シアンの想い
(リムルside)
次に映し出されたのはシアンの過去だ。
シアンの母親は数年前に病気を患っていた。
そして長い闘病生活の末に亡くなった。
母親を亡くしたシアンのショックは相当なものだ。
そのショックが抜けきらない所に今度は父親が、と追い打ちをかけられたものだった。
母親の病気が治るように、父親が無事に帰ってくるように毎日懸命に祈る姿は悲痛なものだった。
〝〝神之怒〟······神の怒り······ね。シャレた名前よね。どんなに祈っても何もしてくれないくせに怒りだけはしっかり落とすなんてね〟
シアンはそう言っていたな······
父親の無事を懸命に神に祈ったのに、その神の怒りによって父親は命を落とすことになった。
シアンにとっては相当な皮肉だったんだろうな······
更に悪魔が映像を切り替える。
今度はこの悪魔が初めてシアンとルミネの前に姿を現した時のものだ。
〖知りたいか真実を? お前らの大切な人間は大災害に巻き込まれたんじゃねえ、殺されたんだよ、ある奴にな〗
映像の中の悪魔が大型の液晶テレビを出して二人に真実を見せる。
やはりこれを使っていたか。
(······ハルトッ!!?)
俺が〝神之怒〟で旧ファルムス軍を殺している映像だ。
その中でルミネの恋人、ハルトが額を貫かれて死んだ。
〖おおー、ありゃ苦しむヒマもなく一瞬だな。ある意味幸せな最期だな〗
(······ハルト······うそ······ハルトが······!!)
ルミネが絶望の表情をうかべる。
その間も映像は流れる。
今度はシアンの父親が〝神之怒〟を受ける。
(やめてっ、お願い······! お父さんを殺さないで!!)
〖おいおい無駄だぜ、どんなに叫んだってこれはすでに起きた過去の出来事だ〗
シアンの願いもむなしく〝神之怒〟が父親の頭を貫いた。
それを見たシアンはその場にへたり込む。
······俺が言えたセリフじゃねえかもしれないが、なんて映像見せつけてやがるんだ。
〖見ての通りだ。お前らの大切に想ってた人間は魔王リムルに殺された。これは紛れもない事実だ〗
最愛の人の死を知ってショックを受けている二人に悪魔は淡々と言った。
二人は絶望に沈む。
まだ、もしかしたら父親が、恋人が生きているかもしれない。
そんな希望が僅かにあった。
だが、その希望は絶たれた。
希望は絶望に変わり、そして絶望は憎悪へと変わる。
〖欲しいか、復讐できるだけの力が? 欲しいならくれてやるぜ〗
当然二人はこの悪魔の言葉に乗った。
〖当然だがタダじゃねえぜ、代償はもらう。なあに安心しな、たいした代償じゃねえ、お前らにしてみればあってないような代償だ〗
(何を払えばいいの······? 魂でも寄越せって言うの?)
〖魂なんて要らねーよ。オレ様が欲しいのは······お前らの〝感情〟だ〗
(感情?)
〖ああ、お前らから漏れ出る〝憎悪〟の感情だ。そいつを喰わせてもらう。お前らが魔王リムルを許さない限り生まれ続けるだろうよ〗
(喰われて······あたし達はどうなるの?)
〖別にどうもならねーよ。強いて言うなら怒りに呑まれて正気を失う可能性が低くなるってとこか? 言っただろ、あってないような代償だと〗
(本当にそんなものでいいの······?)
〖そんなものって言うがオレ様の大好物だ。それに通常、怒りや憎しみってのは時間と共に薄れていくものだ。オレ様が喰うことでそのスピードは何倍にも早まる。
〝憎悪〟の感情が無くなれば仇討ちなんてどうでもよくなるだろうよ〗
(······ありえない、ハルトを殺した憎しみが消えるなんて、絶対に。好きなだけ食べればいい······わたしから〝憎悪〟が消えることなんて、ない)
〖おう、そう願ってるぜ。じゃあお前らに力をやるぜ、強力な4つのスキルをな〗
こうして二人はあのスキルを手に入れたのか。
力を手に入れた二人は周囲の制止を振り切る形で村を飛び出した。
二人の行動がダイジェストのように流れる。
低級の魔物を倒し、少しずつ力を高めていく。
大型の魔物に襲われていた小さな村を救った場面もあった。
盗賊団のアジトに乗り込み、全員捕らえたりもしていた。
こうして二人は戦いの技術と力を身につけていく。
充分な力を身につけたと判断した二人は魔国連邦へと向かう。
(······道に迷った)
魔物を倒しながら進んでいたため街道から外れ、二人は道に迷っていた。
(心配ないわ。今のあたし達は何日間飲まず食わずでも平気なんだから)
シアンとルミネはひたすら道を進む。
その内魔物の気配が無くなっていた。
(······魔物が出てこない、なにかおかしい)
(魔国連邦が近いのかもしれないわね。町の周囲の危険な魔物は排除してるらしいし―――――)
シアンの言葉の途中で地響きが起きる。
(······地震じゃない、多分大型の魔物)
(向こうの方ね······行ってみましょう)
二人の向かった先には、グランスパイダーと戦うケンヤ達がいた。
ケンヤが一刀両断でグランスパイダーを倒した。
(なに、あの子達······信じられないくらい強いわよ)
それを見たシアンが驚きの声を出す。
(······待って、もう一匹来た)
ルミネの言葉通り、もう一匹のグランスパイダーが現れた。
最初の奴より一回り大きい。
子供達が次々とグランスパイダーの糸に捕まる。
フラメアが囮になって注意を引き付けようとする。
(まずいわね······)
(······シアン、助ける?)
