次元渡りの悪魔
(リムルside)
空間の歪みから何者かが姿を現す。
あれは悪魔か?
だが見たこともないような奴だ。
「曲者ですね、覚悟!!」
シオンが問答無用で剛力丸を振り下ろした。
『うおっ、!? ちょっと待―――――』
「くらえっ!」
ベニマル達も一斉に攻撃を仕掛ける。
『おいおい、敵かどうかもわからないヤツを問答無用で攻撃するか普通!? おわっ、待て待て······ええっとこういう場合何て言うんだっけか? 〝待て、話せばわかる、ここはひとまず話し合おうじゃないか!〟······だったか?』
慌ててるのか、ふざけてるのかわからない奴だ。
しかしコイツ、なんだかんだでベニマル達の攻撃をすべて防いでいる。
かなりの実力者だ。
「待てベニマル、シオンもだ」
俺の言葉でベニマル達が攻撃を止める。
結局何者なんだコイツ。
「で、お前は一体何者なんだ?」
警戒を緩めずに俺は前に出る。
ベニマル達もいつでも攻撃できるようにしている。
『オレ様か? オレ様はな···』
オレ様って······まあ、一人称なんてどうでもいいか。
『ども~! オレ様は名もない下級悪魔で~す! きゃぴ☆』
妙なポーズと下手くそなウインクでそいつは言った。きゃぴ☆、じゃねえよ。気色悪い。
そう思ったのは俺だけではなかったようで······
『うお~······自分で言ってて今のはねえ······気色悪っ!!』
自分でダメージを受けていた。
なんなんだコイツ······
しかし、名もない下級悪魔?
それってシアンの言っていた······
まさかコイツが元凶か?
「お前がシアンとルミネに力を与えたっていう悪魔か?」
素直に話すとは思わないがとりあえず問う。
『ん? ああ、そうだぜ』
··················
あまりにあっさり言ったので反応できなかった。
『なにマヌケな顔してんだよ? お前の質問に答えてやったんだろ』
いや、確かにそうなんだが。
コイツ、悪びれもせず······目的はなんだ?
二人に力を与えて俺を殺させることか?
それに下級悪魔とか言ってるが、あれ程の力を与えた悪魔が本当に下級か?
〈告。(下位悪魔)(上位悪魔)(上位魔将)(悪魔公)どの階級にも属さない特殊個体のようです〉
新種の悪魔ってことか?
ちなみに属するとしたらどの位の強さなんだ、この悪魔?
〈内包する魔素量、および存在値から推測しますと(悪魔公)を遥かに上回ると思われます〉
へえ~······ってうおいっ!?
(悪魔公)って最高ランクじゃねえかよ!
ディアブロや悪魔の三人娘達でも俺が名付ける前までは(上位魔将)だったんだぞ。
それを遥かに上回るって相当ヤバイ奴じゃねえか。
「フム、妙ですね。力ある悪魔は記憶していたつもりでしたが、この者はまるで見覚えがありませんね。しかしこの力は······クフフフッ、面白いですね」
ディアブロも知らない奴なのか。
けどコイツの力は感じ取ったようだ。
ベニマル達もコイツの異常な力を感じ取ったからいきなり攻撃を仕掛けたみたいだ。
初めてミリムがこの町に来たときのように。
なにが下級だよ。最上級じゃねえか。
「彼女達に力を与えて何が目的だ? 俺を殺すことか、それともこの国の滅亡か?」
『いや? そんなのに興味はないぜ』
······とぼけてるという感じじゃないな。
「じゃあ何のために二人に力を与えた?」
『ああ、だってよ~大切な人間が行方不明ってんで落ち込んでるんだぜ? 何か力になってやりたいと思うのが人情ってもんじゃねえか?』
「悪魔に人情なんてあるのかよ?」
『いや、感情があるなら人情もあるだろうよ。悪魔に人情がねえってそれ偏見じゃね?』
確かに正論だがコイツが言うと胡散臭すぎる。
『それよりそこのアンタも悪魔だな。見た限り相当高位の悪魔っぽいが。オレ様に見覚えがないのは当然だぜ。オレ様はこの世界の悪魔じゃねえからな』
ディアブロを見ながら悪魔が言う。
この世界の悪魔じゃない?
『オレ様は数々の世界を渡り旅する悪魔、さしずめ〝次元渡りの悪魔〟ってとこか。この世界に来たのもつい最近なんだよ』
世界を渡るだと? そんなこと可能なのか?
それに数々の世界ってそんなにいくつもあるものなのか?
まあそんなこと今はいいか······
だが世界を渡るって簡単じゃないはずだろ。
それが出来るってことはやはり相当な奴か?
