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キミのバストが小さい理由を男ながら考えてみた

作者: 憚岩三




この文章はフィクションです。





「あなたねぇ…そうやって、悩んでる女をからかうのはよくないわよ?」


そう言うと女は手にしていたグラスを口元へ移した。


白濁色をした液体が入っている。


飲むヨーグルトである。


先ほどまではひと口ずつちびちびと飲んでいたが、残りすべてを喉奥へと流し込んだ。


半分以上の量が残っていた。


一気飲み。


女は空になったグラスをカウンターに置いた。


グラスもカウンターもガラス製である。


ことん、と音が響いた。


「からかってるわけじゃないさ、僕は大真面目だよ」


男は身を乗り出し、顔を近づけ、女の目を見つめた。


真っすぐなまなざし。


うぶな少女であれば、照れてしまい、顔を赤らめ、目を逸らしてしまうような真っすぐな視線だ。


「どうだか…」


女は目を細め、左腕で頬杖をつき、ふんと鼻息を鳴らした。


少なくとも、男に見つめられて動揺したような素振りはない。


むしろ、いつものことだと辟易しているようだ。


「同じのいいかしら」


カウンターの奥にいたバーテンダーはうなずき、冷蔵庫を開けた。


1リットルほどの容量と思しきガラス瓶を取り出す。


飲むヨーグルトである。


濃厚さと、自然な甘さと、ほどよい酸味にこだわった自家製だ。


新たにロックグラスを棚から取り出し、飲むヨーグルトを注ぐ。


ガラス瓶から、とくとくとく、と音がする。


その心地よい音色に、女は笑みを漏らした。


バーテンダーは空になったグラスを下げ、注がれたばかりの飲むヨーグルトを女の前にあるコースターに乗せた。


目の前に置かれたグラスを愛おしそうに眺めてから、女はまたちびちびと飲み始めた。


少量を口に含み、味わい、また少量を口に含み、味わう。


その繰り返しだ。


こういう飲み方が好きらしい。


男は変わらず女を見つめていた。


「まぁ、キミに限った話じゃないんだけどね」


「そりゃそうよ、バストのサイズのことで悩んでる女性が、私1人のはずがないわ」


「僕からしたら、悩むような話でもないと思っているよ」


「男のあなたに女の気持ちがわかるわけがないわよ」


「それもそうだけど、考えるだけなら自由だろ?」


「それもそうだけど、考えてえどうにかなるものじゃないでしょ?」


「理由や原因がわかれば、対処策だって考えられるはずさ、違うかい?」


「論理的に考えればそういうことでしょうけど、当てはまるのかしら」


「どうしてそう思うんだい?」


「結局、遺伝だとか体質だとか、自分自身じゃどうしようもない結論に落ち着きそうだもの」


「確かに、理由がはっきりしても、自分でどうしようもないことなら、キミの言う通りだね」


「そうよ」


男は、横の椅子に置いていたバッグを手にした。


黒い革製のセカンドバッグである。


使い込まれているが、きちんと手入れがされているらしく、ほどよい光沢がある。


ファスナーを開き、スマートフォンを取り出して、男は何かを調べ始めた。


「何を見ているの?」


身を乗り出して女はスマートフォンの画面をのぞき込んだ。


男は検索サイトを見ている。


検索バーには「バスト 小さい 理由」と打ち込まれていた。


打ち込まれた文字を見て女は顔をひきつらせたが、男は気にせず上位に表示された検索結果をクリックした。


「あなた、よく無神経って言われるんじゃない?」


「人のスマホをのぞき見てよく言うね」


「見られてまずいと思うなら少しは隠しなさいよ」


「別に、まずいことなんてないよ」


男は気にせず表示されたウェブページを読んでいる。


指摘するのが面倒になった女は飲むヨーグルトを口に含んだ。


「ふーん、もともとの体型だとか女性ホルモンの分泌だとか、色々書いてあるね」


ひと通り、ウェブページの内容に目を通したらしく、男はスマートフォンをセカンドバッグに入れた。


「やっぱり。自分じゃどうしようもないことばかり書いてあったんじゃないの?」


女は、それ見たことかと声を大きくして訊ねた。


「確かにそうだけど、夜更かしはよくないとも書いてあったよ」


