プロローグ
この作品は転生したらスライムだった件の外伝にあたるものです。時間軸的には原作小説10~12巻あたりになります。原作のイメージを壊さない範囲でオリジナルのキャラ達が活躍します。
とある国に絶望に沈んだ二人の少女がいた。
二人の年齢は15~16くらいだと思われる。
それ程目立つ容姿ではない村娘といった感じだ。
二人は少し前に最愛の人を亡くしていた。
片や男手一つで育ててくれた父を。
片や将来を誓い合った幼なじみを。
最愛の人の死をこの目で見たわけではない。
聞いた話によるとある大災害に巻き込まれ消滅してしまったという。
それを聞いた少女達は信じられなかった。
信じたくなかった。
しかし最愛の人は帰ってこない。
時間が経つにつれてそれが事実だと思い知らされる。絶望が二人を襲う。
しかし少女達に力はない。
そもそも大災害に巻き込まれたというのではどうしようもない。
そんな少女達の前に悪魔が現れた。
悪魔が手を差しのべてきた。
『知りたいか真実を? お前らの大切な人間は大災害に巻き込まれたんじゃねえ、殺されたんだよ。ある奴にな』
悪魔が語った話は確かに真実だった。
最愛の人は殺されていた。怒りが少女達を襲う。
しかし悪魔の話では最愛の人を殺した人物は強大な力を持っていた。
ただの村娘に勝てる相手ではない。
『欲しいか、復讐できるだけの力が? 欲しいならくれてやるぜ。当然だがタダじゃねえぜ、代償はもらう。なあに安心しな、たいした代償じゃねえ、お前らにしてみればあってないような代償だ』
こうして二人の少女はとある悪魔と契約し、力を手に入れた。
絶望に沈んでいた少女達は復讐の為に歩き出した。
最愛の人の仇を討つ。そう胸に誓って。
悪魔が教えてくれた復讐の相手は魔王。
この世を統べる八星魔王が一柱。
魔王リムル=テンペスト。
今、悪魔に力を与えられた二人の少女による復讐劇が幕を開ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔国連邦首都〈リムル〉
〝祭〟が終わってしばらく経って、町は日常に戻りつつあった。
とはいえ〝祭〟の時ほどではないが相変わらず人の出入りは多いのだが。
「はぁ~、平和って素晴らしい」
リムルの庵にて、その主である魔王リムルがスライム姿でゴロゴロしていた。
忙しい日々が過ぎ、ようやくゆっくりできるようになったので完全にだらけモードである。
しかしリムルはトラブルに好かれる体質のようでそう長くはゆっくりできなかった。
「リムル様~、報告っす」
やって来たのはホブゴブリンのゴブタだ。
魔王であるリムルに対して馴れ馴れしい態度だがいつものことである。
「フラメアちゃんと例の子達が魔物退治に行くとかで町の外に出て行ったっす」
「魔物退治? そんな話聞いてないんだが······」
例の子達というのはケンヤ、ゲイル、リョウタ、アリス、クロエの五人の子供達のことだ。
(子供達とフラメアか······)
兎人族のフラメアにはしばらく子供達の面倒を頼んでいたのだが魔物退治というのはどういうことだろうか?
何か嫌な予感がする············
リムルはそう思った。
(フラメアside)
ああ······大丈夫なんでしょうか。
リムル様に黙って子供達だけで魔物退治に行くなんて。
「ケンヤ、そっちにいったぞっ!!」
「まかせとけっ!! たあっ」
たった今ゲイル君とケンヤ君が熊型の魔物を倒しました。
あの魔物はBランクくらいあったはずなんですけど子供達には物足りない相手みたいです。
「もうケンヤっ、私達の出番がないじゃない!」
「まあいいじゃない、アリス············」
ちょっと怒り気味のアリスちゃんをリョウタ君がなだめます。
「ふふっ」
それをほほえましく見ているクロエちゃん。
はっきり言ってこの子達私よりずっと強いです。
だからいざというとき止められる自信がないんですけど·········
「ほらフラメア姉ちゃん、早く行こうぜっ」
「え、あ、ちょっと待ってくださいっ······!?」
子供達に引っ張られながら進んでいきます。
どっちが保護者かわからなくなります。
魔国連邦の周囲はゴブリンライダーさん達が巡回しているため魔物も盗賊も滅多に出てきません。
しかし街道を外れるとそこそこ魔物が出てきます。
今回はAランク級の魔物の目撃情報があったとかで、そしてそれが子供達の耳に入ってしまい退治に行こうという話になりました。
リムル様に話した方がいいと言ったんですけど
「先生に内緒で大物を倒してビックリさせる」といった感じで聞いてくれません。
この子達は強いですし、たとえAランクの魔物でも大丈夫だとは思いますけど············本当に大丈夫でしょうか。
「出たぞっ、気を付けろみんなっ!!」
ケンヤ君が構え、叫ぶように言います。
目線の先には巨大な蜘蛛型の魔物が現れました。
あれはナイトスパイダーでもブラックスパイダーでもない············更に上位種のグランスパイダー!?
