最後の戦い
(ルミネside)
夜が明ける。あれから7日目の夜明け。
わたし達にとって最後の夜明け。
わたし達が明日の夜明けを見ることはおそらくない。今日ですべてが終わる、終わらせる。
「行きましょう、ルミネ」
「······ん」
シアンが立ち上がり、わたしはそれに答える。
「······シアン、これで最後になる。············今更だけどシアンは本当にいいの?」
「なにがよ?」
「······わたしはもう孤独の身。未練なんてない。でもシアンは違うでしょ? ······シアンには弟がいる。その子を残して死ぬことになっても」
わたしと違い、シアンにはまだ家族が残っている。
シアンが死んだらその子は一人になってしまう。
「本当に今更ね······大丈夫よ、新国王ヨウム様のおかげでファルメナス国はずっと良い国になったわ。
周りの人達もいい人ばかりだし、あの子も生きていけるわ。············こんな復讐に身を堕とした姉がいても悪影響を与えるだけだわ」
確かにそうかもしれない。
今のファルメナスはとても良い国になった。
······ハルトが望んでいたような。
「······その新国王も、魔王リムルが裏から手を回した結果。わたし達は本来、魔王リムルには感謝すべきのはず」
「そうね······その通りかもしれないわね。············
お父さん達を殺してなければ······」
わたしもそう······
ハルトを殺してさえいなければ。
それが、それだけが絶対に許せない。
「ルミネこそ、未練なんてないって言ってるけど孤児院に仲良くしてた人が結構いたじゃない? それでも本当に未練がないなんて言えるの?」
「······ハルトのいない世界で······生きていく気なんて······ない」
「そう······」
わたし達はお互いにそれ以上の言葉は止めた。
これ以上何を言っても無意味。
わたし達のやることは変わらない。
わたし達は無言で頷き合う。
こう言ってはなんだけど、シアンがいてくれてよかった。
わたし一人だったらとっくに正気を失ってたと思う。
わたし達は静かに魔国連邦へ続く街道を歩いていく。
普段なら人通りがそれなりに多いはずの道だけど誰一人姿がない。
多分······ううん、間違いなくわたし達のせい。
魔王リムルが何が起きてもいいように避難させているのだろう。
「止まれ」
街道の途中で声がかかる。
魔国連邦はもう目の前。
わたし達が来るのを待ち構えていたのだろう。
声の主は魔王リムルの側近ベニマル。
その横には魔王リムルの専属秘書シオンが立っていた。魔国連邦でも最強クラスの二人。
他にも気配はあるけど、姿が見えない。
「まさか正面から堂々と来るとはな」
ベニマルがつぶやくように言う。
小細工なんてしない。
というよりおそらく魔王リムルには通用しない。
わたし達凡人が小細工したところで狡猾な魔王に通用するはずがない。
魔王リムルを倒すには捨て身の力押し。
単純だけどこれがもっとも効果的なはず。
「こんにちはベニマルさん、シオンさん。あたし達はリムルさんに用があるのだけど」
シアンが言葉をかける。
「リムル様はお忙しいのでな。用件なら俺が聞こう」
用件なんてわかってるくせに。
わたしとシアンは杖を取り出し構えた。
この7日間、闇魔法で強化に強化を重ねた杖。
名付けるとしたら呪われし憎悪の杖かな?