そう言うと男は目の前に置いてあったグラスを手にした。


グラスには、無色透明の液体が入っている。


水。


鉱水である。


市販されている海外産のミネラルウォーターだ。


非常に硬度が高く、好き嫌いがハッキリと分かれる水である。


どうやら男は硬水が好きらしく、のど越しを楽しむように流し込んだ。


「早寝早起きとか、生活リズムの調整なら誰でもできることじゃないかな」


「生活のリズムが乱れると女性ホルモンの分泌が悪くなって、結果的に胸の成長を阻害するって話でしょ?」


「なんだ、詳しいじゃないか」


「その手の文章は読んだことあるもの。でも、それって成長期の話だから、今さら言われても、って感じよ」


「人間、生きていれば、死ぬまで成長するものだと僕は思うけど」


「ものは言いようね。たしかにそうかもしれないけど、少なくとも私にとっての、いわゆる成長期は終わってるわ」


「ものは考えようさ、まだ成長できると思えるなら、いつだって人は成長期だと言っていいんじゃないかな」


「あなたったら前向きなのね。じゃあ、私のバストもまだ成長できるっていうことかしら?」


「成長する余地があると感じるなら、そういうこと」


「そうは言ってもねぇ…」


女は飲むヨーグルトが入ったグラスを自分の胸に当てた。


その表情は寂しげであり、何かを諦めたような顔をしている。


「成長しきったとは思わないけど、成長できるとも思えないわ、正直」


「申し訳ないけど、僕は男だから、胸に関する女性特有の悩みは、よくわからない」


女は黙って言葉の続きを待った。


「ただ、胸の大きさについて、理屈で考えると、体質とかじゃなくて、もっと根本的な話になる気がするんだ」


「体質より根本的な話?そんなことってあるのかしら」


手にしていたグラスをコースターに置き、女は男を見つめた。


先ほどと同じくらいの硬水を流し込み、男もグラスをコースターに置いた。


「あるよ、話はとてもシンプルさ」


「なんなのよ」


男は一瞬、話すのをためらうように間を空けた。


「ジェンダーレスっていう言葉、考え方がある」


「えぇ。性の差を無くそうっていう考えよね」


「そう。僕はそういった考えに異論はないし、反対もしない。素直に、正直に生きられるなら、それがいいと思う」


「私もそうね。自由でいいんじゃないかしら」


「うん。でも、もしかすると、僕の考えはそういったジェンダーレスという思想とは相反する、古い考えなのかもしれない」


「あら、そうなの?」


「ジェンダーレスについて異論も反対もないのは事実さ。でも、僕自身は男だし、女性が好きだ」


「えぇ」


「だから、ジェンダーレスという考えを、受け入れてはいるけど、心の底から理解はできてないんだ」


「どのみち、他人のことを何もかも理解なんてできないんだから、別にいいんじゃないの?」


「そう言ってもらえるなら大丈夫かな。要は、考えが古いって怒られるんじゃないかって思って」


「古いから悪い、新しいから素晴らしい、っていうわけでもないし、気にし過ぎじゃないの」


「温故知新ってやつだね」


「ふーん。じゃあ、あなたの考え方っていうのは昔の思想ってことなのね」


「うーん、厳密には古いとか昔とか言うのも、ちょっとニュアンスが違う気もするんだけど」


「大丈夫よ、人それぞれ考え方は違うんだから。まずはあなたの考えを聞かせてちょうだいな」


「オッケー。もし聞きたくなくなったらそう言ってくれ。あるいはブラウザバックでもいい」


「なによそれ、早く話してって言ってるでしょ」


「あともうひとつ言っておくけど、これは女性の気持ちをわからない男の考えだからね」


「わかってるわよ」


「あくまで、胸の大きさについて、男が考えたことを話すだけだから」


「えぇ」


「失礼なことを言うかもしれないけど、怒らないで聞いて欲しい」


「失礼なことを言われたら怒るわよ、普通」


「そりゃそうか」


「『馬鹿な男が何か言ってらぁ』くらいに聞いてるから安心していいわよ」


「そうしてもらえると助かるよ。さっきも言ったけど、話は本当にシンプルなんだ」


「えぇ」


「女性の胸って、何のために存在していると思う?」


「何のためって…胸が無かったら、首の下にお腹がきて、お腹の横に腕がついてて…バランスが悪いじゃない」


