森のおばけのおはなし
ある森に森のおばけがいました。森のおばけは森の生き物を食べます。虫や鳥や蛇やクマを食べることもあります。だから、森の住人は森のおばけを怖がって恐れて近付きません。森のおばけはいつもひとりでした。でも、森のおばけは平気でした。
森のおばけは以前、くまのこどもと出会いました。そのくまのこどもはあばれんぼうくまという名前で、一人でいたので、暇つぶしに声をかけたことがありました。あばれんぼうくまはその名のとおりあばれんぼうで他のくまやと遊んでいても喧嘩になってしまい、一人でいるところばかり見かけていました。
あばれんぼうくまをよくよく観察していると、日によって笑ったり、怒ったり、泣いたり、コロコロ顔の表情が変わるので、森のおばけはそれを見て不思議に思っていました。たった一度、一人ぼっちでいるあばんれんぼうくまを助けたことから、なぜかなつかれてしまいました。
「森のおばけー、遊ぼうー」
あばれんぼうくまは朝から元気いっぱいです。
「朝から元気だね、あばれんぼうくま」
木のうろから森のおばけが顔を出し、あばれんぼうくまに声をかけます。
「あ、森のおばけー、ねぼすけだね」
「ぼくはおばけだから夜型なんだよ」
あばれんぼうくまは僕を見ても怖がりません。
「今日は朝早くどうしたんだい」
「一緒にあそぼう」
「朝ごはんは食べたのかい?」
「あ、忘れてた、ちょっとまってて」
あばれんぼうくまは近くで流れる小川で魚をつかまえようとバシャバシャしていました。
「それじゃあ魚は捕まえられないよ。よく狙って」
「わかってるよ!」
森のおばけは優しく声をかけましたが、あばれんぼうくまはちょっと怒りながら魚を睨んでいます。
「それっ」
あばれんぼうくまは魚の動きをよく見て思いっきり腕をふりおろしました。
「捕まえられたね」
「へへっ、森のおばけも一緒に食べる?」
「ぼくはいいよ。あばれんぼうくまが捕まえたんだから、君が食べるといいよ」
「うん」
朝ごはんを食べたあばれんぼうくまはすぐに動き出します。
「森のおばけ、遊ぼう」
「いいよ。でも、きみはぼくが怖くないのかい?」
「怖くないよ。ほかのみんなは怖いみたいだけど」
「きみはほかのくまたちとはちょっとちがうみたいだね」
「同じだよ!」
あばれんぼうくまは森のおばけと何をして遊ぼうか考えていました。
「ねえ、森のおばけも行ったことがない場所ってある?」
森のおばけは少しかんがえました。
「そうだね、あるよ」
あばれんぼうくまは森のおばけに近づいて目をキラキラさせています。
「それってどこ?どこ?」
「森の奥の奥、ぼくもいったことがないんだよね。このよのおわりがあるかもしれないっていわれていて」
「じゃあ、そこへ行ってみよう!」
「今から?」
「うん!今から!」
「何があるかわからないのにこわくないの?」
「森のおばけと一緒なら大丈夫!」
「なんのこんきょもないのに、きみはふしぎなこだね」
森のおばけとあばれんぼうくまは、森の奥の奥へ行くことにしました。森の奥の奥の入り口は大きな木がありました。まるでこれ以上進んではいけないように立ちふさがっているのですが、あばんれんぼうくまはへっちゃらのようでした。こわいという感情はどこへいってしまったのでしょうか。以前は真っ暗闇やおばけがこわいと泣いていたのですが、森のおばけと仲良くなってからこわいということがあまりなくなってしまったようです。
「森のおばけ、いこう」
「ああ、そうだね」
森のおばけは、この森の奥の奥にはこの世の終わりがあると、昔、誰かからか聞いたことあありました。この世のおわりとは何なのか、興味はありました。でも、森のおばけの直感がこの森は入ってはいけないといっていたので行くことはありませんでした。今も全身がビリビリ尖っているきがしますが、あばれんぼうくまの後について歩いて進んでいきます。
真っ暗な森で茂みをザクザク進んでいきます。この道があっているのかも間違っているのかもわかりません。ただ、森のおばけが少しだけ道案内をしています。棘だらけの道や危ない箇所があれば、そこを避けて進みます。あばれんぼうくまは鼻歌を歌いながら先へ先へと進んでいきます。
「ねえ、森のおばけ」
ふとあばれんぼうくまが森のおばけに声をかけました。
「なんだい」
「どうして君はぼくとあそんでくれるの?他のみんなはぼくとは遊ばないって言ってどっか行っちゃうんだ」
「どうしてみんな君と遊ばないと言うのかな?」
森のおばけはオウム返しのように質問で返します。
「なんか、すぐ怒るし泣くから嫌なんだって」
「どうしてすぐ怒って泣いてしまうんだい?」
「だって、ゲームをしても、いつも勝てないんだもん!」
あばれんぼうくまの口調がだんだんと怒り口調になっています。
「すぐ怒るかぁ」
森のおばけは怒っているあばれんぼうくまをみてそのとおりだなと思いました。
「きみはきっとくやしいんだね」
「そうなの!くやしいの!」
「そのくやしいきもちを、だれかにぶつけたら、きみはすっきりするの?」
「すっきり?しないよ!もう一回ゲームをして勝つまですっきりしない!」
「じゃあ、がんばるしかないんだ」
「そうなの!」
「がんばりたいんだね。きみは。がんばってかちたい。だからかてなくてくやしいんだね」
「そうなんだよ、うん、そう、そうなの、ぼくだってがんばっているのにかてないからくやしいんだ」
「じゃあ、どうしたらいいのかな」
