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第205話 誰の従魔?

「リーサさんとは何をしてたの?」

 悔しいから聞かないでおこうと思っていたけど、ポロっと言葉が漏れた。

『言葉や魔術を教わったよ。お菓子も貰ったし。』

 やっぱりリーサは餌付けをして色々学ばせたり服を着させたりしたんだな。ふふふ。それなら俺にもとっておきの準備がある。

「だったら俺はおもちゃをあげるよ。」

『おもちゃって何?』

 俺は棚の中から、てんとう虫の様なスバル360のおもちゃを取り出した。

「どう?これで遊んだりできる?」

「うん!」

 車を前後に動かしたり、部屋の中を走り回ったりしていた。楽しそうに遊んでいる様子に俺は満足した。

 これでホビーの心を取り戻せたな。

 しかし、そう思っていられたのはほんの少しの間だけだった。

「あっ!」というホビーの声の方を見ると、ソファの脚に衝突したらしいスバル360が大破して、タイヤがコロコロと転がっていった。

「なおして。」

「そんなに簡単に直らないよ……。」

「えー!?つまんない。ほかにないの?」

 なんというワガママ息子だ。しかしここで怒ってしまっては元も子もない。俺は深呼吸をしてから、何か無いかと考え始めた。

「また庭で遊ぶ?」

『嫌だ。もう飽きた。』

 くっ、今までならわがまま言うなで済ませたけど、今、それを言っては駄目だ。これが社員相手だと少々の我儘は気にならないけど、身内にはどうしても厳しい目を向けてしまう。

「そ、そうだよね。じゃあキキさんにお願いして買い物に行こうか?」

 ヒクつく頬を抑えるように笑顔を向けた。

「いく!」

 ホビーはそんな俺の気持ちなど全く気付く様子もなく満面の笑みで答えた。

 俺もお茶やクッキーやラスクを買いたい。……が、アランの店にホビーを連れていくのは何をしでかすか分からないので怖い。陳列された商品を一棚くらいひっくり返される覚悟が必要だと思う。だからフィーロのお店でお菓子を買うくらいが良いと思う。

 そっとドアを開けるとキキが気付いた。

「どうされましたか?」

「買い物に行きたいので、一緒に行ってもらえませんか?」

「えっと……、かしこまりました。準備いたしますので少々お待ちください。」

 少し考える様子を見せたが頭を下げて戻っていった。

 しばらくするとキキはもう一人のメイドを連れて部屋に来た。これは間違いなくホビー対策だと思うが、それは俺にとってもありがたいことだった。

「これは一緒に参ります、リースです。ところで、どちらに行かれますか?」

「お菓子を買いたくて。行きたい店があるんです。」

「かしこまりました。」

 キキはそれ以上聞いてくることはなかった。俺はホビーを抱っこすると、キキについて屋敷を出た。するとホビーは下りたそうに体をくねらせてきた。

「ねぇ、コーヅ。おりたいよ。」

「駄目だよ。」

 下ろすと鉄砲玉のようにどこかへ走っていってしまうことが容易に想像できる。俺はホビーに逃げられないようにしっかりと抱きかかえた。

 フィーロのパン食堂は砦の方へ向かう道中にある。この時間にはもうフレンチトーストは売り切れだと思うけど、みんなにお茶とクッキーを奢れるくらいのお小遣いは持っている。

「ここです。」

 見慣れた看板の横をすり抜けてドアを開けた。

「いらっしゃいませ!」

 初めて見る若い女性店員が出迎えてくれた。そして「どうぞこちらへ。」とテーブル席に案内してくれた。俺は椅子に座ると案内をしてくれた店員にフィーロのことを尋ねた。

「フィーロさんは厨房にいますよ。呼んできますか?」

「あ、いえ、いるなら良いんです。」

 一人での切り盛りが大変だったから雇ったのかな。初めて来たときにはお客さんがいなくてティアと3人でずっと話をしていたことを思えば、それだけ安定してお客さんが入るようになったんだろうから、これは俺にとっても嬉しいことだ。