「そういうことを言ってるんじゃないよ」


「わかってるわよ。何のためって言われたら…男性を魅了するためかしら?」


「たしかにそういった要素は含まれてるかもしれないね」


「そうよ」


「でも、僕が言ってるのはもっと根本的な話さ」


「じゃあ…子供を育てるためかしら」


「その通り」


「なるほどね。あなたが言いたいことがわかった気がするわ」


「なんだい?」


「つまり、私の胸が小さいのは、子供がいないからって言いたいんでしょ?」


「うーん、5点くらいかな」


「5点満点で?」


「100点満点でだよ。なんだよ5点満点て、小テストじゃないか」


「嘘よ、ほとんど正解のはずだわ」


「だとしたら、子供がいる女性、つまり母親となった人は全員、胸が大きくなってないと変だよね」


「そうね」


「でも、必ずしもそうじゃないと思うんだ」


「…たしかに。でも、だったら答えは何なのよ」


「別にテストやクイズをしてるわけじゃないんから、結論を急がないでよ」


「だって、話はシンプルって言ったじゃない」


「シンプルなのと短絡的なのは話が別さ」


「言ってくれるじゃない」


「考え方自体は間違ってるわけじゃないんだけどね、子供を育てるために、女性の胸は大きくなる」


「そうよ」


「でも、それで言ったら、子供がいないのに胸が大きな女性がいるのもおかしな話になるよね」


「…たしかに。そうなるとやっぱり、体質の問題って言いたくなるんだけど」


「だから結論を急がないで」


「はい」


「僕の考えだと、子供がいないのに胸が大きい女性は、母親になる自覚があって、子供を育てる心の準備ができてる人なんだと思うんだ」


「だったら、子供がいるのに胸が大きくならない人がいるのは変じゃない?」


「大きい小さいの価値観は人それぞれだけど、母親としての自覚が足りないと胸の成長も少ないかもしれないね」


「あなたそれって問題発言じゃないのかしら?胸のサイズで悩んでる母親だっているはずよ」


「そうだね、でも僕はそういった女性を責めるつもりはないんだ」


「自覚が足りないって言うなら、その人に問題があるって言ってるようなものよ」


「そう感じたなら謝るけど、それは誤解だよ」


「どうかしらね」


「要は、母親としての自覚がどこで芽生えるか、という話さ」


「何よそれ、自分の子供ができて、初めて母親として自覚するんじゃない?」


「そういう人も少なくないだろうけど、だとしたら母親になったわけでもないのに胸が大きい女性がいるのは変な話だろ」


「じゃあ、どこで母親としての自覚が芽生えるのかしら?」


「基本的には『子供を育てる』という強い意志が心の中に生じたときだと思うんだよね」


「それって胸が小さい母親全員を敵に回すような発言じゃない?」


「さっきも言ったけど僕は女性を責めるつもりも敵にする気もない」


「じゃあ誰が悪いっていうのよ」


「男さ」


「はぁ?」


「女性が胸の大きさで悩んでることも、母になっても胸が小さい人がいるのも、全部、世の中の男が悪い」


「ちょっと何を言ってるのかよくわからないわ」


「こんな歌がある」


「?」


「『おっぱいは~ベイビーのためにあるんでっせ~♪パパさんのもんとちゃいまんねんで~♪』」


「気はたしか?」


「僕は正常だよ」


「正気の沙汰とは思えないんだけど。何よ今の歌は」


「昔に流行った歌さ、『哀しみのおっぱい』っていうんだけど、知らない?」


「知ってたら精神の異常を疑わないわよ」


「そうか。僕はね、この歌の、今の歌詞に、女性の胸に関する悩み、その真理が詰まっていると確信しているんだ」


「…まぁ、話は聞かせてもらおうかしらね」


「世間には、胸が大きい方がいい女、という風潮があるよね」


「そうね」


「まずこれがおかしい。女性の胸は赤ちゃんを育てるために大きくなるんだから、いい女かどうかの判断基準とは関係ないはずだ」


「自分の子を育ててくれるだろうという期待が含まれた結果、胸が大きいイコールいい女と考える男の人もいるんじゃないかしら」


「そんな男がいないとは断言できないけど、滅多にいないよ」


「それもそうね」


「自分で自分をおっぱい星人なんて言う男は、大抵が乳離れできてないような未熟者だと思うよ」


「まるで自分は違うとでも言いたげね」