おそらくあれが目撃情報のあったAランクの魔物です。とてつもない巨体で歩く度に振動が響きます。
「ようやく私の出番ね、行きなさいお人形さん達っ!!」
アリスちゃんがクマやウサギやら複数の人形を操り魔物に攻撃します。
しかしグランスパイダーの身体は硬くダメージを与えられていません。
グランスパイダーは8本の足で人形達をなぎはらいます。
「ああ、私のお人形が······!?」
「アリス、あぶないっ!」
ゲイル君が魔物の攻撃からアリスちゃんを助けます。
Aランクだけあってかなり強いです。
私も手助けするべきでしょうけど············かえって足手まといになりそうです。
「くっ······かなり硬いよコイツ」
リョウタ君も剣で斬りつけますが弾かれてしまいます。
「みんな離れてっ! ウォータージェイル!!」
クロエちゃんが水の魔法を唱えました。
激流のような水がグランスパイダーを拘束します。
「ナイス、クロエ! 後は任せろっ! うおおおーっ!!」
ケンヤ君の剣が光輝きます。
これは精霊の力?
そのまま力いっぱい剣を振り下ろしました。
グランスパイダーが地響きを立てて倒れます。
す······すごい、グランスパイダーが真っ二つになりました。
その巨体が左右に倒れます。
「へへっ、どんなもんだいっ!!」
ケンヤ君が勝ち誇って言います。
「もうっ、結局良い所はケンヤが持っていくんだからっ」
「まあまあ、アリス············」
「見事だったぞ、ケンヤ」
「ふふっ」
アリスちゃん、リョウタ君、ゲイル君、クロエちゃんがそれぞれ言います。
これで終わりだと安心した所で足元が揺れます。
この地響き············まさか!?
「もう一匹出たぞっ!?」
ゲイル君が叫びます。
言葉通りもう一匹のグランスパイダーが現れました。しかも最初のより一回り大きいです。
もしかしてさっきのは子どもでこれは親······!?
「も、もう一度、ウォータージェイ······っきゃあ!?」
「クロエっ!?」
グランスパイダーが口から糸を吐き、クロエちゃんが拘束されます。
グランスパイダーは更におしりからも糸を撒き散らします。
これでは迂闊に近づけません。
「こいつっ······うわぁ!?」
「ケンヤっ!? わぷっ」
ケンヤ君とゲイル君も糸で拘束されました。
あの糸は剣でも切るのは難しく、ましてや拘束されれば抜け出すのは困難です。
「風よっ、切り裂けっ!!」
リョウタ君が風魔法で攻撃します。
しかしグランスパイダーの前足に弾かれて相殺されます。
そして一瞬の間にリョウタ君を糸で拘束してしまいました。
もうこの場で動けるのは私とアリスちゃんだけです。
「あ······ああ」
アリスちゃんは自分の人形達がやられたことと、他の皆が捕まってしまったことでひどく動揺しています。
私だって怖いです。逃げたいです。
でもこの子達を見捨てて逃げるわけにはいきません。
こんな状況になったのもこの子達だけで魔物退治に行くことを止められなかった私の責任です。
私は以前、武器職人のカイジン様からいただいたリーフブーメランを取り出し構えます。
「············はあっ!!」
リーフブーメランがグランスパイダーの顔に当たりました。
でもやはりダメージは与えられません。
けどそれでいいんです。
グランスパイダーの注意が私の方に向きました。
「アリスちゃんは皆を連れて逃げて下さいっ!!」
「ちょ······フラメアお姉さんっ!?」
グランスパイダーは前足でなぎはらって来ます。
私はそれをなんとかかわします。
こうして注意を引き付けて子供達から遠ざけます。
倒すのは無理でしょうからこうして逃げに撤していれば·········
「キャッ!!?」
何かが足に······これは糸!?
いつの間にか私の足にグランスパイダーの吐いた糸が巻きついています。
「お姉さんっ!!」
アリスちゃんの悲鳴のような声が響きます。
私は足をとられて転び、もう目の前にはグランスパイダーの牙が迫って来てます。
ああ······これはもう逃げられません············
父さま、すみません············私はここまでのようです。
私は現実から逃げる様に目を閉じます。
―――――――!!
大きな音が響き地面が揺れます。
何が起きたんですか······?
私が目を開けるとグランスパイダーが倒れています。
「ふう······危なかったわね」
「······間一髪」
声のした方を向くと杖を構えた二人の女性がいました。
格好から見て冒険者さんでしょうか?