いや、まだコイツの言うことが本当とは限らないか。
「彼女達に俺がやったことを教えたのもお前だろ? 最近来たっていうなら、なんでこの世界の出来事に詳しい?」
『ああ、オレ様には相手の記憶を読み取ったり、何でも見通す力があるんだよ。まあ何でもってのは言い過ぎだが大体わかる。あいつらに教えた真実、間違ってねえはずだぜ?』
コイツなんでもありかよ······
もっと詳しく問い詰めるとコイツはあっさり教えてくれた。
シアンとルミネに与えたのは4つのスキル。
〈暴食〉〈魔素吸収〉〈強化再生〉〈黒の魔導書〉
ふざけるなと言いたいくらい強力なスキルだ。
〈暴食〉と〈暴食者〉は似ているが別物らしい。
どれもこの世界の理から外れたスキルとかで、早い話が別世界のスキルらしい。
彼女達の魔法が耐性スキルで無効化できなかったのも、根本的に本質が違うかららしい。
『いや~、オレ様も驚いているぜ? あいつらまさかあそこまで強くなるとはな。よっぽどお前のことが憎いんだろうぜ。ヒャハハハハッ!!』
確かに彼女達の執念は凄まじいものだった。
喰えば喰うほど強くなれる〈暴食〉。
しかし味覚は普通にあるため、魔物を喰うなんてこと簡単に実践できることじゃない。
〈強化再生〉も傷つくたびに強化されるといっても痛覚はある。
彼女達が持っているスキルは悪魔に与えられた4つだけであり、〈痛覚無効〉も〈痛覚軽減〉もない。
当然、斬られたりすれば痛い。
胸や腹を貫かれれば尋常じゃない痛みが襲うだろう。
「見返りはなんだ? 彼女達に真実を教えて、力まで与えて······さすがになんの見返りもなくここまでしないだろう。代償はなんだ?」
『別に大したものじゃないぜ?』
「悪魔の大したものじゃないってのは信用できないな。お前にとっては大したことなくても彼女達にとっては重要なものじゃないのか?」
『まあ普通はそう思うよな。けど本当に大したものじゃないぜ? むしろ逆だな、あいつらにとっては大したことなくてもオレ様にとっては重要なものだ』
嘘を言ってる感じじゃないな。
一体、二人に何を要求したんだ?
『あいつらに要求したのは〝感情〟だ』
「感情?」
『この世界の悪魔はどうだか知らないが、オレ様は生物の感情を糧にしている。喜びだとか悲しみだとかそんなモンだな』
······なんとなくだが想像できるな。
『大抵の悪魔は負の感情ってのを好むな。絶望だとかそんなのをな。まあ中には喜びだとか逆の感情を好む変わり種もいるけどな』
「お前はどっちが好みだ? まあなんとなくわかるが」
『言っとくがオレ様は絶望だとか悲しみなんてのは好きじゃないぜ? オレ様の大好物は〝憎悪〟だ』
悪魔は舌なめずりしながら言う。
『〝憎悪〟······相手を憎む感情だ。それも雑味のない純粋な憎しみだ。丁度あの女共がお前を憎んでいるような、な。それが、それこそがオレ様にとって最高のご馳走だ』
心底うまそうなものを食うような感じに悪魔が言う。
「その雑味ってのはどういう意味だ?」
『憎しみにも色々あるだろ? 嫉妬からのものだったり、勘違いによる擦れ違いのものだったりよ。特に逆恨みなんてのは駄目だな、雑味が強すぎて喰えたものじゃねえ』
「彼女達の憎しみは逆恨みじゃないのか?」
『まああれも大きく分ければ逆恨みだな。けどよ、あいつらの怒りが果たして逆恨みと言えんのかな?』
彼女達は大切に想ってた人を俺に殺された。
襲ってきたのは向こうからだ。
俺はそれを返り討ちにしたにすぎない。
逆恨みには違いない。
だがそれを本当に逆恨みと言えるかはわからない。
少なくともこの悪魔にとっては逆恨みではないようだ。
『ほんっとうに最高だぜ、あいつらの感情は。あいつらはお前を憎む限り生まれる〝憎悪〟をオレ様に喰わせている。ただそれだけの代償であの力を手に入れたんだ。安いものだろ?』
そうか······
彼女達は俺を憎んでいる。殺したい程に······
そんな俺が同じ町にいるのに2ヶ月も普通に暮らせていたのはコイツが憎しみの感情をある程度喰っていたからか。普通なら冷静でいられるはずはない。
『気付いたようだな? そうだ、あいつらが今日まで正気でいられたのはオレ様のおかげであり、オレ様のせいでもある』
つまり力を与えた見返りに彼女達の〝憎悪〟の感情を喰ってるわけか。
そしてそのおかげで、彼女達は怒りに呑まれることなく、今日までやってこれた。
シアンが正気を失いかけたのは仇である俺を前にして怒りが爆発していたからだろう。
この悪魔でも喰いきれないほどに。
『あいつらから〝憎悪〟の感情が消える時ってのは死ぬか、復讐を完全に諦めるかって時だけだな。まあ後者は絶対にありえないだろうがよ』
悪魔が心底楽しそうに言う。
「そんなことありません! 話せばきっとわかってくれますっ」
「そうよぉ、フラメアちゃんの言う通り」
今まで黙って聞いていたフラメアとエレンが叫ぶように言う。
『ああ? 今の話聞いてただろ? まだ和解できると思ってんのか?』
「そうですっ、お二人を説得すればきっと······」
『ヒャハハハハッ! 面白え、じゃあ聞きたいぜ、自分が大切に想ってた人間をゴミのように殺した奴、どんな理由がありゃ許すんだ?』
「そ、それは······」
フラメアが口ごもる。
エレンも同様だ。
『〝あなた達の大切に想ってた人は殺されて当然のクズだったんです、そんな人のために復讐するなんて間違ってます!〟ってか? ヒャハハハハッ』
コイツ······言いたい放題だな。
だが反論の言葉が見つからない。
「元はと言えばアンタがシアちゃんとルミちゃんに変なこと吹き込んだからでしょお!」
『変なことってなんだ? オレ様は真実を教えてやっただけだぜ、その上力まで与えた。至れり尽くせりだろうがよ』
エレンの言葉もどこ吹く風だ。
悪魔の言うことは正論だけにタチが悪い。
「今の話を聞く限り、あの二人の力はお前が与えたものなんだな?」
「ならばあなたを殺せば解決じゃないですか」
今度はベニマル達が前に出る。
シオンも物騒なことを言っている。
『へえ~、オレ様と本気でやり合う気か? あの女共には悪いがオレ様の手でこの国を灰にするのも面白えかな?』
悪魔から魔素が溢れだす。とんでもない力だ。
コイツ······ヴェルドラにも匹敵、いや下手したらそれ以上じゃないか?