「事実、僕はバストのサイズには一切の興味がないよ」


「ホントかしら。そうは言っても、無いより有った方がいいんでしょ?」


「本当にどちらでもかまわないんだけどなぁ。そもそも、胸の大きさで女性を判断したことないし」


「じゃあ何で判断するわけ?」


「うーん、色々だよ」


「具体的には?」


「見た目、話し方、考え方、一緒にいてストレスが無いとか、価値観が近いとか、そんな感じで総合的に判断するかな…ってなんの話だ」


「あなたの恋愛相談?」


「違うよ、女性の胸の大きさに関する僕なりの考察を話してたんだ」


「そう言えばそうだったわね。じゃあ、あなたは胸が小さい女性の方が好きだったりするの?」


「別に、だからと言って好きになる、という癖はないよ。可愛らしい人なんだな、とは思うけど」


「何よそれ」


「だって、胸が小さいイコール子供を育てる意志が足りない、つまり、まだ子供を授かる自覚がないってことだろ?」


「まぁ、あなたの考えだとそうなるわね」


「だからさ、そういう人は『この男の子供を産みたい』って思えるような出会いをしていない、恋に恋する乙女のような女性なんだなって思うんだ、可愛らしいじゃないか」


「そんな出会いをしたことがある女の方が珍しいんじゃないかしら、『この男の子供を産みたい』なんて思ったことないわよ」


「つまりキミは、胸が膨らむほどの気持ちになれる恋をしていない、出会いに巡り合っていないということかもね」


「はぁ・・・まぁ、なんというか、あなたがとてもロマンチストで、乙女チックで、少女のような考え方をしているのはわかったわ」


「ははは、女の子のことばかり考えてきたから、そうなのかもね。」


「ふふ、バカなひと。じゃあ、あなたは私のことも可愛らしいって思ってるのかしら?」


女はやわらかい表情で、男をじぃっと見つめて訊ねた。


男は何も答えず、目尻を下げ、愛おしそうに女を見つめた。


「ここで僕がキミのことを可愛らしい人だと思うよ、って答えたら失礼にならない?」


「この話題の最初から失礼なのよ、あなたは」


「そうかな?」


「そうよ」


「最初って、僕は何か失礼なことでも言ったかい?」


女は呆れたようにため息をついた。


落胆している様子はなく、微笑が混ざっている。


空になったグラスを置き、右手の人差し指を男の目の前に突き出し、ハッキリとした口調で言った。


「いい?あなたは私にこう言ったのよ」




 キミのバストが小さい理由を男ながら考えてみた


 完












































「唐突に終わらせないでよ」


「そうだね、まだ言いたいことを全部言ってない」


「女の胸が小さい理由が、子供を産みたいと思うような恋をしていないから、っていうなら、母親になって胸の大きさで悩んでる女性について説明がないじゃない」


「母親になる、ということは、当然だけど子供がいて、もちろん父親である夫もいるということだよね」


「それはそうね」


「となると、考えられるのは、母親になっても胸が大きくならないという女性は『心は、夫である男性に恋をした女の子まま』なのか、あるいは『恋してない相手の子供を授かった』のか、もしくはシンプルに『母親となっても純粋な気持ちの乙女のまま』なのか、とか…そんな感じかな」


「あくまで、あなたの言うところの【『子供を産みたい、育てたい』という気持ちが芽生えて女性の胸は大きくなる】という考えがベースよね?」


「もちろん」


「まぁ、想像するのも発言するのも勝手だけど、怒る人もいると思うから、あんまり大きな声で言わないことね」


「怒られるのはいいんだけど、悲しませたり傷つけるのは嫌だし、そういった意図は絶対にないんだよ」


「何も言わずに黙っていれば誰も悲しまないし傷つかないんじゃない?」


「何も言わずに黙っていても、悲しむ人も傷ついてる人もいるだろ?だったら何か言いたいじゃないか」


「ジレンマね。そんな万人に伝えるような考え方だと、どうしても矛盾が生まれる気がするわ。人それぞれ、価値観も考え方も違うんだし」


「そうだね。ましてや、先に言ったけど、ジェンダーレスという考え方も広まっているし、男だから、女だから、という考え方は固定観念に囚われているのかもしれない、とも考えるよ」


