復活の儀式
(リムルside)
時は少し遡る。
『オーケー、契約成立だ。じゃあオレ様はこの辺で消えるぜ。いるだけで邪魔だとイチャモンつけられたくないしな、結果を楽しみにしてるぜ、ヒャハハハハ!!』
どこまでも楽しそうにしやがって。
まあ、邪魔しないのならそれでいい。
「さて、さっさと準備をしないとな。7日じゃ正直ギリギリだ」
「あの······リムル様、一体どうするつもりなんですか?」
フラメアが心配そうに聞いてくる。
シアンとルミネを説得するにはこれしかない。
「ああ、シアンの父親とルミネの恋人······二人を復活させる」
「「「「ええっ!?」」」」
俺の言葉に全員が驚いた声をあげる。
これが一番確実な手段だ。
他にも二人の記憶を部分的に消すとか色々考えたんだが、どれも中途半端で逃げでしかない方法だった。
「そ、そんなことが可能なんですか!? ······以前魔国連邦の住人を生き返らせたという話は聞きましたけど、それって······色々条件が揃っていたから実現できたんですよね!?」
フラメアの言うことはもっともだ。
他の面々も同じことを言いたそうだ。
「ああ、そうだ。あの時は肉体がしっかり残っていたこと、魂の流出を防ぐ結界が張られていたことなど様々な条件が揃っていたから実現できた。
今回の場合、肉体もない、魂もない、一年以上前に死んだ人間を生き返らせるなんて不可能だ。
······本来ならな」
そう、今回も条件は揃えられる。
まずは魂について。
あの時殺した騎士達の魂は俺が魔王に覚醒するために一人残らず取り込んでいた。
もっとも、魂の力の大半は覚醒のために消費したし、すでに一年以上が経っているため取り込んだ魂は俺の中で混ざり合い、もう個人を特定するなんて不可能だ。
······俺の頼れる相棒〈智慧之王〉さんがいなければな。
だが、二万以上の魂の中から顔もわからない二人を特定するのは困難だ。
シアンの父親も、ルミネの恋人の顔もどういう人物なのかも知らないんだからな。
いくら〈智慧之王〉さんでもそれじゃ特定できない。
本来ならファルメナスまで行って二人のいたという孤児院などで調べる必要があると思ってた。
それでも難しかっただろうし、時間がかかりすぎる。
だがあの悪魔が親切にも映像付きで教えてくれたため、その問題は解決した。
今〈智慧之王〉さんがフルスピードで解析中だ。
次の問題は肉体だ。
魂があってもそれを受け入れる肉体がなくては意味がない。
一年以上経っていては魂を失った肉体などとっくに朽ち果てて土に還っているだろう。
しかし、俺はあの時殺した騎士達の肉体はすべて悪魔召喚の生贄に使った。
悪魔とはディアブロのことだ。
ディアブロは騎士達の肉体を依り代に受肉し召喚した。つまりディアブロにはその肉体の情報があるはずだ。
その情報を解析してなんとか肉体を再現しようと考えていたのだが······
「クフフフッ、わかりました、お返ししましょう。たった二人分くらい誤差の範囲です。それでリムル様のお役に立てるのならば問題ありません」
という具合にあっさりディアブロが協力してくれた。
コイツに借りを作るのは少し怖いが、今回ばかりは甘えさせてもらおう。
魂の解析。肉体の準備。
その他蘇生のための準備を整えるのに7日はあっという間に過ぎた。
ベニマルとシオンから連絡が入り、たった今シアンとルミネが現れたらしい。
急がなくてはならないが、焦っては駄目だ。
準備は整った。だが懸念材料はまだまだある。
蘇生はうまくいくのか?
なにせ一年以上前に死んだ人間を生き返らすなんて初めての試みだ。
うまく生き返ったとしても人格や記憶は無事なのか?
無事だったとしても、一度は自分を殺した相手である俺の話を聞いてくれるのか?
シアンとルミネについてもだ。
二人はまだ正気を保っているのか?
特にシアンは憎しみで我を忘れる寸前だった。
もし、話も通じない状態だったらどうする?
考え出したらキリがない。
祈るのも俺らしくない。絶対に成功させてやる······!
俺は覚悟を決めて儀式を始めた。
(ハルトside)
ルミネ······おれは間違っていたんだろうか?
