エピローグ③
(リムルside)
「あの、リムルさん······こんな立派な所におれ達が入ってもいいんですか?」
「気にするな。ここは一般に解放されてる施設なんだからな」
ほぼ貸し切り状態で俺達は温泉に入っている。
ちなみに今の俺はスライムの姿だ。
やっぱ腹を割って話すなら裸の付き合いだな。
「我々がこんな待遇を受けていいんでしょうか······? 元々はこの国を攻めてきた侵略者だというのに······」
シアンの親父さんが申し訳なさそうに言う。
「それはもう一年以上前に終わったことだ。お前達に侵略の意思が無ければ問題はない。この国は人だろうと、魔物だろうとどんな奴でも歓迎する」
シアンとルミネはもう大丈夫だろうし、この二人も侵略の意思はもうないだろう。
「お前達はこの先どうするんだ? もうお前達が所属してた傭兵団はないんだ。新しい所に入るのか?」
国に戻っても居場所がないってことになったら気まずいな。
「娘にはもう二度と戦場に立つなと強く言われてしまったんですが······」
まあ、シアンの立場ならそう言いたいだろうな。
「おれはルミネと相談して決めようと思います。
もうおれが何かしなくてもファルムス······じゃなくてファルメナスは豊かになっていきそうですし······」
まあ今すぐに決める必要はないか。
時間ならいくらでもあるんだからな。
話を切り上げ、のんびり温泉を楽しむ。
······なんとなくハルトの視線が気になった。
「なんだハルト? そんなジッと見て」
「いえ、その······失礼だったなら謝りますけど······リムルさん、本当にスライムだったんだなと思って」
ああ、そういうことか。
そんな奇異な視線を受けたのは久しぶりだな。
「そういえば気になってたんだが、ハルトってひょっとして日本人なのか?」
顔立ちや名前が日本人っぽいんだよな。
「ニホンって確か異世界の国の名前ですよね? 正直に言うと······わからないんです」
「どういうことだ?」
「ルミネにも話してないんですけど、おれ小さい頃の記憶がないんですよ」
ハルトの話しによると、10年くらい前に記憶もなくさまよっていた所を行商人の夫婦に拾われて育てられたらしい。
ハルトという名前は当時着ていた服に書かれていたらしい。
その夫婦はハルトを実の息子のように可愛がってくれたということだ。
······記憶がないだけで、やはり日本人なのか?
いや、だがユニークスキルを得たのは最近だったって話だよな。
ケンヤ達のように不完全な召喚をされたなら、そんなに長くは生きられないはずだよな。
う~ん······わからん。
「その両親には恩を返す前に死なれてしまったので、せめてルミネは幸せにしてやりたいと思ったんですよ」
「ルミネを幸せにしたいのはその義務感からか?」
「初めはそうだったかもしれませんね······でも今は違います。おれの本心から······あいつを幸せにしたいんです」
ハルトにはそんな過去があったのか。
「けど、不安でもあったんですけどね。おれはルミネの重荷になってるだけじゃないかって······ひょっとしたらおれなんていない方があいつは幸せになれるんじゃないかと」
「······そんなことない。ハルトのいない幸せなんて······考えられない」
話の途中でルミネの声が割って入った。
振り向くとタオルで身体を隠しているだけのルミネが立っていた。
「······初めて聞いた、そんな話······もっとハルトのこと知りたい」
「ルミネ······!? なんでこっちに」
「······リムルさんがこっちにいるって聞いたから······わたしもいいかなって思って」
いや、良くはないが。
「ルミネ、こっちは男用なんだから戻って······」
「······ハルトとは前に裸で水浴びしたことあるし······一緒がいい」
「何年前の話だよ······それにあの時は下着はちゃんと着てただろ」
「······ハルト、わたしの身体······見たい?」
そう言ってルミネは身体に巻いているタオルを取ろうとする。
ハルトが湯船から立ち上がり、慌てて止めようとする。
「ちょっと待っ······ルミネ!!」
「······っ!? ハルト······大胆······」
ルミネの頬が赤く染まる。
その視線はハルトの下半身をバッチリ見ていた。
「あっ······!?」
それに気付いて慌てて下を隠すハルト。
「······隠さなくてもいいのに······ハルトのエッチ······」
「ルミネ···行動が大胆過ぎないか······? 今までこんなことしたことないだろ」
ルミネのこの行為は、ハルトにしても意外だったようだ。
「······もう後悔しないために。わたし······ハルトがいなくなって後悔した。······もっと自分に正直になればよかったと······もうハルトに甘えすぎない、もっと真っ直ぐに自分の気持ちを伝える······もちろんやりすぎないように自重はする」
好きだった人が自分の前からいなくなって、もっと早く言いたいこと、やりたいことをやっておけば良かったと後悔するってやつか。
