説得
(ルミネside)
わたしとシアンは今、魔国連邦から少し離れた街道の外れを当てもなく歩いていた。
「······ごめん、シアン」
魔王リムルを殺せなかった。
〈ダークネスデスイレイザー〉
次元ごとその存在を消し去る闇魔法の中でも強力なもの。
魔力を込めるのに時間がかかり、その上、よほどタイミングが良くないと直撃は期待できない、欠点の多い魔法でもある。
でも、あの状況なら迷わず撃っていれば、魔王リムルを殺せたかもしれない。
······けど撃てなかった。
撃っていれば子供達も巻き込んでいた。
シアンのことなら覚悟ができてる。
でもあの子達を巻き込むとなると、手が止まってしまった。
「いいわよ、ルミネ······。あたしも同じ状況じゃ撃てなかったと思うし······。でも、もし次同じ状況になったら」
「······ん、迷わず撃つ」
そのための7日間。
わたし達が覚悟を決めるための······。
魔王リムル以外の被害は出したくない。
けど、そんな甘いことじゃアイツは殺せない。
7日間······多分これがギリギリの期間。
わたし達が正気でいられる時間。
今でも気を抜けば、怒りに呑まれておかしくなりそう。
「ケケッ、無用心だなぁ、こんな所で女二人でとは」
「有り金置いていきな·····それと少しオレらと楽しもうぜ」
······なんか出た。
1、2、3······10人くらいの強盗かな?
人間じゃなくて獣人? なんの種族だっけ?
············どうでもいいかな。
こんな奴ら相手してやる程、気分良くないのに。
「あたし達そんな気分じゃないのよ······どっか行ってくれない?」
シアンが不機嫌そうに言う。
「おおっ、気の強い女だな」
「へへ、そんな奴が泣き叫ぶ所もイイなぁ」
強盗達が下品な笑みをうかべて言う。
······殺していいのかな? ······いいよね。
わたしが手を出す前にシアンが全員叩きのめした。
魔法も使わず素手で。
こいつら······弱すぎ。
「て······てめえ、オレらが誰かわかってんのか!?」
「知らないわよ、アンタらなんて、どうせただの子悪党でしょ?」
強盗のリーダーっぽいのが声を絞り出すけど、シアンは気にした様子もない。
シアンは男の腕に噛みつき、肉を喰いちぎった。
「うっ······!? ギィヤアアアアッ!!?」
「うるさいわね、少し喰いちぎったくらいで。それでも男なの?」
シアンは男の肉をクチャクチャと食べた。
それを見て他の男達が恐怖の表情をうかべる。
「やっぱりたいしたことないわね。何の足しにもならないわ」
たいして力は上がらなかったみたい。
これなら迷宮のザコの方がマシなのかも。
「な······なっ、なんだコイツ······」
「に······人間じゃないのかこいつら······?」
男達が震えながら言う。
······失礼な奴ら。
わたし達は人間だ······まだ一応。
わたしはシアンと同じように強盗の一人に噛みつき肉を喰いちぎった。
「うぎゃああああーー!?」
「······マズイ······むさい······」
本当に足しにもならない。
これなら魔物の方が力が上がるだけマシ······でも······。
「······全員食べれば、少しは足しになる······かな?」
わたしの言葉で男達が恐怖に染まった。
「ひっ······」
「ば、化け物だ······」
「まっ······助けてくれっ」
強盗達は一目散に逃げ出した。
······あんな奴ら、本当に食べる気なんてないのに。
「ふふっ······化け物ね。あんな奴らに言われちゃうなんてね」
シアンが口元の血を拭きながら言う。
わたし達は人間だ······。
正気を失っては駄目。自我を失っては駄目。
人間としてハルト達の仇を討つ。
―――――――――ザザッ
······人の気配?
まだ逃げてない奴がいたの?