(当然よ、行くわよルミネ!)
こうしてフラメアと子供達を助け、魔国連邦までやって来たのか。
『こいつはオマケだ。ついさっきの映像だぜ』
悪魔が場面を切り替える。
これはフラメアとエレン達が二人を説得している所か。フラメア達の必死な訴えに二人の心が揺れている。
しかしそれでも二人は応じない。
(······魔王リムルに伝えて、わたし達は死ぬまで決して止まらない······説得なんて······するだけ無駄だと······)
(さようなら······フラメアさん達は魔国連邦から離れてて······あなた達を殺したくない······でも······邪魔するなら、容赦しない······できないから)
(シアンさんっ、ルミネさんっ!!)
フラメア達から逃げるように二人はその場を去った。ある程度距離を取ると二人は立ち止まった。
(ふふ······ルミネ·············あたし達なんでこんなことになったんだっけ······?)
シアンが悲痛な泣き顔で言う。
(あたしは······ただささやかな幸せが欲しかったのよ······。貧しくてもいい······家族と······普通に笑いあえるくらいの······それってそんなに大それた願いだったのかな······?)
家族と幸せに暮らしたかったシアン。
だが母親の病気が治るように祈っても叶わず、父親が無事に帰るよう祈っても叶わず。
シアンを嘲笑うかのように家族を失っていく。
(フラメアさん達の言葉を受け入れて······手をとれば幸せはくるかもしれないのに······それを自分から拒んで······本当······バカよね、あたし達······)
「シアンさん······」 「シアちゃん······」
フラメアとエレンはそんなシアンの様子に心を痛めている。
ルミネは黙ったまま何も答えない。
(ふふ、ふふふっ············あはははははっ!!!)
シアンが涙を流しながら笑った。
どう見ても無理矢理笑っている姿だ。
(ルミネも泣いたら······? ほんの少しだけど······スッキリするわよ)
(······わたしはいい。涙は······真実を知ったあの日に······全部流したから)
そうは言ってるがルミネも涙を堪えている表情だ。
二人とも復讐なんてやりたくてやってるんじゃない。
ただ······後戻りできないだけなんだ。
(あははははっ!! 魔王リムル···! あなたにとってお父さん達の命も、あたし達の命も······ゴミのようなものかもしれないわ! けど、ゴミのような命だからって踏みにじればどうなるか、思い知らせてやるわ······! 返り討ちにあって殺されることになったって構わないわっ、その時はあなたのココロに一生消えない傷を刻み付けてやる! お父さん達を殺したこと、心の底から後悔させてやるわ! あはははははっ!!)
シアンは泣きながら笑い続けた。
·······················
『ま、こんな所か。特に珍しい話でもなかったか?』
悪魔が映像を消した。二人の恨みは理解できた。
······痛い程にな。
「············っ」
「フラメア?」
「ご、ごめんなさいっ!! リムル様が悪いわけではないのはわかってるんですけど······その、お二人の気持ちも理解できてしまって······」
無意識にらしい。フラメアは涙を流していた。
エレンはしゃくりあげながら泣いている。
『別に予想外ってわけでもないだろ? 二万以上の人間殺したんだ、こういう奴らが出てくることも想定してたんじゃねえのか?』
確かに想定していた。
恨みを持たれることもある程度は覚悟していた。
〝そう······そうだったわね。あなたにとってお父さん達の命なんてゴミ同然······殺した事実を背負う価値もないんだったわね······!!〟
あの時のシアンの言葉だ。殺す覚悟はしていた。
だが、殺した命を背負う覚悟は······できていたか?
俺が逆の立場だったらどう思う?
