シアン暴走
(ルミネside)
シアンがわたしの心臓を食べた瞬間、力が大きく上昇した。
〈暴食〉の効果は生物の部位によって上がる力は大きく変わる。
特に脳や心臓は上昇する力がはね上がる。
「アハハハッ! アハハハハハッ!!!」
シアンが笑い声をあげながら魔力を解き放つ。
さっきまでとは比べ物にならない魔力量······。
まずい······身体が······動かない······息も······。
ダメージが······大きすぎる············。
それに強化魔法の重ね掛けの反動もある······。
······傷の再生が······始まらない············。
「仲間を手に掛けるとは、そこまで堕ちたか!」
ベニマルがシアンに斬りかかる。
しかしシアンはベニマルの攻撃を軽々と受け止めた。
「アハハハハッ!」
「ぐっ······」
シアンがベニマルを力任せに吹き飛ばす。
それを見てたシオンもシアンに斬りかかるけど、同じように受け止めた。
今のシアンにはベニマル達でも相手にならない。
······まずい······意識が······。
このままじゃ······本当に······死············。
「アハハハッ! 何モカモ消シテヤルワッ!」
更にシアンがベニマル達に襲いかかっていく。
ベニマルは防御に徹しているけど押されてる。
シアンがベニマルの身体に噛み付き、喰い千切った。
「ぐっ、しまっ······」
「アハハハハハハハッ!!!」
ベニマルが肩を押さえて後ろに跳ぶ。
ベニマルの一部を食べたことでシアンの力が更に上がった。
もう本当にただの化け物になっている······。
「魔王リムル······! 出テ来ナイナラ、コノ国ゴト消シテヤルワッ!」
シアンが両手に魔力を集める。
とんでもない魔力量······。
あれは闇系統最強の破壊魔法············。
放たれればこの周囲一帯が確実に吹き飛ぶ。
間違いなく魔国連邦もろとも······。
「アハハハハハッ!!」
どんどん魔力が溜まっていってる。
その反動でシアンの身体もひび割れるように傷ついてる。
駄目······もうシアンは完全に正気を失ってる。
止めたいけど······もう······意識が······。
これが······死············。
······ごめん、ハルト············。
結局わたし······なにもできなかった············。
······················
―――――――っ!!???
突然、水のようなものをかけられて意識が覚醒する。
なに? 今のは······?
わたしの心臓が少しずつ再生していってる。
もしかして今のは······回復薬?
それも上位回復薬······じゃない。まさか完全回復薬?
一体誰が······?
わたしが目を開けて見上げるとそこには······。
「······魔王······リム······ル?」
立っていたのは魔王リムルだった。
わたしの意識が戻ったのを確認すると優しげな表情をうかべた。
「後はシアンの方か······」
魔王リムルはシアンの方に目を向ける。
シアンの魔力は完全に溜まりきっていた。
「アハハハッ! 皆消シテヤルワッ! コノ国モ、何モカモ全部!! カオス······デッドエンドォオオーーーッ!!!!!」
シアンが魔力を解き放った。
巨大な魔力の塊が放たれる。
魔王リムルはその正面に立った。
「「リムル様!!」」
ベニマルとシオンが叫ぶ。
魔王リムルは笑みをうかべて二人に―――――
「もう大丈夫だ。後は任せろ」
自信満々にそう言った。
魔王リムルが両手を前に構える。
「喰らい尽くせっ! 〈暴食之王!!〉」
シアンが放った究極の闇魔法を魔王リムルは吸収しようとする。
······無理。
いくら魔王でもそれは吸収できるものじゃない。
魔王リムルにエネルギーが流れ込んでいく。
「さすがに全ては喰い切れないか······なら―――――」
今度は闇魔法を力任せに押し返そうとする。
······非常識。でも意外と押し込んでいってる。
もしかしてこのまま······。
「クワーッハッハッハッ! リムルよっ、我も力を貸すぞ!」
笑い声をあげて一人の男が現れた。
······あれは、人の姿をしてるけど······。
この存在感は······まさか暴風竜?
