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第203話 どこの家庭も

 エルフについて聞くことができた。でも得られた情報は、こちらが会いたいから会える訳ではなくて、あちらからの接触待ちという何とも受け身的なものだった。

「だからってまた街の外を勝手にふらふら出歩かないでよ。」

「私は森の散策は好きだから行きたい時は言ってね。」


 宝くじは引かなきゃ当たらない。この売場で一等が出たことが無くても、やっぱり買いたいと思う。でも今回のことで気軽に森へ行けなくなってしまった。それが悔しい。

 屋敷に連れ帰ってもらったが、新たに悶々とした気持ちを抱えてしまった。

 

「お帰りなさい。」

 玄関でリーサとホビーが待ってた。ホビーは朝のドレスではなく落ち着いた色のパンツ姿だった。それでもレースにフリルがあしらわれていて、リーサのお下がりだと一目で分かる。

「おかえりなさい。」

 ……何だろう?ホビーに違和感を覚えた。

「ただいま。ホビーは大丈夫だった?」とリーサに聞いた。するとリーサは「良い子だったよ。ねっ、ホビー。」とホビーと顔を見合わると頷き合った。

「じゃ、またお食事でね。」とリーサはホビーと手を繋いで、部屋に戻るのか階段を上っていった。

 行っちゃった……。

「コーヅ様も参りましょう。」

 キキに促されて俺も部屋へと戻った。何だか釈然とはしないが、リーサも気を使ってくれているんだろう。せっかくの自由な時間なんだから、食事までの時間は魔力トレーニングに使わせてもらおうと思う。

 ソファにどっかりと腰を下ろして魔力増幅トレーニングを始めた。壁作りにあれだけの水晶を放出してもまだ魔力は残っている。魔力回復薬でドーピングはしてるけど。でも魔力量が多くて困ることはない。キキが食事に呼びにくるまで黙々と続けた。

 

 食堂にはやはりリーサとホビーは先に来ていて家族の談笑をしていた。

「婿殿、ホビーは本当に賢いな。何でも吸収していく。」

「お父様、それはきっとコーヅ殿がテイムしたからですわ。」

「リーサのおかげ。」とリーサに笑顔を向けた。


 こいつ……。


 俺は心を落ち着かせるために深呼吸をすると、運ばれてきた前菜に手を付けた。そして隣をちらりと覗き見ると、ホビーも優雅にフォークで前菜を掬い、口に運んでいた。


 いつのまに……。


 そして主菜の登場となった時、アルマンドが食堂に入ってきた。こんなことは初めてだった。そしてその両手にはハンバーグらしき塊が載った皿があった。

「コーヅ様に教わりましたハンバーグで御座います。」と恭しくお辞儀をするとクリストフ、シャルロッテの前に置いた。

「早速作ってくださったのですね。ありがとうございます。」

「コーヅ様、使用人に敬語はお止めください。」

 セバスは冷静な声ですぐに水を差してくる。アルマンドも苦笑したが「新しい発想は料理人の糧です。また何か思い出されましたら、私に教えてくださいませ。」と頭を下げると部屋の端に移動した。

 ハンバーグにはソースが上品にかけられて、見た目にも高級感を演出している。しかし見た目よりも、立ち上る香りに懐かしさを掻き立てられて早く食べたかった。でもいつものようにクリストフが手を付けるまで静かに待たないといけない。隣のホビーも膝に手を置いて大人しく待っている。


 こんなことまで……。


 リーサに嫉妬ににた悔しさが込み上げてくるが、同時に感心もした。

 そしてクリストフがナイフとフォークを手に取ると、力を入れて切ろうとした。

「っと、ずいぶんと柔らかいな。」と切ったハンバーグをフォークで刺して断面を見てから口に運んだ。

「これは美味いな。婿殿、アルマンド、素晴らしい料理だ。」

「お褒め頂き恐悦至極で御座います。」

 アルマンドは安堵した表情を見せると、胸に手を当てて恭しく頭を下げた。

 そしてそれを見届けた俺達もハンバーグに手を付けた。ナイフで切ると荒々しい細切れの肉から肉汁が滴り落ち着ちてくる。その一切れをフォークで刺すと皿のソースをちょっと付けてから口に運んだ。