そう思って振り返ると見知った人物がいた。
「はあ······はあ······見つけましたよ、シアンさん、ルミネさん」
息を切らして現れたのはフラメアだった。
後ろからカバル、ギド、エレンも走ってきた。
(フラメアside)
やっと追い付きました······シアンさん、ルミネさん。
まだそんなに遠くには行ってないと思ったので急いで正解でした。
他に何人か男の人がいたみたいですけど、みんなどこかに行っちゃいました。
「フラメアさん······それにカバルさん、ギドさん、······エレンまで」
シアンさんが驚いたように、気まずそうに言います。ですがすぐに表情を引き締めました。
「何の用······かしら? フラメアさん······リムルさんの差し金······ってわけでもなさそうだけど。それによくあたし達がここにいるってわかったわね······」
気配には敏感なんです。
それに耳もいい方ですから。
いえ、そんなことよりも······。
「シアンさん、ルミネさん、お二人の事情は聞きました。単刀直入に言います······復讐なんてやめましょうっ! こんなことしても何にもなりませんよ!」
「そうよぉ、シアちゃん、ルミちゃん!」
エレンさんもお二人に訴えます。
「······それは無理。わたし達はやめる気なんて······ない」
ルミネさんが答えます。
「リムルさんが悪いわけじゃないのよぉ! あの時は町を守るために戦っただけで······」
「わかってるわエレン······悪者はあたし達の方だってことくらい······」
シアンさんが笑顔を見せながら言います。
でも、目が全然笑ってるように見えません。
「魔国連邦······良い国よね。魔物の国って話だったから初めは良い印象はなかったわ。でも色んな種族の人達が平和に······本当に楽しそうに暮らしてる。そんな素敵な国を作ったリムルさんが悪い人のはずないわよ」
「それなら······」
「町の人達の評判も聞いたわ。リムル様はやさしい方、素晴らしい方······色々とね。そしてそれが間違ってないこともわかるわ」
シアンさんが一度言葉を区切りました。
「ふふっ······そんなやさしいリムルさんに、お父さん達は生かす価値もないクズとして殺されたのよ······! アイツの方が正しくても······そんなの認められるわけないわ!」
「······たとえ世界中の人が魔王リムルを認めても、わたし達は認めない。······ハルト達がクズだというなら···わたしも同類······クズでいい······! クズはクズらしくやるだけ」
ルミネさんも言葉を被せます。
「そんなこと言わないでください! お二人の大切な人達だってこんなこと望んでいないはずです! きっとお二人の幸せを願うはずですよっ」
「そうね······フラメアさんの言う通りよ。きっとお父さんも復讐なんて望んでない·······むしろ怒るでしょうね、自分のためにこんなバカなことするなって」
「······ハルトも······きっとそう言う」
シアンさん、ルミネさん······そこまでわかっていて、それでも復讐の道を選ぶんですか?
「フラメアさん······この復讐はね、お父さん達のためじゃないのよ。ただ······あたし自身がお父さん達を殺した魔王リムルを許せない、それだけよ」
「······わたしも同じ······どんな理由があってもハルトを殺した魔王リムルを許すことなんてできない。そしてわたしはもう幸せになんてなれない······ハルトのいない世界で幸せになれるはずない······なるつもりもない」
お二人とも引く気はなさそうです。
お二人に私の言葉は届かないんでしょうか?
「嬢ちゃん達が復讐を果たしたとして、その後はどうする? 何が残るって言うんだ」
「そうでやすよ、復讐なんて虚しいだけでやんすよ」
「そうよぉ、考え直してよぉ! シアちゃん、ルミちゃん」
カバルさん達がそれぞれ言います。
「後のことはもう決めてるわ······最初からね」
「······命を奪った罪は命で清算するしかない。それ以外は絶対に認めない」
どういうことでしょうか?
「魔物の住人を殺した罪はお父さん達がその命で償った。······そしてお父さん達を殺した罪は魔王リムルの命で償わせる······」
「······最後はわたし達の番。魔王リムルを殺した罪は、わたし達の命で償う······」
そんな······!? それってつまり······。
「死ぬつもりかよっ、嬢ちゃん達!」
「······最初からそのつもりだった。······この町に来たときから······違う······真実を知ったあの日から。復讐の連鎖はわたし達で終わる······終わらせる」
「そんな、それこそ駄目ですよ! そんなことっ」
そんなの、どっちにしたってお二人は死ぬつもりじゃないですか!