魔物の住人を殺されて、その事実を事故としてなかったことにされたら······
間違い無く怒り狂うだろう。
ふざけるなと。殺しただけでも許せないのに。
殺した挙げ句にそれをなかったことにされたらそうなる。
甘さは捨てたつもりだったがまだ甘かった。
命がそんな軽いもののはずないだろう。
だから住人を殺されたあの時、その命が俺の心に重くのしかかってきたのに。
二人の殺気は当然のものだった。
『これでもまだ和解の余地が残ってると思うか? あいつらは死ぬ覚悟はできてる。いや違うな、死ぬ覚悟しかできてねえ。生き残ることなんてカケラも考えてねえんだ。あいつらの目的はただ一つ、お前を殺すこと。それだけだ』
悪魔が面白そうに言う。
『クククッ、復讐ってのはこうでなきゃいけねえ。
相手を苦しめたい、生き地獄を味あわせたい、自分と同じ苦しみを与えたい、苦しむ顔が見たい······~かあ、面倒くせえったらありゃしないぜ。
殺したい程憎い、だから殺す。それでいいじゃねえか。復讐ってのは楽しんでやるもんじゃねえんだよ。復讐することを楽しみだしたら、そいつはもうただの狂人だ。快楽殺人鬼と何も変わらねえ。そんな奴に正統性なんてねえんだ』
確かに二人に楽しんでいる様子はまるでなかった。
むしろ早く終わらせたいという必死さがあった。
二人の目的は俺を殺す。
ただそれだけ。他には何もない。
「なるほどな、よくわかったぜ。感謝するぜ悪魔、お前のおかげでなんとかなりそうだ」
二人の事情はよくわかった。
そして大切な人間がどういう人物なのかも。
特にシアンの父親とは、俺は言葉を交わしていた。
あの時は怒りに呑まれて朧気だったが悪魔の映像を見てはっきり思い出した。
〝お······願い······です、殺さないでください······っ家族は殺さないでください······お······私はこの侵攻がどんなものか知った上で参加しま······したっ······罪は私にあります······子供たちは何も知らないのです······!〟
ほとんどの奴が命乞いをする中で家族を想う男がいた。あれがシアンの父親だったとはな······
あの時俺はシアンの父親の言葉に対して······
〝必要がないしやる理由もない、だから心配するな〟
そう言ったんだったな。
これでシアン達を殺したら、俺は最低のクズ野郎じゃないか。
『へえ、殺す覚悟ができたってことか?』
「ちげーよ。何度も言わすな、殺すつもりなんてねえよ」
コイツはどうしても俺に二人を殺させたいのか?
「お前のおかげで二人を説得できる可能性がグッと高まった」
悪魔は俺の言葉に意外そうな顔をする。
『本気で言ってんのか? なら面白え、オレ様と賭けをしねえか? お前があの女共を殺さずに説得できるか、できないか。オレ様はできないに賭けるぜ』
「何を賭ける気だ?」
『そうだな、お互いに勝ったらなんでも一つだけ命令できるってのはどうだ? お前があいつらを説得できたらオレ様はお前の命令なんでも聞いてやるぜ。死ねって言えばオレ様は喜んで死んでやるぜ』
賭け······か。いいだろう。
コイツに一泡吹かせるチャンスかもしれないしな。
『言っておくが賭けと言っても悪魔の契約は絶対だぜ? 自信がねえなら受けなくてもいいんだぜ?』
「自信はあるぜ? お前こそ後悔することになるんじゃないか?」
勝算はある。
懸念材料はまだまだあるが、コイツのおかげでだいぶ解消された。
シアンとルミネを救い、コイツにも一泡吹かせられる。最高の結果を見せてやろうじゃねえか。
『ヒャハハハハハッ! 賭けの内容はあいつらを殺さず、じゃねえ、死なせずに説得することだ。追い詰めて自殺させて、殺した訳じゃねえから賭けは無効だとか言われてもうぜぇしな。あいつらが死んだらもうお前の負けだ。それでもいいのか?』
「お前は邪魔しないんだろうな?」
『おう、オレ様は一切手を出さないぜ。余計なことしても面白くねえしな』
なら何も問題無い。
あと7日の間に準備を整えるだけだ。
「いいだろう、受けてやるぜ。二人を殺さず、死なせずに説得してやる」
『オーケー、契約成立だ。じゃあオレ様はこの辺で消えるぜ。いるだけで邪魔だとイチャモンつけられたくないしな、結果を楽しみにしてるぜ、ヒャハハハハッ!!』
そう言って悪魔は姿を消した。
さて、これで邪魔は消えたし出来ることから始めないとな。
次回からシアンとルミネとの最終決戦です。