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第207話 千本ノック

 俺は立ち上がると覚悟を決めて部屋を出た。

 目の前には多くの患者と、治療する人が忙しなく動き回っている。そしてあちこちから苦しそうな声、そして治療を求める悲痛な声が入り混じって耳に届く。

 一体どこから手を付けたら良いのかと焦っていると「コーヅ!」とホビーの声が聞こえた。

「ホビー?」と声の方を見ると「こっち!」と手招きしている。俺はあちこちに無造作に寝ている患者を踏まないように気をつけながらホビーの元に向かった。

「このひとがいちばんあぶない。」

 そこには青白い顔で苦しそうに荒い呼吸を繰り返す少女が横たわっていた。すぐに肩に手を置いてヒールで治療を始めた。

 治療を始めると呼吸が徐々に落ち着いていき、やがて顔色に生気が戻ってきた。

「ん……。」

 意識を取り戻した少女は、周囲を見回して戸惑っている様子だったので、近くの修道女に任せた。

 次の患者は……と思って視線を上げるとホビーが「こっち!」とまた別の患者の側から手招きしていた。俺はまたホビーの指示通りに治療を始めた。するとホビーはその場から離れて他の患者の様子を順番に見て歩いていた。

「コーヅ、こっち。」

 その後もホビーの指示に従って治療を行った。俺が治療している間、ホビーは患者を渡り歩き、クリっとした目でジッと見つめるということを続けていた。そして反応があった患者には「だいじょうぶ、コーヅがなおす。」「みず、いるか?」などと声をかけたりしていた。そして重症そうな患者の前で立ち止まり、俺の治療が終わるとそこへ呼ぶ。だからか治った患者の中からは「ゴブリンさん、ありがとう。」という感謝の声も聞こえてきた。

 

 廊下の患者は全員治すことができた。人数が多かったことも大変だったけど、何よりも絶望感に満たされた重苦しい雰囲気に疲れた。でもまだまだ油断はできない。大聖堂前の広場に溢れんばかりの人がいたんだし、これで終わるとは思えない。

「ホビーは患者の人たちをジッと見てたけど、あれで何か分かるの?」

「よわってるひとはわかる。やせいのかん。」と胸を張って答えた。

「ホビーは優秀ですわね。」

 リーサも疲労の色が隠しきれない笑みを浮かべてホビーの頭を撫でた。

「一旦、お食事にしませんか?」とラーラに聞かれたが、それよりもその隣に立つ司祭の疲れた顔でそうして欲しいという懇願の表情に頷いた。

 ティアも疲労からか珍しく文句も言わずに大人しく食堂に向かった。ホビー以外は疲労から口数が少なかった。

「コーヅ、みんななおってよかったね。」「リーサ、ほびーはがんばったよ。」「ティア、どうしたの?つかれたの?」「シュリ、ごはんたのしみだね。」

 みんなそれには疲れた笑みで返していた。

 昼の鐘が鳴った後だったけど、食堂はいつもの賑わいはなかった。人数も少ないしその場にいる人たちも一様に疲れている様子が見てとれた。あれだけの人と病人や怪我人が押し寄せたら相当混乱するし現在進行形で大変なんだろう。

「実は昨日から突然多くの重症患者が運び込まれて来ておりまして。聞けば外の街から来られているとか。そんな彼らを追い返すなんてこともできず、大聖堂内は大混乱です。」と司祭は大きなため息をついた。

「でもコーヅさんのおかげで少し解消しました。」

 ……やっぱり『少し』だよね?きっと他の部屋にも混乱するほどに大勢の患者が治療を待っているんだろう。覚悟しないといけないな。

「あの……、亡くなってしまった方は?」

「微力ながら持ちこたえられるように頑張りました。」

 力無く答える司祭の目にも隈ができていた。


 口数も少なく味気ない食事を終えると、別の部屋で待っているという患者たちの元へ向かった。そこも所狭しと患者が並べられている。どこから手を付けたものか、と思っているとホビーが走り出して患者の元へ駆け寄った。そして先ほどと同じようにジッと顔色を見ては次の患者へと移動した。きっとまた弱っている人を見て順番を指定してくるんだろう。俺はそれまでに一番近くで寝ている患者の治療を始めた。

 ホビーが全員の様子を見て歩き「コーヅ、このひとのあとは、あのひと。あとはあぶないひといない。」と見立てを教えてくれた。

 やはり本当に危ない人は選ばれてさっきの部屋や廊下に集められていたようだ。それにしてもBランクでも治せないのか……結構治せるレベルは低い気がする。それなら普段からヒールを浴びて健康を保つようにした方が良いんじゃないかと思う。

 治療をしながらそんなことを考えていた。このくらいの症状の患者なら少し魔力が乱れても大丈夫そうなので、そんなに神経を使わなくても良い(と思ってる)からだ。


 千本ノックのように、ただひたすらに人数をこなしていった。次第に魔力加減も感覚的に安定してきて効率的に進められるようになっていった。でも休憩を取るタイミングが無くて、唯一の休憩は魔力回復薬を飲んでいるほんの短い時間だけだった。そして延々とひたすらに治療を続けて、なんとか最後の一人を無事に送り出すことができた。