「······ハルト、もう自分がいなくなった方がいいとか······そういうことを言うのはやめて。もし······またハルトが死んだりしたら、わたしは必ず後を追う。······ハルトと一緒だから意味がある······わたし一人で幸せになんて······なりたくない」
ルミネがそこで一旦言葉を区切る。
「······この先、またハルトが誰かに殺されたりしたら······わたしは殺した奴を絶対に許さない。必ず復讐する······後悔させる。たとえ相手が魔王だろうと悪魔だろうと天使だろうと······神だろうと」
······間違いなく本気だろうな。
ルミネの信念は並大抵のものじゃない。
「······まあ、リムルさんに返り討ちにあったわたしがこんなこと言っても······説得力ないかもしれないけど」
······そんなことはない。
説得力がありすぎる。
それは俺が一番よくわかっている。
シアンとルミネの復讐はもう完遂していたと言っていい。
もしハルトと親父さんを生き返らすことが出来なかったら、二人を説得するのは不可能だっただろう。
そうなったらもう二人を殺すしかなかった。
そしてシアンとルミネを殺していたら、俺はかなり追い詰められただろう。
子供達や町の住人の俺に対する印象が下がったのは間違いない。
事情を知っているフラメアやエレン達ですら俺に良い印象を持てなくなるかもしれない。
俺自身も二人を殺した事実が一生のしかかってきただろう。
悪魔との賭けがなくても、俺に二人を説得する以外の道はなかった。
「ルミネェーーーーッ!!!」
息を切らしながらシアンが勢いよく男湯に入ってきた。ルミネ同様に身体はタオルで隠している。
「······ちっ······もう邪魔が入った······」
今、舌打ちしなかったか、このコ?
ルミネってそんなキャラだったっけ。
「なんでルミネがこっちに来てるのよっ」
「······シアンだって来てる」
「あなたを連れ戻しに来たのよ!」
シアンがルミネの腕を掴む。
「······ここにはハルトとシアンのお父さんくらいしか男の人いない······シアンのお父さんってわたしくらいの子にも欲情しちゃうような人······?」
「そんなわけないでしょ!! ············違うわよね、お父さん?」
「あのな······」
二人の様子に親父さんも困っているのか呆れているのかという表情だ。
まあ確かに返答に困る言葉だ。
欲情してなくても、気まずいだろうしな。
「······リムルさんもこっちに来てる······不公平」
「まあ俺には基本、性別はないからな」
それに前世では男だ。
だからこっちにいる方が自然なんだよな。
「······リムルさん、それは横暴。男女で別れているならリムルさんもどちらかに限定するべき······そうでなければ男女共用にするべき」
そう言われると反論しづらいな······
「あなたがハルトさんと入りたいだけでしょ!! ほらっ、もう行くわよっ」
「······シアン待って、まだハルトと一緒に······」
「い・く・わ・よっ!!」
シアンが強引に引きづりながらルミネを連れていった。急に静かになって、場が妙な空気になる。
「あの······リムルさん、先輩······ルミネがその······すみません」
ハルトが気まずそうに言う。
「まあ、ルミネもそれだけお前に会えて嬉しいんだろ。少しくらいの暴走は大目に見てやれ」
なにせ一年以上も恋人の死に絶望していたんだからな。その反動があれなら可愛いものだろう。
「シアンもあんな強引なことをするなんて珍しいです······。妻が亡くなってから塞ぎ込むことが多かったですから。元気になってよかったと言うべきなのか······」
そういえばシアンは母親の死をずっと引きづっていたんだったな。
親父さんは復活させたけど、さすがに母親の方は復活させられない。
このまま元気でいてほしいものだな。
シアンもルミネも今まで苦しんだ分、幸せになってほしいな。
その後シアン、ルミネ、ハルトと親父さんは一度ファルメナスに帰ることになった。
シアンと親父さんは弟をむかえに行くため。
ルミネとハルトは孤児院の人達に別れの挨拶のために。
それが終われば魔国連邦に正式に移住することになった。
ハルトとルミネは鬼教官ハクロウの下で戦闘訓練を受けるらしい。
充分に技術が身に付いたら、冒険者として世界を旅するそうだ。
シアンと親父さんは弟をむかえ入れ、家族三人で暮らすことになった。
子供達の世話などの仕事をしながら生活を送ることになる。
ファルメナスにある母親の墓参りには、家族で年に何回かは行くつもりらしい。
それぞれが魔国連邦に馴染み過ごしていく。
ちなみにこの一年後。
ルミネとハルトの結婚式が開かれた。
花嫁ドレスに身を包んだルミネの姿は、シュナ達も息を呑むほど美しいものだった。
正装したハルトもなかなか男前だったが。
結婚式場には二人を祝福する黄色い声援、一部の男達からは嫉妬による怨嗟の声が響いていた。
ルミネは男の冒険者とかに人気があったようで、怨嗟の声はそんな男達のものだ。
「「我ら天に誓う、我ら生まれた日は違えど死すべき時は同じ日、同じ時を願わん!