どうやら助けてくれたみたいです。
ホッとしたのも束の間、グランスパイダーが立ち上がりました。
今度は二人の女性を標的にしたようです。
「······シアン」
「わかってるわ、ダークネス·プリズン!!」
シアンと呼ばれた女性が杖をかざすとグランスパイダーが黒い鎖のようなもので拘束されました。
「ルミネ、今よ!」
「······問題無い、ダークギガントジャベリン!!」
拘束されたグランスパイダーにルミネと呼ばれた女性が魔法を放ちます。
巨大な漆黒の槍が現れ、グランスパイダーを貫きました。
グランスパイダーは地面に縫い付けられそのまま動かなくなりました。
······すごいです。Aランクの魔物をあっという間に。
「ケガはない、あなた達?」
シアンと呼ばれていた女性が声をかけてきました。
ルミネと呼ばれていた女性と一緒に子供達を拘束していた糸を切ってくれました。
「は、はいっ、あの······ありがとうございます!」
私はあわてて頭を下げます。
この人達が来なかったらどうなっていたか······
考えたらゾッとします。
「姉ちゃん達、スゲー強いんだなっ」
「コラ、ケンヤっ、まずはお礼を······」
興奮気味のケンヤ君をゲイル君がなだめます。
そんなケンヤ君達をシアンと呼ばれていた女性が軽く叩きました。
「あなた達、子供だけであんな魔物と戦うとか、一体何考えてるのよ!」
「で、でもオレ達強いし······」
「ちょっと強いからって突っ走って死んだらおしまいなのよ!もっと考えて行動しなさい!」
どうやら怒ってる、というより心配してくれているみたいです。
「そこのあなたっ!!」
「は、はいっ!?」
急に声をかけられ反射的に返事をします。
「あなたこの子達の保護者じゃないの!? なんで危険なことをしようとしてるのを止めないのよ!」
············返す言葉もないです。
こんなことになったのも私の責任なんですから。
「フラメアお姉さんは悪くないわっ······私達が勝手にここまで来て······ううっ······ごめんなさいっ············」
アリスちゃんが私を庇うようにして泣き出してしまいました。
それに釣られるように他の子達も泣き出しそうです。
「······シアン泣かした。······少し言い過ぎ」
「え、ええっ!? あ、あたしが悪者なの!? ああ、もうほら泣かないで!」
ルミネという方の言葉でシアンという方がオロオロします。
あわててアリスちゃん達をやさしくなだめようとします。
しばらくして皆が落ち着いたあたりで、リグルさん率いるゴブリンライダーさん達が駆けつけてきました。
リムル様に言われ大急ぎで来たそうです。
2体のグランスパイダーをゴブリンライダーさん達が運び、私達は町へと戻ることになりました。
二人の女性冒険者さんも一緒に付いて来ます。
シアンさんという女性はショートヘアーの少し幼い顔付きです。
年齢は15~17くらいでしょうか?
子供達とそんなにはなれてないようにも見えます。
ルミネさんという女性は髪は肩にかかるくらいの長さで、落ち着いた表情、というよりあまり表情が変わらない方です。
年齢はシアンさんより少し上くらいでしょうか?
私達はお互いに自己紹介をします。
「あたしはシアン。見ての通り冒険者をしているわ」
「······わたしはルミネ。同じく冒険者」
二人は魔国連邦を目指してやって来たそうなんですが、道に迷っていたそうです。
そんな時に魔物に襲われている私達を見つけて助けてくれたということです。
子供達も助けてもらった為かシアンさんとルミネさんになついているようです。
シアンさんは子供の扱いになれているのか笑顔で応えています。
ルミネさんは表情の変化があまりないですけど積極的な子供達に少し困っているように見えます。
それにしてもこの二人······悪い人には見えませんけど少し違和感があります。
Aランクの魔物を倒してしまう程の実力者なのに身につけている装備がまるで駆け出しの新人のようです。
私のユニークスキル〈好事家〉で見ても特別な力は感じません。
杖も木の棒にランクの低い魔石をつけただけの物です。あれ程の実力がある方達が何故このような装備を?
色々疑問に思いましたが聞くのも失礼な気がします。
そうこうしている内に町の入口まで着きました。
入口の前にはスライムではない人の姿のリムル様が直々に良い笑顔で待っていました。
············怒ってます。あれは確実に怒っています。
「ひとまず無事でなによりだフラメア君。······詳しい話を聞こうか?」
「は······はい、リムル様······その······」
――――――――ゾワワッ!!!???
事情を説明しようとした所、背後から凄まじい殺気(?)を感じました。
反射的に振り返りますがそこには子供達の面倒を見ているシアンさん達がいるだけで特に何もありません。
殺気も何も感じません。
······気のせいだったんでしょうか?