「フラメアさん達もあたし達の迷宮攻略見てたんでしょ? 魔物を食べて······どんなに傷ついても回復して······。もうただの化け物でしょ? あたし達······」
それは······確かに初めは驚きましたけど。
「······魔王リムルを殺した後、わたし達が正気でいられる保証はない。······だから、人間と言える内に······この命を絶つ。······どうせわたしにはもう大切な人はいない······誰も悲しむことはないから······」
······っ! ルミネさんのその言葉は聞き流せません!
誰も悲しまない? そんなこと······。
「そんなことありません! お二人が死んだら私が悲しいです! 嫌です!私だけじゃない······ケンヤ君だってリョウタ君も、ゲイル君、アリスちゃん、クロエちゃん達も悲しみます! ······それだけじゃありません、町の人達にお二人がどれだけ想われてるかわからないんですかっ!?」
「「······っ」」
私の言葉でお二人が初めて迷いの表情をうかべます。
シアンさんとルミネさんが魔国連邦に来て2ヶ月。
お二人は多くの住人と交流し、関係を持ったはずです。
悲しむ人がいないなんて、そんなこと絶対にありません。
「あたし達も······町の人達とここまで関係を持つつもりなんて······なかったわ」
「······本来なら、町へ着いてすぐに魔王リムルを殺すつもりだった。けど、魔王リムルを甘く見すぎてた。一目見て、あの時のわたし達じゃ勝てないとわかった。だから、殺せるだけの力を得る必要があった、情報を集める必要もあった······そのために2ヶ月もかかった······」
お二人はそんな想いを抱えて過ごしてきたんですね······。
私はそのことにまったく気付きませんでした。
2ヶ月前、リムル様を前にした時に感じたほんの一瞬の殺気。
あれはやはり気のせいじゃなかったんですね······。
あの時、お二人の気持ちに気付いていれば······私にも何か出来たでしょうか?
「フラメアさん、エレン······お願いだからもうあたし達のことなんて放っておいて······! あたし達はもう止まれないのよ······今だって憎しみの感情をおさえるので精一杯なのよ···!」
私は誰かを殺したい程に憎んだことなんてないと思います。
だからお二人の気持ちを完全に理解することはできないかもしれません······。
「あたしだって······やめられるなら復讐なんてやりたくない! けど、そうしたらお父さんがクズだと認めることになる······お父さんはやさしかった······いつもあたし達、家族のことを、想ってくれてた! そんなお父さんが殺される程のクズのはずない······! そう考えるだけで魔王リムルに対してますます憎しみが生まれてくる······こんな想いを抱えて生きていくことなんてできないのよ! ······耐えられない······」
シアンさんがポロポロと涙を流します。
「······わたしも同じ。ハルト達は死ぬ覚悟は出来ていたかもしれない。でも······わたしは失う覚悟なんて出来ていなかった。もう今のわたしには魔王リムルに対する憎しみを消すことなんてできない」
ルミネさんも涙を堪えているように見えます。
やっぱりシアンさんもルミネさんも本心ではこんなことはやりたくないんですね。
でも······どうすればお二人の憎しみは消えるんでしょうか?
「フラメアさん達はどうなの? リムルさんに家族や大切な人を殺されたとして、それを許せるの?」
「リムル様は······そ、そんなこと······」
「リムルさんはそんなことはしない? あたし達はそんなことをされたのよ······!」
シアンさんの言葉に、私は答えることが出来ませんでした。
「······魔王リムルに伝えて、わたし達は死ぬまで決して止まらない······説得なんてするだけ無駄だと······」
「さようなら······フラメアさん達は魔国連邦から離れてて······あなた達を殺したくない······でも······邪魔するなら、容赦しない······できないから」
「シアンさんっ、ルミネさんっ!!」
そう言い残してお二人は姿を消してしまいました。
こんなの······嫌です!
本当にお二人を止めることはできないんでしょうか?
「どっちが勝っても最悪じゃねえか······! どうするんだよ······リムルの旦那······」
カバルさんが言います。
リムル様······どうかお二人を救ってください······!