ルミネの過去
(ルミネside)
――――――――(回想)――――――――
わたしの両親は世界各地を旅して回る行商人だった。物心ついた時から色々な国を巡っていたからわたしは自分の生まれ故郷というものを知らない。
別に気にしたこともなかったけど。
永住できる土地を探していたのか、それとも旅が好きだっただけなのかは、もうわからない。
ハルトとはそんな旅の途中で出会った。
ハルトはわたしより2つ年上の男性で、わたしと同じく行商人の両親がいた。
たまたま同じ町を巡ることが何年も続き、両親達は深い交流を持つようになり、わたしとハルトはよく行動を供にするようになっていた。
2つ年上だったからお兄さんぶりたかったのかな?
口数が決して多くなく、あまり愛想のないわたしをハルトはよく相手にしてくれたと思う。
でも、少なくともわたしにとってはとても楽しい日々だった。
けど事件は唐突に起きた。
次の目的地、ファルムス王国に向かう途中で盗賊団に襲われた。
もちろん両親達は護衛を雇っていた。
しかし相手は何十人もの大規模な盗賊団だった。
護衛の戦士達は逃げるか、殺されるかで瞬く間にいなくなった。
両親達はスキを見てわたしとハルトを逃がした。
わたし達は死に物狂いで逃げた。
逃げて逃げて逃げて······それでも盗賊達に追い付かれた。
その後、何があったかはハッキリ覚えていない。
気がついたら病院のベッドの上だった。
後から聞かされた話だと、盗賊団は騒ぎを聞き駆け付けた騎士団によって殲滅されたらしい。
けど、わたしとハルトの両親はすでに殺されていたと······
そしてハルトは盗賊団から最後までわたしを守ってくれていたようで、未だに生死の境をさまよっている状態だった。
それから何日も看病を続けて、なんとか一命を取り留めてくれた。
両親を失った悲しみと、ハルトが助かったうれしさが同時に襲った。
自分だって悲しいのは同じはずなのにハルトは目を覚まして状況を聞くなりわたしを慰めてくれた。
「心配かけて悪かった······ありがとな、ルミネ」
お礼を言うのはわたしの方のはずなのに、ハルトはそう言った。
それからわたしとハルトはファルムス王国の孤児院に入ることになった。
この国の王は貧民への救済にあまり積極的ではないらしく、孤児院の生活は決して楽ではなかった。
けど、貧しいからこそみんなで助け合い、生きていけた。
そんな生活が何年も続いた。
わたしは大人の人達と一緒に色々と仕事を手伝ったりしていた。
ハルトもその手伝いをしつつ、強くなるために訓練をするようになった。
時には冒険者の仕事のように町の外で魔物を狩ったりもしてた。
何度死にそうな怪我を負ったかわからない。
もうこんなことはやめてと言っても······。
「おれは強くなって騎士になる。そして手柄をたてて王様にお願いする、もっと平民のことを考えてほしいと」
ハルトはそう言った。
今だってギリギリだけど生きていけてる。
ハルトがそこまですることないのに······。
「お前に幸せになってほしいんだ、ルミネ。だからそんな顔しないで笑って応援してくれよ」
わたし達はいつの間にか兄妹のような関係から恋仲になっていた。
ハルトはいつもわたしのことを想ってくれる。
でも······わたしがハルトに何かを返すことはできないのかな?
ハルトは厳しい訓練と実戦の中で選ばれた者にしか得られないと言われているユニークスキルを獲得した。
そしてそれが国の騎士団長に認められて、精鋭騎士の一員に選ばれることになった。
今までの努力が報われたんだとその時は思った。
けど、いきなりの出撃命令が下った。
勢力を拡大している魔物の国を攻めるというものだった。
わたしは不安だった。
ハルトの初めての出撃が魔物の国。
······人間ではなく魔物。
どんな恐ろしい奴がいるか、わかったものじゃない。
「······ハルト、やめよう······いくらユニークスキルを得たといっても危険すぎる······せめてもっと慣れてからの方が······」
「だけど手柄をたてるチャンスなんだ。王様はこの戦いを重要視している······うまくいけばこの孤児院の生活をもっと楽なものにできるかもしれないんだ」
「······けど······」
不安な表情をしてたわたしの頭をハルトはポンポンたたく。
「大丈夫だ、必ず生きてお前のもとに帰ってくる。約束する」
「······本当に?」
「ああ、ヤバそうだったら尻尾巻いて逃げ出すさ。逃げ足には自信があるんだ。臆病者だと言われても構うもんか、お前との約束守る方がよっぽど大事だ。······だからそんな顔すんなって」
ハルトはわたしを安心させる笑顔で言った。
本当に危険なのはハルトの方なのに······。
「······ん、待ってる······ハルトの帰り、ずっと待ってるから···」
手柄なんていいから······。
必ず無事に帰ってきて············ハルト。
―――――――(回想終了)―――――――
(リムルside)
『ここから先はもう知ってんだろ? あわれ青年は魔王の怒りに触れ、殺されてしまいましたとさ······。ヒャハハハハッ!』
悪魔が大笑いする。
······腹が立つがガマンだ。
『報われねえよな。死に物狂いで努力しなきゃユニークスキルを得ることもなかった。得なけりゃ精鋭騎士に選ばれることもなく、つまり殺されることもなかったのによ』
ルミネの恋人、ハルトか。
パッと見は特に目立つ容姿でもない普通の青年だな。
『ま、精鋭騎士に選ばれたのだって騎士団長のユニークスキルの生け贄候補になってただけなんだがな。結局魔王の生け贄になっちまったし、こうなる運命だったのかもな』
恋人の幸せのために戦場に向かう男と、その無事を願う女、か。
特に珍しいわけではない、よくある話だ。
だがその幸せを壊したのが俺自身だとな······。
『おっと、まだ続きがあるぜ。少し時間をとばして、これはオレ様がこいつらに真実を教えて力を与えた日の夜だ』
場面が切り替わる。
誰もが寝静まった時間、ルミネは孤児院を抜け出し町の外に出た。
ルミネ一人だけ。他に誰もいない。
そのまま近くの森の中に入っていった。
(······ハルト······)
しばらく進むと立ち止まり、恋人の名を口にした。
ルミネの目から涙が流れる。
(······約束······したのにっ······帰ってくるって···! ······うっ······ハルト······おいていかないでよぉッ! わたしを······ひとりにしないでよ······!!)