「クフフフッ、これは面白いですね」
面白がってる場合じゃねえよディアブロ!
どうする?
シオンの言うことにも一理あるが、コイツと戦うのはかなり危険だ。
『ヒャーーーッハッハッハッハッ!!』
闘技場全体、いや、国全体が激しく揺れた。
これは本格的にマズイな。
『いくぜぇーーーッ!!』
「ちっ······!」
俺は咄嗟に前に出て悪魔の動きを封じるようにする。しかし俺がなんとかする前に悪魔は動きを止めた。
『な~んてな、冗談だ、ジョーダン。オレ様は戦う気なんてねえよ』
悪魔から溢れていた魔素がウソのように消えた。
コイツ······どこまでもふざけた奴だ。
『それにオレ様を殺した所でなんの解決にもならねーよ。あの女共に与えた力はもうあいつらのモノだ。たとえオレ様が死んだり消滅した所であいつらの力が消えて無くなることはねえ』
コイツを倒してもなんにもならないのかよ。
······倒せるかどうかもわからない奴だが。
『もしかして期待した? 期待しちゃったか? オレ様を殺せばあいつらの力は消えて元の無力な少女に戻る。そうなれば復讐を続けられなくなりめでたしめでたしって、そんなくだらねーオチを期待しちゃったか?』
そこまで上手くいくとは思ってなかったが、それでも少しは期待していたのも事実だ。
くそっ······本当にむかつく奴だ。
『大体よ~、何を悩む必要があるんだ? お前の立場からすりゃあいつらのやってることは一方的な逆恨みだろ? そんなクズ共なんて殺せばいいじゃねえか。すでに二万以上の人間殺してるんだ、今更二人増えたくらい大したことねえだろ』
確かにこの悪魔の言う通りではある。
だが俺はあの二人に悪感情を抱けない。
あの二人は憎しみに襲われながらも周囲に気を配っていた。
自暴自棄になって、なにもかもを壊したくなってもおかしくはないのに。
根はやさしい二人を絶望のまま殺したくはない。
「結局お前はどっちの味方だ?」
『オレ様はどっちの味方でもねえよ。ただ過程を観戦させてもらって楽しんでるだけだ。はっきり言って結果なんてどうだっていい、〝憎悪〟の感情が喰えりゃ満足だ』
どうやら本当に他に目的はなさそうだな。
『盛り上がって面白くなってきたじゃねえか。もう物語はクライマックスだ。女共は見事、復讐を果たすか。それとも返り討ちにあって大切に想ってた人と同じ末路を辿るか。
オレ様は喜劇も悲劇も好きだぜ、どっちが勝っても楽しめる』
コイツにとってはどっちでもいいわけか。
なら、どっちでもない結末を目指してやる。
「お前は和解なんてありえないと言ったな。だがな、偉人の言葉じゃないが俺の好きな言葉にこんなのがある。〝ありえないなんてことはありえない〟······お前の言うありえない結末を見せてやろうじゃねえか」
『それ、悪党キャラのセリフじゃね?』
コイツひょっとして元ネタ知ってんのか?
まあいい。
俺の中の方針は決まった。
彼女達は殺さない。
必ず説得して復讐なんてやめさせてやる。
『だが大した自信じゃねえか。なら見させてもらおうじゃねーか。無理だとは思うが失望させてくれるなよ、ヒャハハハハッ』
悪魔は心底楽しそうに笑った。
······必ずコイツにも吠え面かかせてやろう。
今回は説明回です。
色々説明するために会話を組むのに苦労しました。
違和感なく会話を成立させて説明するってムズカシイ······