「うまっ。」と思わず出てしまった言葉に「コーヅ様。」とすかさず注意されてしまったが、美味いものは美味い。

「これは美味しいです。」とアルマンドを振り返った。

「ありがとうございます。もし改善点など御座いましたら是非お教えください。」

 甘い肉汁を締めるようなソースが口の中で絶妙な味わいを作る。噛めば噛むほどに旨味が増す。改善点なんて何も無い。

 ホビーも隣で口いっぱいに頬ばっている。

「ホビー、口が膨らまない程度にしなさい。」

 セバスは相手が誰であったも細かく注意をする。

 口の中のものをゆっくりと飲み込むと「わかりました。」と答えて次は小さく切り分けて口に運んだ。

 ……ホビーが素直に指摘を受け入れている!?一体リーサは何をしたのか不思議でならない。


 食事が終わると、やはりホビーはリーサと手を繋いで部屋に戻っていった。俺はその後ろ姿を釈然としない気持ちで見送った。

 俺も部屋に戻ろうと立ち上がると「コーヅ様、アヒルの羽根を袋に詰めました。」とキキが差し出してきた。ここで見せたという事はクリストフにも見せろということだろう。

「婿殿、それは何だ?」

「羽毛です。俺は自分の布団にしてます。軽くて温かいんですよ。」

「羽毛?」「布団?」

 クリストフとシャルロッテは言葉の意味を確認し合うように顔を見合わせた。

 俺はその袋を持って大きなテーブルを回り込んでクリストフの元へ行くと、膝の上に袋を置いた。

「これがどうしたんだ?」と言って持ち上げると「見た目と違って軽いな。」と俺を見た。

「そうなんです。軽くて温かいんです。布団の大きさにすると寝心地良いですよ。」

「ふむぅ。婿殿がそう言うのであればそうなのであろう。アルマンドに言ってもう少しアヒルの羽根を集めてみることにするか……。」

 声のトーンからも、クリストフはこの羽毛の素晴らしさを理解していないことが十二分に伝わってくる。一度羽毛布団を使わせてみたいけど、俺が使っている寝具で寝てみるという提案はしちゃいけないんだろうと思う。

「私にもよろしいですか?」

 シャルロッテはクリストフの返事を待たずに膝の上から羽毛袋を取り上げると、自分の膝の上に置いた。そしてその中に両手を潜り込ませた。

「領主様からも婿殿の提案は積極的に取り入れるようにも言われているからな。進めることにしよう。」

 話はここまでとばかりにクリストフが立ち上がると、シャルロッテがクリストフの腕を掴んで、もう一度座らせた。

「お待ちください。これは間違いないですわ。」

「間違いないとは?」

「コーヅ殿のこの羽毛ですわ。貴方にはこの素晴らしさが理解できないのですか?」

「え?あ、いや、も、勿論分かるぞ。だからアルマンドに集めさせるし……。」

 しかしシャルロッテはその答えに満足していないことを静かに目で訴えている。やがてその眼力に押しきられたクリストフは「わ、分かった。商業ギルドには力を入れて開発するように伝えよう。」

「お願いいたしますわ。……ところで、こちらはどうされますの?」

 シャルロッテが膝から羽毛袋を持ち上げた。

「えっと、どうぞ。それは差し上げます。」

「あら、催促したようで悪いわね。」とシャルロッテは笑った。そしてシャルロッテも立ち上がるとクリストフと一緒に食堂を出ていった。

 薄々気付いてはいたが、この屋敷の力関係が改めてよく分かった。でもこの力関係の構図はよく見るよな。

 頑張れクリストフ、と心の中でエールを送っておいた。


 部屋に戻っても当然のようにホビーはいない。もう割り切って、この静かで長い時間を有効に使おうと思う。

 テーブルにクリフォードの銀製のティーセットを並べた。そしてお湯を沸かすと茶葉を蒸らした。

 以前はこの作業を毎日やっていたけど、ホビーと一緒になってからはやってない気がする。

 俺はお茶を飲んで心を落ち着かせてると、忘れないうちにエアコンを作っていった。でも貴族らしく慎ましく5台だけ作ると廊下に並べた。

「すみません、書斎に連れていってもらえませんか?読書がしたくて。」

 廊下の先に見えたメイドに声をかけた。

「少々お待ちください。」

 そう言うと小走りで階段を上っていった。クリストフにでも許可を取るんだろうか。やがてそのメイドが戻ってきて3階にある書斎へと案内してくれた。


 砦のように壁一面にという程には無いけど俺には十分な量の本が書棚に並んでいる。

 領地経営、税金のしくみ、王国法の解説、……貴族だってこういう勉強は必要だよな。クリストフだって地位にあぐらをかいてるだけじゃないことが分かる。

 でも今の俺に必要な内容では無いので、場所を移動しながら魔術や魔獣、エルフのことについての本を探した。でも領地経営に関することやら貴族の基本知識や伝承といった本が多くて、申し訳程度に数冊ほど魔獣や魔術の本があるだけだった。

 その数冊の中から「魔獣図鑑」を選んだ。この世界にはどんな魔獣がいるのかという純粋な興味があるからだ。

 重たく大きな本を手に取るとドンと机に置いた。そして椅子に座って1ページ目を開いた。

 

 ―この世界で知られた魔獣についてできる限り詳しく解説している。是非冒険や旅の前に目を通しておくことを勧める。しかしながらこの世界には図鑑に載っていない未知の魔獣も多数存在する。……


 前置きも長いけど魔獣の解説もなかなか丁寧だ。見たことがある角ウサギ、ゴブリン、コボルドなどから知らない魔獣なども色々と参考になる。

 角ウサギは7年が寿命で、2〜3歳くらいが食べごろ、と。……でもどうやって年齢を見分けるんだろう?

 

 なかなか興味深く読み入っていた。例えばスライムはゲームで見た可愛いイメージとは違って動く水たまりのような形をしているようだ。そして木の上から獲物の上に飛びかかるような狩りをするらしい。他にも川や池で獲物に飲み込ませて腹の中から体を溶かしていくとか、大きなスライムになると水場と見せかけて獲物をおびき寄せるらしい。


 こんな雑魚キャラですら恐ろしく狡猾な生き方をしている。ちょっと角ウサギを狩れたからって魔獣を甘く見たら駄目だよな。それに街を抜け出したことだって余裕で衛兵に見つかっていた。

「やっぱりこの世界は簡単じゃないな……。」

 でも魔獣のことを知れば知るだけ旅のリスクは下がるはずだ。俺は図鑑をじっくりと読み進めた。

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