生涯を共に歩み、共に喜び、共に生き、共に死ぬことをここに誓います」」
誓いの言葉の前半部分、なんか違くね?
結婚の誓いの言葉じゃねえだろ。
おそらく元凶は······
『クッ······クククッ、あいつらにピッタリの誓いの言葉だろ?』
目を向けると笑いを堪えている悪魔の姿があった。
やっぱりコイツが吹き込んだのか。
元ネタを知っている俺には違和感があったが、知らない者には感動的な言葉と受けとめられたようだ。
「······ハルト、わたしは今までなんで自分には幸せが来ないんだろうって思ってた。でも······こうして幸せが来ると逆に不安になる······こんなに幸せでいいのかなって」
「いいに決まってるだろ? そんな不安忘れるくらい幸せに生きようぜ、二人で一緒にな」
「······ん、わたし最高に幸せだよ」
二人の誓いのキスで大きな声援があがる。
「くぅ~······ルミネちゃん」「あのヤロウ······ルミネちゃん泣かしたら許さねえぞ」「憎しみで人を殺せたら······!」
一部の男は血の涙を流す勢いだ。
「おい、お前の好きな〝憎悪〟の感情だぞ。別に喰っても構わないぞ?」
『お前、あんな嫉妬まみれの〝憎悪〟がうまそうに見えるか?』
感情の味の良し悪しなんて俺にはわからねえよ。
······と言いたい所だが、確かにうまそうには見えないな。
男共はそんな感じだがフラメアやエレン達女性は祝福の声をあげていた。
ベニマルの隣でアルビスとモミジが「次は私達が······」と言っていた。
「所でお前、なんだかんだでずっとこの町にいるが、いつになったら出ていくんだ?」
『ああ、今日で最後だ。次元の穴を開ける準備は整ったからな。明日にはオレ様はこの世界にはいねえ。短い間だったがなかなか楽しかったぜ』
それはまた急なことだな。
初めて会った時はムカツク奴だと思ったが、そんなに悪い奴でもなかった。
寂しくなるとは思いたくはないが、少し複雑だな。
『丁度オレ様好みの〝憎悪〟の反応があったからな、今から楽しみだぜ。この世界にもいくつかそんな反応があるが、もうオレ様は干渉できないからな、精々巻き込まれないように注意しな。ヒャハハハハッ!!』
ちっ、言われるまでもねえよ。
どこまでも楽しそうにしやがって。
悪魔は宣言通りその日の内に姿を消した。
もうこの世界に存在が確認されないのは〈智慧之王〉改め〈シエル〉のお墨付きだ。
もう会うこともないだろう。
結局あいつの正体はハッキリしなかったな。
ま、ただの下級悪魔だったと納得しとくか。
その後ルミネとハルトは二年間のハクロウの下の修行を終え、冒険者として世界各地へと旅立った。
二人は目まぐるしい活躍を見せ、最高ランクの冒険者として名を覇せていく。
その過程で二人はとある大事件に巻き込まれ、結果的にある小国の滅亡の危機を救うことになる。
その功績が認められ、二人はその国の貴族位を手に入れ、以後はそこに腰を落ち着ける。
その後は子供にも恵まれ、幸せな家庭を築きあげるのだった。
一方シアンは父親と弟と一緒に魔国連邦で暮らしていた。
子供達の面倒を見たり、時には冒険者として活動したりと忙しい日々を送る。
良い出会いがないというのが悩みだったが、数年後とある青年と出会い、恋に落ちる。
そして最終的にはめでたくゴールインするのだが、そのことで父親と少し、いや、かなり揉めることになる。
それは魔国連邦の歴史にも残るほどの大規模な親子喧嘩となるのだが······それはまた別の話。
最後はなんだかんだで丸く収まるので、まあ仲の良い父娘だと思おう。
町の住人も大イベントのように悪ノリしまくっていたしな。
シアンとルミネは今までの不幸と絶望の反動からなのか、その後は幸せな日々を過ごしていくのだった。
これで本編は終了です。
元々は騎士を救済するために作ったので良い終わり方だと思っています。
もっともこれは私が勝手に作った話なので、もしかしたら原作でも彼ら、彼女らが救われる話が出来るかもしれません。
その時は、この話のことは忘れてください。
個人的願望としては、これが公式に認められたいですが······
それと本編は終了ですが、まだ本編がシリアス過ぎて書けなかったショートストーリーのネタがあるので今後はそれを投稿するつもりです。