ルミネが声をあげて泣いている。
普段のルミネからは考えられない大きな声で···
『かなりのレア映像だぜ? この女、人前じゃ絶対意地でも泣かねえからな。しかもこんな大声あげて泣くところなんてまず見られねえぜ』
それだけ恋人の死がショックだったということか。
「ルミネさん······」 「ルミちゃん······」
フラメアとエレンが悲痛な表情でつぶやく。
カバル達も似たような表情だ。
(グルルル······)
そんなルミネの泣き声が魔物を呼び寄せてしまったらしい。
画面に三匹のウルフ系の魔物が現れた。
あれは······牙狼族より下位の魔物だったはず。
(······うくっ······ま、もの!)
ルミネも魔物に気付き構える。
だがルミネは武器も何も持っていない。
(······だ、ダークファイア······!)
拙い動きでルミネが魔法を放つ。
しかし魔物は簡単にそれを避け、ルミネの腕に噛みついた。
(······うっ······ああっ!!)
そのまま腕を喰い千切られた。
ルミネが苦痛の声をあげる。
『オレ様の与えた力は徐々に強くなっていくものであって、こいつはまだ与えられたばっかだからな。まだ戦い慣れてもいねえんだよ』
確かにルミネの動きはそこらの新人冒険者以下のものだった。
戦いとは無縁の生活をしてたんだから当然だが。
(······あ、あああっ!!!?)
他の二匹も足やもう片方の腕を噛み千切る。
ほとんど無力な少女でしかないルミネは悲鳴をあげることしかできない。
魔物達がルミネの身体をグチャグチャと咀嚼している内に喰われた部位が徐々に再生していく。
それに気付いた魔物は警戒心を強めるが、やがて何度でも味わえる獲物と判断したようだ。
三匹でルミネの身体を少しずつ喰い千切っている。
再生しては喰い、喰われては再生する。
それを何度も繰り返す。
(······っ······)
最後の方はルミネは悲鳴すらあげられなくなっていた。地獄のような光景だ。
「············うっ······」
フラメア達は画面を直視できないみたいだ。
だがしばらくして状況が変化する。
魔物の牙がルミネの身体を喰い千切れなくなっていた。
〈強化再生〉の効果でルミネの身体はどんどん強化されていた。
血まみれのルミネが立ち上がる。
身体はすでに再生されて無傷だ。
(······ダークカッター!)
ルミネの魔法で魔物の首が切り落とされる。
それを見た魔物の一匹が慌てたようにルミネに襲いかかるが、同じように首を落とされた。
残った一匹は逃げようとするが······
(······逃がさない······さんざんわたしを食べたんだ······今度はお前の番······!)
ルミネの魔法によって倒された。周囲に静寂が戻る。
ルミネは切り落とした魔物の首を掴み、肉を喰い千切った。
(······うぐっ······うええっ!!)
魔物の肉を飲み込めず、吐き出す。
だがもう一度口にいれ、吐き気をガマンしながら飲み込んだ。
他の二匹の肉も何度か吐きながらも喰っていく。
(······うっ······ううっ)
再びルミネの目から涙が流れる。
(······ごめんっ······ハルト! わたしが、間違ってた······! 待ってるだけじゃ······ダメだった。わたしも······ハルトと一緒に、強くなるべきだった······うくっ、ハルトの隣に、立ちたかった······死ぬときは······一緒がよかった······!)
泣きながら魔物の肉を口にする。
あのルミネが怒りを露にしていた。
その目はシアン同様に、いやシアン以上の狂気に染まっている。
(······待ってて、ハルト! かたきは······必ず討つから······! そしてわたしも、すぐにそっちにいくから······! 魔王リムル······ぜったいに、許さない······お前だけは······!! お前を殺すためなら、わたしはこの先············どんなことにだって耐えて見せる······! ハルトを殺したこと、必ず後悔させてやる······!!)
画面越しからでもルミネの憎しみが伝わってくる。
······これが悪魔の言うところの雑味のない純粋な憎悪、か。
憎しみで人を殺せるのなら俺は確実に死んでいるだろう。
憎しみの目で見られたことは初めてではない。
一族の仇として見てきたベニマル達元オーガ勢。
シズさんの仇として見てきたヒナタ。
ついでに言えば自分の計画を邪魔されたことに対するクレイマン。
ベニマルやヒナタの恨みは誤解による擦れ違いだった。
クレイマンのは自業自得による逆恨みだ。
······ルミネのは心の底からの純粋な憎悪だ。
純粋な憎しみの目が、正直ここまでキツいものだとは思わなかった。
次はシアンの過去の話だ。
覚悟を決めて見ないとな······。
次のシアンの話はあまり暗くならないように配慮します。