ラウルの言い分
ラウル・コールデン。それが私の名前だ。
私には3歳年下の婚約者がいる。
親友であるケイト・グレイシスの妹で、名はマーシャリィ。彼女のことを一言で表すとしたら、才女だと私は答えるだろう。天才とまでは言わないが、とにかく頭の回転の速い子だった。私とケイトが学園の宿題に励んでいると、隣から覗いてきては一緒になって勉強する。理解できるわけがない、と高をくくっていると、私達のミスを指摘してくることもあった。特に言語に強く、普段口にしている共通語以外に4か国語を話すことができた。グレイシス家の領地は、各国の人々が集まるリゾート地であることも要因だったのだろう。マーシャ程ではなかったがケイトもある程度の語学力があった。だから、マーシャが隣国との交換留学生に選ばれたのも納得する話だ。
マーシャを好きかと聞かれたら、好きだと答えられる程には可愛がっていたと思う。一身に自分を慕ってくれている姿を、可愛く思わないわけがない。いつも笑顔で、話し上手で、退屈のしない、可愛い子だ。
しかし、私はマーシャに恋愛感情というものを持つことができなかった。女性として見ることがどうしてもできなかったのだ。
そして、初めての恋をした。
狂おしい程の恋をしてしまった。
彼女の名前は、プリシラ・マチュート。男爵家の令嬢だ。
平民上がりの令嬢、そう言う噂は耳にしていたが、本人の事はよく知らずにいた。
プリシラが数名の令嬢に取り囲まれている所を偶然見かけ、助けたことがきっかけで話す事が多くなり、彼女の人となりを知ることになる。彼女は感じがよく控えめで、相手を立てることを知っていて、媚びるなんて事ができない素直な女性で、気が付けば彼女を目で追うようになっていた。彼女が自分ではない人を好きなこともすぐに知ってしまった。そして、その相手、第二王子も同じ気持ちでいる事も。
悔しくなかったというのは嘘になる。しかし、それ以上に彼女に幸せになってもらいたい、という気持ちが大きかったのだ。だから、彼女が幸せになるために協力を惜しまなかった。決して簡単なことではなかったが、その努力が実って彼女は第二王子の婚約者になることが出来たのだ。
これで、この恋を忘れることができる。そう思った。
2年ぶりに会ったマーシャを見たとき、正直吃驚した。
少女から女性へと羽化するように、マーシャは美しく成長していた。けれど、自分に向ける笑顔だけは変わらず安心もした。
いまだ燻ぶる気持ちはあるが、私はマーシャと結婚するのだ。そのためにけじめをつけなければならない、そう自然に思った。そのけじめを、マーシャに見られるとは思いもせずに。
うかつだった自覚はある。
婚約者を伴った夜会ですることではなかったと思う。けれど、なぜかその時は、早くけじめを付けなければならない、そう気持ちが焦っていたのだ。
真っ白な顔色をしたマーシャの瞳が私を責める。その視線に耐え切れなくて、目を逸らしてしまった。後ろめたい事だといわんばかりの行動だ。言い訳ができない。
父に叱責され、母には泣かれた。
マーシャの何が不満なんだ、と聞かれ、答えることができなかった。不満に思うことが一つもないからだ。
謝罪の言葉が見つからない。どの顔で会いに行けばいいのだろう。
そう悩んで行動ができない内に、父から婚約解消を迫られた。
それは嫌だ、そう父に答えた瞬間、顔に衝撃が走った。父に殴られたのだ。
我がままだと言われ、情けないと泣かれた。
それでもマーシャと婚約を解消する事は考えられなかった。
そのうち、グレイシス家から「婚約継続の条件」と付けられ、それに一も二もなく頷いた。ただ単純に私は喜んだのだ。マーシャの心の整理がつくのを待つくらい、どうってことはないと。
けれど、そんな簡単な事ではないと、彼女の心の傷がどれだけ深かったのか、私は思い知ることになる。
1年目、マーシャが王立学園に編入し、その年に全ての単位を修得したと聞いた。
2年目、王太子に輿入れしてきた王女の侍女に、マーシャが抜擢される。
3年目、4年目、もうそろそろ結婚適齢期なのだから、と思い、婚姻をグレイシス家に申し込むも断られる。
5年目、6年目、毎年のように婚姻を申し込むが、けんもほろろに断られる。
7年、8年、9年、そして10年目。
マーシャがその気になることがなかったのだ。