騎士になって手柄を立てれば国王に認められる。
そうすれば、おれ達のような貧民の言葉にも耳を傾けてもらえる。
そして騎士は正義の証。
そう思っていた。なのに現実は······
「〝人〟じゃねえだろ、奴らは〝魔物〟だぞ。西方聖教会のお墨付きがある。魔物には何をしたっていいんだよ」
確かにおれ達は国の正規兵じゃない。
雇われた傭兵団の一員として戦場に来ている。
だけど選ばれた国の兵には変わりはないはず······
こんなこと言う奴らが正義なのか?
おれが目指していた騎士はこんなのじゃない。
「弓の調子が良くない。弦張り直してくる」
そんな奴らがいるところから逃げるように先輩が出ていく。
おれは慌てて後を追う。
先輩は何度か戦場を経験しているベテランの一人で、まだ新人のおれの面倒を見てくれていた。
「お前はこれが初めての遠征だろ、染まる必要はないが慣れた方が楽だぞ」
「そんなもんなんすかねえ······」
おれも何度か戦場を経験すればああなってしまうんだろうか?
いや、先輩のように染まってない人もいる。
おれもああはならないように気を持たないと······!
そう気合いを入れて前を見たら何か現れた。
なんだあれ? 水の球?
周囲を見るとそれがいくつも浮かんでいた。
他の騎士達も何事かと騒いでいる。
「死ね! 神の怒りに焼き貫かれて―――――――〝神之怒〟!!」
そんな声が聞こえた瞬間、強い光が放たれた。
そしておれは頭に強い衝撃を受けて意識を失った。
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暖かい何かに包まれた感覚に気付き、おれは目を覚ました。
どこだここ?
少し広めの殺風景な部屋だ。
おれは気を失っていたのか?
何故か着ている物も革鎧ではなく部屋着のようなものになっていた。
どうなっているんだ······?
一体何が起きた?
横を見るとおれと同じような服装で寝かされている先輩の姿もあった。
その先輩に青みがかった銀髪の少女が手をかざし、光を送るように放った。
何をやっているんだ?
というかこの少女は誰?
少女が手をどけると先輩も目を覚ました。
おれと同じように状況が理解できていないらしく、周りを見渡している。
目の前の少女に気付き、ひどく驚いているように見えた。
「よう、目は覚めたか? 自分が誰だかわかるか?」
少女はおれ達にそう問いかけた。
かわいらしい見た目なのに喋り方がなんか男っぽい人だ。
ていうかどういう状況だ、これ?
おれ達はこれから魔物の国を攻めるんじゃなかったっけ?
「ま、まさか失敗か? 完璧だと思ったんだが······」
黙ったままのおれ達を見て、少し慌てた声を出す少女。
「えっと、ここは一体······? それとキミは······?」
とりあえずおれは少女にそう問いかけた。
「わ、私は確か······死んだ······はず、その······あなたは」
先輩がそんなことを口にする。
死んだ? 一体なんのことだ?
「ああ、状況がわかってないだけか······。そうだな、自己紹介からするか。俺はリムル、魔物の国の主って言えばわかるか?」
は············? 魔物の国の主? この少女が?
とても信じられないが何故か先輩は納得してる感じだ。
「今の状況を説明するぞ。お前達ファルムス軍の侵攻は失敗に終わった。あれからすでに一年以上が過ぎてる。お前達は一度死んで、生き返らせたんだ」
魔物の国の主だと言う少女、リムルさんの話はとんでもない内容だった。
おれ達はあの光によって全滅した。
その後はエドマリス国王が失脚し、英雄ヨウムが新国王になりファルムス王国も今はファルメナス王国へと変わった。
英雄ヨウムはおれも知っている。
あの伝説の魔物〝オークロード〟を倒し、国の危機を救った英雄の名だ。
というかちょっと待ってくれ。
生き返らせたって······そんなこと可能なのか?
ただ気絶してて目を覚ましただけじゃ······
その話を聞いていた先輩がおそるおそる質問する。
「あの、質問いいですか······? あなたの話が真実ならば······我々は死んですでに一年以上が過ぎてる······何故今頃になって生き返らせたのです······? それに、我々以外の者達は······?」
「生き返らせたのはお前達二人だけだ。悪いが他の連中を生き返らせるつもりはないぞ。······生き返らせるのも簡単じゃないんだ」
簡単じゃないって、そりゃそうだろうけど······
でも確かに先輩の言う通り、今の話が本当なら何故今頃?