「きをつけてかえれよ。」とホビーは手を振って見送っていた。

「色々とすまねぇな、ゴブリンちゃん。」

「ぼくはおとこ!」

「こんな可愛い格好して男はないだろ?」と笑った。

 俺はそんなホビーと患者だった中年男性のやり取りをボーっと眺めていた。

「今日はありがとうございました。またすぐに新たな患者が集まってくると思いますが……。」と疲れた苦笑を浮かべた。

 これがいつまで続くのかは分からないけど、頻度を上げて治療しにこないといけないのかもしれない。せっかく明日で下水道が終わるというところで、また新たな仕事を抱えてしまったようだ。

「コーヅがんばったね。」とホビーに太もも辺りをポンポンと叩かれた。

「これがしばらく続くみたいだよ。」

「うん。ぼくもてつだうから、あんしんして。」

 ホビーは自信満々に腰に手を当てて胸を張っている。

 そこへ他の司祭がやってきて寄付箱に今までにない程にお金が入っているという報告をした。その報告を受けた司祭の頬が一瞬緩んだ。しかしすぐにそれをごまかすように咳払いした。

「創造神様への感謝の表れですね。」と司祭スマイルを浮かべた。

「金貨も見えましたよ。これで少しは赤字も減りますね。」

「金……!」と声を上げて、すぐに取り繕うようにまた咳払いをしてから「気持ちをお金で量るような真似はいけませんよ。」

「赤字なんだから素直に喜びなさいよ。」

「こ、こらティア。はしたないですよ。」

 

 ここはやっぱり赤字経営だったのか。道理で必要最小限な物しか無い訳だ。だからティアも何かあると大聖堂へ寄付をって言う訳だ。納得した。


「でも良かったですね。」

「いえ、決してそういう訳ではないんですよ。」

 俺に向かって言い訳をするが、必要なものは必要で良いと思うんだけどな。聖職者としては気まずいのかもしれないけど。

「何を恰好つけてるのよ。お金が無くて塩もまともに買えないんでしょ?」

 司祭は乾いた声で誤魔化すように笑って頭を掻いていた。


 大聖堂を出たときにはとっぷりと日が暮れていた。そしてすでに大聖堂への入り口となる階段のところには明日の治療を求める人たちの列ができ始めていた。テントのようなものを準備していたり、この寒空の下に布団だけを敷いてたりとそれぞれだ。

「頑張れよ。明日には治るんだ。奴らを見ただろ?」

 薄い布団に手を置いて初老の男性が声をかけている。その姿はとても哀愁が漂っていて自然とみんなの足が止まった。

「あんな寒いところで……。」とリーサが心配そうに呟いた。

「さすがに火魔石は持ってると思うけどね。」

「ねぇ、コーヅ……。」とホビーがクイクイとズボンを引っ張ってきた。言いたいことは分かる。数人くらいならちょっと時間を貰えれば治療はできると思う。

「いい?」

「もちろんだよ。みんなで一緒にセバスさんに怒られてあげるから。」

 シュリが同意してくれて、他の人へも同意を促した。

「え?私は嫌だよ。」

「私も嫌ですわ。」

「ホビーもそれはいやだ。」

 しかし残りの3人は一斉に拒否をした。

「えー、ひっど。」とシュリは笑った。

「早く行ってきなさいよ。怒られるのは嫌よ。」

「あ、うん。」

 俺はすぐに患者たちの元へ駆け寄った。

「すみません、あの、治療を担当している神津と言います。」

「お前さんが……?」

「治療しちゃいますね。」

 そう言うと布団で寝ている初老の女性の布団に手を入れて肩に手を置いた。そして今日何度も行ったように体の状態をさっと確認してから調整したヒールの強さで全身を治癒していった。そして魔力を徐々に強くしていく。過負荷にならないことだけ注意しながら治療を終えた。

「終わりました。もう完治したと思います。」

「は?」

 初老の男性はあっけに取られた表情で俺を見ていたが、すぐに女性の元へ寄り添うと「アンナ……?」と声をかけた。

「あなた!」

 そう言うとアンナは体を起こそうとした。

「ちょっと良くなったくらいで無理すんな。」

「大丈夫なのよ。意識もはっきりしてるし、膝も腰も痛いところなんて何も無いのよ!」

 半信半疑な様子で初老の男性がアンナに手を貸して起こそうとした。

「コーヅ、ほかのひとをみろ。」

 ホビーに言われて顔を上げると、前に並んでいる女性と目が合った。

「お願いします!娘も助けてください!」

「分かりました。」

「おい、先に並んでたのはこっちだぞ。」

 そう言うと身なりの良い男性が俺と女性の間に割って入ってきた。

「でも……」と女性も譲らず、俯いたまま両手を固く握っている。どちらかが譲ってくれると良いんだけど……。俺も困ってしまい2人を交互に見た。

「コーヅ、みてくる。」

 ホビーが飛び跳ねるように並んで寝かされている患者たちの元へ駆け寄ると大きな目でジッと観察して回った。

「コーヅ!ここからだ。」

 ホビーはすぐ前に並んでいた少女の元に歩み寄った。

「おい!だからこっちが先だって言ってるだろ!」と男性が俺の肩を引っ張った。

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