着ている物も同じ。
わたし達の装備は7日前とは比べ物にならないくらい強化した。
おそらく特質級くらいの力は秘めているはず。
「やはりか······一応聞いておくが、降伏する気はないか? 今ならリムル様も笑ってお許しになるだろう」
ベニマルも刀を抜いた。
シオンも自分の身長よりも大きい剣を構えた。
「ないわ。邪魔する奴は全員殺す······!」
「······今日ですべてを終わらせる」
そう、すべてを終わらせる。
············わたし達の命も。
「以前にも言ったが、攻めて来たのは旧ファルムス側だ。俺達はそれを返り討ちにしたに過ぎん。お前達のやっていることは一方的な逆恨みだ。理解しているのか?」
ベニマルが言う。
そんなこと言われなくてもわかってる。
「そうね。だから何かしら?」
シアンだってそんなこと理解している。
けどわたし達はもう止まらない。止められない。
そんな言葉で納得するくらいなら、そもそもこんなことをしていない。
「あたしも以前、言ったはずよ? あたし達は旧ファルムス軍と同類だと。あなた達にすれば生かす価値もないクズでしょ? 問答無用で殺せばいいじゃない、あたし達なんて」
「······クズだのゴミだの、罵りたければ好きにすればいい。わたし達はそんなことじゃ止まらない」
ベニマルもわたし達がこう言うのは予想通りだったんだろう。
話し合いは無駄だと判断したみたい。
「リムル様を殺したいのならば、この私を倒してからにしなさい!」
シオンが大剣を叩きつけるように攻撃してきた。
わたしとシアンは左右に跳んでかわす。
叩きつけた衝撃で、地面が抉れた。
「「はあっ!!」」
わたしとシアンは周囲の魔素をすべて吸収した。
二人がかりなら目に見える範囲の魔素は一瞬で吸収できる。
魔物は魔素を活動源とするため、その魔素がないと大きく弱体化する。
「ダーク·プリズム!!」
シアンが魔法で二人を拘束しようとする。
けど、ベニマルが刀を振るいシアンの魔法をかき消した。
魔素がなくてもまったく問題無いみたい。
「同じ手は喰わんぞ」
ベニマルがスキなく構える。
やっぱり同じ手は通用しないか······
けどそんなこと想定内。
そこまで甘いなんて思ってない。
周囲の魔素を吸収したのは自身の魔力を高めるため。
「······シアン」
「この7日間、たっぷり血と魔力を溜め込んだわよ」
シアンが血を操り、生物を作り出していく。
「血塗られた戦士、血塗られた騎士」
真紅に染まった鎧人形たち。
シアンが作り出した意志を持たない血で出来たゴーレム。
戦士タイプと騎士タイプ。
どちらも20体ずつ、合計40体のゴーレム達。
わたしは血を操る闇魔法は苦手でシアン程うまく使えない。
その代わり身体強化の闇魔法は得意。
「······呪われし限界突破」
わたしは40体のゴーレム達に強化魔法をかけた。
強化魔法なしでもこのゴーレムは一体一体が迷宮の階層守護者と同じくらいの強さがある。
カースリミットブレイクはその力を何倍にも高める。
ただし1時間くらいで体を崩壊させてしまうけど、どうせ意志のない人形。問題は無い。
「さあ行きなさい! 邪魔する奴は全員殺すのよっ」
シアンの指示でゴーレム達が一斉に動き出す。
ゴーレム達はベニマルとシオンを無視して魔国連邦へと向かっていく。
そう、こいつらの役割はベニマル達ではなく周囲に感じる邪魔な奴らを相手にすること。
ベニマルとシオンは慌てる様子もなくわたし達と向き合う。
「いいのかしら追わなくて? あいつら結構強いわよ」
「問題無い。俺の任務はお前達の足止めだ。町は他の連中が守る」
ベニマルの言う通り町へ向かったゴーレム達と周囲で待機してたらしい魔物の国の部隊が戦闘を始めた。
「······足止め? 排除じゃなくて」
もしかして魔王リムルはわたし達を殺さないつもりなのかな?
「舐められたものね。いいわ、後悔させてあげるっ!」
シアンが更に新たなゴーレムを作り出す。
さっきのゴーレム達よりも一回り大きいタイプだ。
「闇の聖霊の守護巨像」
今、シアンが作り出したゴーレムは迷宮の階層守護者だった奴と同じ姿をしたものだ。
もっとも、色は黒一色で染まっているし、あんな見かけ倒しのゴーレムとは比べ物にならないくらい強いけど。
更にわたしはさっきのゴーレム達のように強化魔法をかける。
闇の守護巨像がベニマル達に襲いかかっていく。
ベニマルとシオンは冷静に間合いをとった。
「はあっ!!!」
シオンが力任せに闇の守護巨像を叩き斬る。
真っ二つにはならなかったけど、闇の守護巨像は大きくひび割れる。
「黒炎獄!」
すかさずベニマルが闇の守護巨像を焼き尽くす。
かなりの強さのはずだったんだけど、この二人には通用しなかった。
まあ通用するなんて思ってなかったけど。
闇の守護巨像を破壊した二人はそのままわたし達に向かってくる。
ベニマルはシアンを、そしてわたしにはシオンが向かってきた。
「······魔王リムルの専属秘書シオン。あなたの手料理、できればもう一度食べたかった」
「今降伏すればまた作ってあげますよ?」
「······それはできない相談」
シオンの大剣は見た目通り重く、すごい強度。
でも、強化を重ねたわたしの杖も負けてはいない。
シアンもベニマルと打ち合っている。
「どうしたのベニマルさん? 防戦一方じゃない」
「半端な攻撃はお前達には逆効果だからな。一撃で仕留められるスキができれば反撃してやるさ」
確かにベニマルの言う通り、わたし達には〈強化再生〉スキルがあるから中途半端な攻撃は無駄。
それどころかどんどんわたし達を強化させてしまうことになる。
けどシアンの攻撃に対して防御に徹しているのは別の狙いがありそう。
わたしに攻撃してきてるシオンも同じ。
時間稼ぎが見え見え。
けど、なんのために?