「ご注文はどうされます?」

『僕、この甘い匂いのものが食べたいよ!』

 隣でキラキラした目で俺を見てきたホビーの頭を頷きながら撫でた。

「フレンチトーストはまだありますか?」

「えっと、あったと思うんですが……でも4つもあったかな?ちょっとお待ちください。」というと厨房の方に「フィーロさーん、まだフレンチトーストありましたっけ?」と言いながら戻っていった。すると厨房からフィーロの「2つならありますよ。」という声が聞こえてきた。そして店員は「分かりました。」という返事とともにこちらの席へ戻ってきた。

「2つならあるそうなので、切り分けて4人で食べることもできますよ。」

「そうですね。ではそうしてください。あとフレンチトーストに合うお茶を4人分と。」

「かしこまりました。少々おまちください。」

 ニコリと微笑んで頭を下げると厨房へ戻っていった。

「コーヅ様、いけません。私たちはコーヅ様へお仕えするという仕事で来ているのです。」

 キキは店の人には聞こえないような小声で諫めてきた。

「たまには良いじゃないですか。ここのフレンチトーストは美味しいんですよ。」

「美味しいのは知ってます。ですが……。」ともじもじとしている。

「大丈夫です。俺が責任を負うので。」

 と、言ってもこんなことは大した責任ではないけど。セバスやヒルダに怒られるだけで済む安い責任だ。そして俺がそこまで言えばメイドとしては断れない。俺も段々とそういう事が分かるようになってきた。

「……そこまでおっしゃるのでしたら。ご馳走になります。」と言って2人で頭を下げた。

「よかったね。」

「そうですね。」

 ホビーとキキとリースで笑い合っていた。


「お茶をお持ちしました。……あっ!コーヅさん!」

「こんにちは。」

 俺がフィーロのことを気にしたからだろうか、厨房から出てきてくれた。そしてティーカップを目の前に並べていった。ホビーの前に置くときにチラリと視線を向けられたが、小さく頷くと何ごともないようにホビーの前にも置いた。

「今日のお茶は少し渋いです。ここよりもっと南に下ったクリソプレーズのものですよ。」

「へぇ。」

 返事はしたものの南の方は何も知らない。そこそこ高いらしい山を越えるし、領主も変わるのでここの街ではあまり話題にも出ないのだ。

 それにしてもなんで渋いお茶なんだろう?いつもフレンチトーストのときは渋くないスッキリした感じが出てくるし、実際にそれが合うと思うんだけど。

「フレンチトーストもすぐお持ちしますね。」と厨房に戻るフィーロは含み笑いをしていたように見えた。その様子に何か引っかかるものを感じて後姿を目で追いかけていた。

 フィーロが厨房に戻って視線を戻すとお茶を前にみんながジッとしている。ホビーまで待ってたことが面白かったが、とにかく俺がお茶に手を付けないとみんな飲めない。カップを持ち上げると一口飲んだ。確かにこれは苦い、それも少しじゃないと思う。

「コーヅ、これにがいよ。」

「うん、そうだね。」

 キキたちも一口だけでカップを置いていた。するとキキと店員がフレンチトーストが載った皿を持ってきた。


 生クリームが山になってる!?

 うわっ……


「これは……すごいですね。」

「ふふふ、分かりますか?開発中の雪山フレンチトーストです。」


 どんな味だろう?すごく気になる。早く食べたくて自然と姿勢を正して、目の前に皿が置かれるのを目で追いながら待っていた。

 目の前に置かれた皿の上には綺麗な雪山がそびえ立っている。これが生クリームと思うと早く食べてみたい。でもみんなの前に皿が置かれるまでは我慢だ。

 

「どうぞお召し上がりください。」

 皿を並び終えたフィーロの合図で3人とフィーロの視線が俺に注がれた。それには早く食べろという圧を感じる。俺はナイフとフォークで生クリームからフレンチトーストまでを切り分けると、注目を浴びた中で大きく口に頬張った。


「うっま!」


 はちみつ風味の甘くて柔らかな感触が口いっぱいに広がる。そしてふわふわのフレンチトーストは生クリームと同化してしまってクリームの一部のようにも感じてしまう。こんなに美味しいフレンチトーストは日本でだって食べたことがない。

