ショートストーリー⑨ 闘技場での出来事
久しぶりに投稿してみました。
(ルミネside)
迷宮の人達との再戦もあらかた終わって、わたしとシアンは迷宮の出入り口である闘技場の通路を歩いている。
正直言えばもうあの人達とは闘いたくない。
特にゼギオンは迷宮勢の中でも飛び抜けて強すぎる。闘いの場だった迷宮の方が持たなくなって引き分けに終わったけど、内容的にはわたし達は一方的に負けていた。
前回の迷宮攻略の時に戦っていたら間違いなく瞬殺されて終わってたと思う。
あれだけ強いゼギオンもリムルさんにはまだ足元にも及ばないと言っていた。
わたしとシアンは復讐のためにリムルさんを殺そうとしたことがあるけど、あの時はずいぶんと手加減されていたのだと思い知らされた。
直属の側近であるベニマルやシオン、その他の幹部達もゼギオン以上の実力があるということだろう。
我ながら恐ろしい人達に戦いを挑んだのだと今更ながらゾッとした。
「もうこれ以上の試合は勘弁してほしいわ······」
シアンもわたしと同じようなことを思っているようで疲れた表情でそう言った。
さすがのシアンも相当に疲れているようで周囲の確認をよくしていなかったのか、通路の曲がり角で人とぶつかってしまう。
「きゃっ······ご、ごめんなさい······!」
「大丈夫? 僕も前を見ていなかったよ······」
ぶつかったのは優しそうな男性だった。
わたしよりも少し年上くらいかな?
シアンはすぐに頭を下げて謝り、男の人もバランスを崩したシアンに手を差し伸べた。
その手を掴んで男の人の顔を見たシアンが驚きの表情をうかべた。
「え······も、もしかして〝閃光の勇者〟マサユキ様ですか······!?」
閃光の勇者マサユキ?
ああ、そういえばそんな人が魔国連邦にいると聞いた覚えがある。
確か絶対無敗の最強勇者だと言っていたような。
······この人が?
正直そんなに強そうに見えない。
シアンに名前を呼ばれて勇者は気まずそうな笑みをうかべた。
「ああ······確かにそう呼ばれているけど······」
「感激です······! まさか勇者様とこうしてお話しできるなんて。活躍は耳にしています!」
シアンはまるで恋する乙女のように頬を赤らめていた。対する勇者は苦笑いをうかべているけど。
いつものシアンからは想像できないくらいに口早に勇者に称賛の言葉をかけていた。
「······シアン、頭でも打った?」
「失礼ね、ルミネ! なんでよっ!?」
そうにしか見えなかったから。
······本当に強いの? この人。
迷宮の魔物やリムルさんの幹部達の方がよっぽど強そうに見える。
下手すればわたし達でも勝てそうだけど?
そう言ったらシアンが思い切り否定した。
「そんなわけないでしょ! 勇者様といえば魔王や竜種をも上回ると言われる存在なのよ!? リムルさんよりも強いかもしれない勇者様にあたし達が勝てるわけないじゃない!」
確かに暴風竜も勇者に敗れて一時は封印されてたんだっけ。
今は普通に魔国連邦で暮らしてるけど。
でも暴風竜を封印した勇者とこの人は別人のはず。本当にそれだけの実力があるのかな?
シアンは相手の実力をある程度見抜ける目を持っているはず。
そんなシアンがこう断言するということはやっぱりそれだけの実力があるということ?
わたしだって相手の実力はある程度わかる。
でも、わたしにはこの人が強そうには見えない。
シアンがおかしくなった?
それともわたしに見る目が無いだけ?
······わからない。
「悪いけど······そろそろ試合が始まるから僕は失礼させてもらうよ」
「勇者様、試合に出場するんですか?」
「ああ、まあね······本当は出たくないんだけど周りに持ち上げられてね······」
すごく気乗りしない感じで勇者は闘技場に向かっていった。
なんだか苦労人みたいで勇者っぽくない。
良い人そうではあるけど。
「勇者様の試合······ルミネ、あたし達も行きましょう。閃光の勇者マサユキ様の闘う姿が見られるのよ。行かない手はないわ」
「······え、わたしそんなの興味な············」
「行くわよ、ルミネ!」
わたしの言葉を待たずにシアンに強引に腕を引っ張られて闘技場まで連れて行かれた。
シアン、本当に何かおかしくない?
闘技場は満員御礼で観客で溢れていた。
いつも観客は多いけど今日は特に多いみたい。
勇者が出場するからかな?