「お······わ、私もこの男も正規兵ではなく傭兵団の一兵士です······。発言力はほぼなく、とても何か出来るとは思えませんが······」
「いや、お前達にやってもらいたいことがある。そしてこれはお前達にしか出来ないことだ」
少女、リムルさんが力強く言った。
さっきの話が本当なら、この人は魔物の国の主であり、そして現魔王でもある。
その魔王であるこの人が、おれ達に何をやらせるつもりなんだ······?
「シアンとルミネ、この名に聞き覚えはあるか? ······あるよな?」
·········!!?
何故魔王である彼女からその名前が!?
どちらも聞き覚えがある所じゃない。
特にルミネの方はおれが全力で守ると誓った恋人だ。
······そうだ!!
あれから一年以上経っているというなら、ルミネはどうなった!?
「シアンは······わ、私の娘の名です!」
「なんでルミネの名が······!? まさか、ルミネに何かあったんですか!?」
シアンちゃんはおれの住んでいる孤児院によく手伝いに来てくれる子だ。
先輩の娘だとは知らなかったけど。
「まずは落ち着け、今説明するから」
リムルさんが取り乱すおれと先輩をなだめる。
「今言った通りお前達ファルムス軍は俺の攻撃で全滅した。そしてその事実は暴風竜ヴェルドラの復活に巻き込まれた事故ということになっている。だがシアンとルミネは本当の事実を知ってしまった。だから俺を強く憎んでいる」
実感が沸かないけど、おれ達はリムルさんに殺されたってことだよな······
そしてそれを知ったルミネとシアンちゃんはリムルさんを強く憎んでいる。
「事実を知った彼女達は俺に対して······この国に対して宣戦布告をしてきた。お前達の仇を討つために、たった二人でな」
それを聞いて先輩の顔色が青くなった。
多分おれも同じ表情をしている。
たった二人で魔物の国に宣戦布告?
いくらなんでもムチャクチャすぎる。
「ま、待ってください! 私が説得しますっ!! で、ですから······娘の命はどうか······」
「そう、それだよ」
慌てる先輩にリムルさんが言葉を被せる。
「お前達にやってもらいたいのは二人の説得だ」
リムルさんが言葉を続ける。
「シアンとルミネは俺に復讐するためにとある悪魔と契約して強力なスキルを手に入れた。そのスキルは努力次第でいくらでも強くなれる、そんな力だ。
そして二人は努力なんて生温い死に物狂いの執念で、今では魔王にも匹敵する力を身に付けたんだ」
ルミネとシアンちゃんが魔王にも匹敵する力を?
おれの知ってる二人は、戦いなんてまるで出来ないはずだ。
おれ達の仇を討つ······
そんなことのためにそこまで強くなったのか?
「つまり俺の国は魔王二人に攻められているような状況ってわけだ。正直かなりマズイ······だからお前達に協力してもらいたい」
とても信じられない話ばかりだけど、リムルさんの目は真剣だ。
「お願いです! お二人を止めてあげてください!」
「シアちゃんとルミちゃんを救えるのはあなた達だけなのよぉ!」
うおっ、ビックリした。
今まで気付かなかったけど、リムルさん以外の人もいたのか。
兎耳の女性と人間······いや、エルフかな?
二人の女性が声をあげた。
兎耳の女性はフラメア。
エルフの女性はエレンという名らしい。
二人の話によると、ルミネとシアンちゃんは魔物の国でそれなりに暮らしていたらしく、住人達にかなり慕われているようだ。
魔王に匹敵する力を持ったとか言ってたから人格まで変わったのかと少し心配したけど、お人好しで世話焼きな所は二人とも相変わらずのようだ。
「わかりました、私も協力します。いえ、させてください」
「おれもです。ルミネとシアンちゃんを止めます」
先輩もおれもリムルさんの言葉を信じて協力することにした。
「助かるぜ······すでに外ではシアンとルミネが現れて戦闘中だ。ベニマル達には俺が行くまで時間を稼げとは言っているが······急いだ方がいいな。先日の段階でルミネはともかくシアンは正気を失う一歩手前だった。······なにをしでかすかわからない」
どうやら時間はあまりないらしい。
シアンちゃんの話を聞いて先輩が慌てた様子を見せる。
リムルさんに連れられて、おれ達は外に出る。
町の入り口付近では戦闘音が響いていた。
魔物の国の兵と真紅の鎧兵が凄まじい戦いを繰り広げていた。
あの真紅の鎧兵はルミネとシアンちゃんが作り出したゴーレムらしい。
とんでもない強さだ。
おれじゃ相手にもならないだろう······
魔物の国の兵はそんなのを相手に戦っていた。
リムルさんの光魔法で全滅していなくても、これじゃファルムス軍に勝ち目はなかっただろうな······
とんでもない国に戦争を仕掛けたんだとゾッとする。
「リムル様、ここはまかせるっす!」
「我々は問題ありません」
魔物の国の兵が口々に言う。
······本当にこの人は魔物の主なんだな。
戦場を抜け、先へと急ぐ。
少し進んだ所で、遠目にルミネとシアンちゃんの姿が見えた。
シアンちゃんは赤髪の男と、ルミネは紫髪の女性と戦っていた。
強い······強すぎる。
戦いなんてまるで出来なかったはずのルミネとシアンちゃんが強力な魔法と素早い動きで戦ってる。
相手はリムルさんの側近で魔物の国でもトップクラスの二人らしいけど、そんな相手とまともに戦えている。
ルミネ······死に物狂いの執念って、一体なにをしてそこまで強くなったんだ?
