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第24話

 私に興味がないのに、よくもまぁ毎年毎年飽きずに我が家に求婚を申し入れるものだ。


「私はずっと、彼は彼女の事があったとして、貴女を想っているのだと思っていました」


 どうしたらそんな誤解ができるのですか。あり得ない事は、この10年間が証明しているのに。口ばかりの求婚など意味はないのですよ。


「ライニール様、私の為に怒ってくれてありがとうございます。なぜアレが婚約解消に同意しないのかは知りませんが、アレの心は私にはありません」


 ラウルの心にはずっと彼女が住んでいる。


「これが例え私への贈り物だとしても、そこに私への意味のある宝石(気持ち)など入っていないのですよ」


 テーブルの上に置かれたままのケースに手を伸ばす。


「それに、私達が今必要としているのは石の意味ではないでしょう。これが紛失した宝飾品であるかもしれないという証拠もしくは可能性です」


 だから、皆してそんな顔しないで下さいよ。


「ね?」


 パカッと開けたそこには、私の誕生石であるアメジストも、ラウルの瞳の色であるエメラルドもなかった。もちろん私の色であるオパールやシトリン、琥珀も。

 ケースの中に鎮座していたのは、途切れた金のチェーンと大きな真珠、そして金の欠片だった。


「これはまた珍しい真珠ですね…」

「また随分と大きいな」


 ライニール様とガスパールが感嘆したように言った。


「…これ、本当にバウワー伯爵令嬢が持ってきたものですか?」

「ええ、間違いなくお預かりした物です」

「そう…」


 確かに感嘆の声が上がる程には、光沢も美しい大ぶりの真珠である。だが、そこにあるのは酷く歪んだ真珠だった。

 真珠には様々な形の物があり、貴族間で使われるのは希少価値の高い真円だ。物によっては涙型や楕円なども好まれるが、これのように酷く歪な形をしたものはまずあり得ない。


「真珠を使っているという意味では紛失した物であるという可能性はあるけれど、まず貴族はこの形の物は使わないですよね」

 

 しかも、このネックレスに使われているのは、この歪な真珠と金のチェーンだけだ。

 宝石の価値は、大きさと美しさに比例するという価値観で、無駄に大きく光沢がある石を使い、ゴテゴテに装飾される宝飾を好む貴族が使うには、かなり貧相なのだ。


「これはアレが購入した物だとは思えないし、バウワー伯爵令嬢が修復を頼む意味も分からないわ」


 貴族の価値観からいえば、このネックレスはゴミ同様の品だ。


「これはこれで味があるんだがな。嬢ちゃん好きだろ、こういうの」

「そうね。真珠としては歪な形ではあるけれど、見方によっては天使の片翼にも見えるし、私は素敵だと思うわ」


 大きい宝石もギラギラしい装飾も、はっきり言って好きではないのだ。

 王妃付き侍女という立場の私が下手に貧相な物を使うと、マイラ様の評価にも関わってくるので、宝石や金属は一級品ではあるが、私が好んで使う物は比較的デザインがシンプルな物が多い。


「真珠の形やデザインから言えばお貴族様が使うような品じゃねぇが、そう悪い物でもねぇ。千切れ方がエグいがチェーンは純金だし、光沢を見れば真珠層は厚い。庶民が簡単に手出しできる品じゃねぇよ」


 一級品ではないが二級品でもないという事。あえて言えば準一級品だろうか。


「千切れ方がエグいとは?」


 言い方が気になったのか、ライニール様はガスパールにその意味を尋ねた。

 

「チェーンの欠片を見てみろよ。輪っかが引っ張られたように歪んでるだろ。これは劣化で切れたんじゃねぇ。力任せに千切ったんだよ」

「…チェーンって力任せに切れるのね…」

「純金は柔らかいので女性の力でも十分可能です。お嬢さんは大衆舞台をご覧になったことは? 貴婦人が演出でやっているのをよく見ます」

「力任せに純金のチェーンを千切る舞台ってどんな内容よ!?」

「貴婦人達の愛憎物語です」


 何を観に行っているの、ニール!?


「愛憎、ですか…」

「女は怖ぇなぁ」


 ポツリとした呟きを吐いた二人が、何か遠い目をしているのは気のせいだろうか。

 

「それと、この宝飾の修復ですがパーツが不足していると伺っていまして、そのパーツはこちらで用意する事になっております」

「そのパーツは何だ?」

「アメジストとシトリンを」

「おぉ、嬢ちゃんの色と誕生石だな」


 一瞬、まさかとは思ったけれど、私はその考えを振り切るように頭を横に振る。


「その組み合わせはよく使われるものよ。特別珍しい事ではないわ」

「ま、そだな。金運上昇に欠かせない組み合わせだしな」

「強ち否定はできません。可能性の一つですから」


 それはそうですが…。


 嫌な予感がして顔を上げると、意味あり気に笑みを浮かべているニールと目が合った。


「所望されたアメジストは紫水晶ではありません。緑水晶、グリーンアメジストでございます」

「え…?」


 思わぬ宝石の名に耳を疑った。アメジストと言えば紫水晶が代表的で、グリーンアメジストは滅多にお目にかかれない大変希少価値の高い物である。


「はぁ!? そんな希少価値の高いもんウチにはねぇ……あっ!!」


 何を思い出したのか、ガスパールは突然大きな声を出して立ち上がる。


「あー、あれか。嬢ちゃん、あれだ、来た。来たぜぇ!!」

「え、何が?」


 要領の得ないガスパールに、何とか落ち着いてもらおうと手を伸ばすと、触れた先から熱気が伝わってきた。


「ちょ、ガスパール、貴方熱が上がっているじゃない」

「んな事、どうでもいいだろうが。それより…」


 伸ばした手を掴まれ、興奮気味にガスパールは言い放った。


「この前来たんだ。グリーンアメジストを売りに来た男がよ!」


 希少価値の高いグリーンアメジストを売りに来た男がいた。それもこんなタイミングで?


「…‥‥それはまた、随分と都合がいいですね」


 私の思考を先回りしたように、ライニール様が片眉を上げて呟いた。




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