わたしはこういう雰囲気は苦手。
シアンだって試合の観戦なんてあんまり好きじゃなかったはずだけど。
大盛り上がりで試合が進み、勇者の出番が来たみたい。一層すごい歓声があがる。
シアンもわたしの隣で大興奮で見てる。
せっかくだしわたしも勇者の実力を見せてもらうことにしよう。
「勝者、閃光の勇者マサユキ!!」
勇者の試合が終わり、審判役の人がそう宣言した。
勇者の相手は結構強そうな剣士だった。
けど勇者は腰の剣を抜くことなく勝利した。
だって闘ってないから。
勇者が試合が始まる前に相手に向けて口上を述べると、相手の剣士は自分は勇者と闘う資格はまだないと降参した。
······何、この茶番?
結局勇者の闘うところを見られなかった。
けどシアンも観客も大盛り上がりで勇者を称賛していた。
わたしの方がおかしいのかな?
勇者は自分はこの後、やるべきことがあると残りの試合を辞退した。
名残惜しくも大歓声の中、勇者は舞台を去っていった。
「さすがは勇者様だったわね。クールで凛々しいお姿だったわ!」
いや、何もしてないじゃん。
けどわたしのような疑問を持っている様子の人は見当たらない。
······まあ、どうでもいいかな。
勇者が強くても弱くてもわたしには関係無いことだし。
それよりも勇者の出番が終わったのならもうここには用はないはず。早く帰りたい。
「勇者様の勇姿も見られたし、もう帰りましょう、ルミネ」
「······ん、シアンが満足したのならそれでいい」
勇姿なんて見れてない気がするけど、もう何でもいい。
わたしとシアンはそのまま出入り口に向かおうとした――――――――
「では次の試合を行います。まずは最近頭角を現してきた新人剣士ハルト選手······!」
··················!? 今なんて言った?
慌てて舞台に目を向けると紹介された選手は間違いなくハルトだった。
なんでハルトが試合に出てるの?
わたし聞いてないけど?
確か今日は訓練の最後の仕上げをするとか言っていたけど、その仕上げが闘技場での試合なの?
ハルトが出ているのならこのまま帰るなんてありえない。
わたしはシアンの腕を引っ張ってできるだけ最前列まで移動した。
ハルトは相手選手を冷静に下し、勝ち進んでいった。当然のこと。
今のハルトはわたしよりもずっと強くなっているんだから。
リムルさんの幹部クラスじゃないと話にならない。
「ねえ、ルミネ······あたしそろそろ帰りたいんだけど?」
「······一度試合を見出したんだから最後まで見るのが礼儀。途中で帰るなんて失礼」
「あなたさっきまで帰りたがってなかった?」
シアンが何か言ってるけどそんなことはいい。
今はハルトの活躍に集中する。
その後もハルトは順調に勝ち進んでいった。
次のハルトの相手は粗暴の悪そうな人物だった。
実力はそこそこありそうだけど、いちいち言動が下品。ハルトをバカにしたようなことを言ってる。
ハルトはそんな挑発には乗らないけど······。
「ル、ルミネ······落ち着きなさいよ?」
「······心配いらない。わたしは冷静······」
シアンは何を心配しているのかな?
試合が始まったけど、相手選手はあっさりハルトに一本取られて終わった。
ハルトがあんなのに負けるわけない。
けど相手はあれだけ完全に負けていたのに納得いかなかったようで物言いをしだした。
反則だ、卑怯だと喚いている。
そんな物言い、普通は相手にされないけどあまりにしつこい。
「······いい度胸」
「ちょっ!? ま、待ちなさい、ルミ――――――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(リムルside)
「で、ハルトに暴言を吐いた相手選手にルミネがキレて闘技場を半壊させたと······?」
後日、俺はそんな報告を受けた。
幸いにも人的被害はなかったそうだが、とんでもない有様だったようだ。
「それで、ルミネ。何か言うことはあるか?」
「······ごめんなさい」
ルミネを俺の自室に呼び出し、直接事情を聞いた。俺が目を向けるとルミネは素直に頭を下げた。
嫌な予感がしていたからハルトが闘技場に出ることはルミネには内緒にしておくように言っておいたんだがな。
どこからか聞きつけてしまったか。
相手選手は瀕死の重傷で保護されたらしい。
闘技場内も今は復活の腕輪の効果が及ぶので最悪の事態は避けられるが、よく死ななかったものだ。
「······ちゃんと手加減した」
ルミネはハルトのことになると沸点が低すぎると思っていたが死なないようにちゃんと手加減していたのか。
「······復活の腕輪の効果で苦痛が無効化されるなんて絶対に許さない」
ルミネがボソリとつぶやいた。
復活の腕輪は死の瞬間の苦痛を無効化してくれる。
逆に言えば死ななければその効果は発揮しない。
もしかして死なない程度に痛めつけただけなのか?
「ルミネ、今回の罰として1ヶ月間ハルトとのデート行為を禁ずる」
俺がそう言うと、滅多に表情を変えないルミネがこの世の終わりのような絶望的な顔を見せた。
甘やかしてはいけない。
このコはもう少し、ハルトに対する依存度を下げた方がいい。
············もう手遅れのような気もするがな。