「助かるぜヴェルドラ! いくぞっ」
「ぬぅおーーっ!! クワーッハッハッハッ! なかなかの手応えだ!」
魔王リムルと暴風竜が力を合わせて抑え込む。
そして力任せに上空へと押し上げた。
シアンの放った闇魔法は遥か空の彼方で消滅した。
······あれを押し返すなんて············。
「サンキュー、ヴェルドラ! 後は俺に任せろ」
「うむ、リムルよ。早くあの娘を救ってやれ。死なせるには惜しいぞ」
そう言って魔王リムルは一人シアンの前に立つ。
暴風竜は高みの見物みたい。
「魔王······リムル······! 見ツケタ······見ツケタァアーーッ!!!」
魔王リムルを見てシアンが声をあげる。
シアンの身体は闇魔法の反動で深く傷ついていたけど、気にした様子もない。
「会イタカッタ······魔王······リムル! ······ズット殺シタカッタ······ヤット殺セル······!! アハハハハハッ!!!」
「正気を失っても俺がわかるか。お前の恨みは筋金入りだな······」
魔王リムルが武器を抜いた。
神秘的な形状の美しい剣だ。
特質級どころじゃない。
これが魔王専用の武器······。
「来いよ、俺を殺したいんだろ? 相手をしてやるぜ······シアン」
魔王リムルの言葉にシアンは凶悪な笑みをうかべた。
「アハハハッ! アハハハハハッ!!」
シアンと魔王リムルが打ち合う。
シアンは両腕を硬質化させて魔王リムルに対抗している。
打ち合うたびにその衝撃で大地が揺れていた。
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!!
死ンジャエェーーッ!!!」
シアンの一撃が魔王リムルに直撃する。
今、わざと受けたように見えたけど······?
「痛っ······痛みを感じるなんてずいぶん久しぶりだな。だがシアン、お前の恨みはこんなものか? これじゃ俺は殺せないぞ」
魔王リムルが立ち上がる。
いくらなんでも効いてはいると思うんだけど、平然としてる。
「ウウウッ! 魔王······リムルーーッ!!!」
シアンが立て続けに攻撃を加える。
魔王リムルは平然とその攻撃を受け続けた。
······なにか狙ってる?
「どうした、もう終わりか?」
「ウウウッ! アアアアーーーッ!!!!!」
魔王リムルの挑発に乗ってシアンは更に攻撃する。
今のシアンの攻撃を受け続けたらいくら魔王リムルでもまずいと思うんだけど······。
魔王リムルの体は確かに傷ついている。
かなり大きなダメージを負っているのはあきらか。
それでも平然としてる。
「シアン! 俺を殺したいんならまず正気に戻れ! 自我を失ったヤツに殺されてやるほど、俺は甘くねえぞっ!!」
魔王リムルが手元に魔力を集中させる。
シアンもまた魔力を両手に集め出した。
どっちもすごい魔力量······。
「死ンジャエーーッ!!! 魔王リムルーーッ!!!」
「目を覚ませっ!! シアン!!!!!」
お互いの一撃がぶつかり合う。
鼓膜が破れそうになるほどのすごい音が響いた。
魔力と魔力の激しいぶつかり合い······。
どちらが有利かわからない。
最後まで立っていたのは魔王リムルだった。
シアンは力尽きて倒れた。
シアンの身体がひび割れ、崩れていく。
崩れ落ちた下から元の人間の皮膚が現れる。
服は見る影もなくボロボロだけど、シアンの身体は元に戻っていた。
でも······どうして戻れたの?
魔王リムルがなにかした?