 俺が口の中のものを飲み下す頃にはキキたちも幸せそうな表情を浮かべていた。すると隣でホビーは手を付けずに目の前のフレンチトーストを見つめていた。

「どうしたの?」

「リーサにあげたい。」

 このふわふわな生クリームは屋敷に着く頃には溶けてしまって、この美味しさは届かないと思う。

「難しいんじゃないかな。多分、溶けちゃいますよね?」と俺は傍に立っているフィーロを見上げた。

「うーん、そうですね。コルベール様へお届けするには失礼な状態になってしまうと思います。」

「リーサにたべてもらいたい……。」

 何でだかホビーが落ち込んでる。リーサがホビーの食べたい欲求より優先できる存在だなんて……。リーサの壁は俺を軽く抜き去り、遥か高みに届いていた。もうこれだけの差を見せつけられると敗北感すら湧いてこない。でも俺だってこのまま手をこまねいている訳にはいかない。頼れる父という存在でいなければならない。

「フィーロさん、冷やしておけば生クリームも長持ちしますよね?」

「あー、ちょっとそこまで分からないです。」

 フィーロもまだ開発段階だから分かってないことも多いんだろう。でも外気は冷えてるから箱を作って魔術で冷やしながら持っていけば良いはずだ。

 俺はテーブルの上にに石の箱を作った。

「これを魔術で冷やしながら持って帰ろうか?」

「うん!」とホビーは嬉しそうに返事をした。

「どうしてもって言うなら、明日のために準備してあるパンでフレンチトーストで作りましょうか?漬け込み時間が短いのでそんなに柔らかくはならないと思いますが。」

 俺はそのフィーロの提案をありがたく受け入れることにした。そして我儘を言って4つ作って貰うことにした。リーサだけでなく、ティア、シュリ、そしてシャルロッテの分だ。

「ホビー、新しいのを作ってくれるから、それは食べな。」

「うん!」と言うとすぐにナイフとフォークで切り分けながら口に運んだ。そして「うわっ、ほんとうにおいしいね。」と驚きの笑みを浮かべた。

 それにしてもこんなに沢山の生クリームを作れるようになっていたとは。フィーロは本当に凄いと思うが、それよりも俺たちは目の前の甘くて美味しい雪山フレンチトーストに夢中だ。そして誰もが口を開けば美味しいとしか言わない。

 しかし夢見の時間は長くは続かなかった。目の前のフレンチトーストは跡形もなくなってしまった。そして残された少し冷めてきた渋いお茶を口にして「はぁ……。」と深いため息をついた。

 その場の誰もが名残惜しそうにフォークで生クリームの残骸を集めては口に運んでいた。するとそこへフィーロが新しい雪山フレンチトーストを持って戻ってきた。

「コルベール様にはこちらをどうぞ。」

 俺は礼を言って石の箱に入れて持ち上げると火魔術の応用で逆に石の箱を冷やした。そしてキキにクッキーやラスクを買い込んでもらい支払いを済ませてもらった。どうやら俺の小遣いじゃなくてコルベール家からの支払いのようだ。このくらいを払えるお小遣いは持っているけど、コルベール家のしきたりに合わせておいた。

「で、雪山フレンチトーストはどうでした?」

「言葉で表現するのが難しいほどに美味しかったですよ。ところで砂糖は足りてますか?」

「あ、いえ、結局砂糖は使わずに、はちみつだけで作ってるんですよ。」

 そんな作り方ができたのか。それでこの美味しさなら、この世界の高い砂糖なんて使う必要はない。そんなフィーロに感心しきりだ。


 そして店を出ると屋敷に向かって歩き始めた。

「リーサはよろこぶかな?」

「喜ぶと思うよ。」と答えると、次はキキやリースにも同じことを聞いて、同じような返事をされていた。母親を慕う子供のようにも思えて微笑ましいが、俺の魔獣だったのでは……?あ、いや、まだ俺の魔獣だ。という複雑な気持ちが湧いてくる。

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