代わりのない人
俺が最初、彼女に抱いた印象は、「少女」以外の何者でもなかった。
隣国クワンダから輿入れして来た王女からの希望で、グラン国から侍女にと抜擢された令嬢。クワンダ国への留学生として選ばれ、帰国後1年で王立学院を卒業したという才女と聞いていたが、とてもそうは見えない、華奢で頼りなさ気な少女。
王女は、他にも侍女として仕えていた令嬢がいたにも関わらず、少女を重用した。
なんてこった、と正直思った。
王妃教育を受けていない王女を支えるべき侍女が、こんな16歳の少女だという事に不安は募る。王宮は魔窟だ。煌びやかなだけの世界では決してない。悪意や裏切り、策略に満ちている。王太子妃となる9歳の王女を心身ともにお守りするのは近衛だけでは到底無理な話だ。侍女の存在はとても大きい。それを担うのが16歳の少女では負担が大き過ぎる。
王女が嫁いでこられた当時は、王弟妃殿下が身籠ったこともあり、一部を除いた殆どの貴族が王弟妃に媚び諂っていた。そんな中、同盟国の王女といえど9歳の子供と、子爵家の子女が太刀打ちできるわけがない。それこそ、文字通り生き残れるかどうか。
俺も殿下も頭を抱えざるを得ない状況だった。
もちろん俺達とて、何も対策をしなかったわけじゃない。出来うる限り優秀な者を送りこみ、万全の体制で守りを固めていた。
そんな折、少女が殿下への目通りを願ってきた。職を辞したい、そう嘆願しに来たのだと、俺たちは疑いもしなかった。
しかし少女が放った言葉は、殿下への直談判だったのだ。
16歳の、何の後ろ盾もない侍女が、怯むことなく堂々と殿下に言い放つ。
「殿下はご自分の妻をお守りする事を人任せにするおつもりですか」
守っているつもりだった俺たちは唖然とした。
「優秀な方々をマイラ様にお付けになられた事は感謝いたします。ですが、マイラ様の安全を思うのなら、まず殿下がマイラ様と愛を育む努力をなさって下さいませ」
それが何よりの王太子妃を守る盾になる。そう言った。
「20歳のご自分が9歳の子供とは愛は育めない、そう殿下は思っていらっしゃいますか? しかし、いつまでも子供ではございません。マイラ様は間違いなく美しく聡明な女性になられる事でしょう」
そして、それは本当にその通りになる。
少女の言うように、王女は日に日に美しく聡明に成長していったのだ。
子供だと、妹のように慈しんでいた殿下の心を、少しずつ揺れ動かすようになる程に。
子供だと侮っていた王女は、押しも押されもせぬ王太子妃、そして王妃へ。そして倣うように少女も、女性へと。
それと共に周囲の変化が起こるのも当然の事だった。
王命で仕えていた者達が、いつからか心から忠誠を誓う者となり、グラン王国内外で王妃殿下を賞賛する声も多く上がるようになる。王弟妃に媚び諂っていた貴族も少なくなっていき、今や王弟妃に付き従っているのは、社交界デビューしたばかりの無知な令嬢ばかり。良識のある令嬢、ご夫人は離れていった。
王弟妃付きの近衛騎士が彼女の婚約者である事なんて、何の問題にもならなかった。むしろ、彼女はその事さえ利用している節があった。これだけの事を成し遂げた彼女の何を疑えというのか。それだけ彼女は周囲から揺るぎない信用を得ていたのだ。
自分の目が、どれだけ曇っていたのかを思い知る。
華奢で頼りなさ気な少女など、どこにもいやしない。
そこに居たのは、大胆さと細心さ、相矛盾するものを併せ持つ類稀なる者だったのだから。
代わりなんているはずがない。
あんな女傑が他にいてたまるものか。
ただ、まぁ、そんな彼女をからかってしまう事は仕方がないと諦めてくれ。
面白がっている事は否定しないが、俺なりに理由があっての行動なんでな。