「難しいわね」


「とは言え、僕は男だし、女性が好きで、それが基本なんだ」


「あなたがそれでいいなら、それでいいじゃない。どんなに正しいと思った結果の言動でも、怒られることもあるし、人を傷つけたり悲しませることはあるんだから」


「そのことも、わかってるつもりなんだけどね」


「それによ、まだ話してないことがあるじゃない」


「なんだろう?」


「言ったのよ、『理由や原因がわかれば、対処策だって考えられるはず』って」


「あぁ、そうだね、言ったよ」


「仮にあなたの考えが正しいとして、じゃあ理由も原因もわかったわ。対処策はどうするの?」


「まず男である僕から言えることは、これもさっき言ったけど世の中の男が悪いんだから、男はもっとしっかりしないといけないよね」


「ずいぶんと、ざっくりと曖昧な言い方ね」


「うん、女性がどういうタイミング、きっかけで『この男の子供を産みたい』と考えるかは人それぞれだと思うし、男である僕に女性の気持ちを100%理解することは不可能だからね。だから男として男に言えるのは、みんな頑張ろうってことくらいなのさ」


「何よそれ。じゃあ女はどうしたらいいわけ?」


「男がしっかりするように頑張ってもらいたい」


「なんだか急に、雑な答えが増えてきたわね」


「だって言い出したらきりがないじゃないか、人の数と繋がりの可能性を考えて何かを言おうとしたら、無限じゃないけど、とても言い尽くせないよ」


「別にこの世の中の摂理を何もかも言おうとしなくてもいいわよ、例えばの話でいいから、何か具体的に教えなさいよ」


「世の中って言っても、僕は海外に行ったことがないし、この国で生活して身についた価値観で話をしているよ」


「わかったわ、国内限定の価値観でいいから教えてちょうだいな」


「じゃあ、例えにして悪いけど、キミはどういう相手と出会ったら、その相手の子供を産みたい、って感じると思う?」


「そうねぇ…やっぱり、家族を養ってもらうための生活力がある人かしら」


「要は、安定した収入がある男ってことかな?」


「もちろん、それだけじゃないけど、少なくとも安心して身を任せるためには必要な条件じゃないかしら」


「じゃあ他には?」


「あとはそうね…時代や思想が何だと言っても、体力や腕力の話だと男に比べて女性は弱い面が多いし、ましてや女は子供を身ごもったときは守ってもらわないと困ることもあるだろうから、力強くあって欲しいとは思うわね」


「なるほど、マッチョがいいと」


「そうは言ってないじゃない、なんて言うか、タフであって欲しいわ」


「うん、わかった」


「後はもう、へその下が何を感じるかって話じゃないかしら」


「へその下、ね」


「へその下よ」


「そこはもう女性の感覚だから、男である僕にはやっぱり理解が難しい話だね」


「そうね、理解できるとしたらLGBTのどれかに当てはまるのかもしれないわ」


「で、だ」


「えぇ」


「ならば、生活力があって、力強くてタフで、へその下で何かを感じる相手と出会えれば、キミの胸は大きくなるはずだ」


「あなたが真顔でバカみたいなことを言うのにも、ずいぶん慣れた気がするわ」


「ここで、その出会いを実現するために、重要なことが2つある」


「何かしら」


「まず前提として、出会い、巡り合いというのは、縁だったり運だったりタイミングによるもので、自分でどうにかできるものじゃないということを理解しておいて欲しい。要は、願ったから出会える、ということは、ほぼほぼない」


「ほぼほぼってなによ」


「時に、偶然、お互いに、あるいは一方的に、想っていた相手と出会うことがある。これを人は運命と呼んだりするけど、そういう機会は稀だということと、基本的にはそれは偶然だし、勘違いしないで欲しいんだ」