今更時間を稼いでなんになるの?
まあなんでもいい。
どうせわたし達の命はもう終わる。
罠だろうとなんだろうと受けてたつ。
「······ダークメテオ!」
「無駄ですよ、そんな攻撃!」
わたしの魔法を次々と防いでいくシオン。
何発かは当たってるけどシオンの傷はすぐに再生していく。
ちょっとやそっとのダメージじゃ無駄みたい。
シアンもベニマルを攻めきれないでいる。
暴風竜の力を吸収したことでわたし達の力は大きく上がった。
総合的な力はわたし達の方がベニマル達を上回っているはず。
それでも攻めきれないのはベニマル達の技術がわたし達よりはるかに上だからだろう。
わたし達の戦闘経験は一年にも満たない。
――――――ドクンッ
「ダーク·デスフレア!!」
「無駄だ!」
シアンの攻撃を防いでいくベニマル。
このままじゃいつまで経っても切りがない。
―――――――――ドクンッ
「ふふ······何処までも邪魔するつもりなのね。ふふふ······」
······? シアンの様子がナニかおかしい。
―――――――――――――ドクンッ
「ふふふ······あはははははっ!!!」
シアンの全身の血管が浮き出て、身体全体が赤く染まっていく。
······まさかシアン······!?
―――――――――――――――ドクンッ!!
「······駄目、シアン······! それを使ったら人に戻れなくな―――――――――――」
「かまうかぁあああーーーーっ!!!」
止めようと動く前にシアンが叫ぶ。
シアンに流れる全身の血がシアンの身体を作り変えていく。
化け物と呼ばれるにふさわしいような異形の姿へと変わっていく。
唯一、顔だけを見ればシアンの面影が残っている。
「あは······アははっ······人の姿ヲしテるから未練がアるのよネ。こノ方がいイわ······」
シアンが杖を捨てて素手でベニマルに攻撃する。
今のシアンの腕は鋭利な刃のようになっていた。
「ぐっ······」
ベニマルが押されてる。
シアンの力は人間の姿の時とは比べ物にならないくらい強くなっていた。
「アハ······アハハハッ!! 殺ス······!! 死ンジャエ!! アハハハッ!!!」
シアンの意識がどんどんおかしくなってる。
この7日間、様子がおかしくなることが何度かあったけど、ここまで酷くはなかったのに。
駄目······シアン。
わたし達は人間として復讐を遂げると誓ったはず。
このままじゃシアンはただの化け物になる。
いや、ただの化け物じゃない。
何度でも再生し、すべてを喰らう最強最悪の化け物に······
「······カースリミットブレイク、二重掛け、三重掛け!!」
シアンを止める。今なら多分まだ間に合うはず。
わたしは自分の体に強化魔法を重ね掛けして力を上げる。
この強化魔法は長くかけると〈強化再生〉があっても危険だけど、今はそんなこと言ってられない。
「······シアン!!」
わたしはシアンの体を抑え込む。
······シアン、すごい力······強化魔法を重ね掛けしたのにまだ押し負けそう。
「······シアン、元に戻って! 化け物になって復讐なんてそんなの―――――――」
――――――――ブシュウウッ!!!
―――――――――――――!!!???
胸に強い衝撃が走った。
全身の力が一気に抜ける。
······なに?
······なにが······起きたの······?
シアンの手を見るとナニか握られていた。
あれは······わたしの······心臓?
まだドクドクと脈打ってる心臓がわたしの体から引き抜かれていた。
「ルミネ······アナタノ命······アタシニ頂戴······!!」
「······シ······アン······」
わたしは力なく倒れる。
シアンはそのままわたしの心臓を············食べた。
わたしの血で真っ赤に染まったシアンが凶悪な笑い声をあげた。