「············フラメア君?」
「はっ······はいっ!?」
そうでした、リムル様に事情を説明する所でした。
私は子供達がグランスパイダーと戦い、危ない所をシアンさんとルミネさんに助けてもらったことを話しました。
「そうだったのか。俺はリムル、この国の盟主だ。子供達を救ってくれたこと感謝する」
リムル様に言われシアンさんとルミネさんが少し表情を強張らせていました。
魔王様直々にお礼ですからね。
緊張するのもわかります。
「当然のことをしただけよ······礼はいらないわ」
「······成り行きだっただけ」
二人がなんとか声を絞り出します。
リムル様が緊張しなくていいとなだめます。
「ならあの2体の魔物はウチで引き取ってその報酬を二人に渡そうと思う。かなりの大物だしそれなりの金額になると思うぞ」
「それは······正直助かるわね············」
「······わたし達ほぼ無一文」
お二人はお金を持ってなかったんですか。
あれだけの実力があればいくらでも稼げそうですけど。
「ただ魔物の素材の一部は手元に欲しいわ」
「ああ、わかった」
どうやら話がまとまったようです。
リグルさん達が運んできたグランスパイダーをいつの間にか来ていたゴブタさんが見上げています。
「グランスパイダーっすか、武器とかの素材にはいいんすけどナイトスパイダーと違って食用には向かないんすよね~」
「そうなんですか?」
ゴブタさんの言葉を聞き返します。
「全身に猛毒が流れてるっすからね~、ちょっとやそっとの毒耐性じゃ無意味っすよ、そしてその毒のせいで苦くて喰えた味じゃないっす」
全身に猛毒·········
もしそんな牙や脚で攻撃を受けていたら·········
「じゃーなー、姉ちゃん達! 助けてくれたお礼に明日町を案内するぜっ」
ケンヤ君がそう言って、他の子達も帰っていきます。
シアンさんとルミネさんは町の宿に案内されて今日はそこに泊まることになったそうです。
私はこの後リムル様の私室に連れていかれお説教を受けることになりました。
―――――――(side off)――――――――
子供達が帰り、二人の女性冒険者を見送った後リムルがつぶやく。
「シアンとルミネ······か。二人からほんの一瞬だが殺気が俺に向けられた気がしたんだが······気のせいだったか?」
〈解。気のせいではありません。個体名シアンおよび個体名ルミネ、両名からマスターに対して強い敵意を発していました〉
リムルの究極能力〈智慧之王〉が答える。
「敵意、か······俺が魔王だからそれを警戒してたのか? それとも何か他に理由があるのか······? 気になるな、ソウエイ」
リムルがそう呼ぶと影の中から青髪の鬼人が現れた。
「二人の素性を調べてくれ、それとソーカ達にあの二人の監視をするよう言っといてくれ」
「············承知」
リムルの言葉を聞くとソウエイは再び影の中に姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、シアンとルミネは案内された宿の一室にいた。
魔物の報酬は後日渡されるということで二人はお金をほとんど持っていなかったがリムルの配慮で宿代はなしでいいということだ。
それなりに良い部屋なのだが二人の表情は晴れない。
「······あれが魔王リムル······」
「まさか町に着いてすぐに会うことになるとは思わなかったわ······」
震える体を抑えるようにしながら二人が言う。
「······今のわたし達じゃ······絶対勝てない」
ルミネは一目見ただけでリムルと自分達の実力差を感じ取っていた。
「そんなことはわかってるわ、今のあたし達じゃ勝てないわ、だったらもっと力をつければいいのよ」
そう言ってシアンがあるものを取り出す。
リムルに言って手元に残していたグランスパイダーの一部だ。
足と胴体の部分が少しといった量だ。
それをルミネに半分渡す。
「こんなこと、あの子達に見られるわけにはいかないものね」
すると二人はグランスパイダーの一部を食べ始めた。
かなり硬いハズだがボリボリと噛み砕く。
「······硬い······苦い······マズイ······気持ち悪い············」
「黙って食べなさいよ······ルミネ」
「······毒もある······胸が苦しい············」
あまり表情変化のないルミネも苦々しい顔で言う。
「でもかなり強力な魔物だったみたいね。力と魔力が大きく上がったわ」
「······悪魔がくれたスキル······確かに強力」
二人は魔物を食べたことでその力を増していた。
毒にも耐性があるようでグランスパイダーの毒も平気な様だ。
「強くなるためならなんだってやってやるわ」
「······魔王リムル······絶対に許さない············」
「ええ······お父さん達の仇だもの、待ってなさい魔王リムル······必ず殺してやるわ······!!」