「まずいな······」
リムルさんがつぶやく。
互角の戦いに見えたけど状況が変わる。
シアンちゃんの姿が魔物ようなものに変わってしまった。
笑い声をあげて戦うその姿はどう見ても正気を失っている。
「っ······シアン······!!」
「待て、今行ってもシアンはあんたを認識できないかもしれない。巻き込まれて死なれたら困る。もう一度蘇生できる保証なんてないんだ」
今にも飛び出しそうだった先輩をリムルさんが止める。
あのシアンちゃんの状態はルミネにとっても想定外の事態だったらしい。
ルミネが必死にシアンちゃんを止めようとする。
しかしシアンちゃんの腕がルミネの胸を貫いた。
ルミネが力なく倒れた。
「ルミ―――――――」
「お前も待てっ、まず俺が行く! 二人は死なせない、必ず助ける······だから俺を信じて待っててくれ」
思わず飛び出しかけたおれをリムルさんは止めた。
遠目に見てもルミネが血まみれになって倒れている······
今すぐアイツの傍に行ってやりたいのに······!
······すまないルミネ、おれはなんて無力なんだ。
リムルさんが行くのを黙って見ていることしかできない。
リムルさんはルミネに回復薬をかけた。
ルミネの体がピクリと動く。
よかった······生きているみたいだ。
その後はシアンちゃんと向き合う。
シアンちゃんはリムルさんを見た瞬間狂ったような声を出して襲いかかった。
結構離れているのに戦いの振動がここまで響いてくる。
「シアン······」
「大丈夫ですよ先輩······リムルさんを信じましょう」
最後はシアンちゃんとリムルさんの強大な魔力がぶつかり合う。
最後まで立っていたのはリムルさんだった。
倒れたシアンちゃんは元の人の姿に戻っていた。
······服は直視できないくらいボロボロだったけど。正気を取り戻したみたいだ。
リムルさんとシアンちゃんの所にルミネが近づいていく。
まだ歩くのも辛そうなのに無理しないでくれよ······
リムルさんは話し合いを望んでいるけどルミネとシアンちゃんは頑なに拒んでいる。
「ふざけないで······!! なんでよ······なんであたし達は殺さないのよっ!! ファルムス軍はどんなに命乞いしても結局一人残らず殺したくせにっ!! どうして······その情けをお父さん達にかけてくれなかったのよ······」
シアンちゃんが泣きながら叫ぶ。
見ているこっちがつらくなってくる······
先輩もそんなシアンちゃんを見て悲痛な表情だ。
それでもリムルさんはなんとか二人を宥め落ち着かせた。
どうやら話し合いできるくらいにはなったみたいだ。
「後は頼むぞ、お前ら」
リムルさんが来てもいいと合図を出したのでおれと先輩は二人のもとに行く。
「······ハル······ト······?」 「おとう······さん······?」
おれ達を見たルミネとシアンちゃんは驚きのあまり固まっていた。
そんな幽霊を見たような顔しないでくれよ。
しかしこうして近くで見るとルミネはおれの知っている頃よりも少し大人びて見える。
······本当にあれから一年以上が経っているんだな。
一年以上もほったらかしにして悪かったよ······
だから······もうこんなこと、やめようぜ。
次回で二人の戦いに完全決着が着きます。