いや、今はそんなことはいい。
それよりも······身体は元に戻っても精神の方は? シアンの体がピクリと動く。
「ふ······ふふ、ふふふっ······」
シアンが小さく笑い声をあげる。
「正気に戻してくれて······ありがとう······と言うべきかしら? リムルさん······」
よかった······。
シアン······正気に戻ったみたい。
「でも、正気に戻ろうとやることは同じよ。あたしがあなたを憎んでいることに変わりはないわ······。殺しなさいよ、今更降伏も命乞いもしないわよ。······今なら殺すのなんて簡単でしょ?」
シアンの言葉に魔王リムルは答えない。
ただ憐れむような表情をうかべるだけだった。
「憐れみなんていらないわっ! 殺すなら早くしなさいよ! 殺しなさいよっ、魔王リムル!! ············殺してよ·········。あたしのことを憐れだと思うなら一思いに殺してよ······! お父さん達のようにあたしなんてさっさと始末してなかったことにすればいいじゃない!!」
シアンが涙を流し叫ぶ。
あれだけやっても魔王リムルには勝てなかった。
どれだけ努力しても······所詮わたし達が報われることなんてないんだと思い知らされた。
······それならいっそ楽にして欲しいんだと思う。
まだ万全じゃないけど、なんとか動けるくらいに回復したわたしはその場に近づく。
「······魔王······リムル」
わたしの声を聞き、魔王リムルが顔を向ける。
「ルミネ······ごめんなさい······あたし、あなたを死なせてしまうところだった······」
「······そんなことは······いい。シアンもわたしも、お互い殺す、殺される覚悟はしてたはず······あのまま死んでいたら······確かに不本意だったけど、シアンを恨むことはない」
わたし達は復讐のためなら命も捨てる覚悟だった。
お互いに状況次第では殺す、殺されることも。
だから、そんなことはどうでもいい。
それよりも······。
「······魔王リムル、何故わたしを助けたの? 貴重な完全回復薬まで使って······わたしにそんな価値なんてない·······あのまま放っておけば······わたしは死んでいたのに」
わたし達はあなたにとって害虫のような存在のはず······。
殺す理由はあっても助ける理由なんてないはずなのに。
「だからだよ、お前に死なれたくないから助けた」
「······意味がわからない。······たとえ命を助けられたとしても······あなたに対する憎しみは消えないのに」
どうしてわたしを助けるの?
殺そうと思えばわたし達なんて簡単に殺せるだろうに······。
「ふざけないで······!! なんでよ······なんであたし達は殺さないのよっ!! ······ファルムス軍はどんなに命乞いしても結局一人残らず殺したくせにっ!! どうして······その情けをお父さん達にかけてくれなかったのよ······」
シアンが叫ぶように言う。
最後の方は涙声でかすれてしまっていた。
「なあシアン、ルミネ······俺の話を聞いてくれないか?」
魔王リムルが優しく問いかけるように言う。
「話······? 今更何を話すって言うのよ·········。説得するつもりなら無駄よ、何を言われたって応じる気なんてないわ。あたし達の方からあなたに言いたいことなんて恨み言くらいしかないわよ。
············そんなの聞きたくもないでしょ?」
シアンの言う通り······。
たとえ逆恨みだろうと。わたし達の方が悪者だとしても。諦めるくらいなら······わたしは死を選ぶ。
多分シアンも同じように考えているはず。
魔王リムル······あなたはわたしを、わたし達を助けるべきじゃなかった。
「そう言わずにな、説得しようにも聞く耳持ってくれなきゃそれこそ話にならないだろ? 命を助けたんだから俺を許せ、なんて言うつもりはねえよ。
けど、せめて話くらいは聞いてくれないか? 許す、許さないはその後でいい」
「「············」」
魔王リムルはわたし達になにを話すというの?
どんな説得も無駄。
そんなことわかってるはず······。
それでも······わたし達を説得できる言葉があるというの?
わからない······魔王リムルがなにを考えているのか。
「わかったわよ······どのみちしばらく動けそうにないし······今の内にトドメを刺しておけばよかったと後悔することになるかもしれないわよ?」
「······わたしも······話だけは聞く」
シアンとわたしがうなずく。
······話だけは聞く。
許すことなんてないと思うけど······。
「それで······話って?」
「まあ、偉そうなこと言っといてなんだがお前らを説得するのは俺じゃない。お前らを説得出来そうな人を連れてきた。そいつらに説得を任せる」
連れてきた? 誰を?
わたし達を説得出来そうな人物?
フラメア? エレン? ······それとも子供達?
誰が来ても、なにを言われてもわたし達は応じない。それとも魔王リムルは7日の間にファルメナス国まで行ってわたし達の関係者を連れてきたとか?
例えばシアンの弟とか。
弟の言葉なら、シアンならもしかしたら説得できるかもしれない。
けど、わたしは無理。
誰が来ても、なにを言われても説得に応じる気はない。たとえシアンを説得できても······わたしは一人でも復讐を続ける。
それこそ······ハルトが生き返りでもしないかぎ······り······?
··············え?
「後は頼むぞ、お前ら」
魔王リムルの合図で二つの人影が現れる。
······うそ······そんな······まさか·········?
「······ハル······ト······?」 「おとう······さん······?」
わたし達の前に立っていたのは······。
死んだはずのシアンの父親と······ハルトだった。