスを作っていた。

 間には魔物に襲われて2マス戻るや、川原でのんびり1回休みなど、適当な指示を書き入れていった。そして最後に大理石でサイコロとおはじきのような駒を作って完成した。


 ククク、次にホビーがこの部屋に来た時が最後のときだ。すぐにすごろくの虜にしてくれるわ。そして、コーヅがいないと、ホビーは駄目なんだと言わせてやる。ククク。

 

 でもホビーと遊ぶことを想像したときに、パピルス紙だとすぐに破れてしまいそうだ。クリストフに紹介するときには羊皮紙で作った方が良いと補足するようにしよう。

 そして地図はスマホで写真を撮っておいた。きっと旅をしている時にも役立つと思う。

 

 ここで眠気に襲われて一度目を閉じた。でも、このまま寝る訳にはいかない。眠りに落ちてしまう前に、気合いで目を開けて立ち上がって水を飲んだ。

 そしてベッドに腰かけて右手に石を、左手に炎を出した。両手を見ていると、それらを合わせてみたい衝動に駆られたが、ここで爆ぜたりしたら大変なことだ。だから消して出してを繰り返すに止めておいた。

 以前は色々な属性を左右の手から自由自在に出したいとか考えていたけど、それってすごく難しい。だから良く使う土魔術と火魔術に特化して、それも右手を土、左手を火と決めて練習することにした。得意な魔術で同じことを繰り返すと上達を感じやすい。

 直感的に土と火の魔力を出せるようになったことに満足して、横になった瞬間に眠りに落ちた。

 

「コーヅ様、おはようございます!大変でございます。」

「え?え?どうしたの?」と聞き返しながら、今の自分がどんな状況にあるのか、何かやらかしていないかとまだ眠ったままの頭で思い出そうとした。

「大聖堂から至急の要請で治療をお願いしたいそうです。」

 もしかして治療失敗!?俺は一瞬で目を覚まして、キキがいるとか関係なくパジャマを脱ぎ散らかし始めた。

「ちょっ!コーヅ様!」と怒られたが、人の命が関わることなんだから気にしてなんていられない。キキは後ろを向いてブツブツと文句を言っている。

「……っつ!」

 小指を棚にぶつけたが、直ぐにヒールで回復させて着替えを急いだ。

 そしてキキと一緒にまだ光魔石ランプに照らされている廊下を急ぎ足で玄関に向かうと、1人の祭司らしき人が待っていた。

「不躾で大変申し訳ございません。私と一緒に大聖堂に来ていただけますか?」

「お待ちください。」

 しかしセバスが冷静な声で制止する。セバスはこんな朝か夜か分からない時間なのに、服装に全く乱れが無い。でも後頭部の髪の毛が跳ねていて、そこから目が離せなくなった。

「コーヅ様はお一人での外出が禁止されております。」

「大聖堂で人が死にかけているのです!コーヅ様でなくては!」

「なりませぬ。コーヅ様はコルベール家だけでは無くジルコニア王国の宝です。どのような小さな危険であっても負う訳にはいかないのです。」

 セバスは髪の毛が跳ねていても、とても自分の仕事には忠実なことは分かった。しかしセバスに宝とか言われると背中がむず痒くなってくる。

「でも人の命は大切ですし、行かせてください。」

「なりませぬ。コーヅ様の命の方が大切です。」

 セバスは自然に命の優劣をつけてきた。これは感情的なものではなく自分の職務的なことだろうけど。でも俺にはその感覚は馴染まない。すぐそこの大聖堂に行くだけのことなんだから俺も行かせて欲しい。

「すぐそこじゃないですか。」

「お願いします!」

 俺と祭司はセバスに食い下がった。

「貴方様はまだこの世界のことをお分かりになっておりません。」

「どうしたのです?」

 玄関での騒ぎをききつけたシャルロッテがネグリジェに上着を羽織った格好で階段から下りてきた。束ねられていないウェーブがかった髪がむしろゴージャスな雰囲気を醸し出している。

「奥様。大変申し訳ございません。」

 セバスが深々と頭を下げた。そして坦々と状況を説明した。そこへホビーが階段を跳ねるように下りてきた。

「ねぇねぇ、みんなどうしたの?」

 場違いな呑気な声が緊迫した空気を和らげた。

「待ちなさい、ホビー!」

 そこへリーサが走って階段を下りてきた。

「お母様、おはようございます。ホビー、走っては駄目ですよ。」

「リーサだってはしった。」

「あなたが走るからでしょ?」

「お止めなさい。」

 一刻を争う状況にはにつかわしくない緊迫感の無い会話をシャルロッテがぴしゃりと止めた。

「失礼いたしました。しかし祭司様、コーヅ殿は領主様よりお預かりしております。ティア殿、シュリ殿を連れて戻ってきてください。」

「しかし……。」

「急いでください。」

 祭司はまだ何か言いたげな表情を見せたが、一礼するとすぐに屋敷を出ていった。

 シャルロッテはセバスと同じ考えで俺を護衛なしに外へは出さない方針だった。

 となるとこの前、街の外に出たことがばれたら……。ヤバいヤバい、絶対にあの件は黙っておかないといけない。

「祭司様はどうなさったのですか?」

「火急の用件があって来られたようですが、警護が無い状態でコーヅ様に大聖堂に向っていただくわけにはいきませんのでお断りしました。」

「お母様、きっと領民の人命にかかわることですわ。急ぎませんと。」

「なりませぬ。このような時にこそ誘拐や暗殺のようなことが起きるのです。」

 その時、以前俺が騙されて誘拐されそうになった時のことを思い出した。安全な街ではあるけど、確かに他国のスパイも入り込んでいた。きっと今も街のどこかにはいるんだろう。

「お母様は少し頭が固いですわ。私とコーヅ殿がいて何かあることはありません。」

「そういう事ではありません。貴方には危機感というものが欠如してます。」

「なんでお母様はそんなにわからず屋なの?」

 リーサとシャルロッテが貴族の交渉からただの親子喧嘩に変わっていく様子を、巻き込まれないように気配を消して眺めていた。

 沈黙は金なのだ。

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