「あら、ロマンチストなあなたの割に、ずいぶんとドライなことを言うのね」


「いや、お互いがお互いを想っていて、偶然巡り合ったのであれば、それはもう運命と呼ぶなり好きにすればいいと思うけど、問題は一方的な想い人と偶然出会ったときに、運命だと思い込まないでもらいたいんだ」


「要するにストーカーってことね?あたしそんな女だと思われてるの?」


「別にキミのことを言ってるんじゃないよ、一般論としての話さ。もの凄く自分がその相手のことを想っているのだから、その想いは相手にも間違いなく伝わっていて、必ず自分の想いに応えてくれる、と思い込んでしまい、思い詰めて行動に出てしまった人が昔いたんだ」


「怖いわね」


「実際に出会ったこともないのに、だよ」


「凄いわね」


「もしかすると、子供がいないのに胸が大きい女性というのは、そういった思い込みの激しさがあるのかもしれない」


「いよいよ、胸が大きいサイドの女性もディスり始めたのね」


「そんなつもりはないけど、あまりにも思い込みが強い結果、子供を育てる必要がある!って胸が勘違いして大きくなっちゃったんじゃないかな」


「うーん、まぁ…そうだといいわね」


「言っておくけど、僕は別に胸が大きい女性はストーカー気質があるとか、そういう話をしてるんじゃないからね」


「わかってるわよ、さっきから何の話をしてるの」


「だから、胸が大きくなるような出会いをするために重要なことが2つあるんだ」


「前提が長い上によくわからないのよ、話を続けてちょうだい」


「じゃあ、まず1つ目。さっきキミが言った理想的な男と出会うためには、キミ自身が努力をしなければならない、ということ」


「何を努力すればいいのよ」


「女を磨くことさ」


「また曖昧ね」


「結局のところ、ただ出会うだけじゃ意味がないし、子供を産みたいと思うような相手と巡り合えたのなら、その想いは成就されるべきだと思わない?」


「それはまぁそうね」


「出会いは相手がいて初めて成立するわけだし、こちらが相手を選べるなら、あちらも相手を選ぶことができるはずだ」


「そうね」


「その時になって自分が選んでもらえるように、努力しておく必要があるっていう話さ」


「いつ『その時』が来るかなんて、誰にもわからないし、後悔のないように女を磨いておけ、ってことかしらね」


「そうだね。それが1つ目の重要なこと。それで2つ目。今度は相手側、キミで言えば男の問題」


「はい」


「キミが言うような、生活力があって、タフで、女性にへその下で何かを感じさせるような男って、世の中にそう多くないよね」


「あまり偉そうなことは言いたくないけど、この人は何なのかしら、って思う男性の方が多い気がするわ」


「でもそれは、反面、男が女のために、生活力をつけることも、タフであることも、へその下で何かを感じさせることも、必要ないって考えているという表れなのかもしれない」


「どういうこと?」


「女に対して魅力を感じてない男が増えてるってことさ」


「それは何?世の中の女に魅力が無いから、理想的な男の人数が減って、結果的に胸のサイズで悩んでる女性が増えてるってこと?」


「なるほど、そういうことか」


「ちょっと、あなたが言ったことでしょ。茶化さないでよ」


「ごめんごめん。正直、そういった面もあるのかなとは思うよ」


「それで言ったら、理想的な男が少ないから、女を磨こうとする女性が減ってるっていう考え方もできるんじゃない?」


「仰る通りだね」


「でも、じゃあ、どうすればいいのよ」


「男の僕が言えることは、男には『しっかりしろ、頑張れ』、女性には『女を磨け』ということかな」


「ずいぶんと偉そうね」


「知ってるよ、聞かれたから答えただけで、普通は言わない。頑張らなきゃいけない男の中に、自分も含まれてるんだから」


「あらそう。じゃあ、私も女を磨いておかないといけないわね」


「キミはもう十分、可愛らしいと思うよ」


「それって、どういう意味だったかしら?」


2人は顔を合わせて笑った。


それぞれの空になっていたグラスには、いつの間にか飲むヨーグルトと鉱水が注がれている。


女は相変わらず少しずつ味わいながら飲み、男はグラスの中で波を起こして眺めていた。




 キミのバストが小さい理由を男ながら考えてみた


 完





出演


男…尾床おとこ 亜名太あなた

女…温菜おんな 樹実きみ


作:憚 岩三


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