「かてるようにがんばる!」
「そうだね。そして、くやしくてないてしまうのはしかたないかもしれないけれど、だれかに怒るのはやめたほうがいいね」
「うん、わかったよ」
森のおばけとあばれんぼうくまの会話にはほかのくまたちの会話とは少し違って、あばれんぼうくまが納得するような言い方をします。あばれんぼうくまが森のおばけの言葉のすべてを理解しているのかはわかりません。でもあばれんぼうくまは少しずつ言葉を飲み込んで理解しているように思えました。おとうさんくまもおかあさんくまも、ほかのくまたちも、一方通行の言葉を言ってくるだけで、あばれんぼうくまの言葉をきいてくれません。だからもどかしくて、いらだちがあって、どうしようもありませんでした。森のおばけはそんなあばれんぼうくまの家の事情も知りません。森のおばけは、あばんれんぼうくまと会話をして、さらにあばれんぼうくまのことが知りたいと思っているのかわかりませんでした。ただ、あばれんぼうくまのことを知れば、感情とは何なのか近づけると思ったのでした。
「ねえ、あばんれんぼうくま」
「なに?」
「きみはこわくないの?」
「だから、怖くないって言ってるじゃん!」
「そうじゃないよ。この森の事だよ」
「え?このもり?ぜんぜんこわくないよ。むしろワクワクする!森のおばけはこわいの?」
「そうだな。こわいというより、ぞわぞわする。よくないものがいるかんじだね」
「じゃあさ、ぼくと手をつなごう。そうしたらぞわぞわしなくなるかも」
あばれんぼうくまは、森のおばけの手をぎゅっとにぎりました。森のおばけはとてもびっくりしました。今まで手を握られたことなどなかったのです。
「おかあさんがね、ぎゅってしたり、てをつなぐとさびしくないっていってたの!ぞわぞわもなくなるかも」
「きみのおかあさんはすごいね。本当にぞわぞわしなくなってきたよ。でもかわりになんだかむずむずする」
「そうでしょ!ぼくのおかあさんはこわいけど、やさしいんだよね。むずむずってなに?」
森のおばけとあばれぼうくまは手をつなぎながら歩きます。あばれんぼうくまの手はあたたかく、その感触や体温に森のおばけははじめてのことだらけで体がむずむずしていました。この感覚はなんなのでしょうか。そしてあたたかい気持ちとは別の感情もうまれていました。
「ふしぎだな。このままきみとこうして手をつないで時間が止まってしまえばいいのにと思っているんだ」
森のおばけは言葉にしてみてはじめてわかったこともありました。このままこうしていたいという欲が自分の中にあったことにも驚いていました。
「なにかいった?」
「いや、なんでもないよ」
森の奥の奥、真っ暗で何も見えません。ふと、二人の手がはなれてしまいました。
「あっ」
「あばれんぼうくま?どこにいるんだい?」
さっきまでお話していた楽しそうなあばれんぼうくまはどこにもいません。声も聞こえません。どこへいってしまったのでしょうか?
「ひとりぼっちは、さびしい」
森のおばけは声にだしてみました。そうしたら、本当にさびしいきもちになって、目から水がでてきました。そのときです。森のおばけに体当りしてきたなにかがいました。あばれんぼうくまです。
「いた!もう、どこいってたの?探したんだよ!」
「あばれんぼうくま」
「どこかけがしたの?だいじょうぶ?」
あばれんぼうくまは森のおばけの声が泣いているように聞こえて、心配そうに顔をのぞきこもうとしました。
「だいじょうぶだよ。ちょっとびっくりしたんだよ」
二人は再び手をつないであるきはじめました。
「ねえ」
「なんだい」
「なんでもない」
どちらが声をかけたか、わからないくらい、小さい声。お互いの息や鼓動、感覚だけで足を動かします。出口はどこでしょうか。
「森のおばけ」
「なんだい」
「きみはずっと、ぼくのともだちでいてくれる?」
「いきなりどうしたんだい?」
「ちょっときいてみたくなったの」
「もちろんだよ」
「ありがとう。ぼくも、ずっと、きみのともだちだよ」
「ありがとう」
森のおばけの心にやわらかな光がさすように、目の前に光がさしてきました。
「出口だ!」
あばれんぼうくまは森のおばけのありがとうが聞こえたかわからなくらい大きな声で叫びました。森のおばけはこのままあばれんぼうくまとずっと一緒にいられたらと思う独占欲と、これからも一緒にいられるんだという安心感が入り混じっていました。今回の二人の冒険はもうすぐ終わります。でもさびしいという気持ちはありません。また別の冒険にでかけられるんだとあたたかな気持ちになっていました。
「ここは?」
「ぼくたちが待ち合わせした花畑みたいだね」
「えー、このよのおわりがあるんじゃなかったの?」
「そうだね。ぼくの勘違いだったかな?」
「もう!」
あばれんぼうくまはちょっと怒っていましたが、楽しかったね!と森のおばけに向かって笑っていました。
「そろそろおうちへおかえり」
「うん!」
「森のおばけ、また遊ぼうね」
「ああ、あばれんぼうくま、また遊ぼう」
「さようなら!」
「さようなら」
あばれんぼうくまは森のおばけに手を振りながら別れを告げて家に帰っていきます。森のおばけはあばれんぼうくまが見えなくなるまで見送りました。森のおばけにはあたたかい気持ちとほんのすこしだけさびしい気持ちがあります。でもあばれんぼうくまとまた遊ぶ約束をしました。今夜は明るい月を眺めながら穏やかな気持で眠りにつけそうです。
おしまい