第22話
「マーシャ殿。先日報告があった贈答品の紛失の件を覚えていますか?」
「ええ。覚えていますが…」
あれでしょう。ラウルが珍しく私に贈り物をしたらしいけれど、私はそれを知らないというあれ。私に対する個人攻撃ならまだしも、王宮内の不祥事である可能性があったので、調査を進言した件だ。
「調べてみた所、他に贈答品が紛失したという報告はありませんでした」
「そうですか」
つまりは、私への個人攻撃の可能性が高い。ラウルが本当に私に対して贈り物をしていたのなら、王宮外で行方が分からなくなったという事だ。
「例の彼は、その品の行方を追っているようです」
へぇ、どういう風の吹き回しなのだろう。確固たる証拠を持ってこいと叱ったのが効いたのだろうか。私が王弟妃に嫌がらせをしたという噂の件と、アレからの贈り物が無くなった件の接点に気付いたとか。元はと言えば、どちらも私に対しての嫌がらせだ。あの愉快なおつむでは別件だと考えそうなものを、どういう心境の変化なのか。どちらにしても今更感が半端ない。
「あら、アレが動くなんて初めてですね」
「彼が貴女に対して贈ったプレゼントだから、その行方を調べる気になったのでは? 今までの貴方への被害は、彼が関する事ではなかったでしょう?」
「直接、関していなかっただけで原因は彼らですけどね」
王弟妃崇拝者や『悲劇の人』信奉者が勝手に私に対しての嫌がらせをしてきただけで、直接手を下した訳ではないのは確かだ。
今までいくら訴えても人を疑うだけで調べるなんてしなかったくせに、自分が直接関わる事に対しては動くなんて、相変わらず自分勝手な脳みそ。まぁ、これまで私に嫌がらせをしてきた方々にはきちんと罪を償って貰っていますから、今回も例えアレが動かなくても個人的に調べて、それなりの対応をする予定ではあったけれども、どうも癪に障る。
「では何ですか。ライニール様は、その行方の分からなくなった宝飾と、バウワー伯爵令嬢達が持ち込んだ宝飾に関係があると考えているのでしょうか?」
「可能性の一つとしては、です」
調べられ始めた事に気付いた令嬢が、慌ててばれないように対処していると考えれば、一応筋は通る。
「ですが少しお粗末過ぎではないですか。こんなやり方では簡単にばれますし、もし仮にそうだとしたら、もう少し慎重になるのではないでしょうか?」
アレは愉快な脳みその持ち主ではあるが、こんな稚拙な方法で誤魔化しがきくような馬鹿ではない。グラン国近衛騎士団は、馬鹿に隊長を任せる様な愚かな真似はしない。
「まだ学園すら卒業していない子供の考える事だと思えばどうでしょうか」
「子供と言っても、あのご令嬢16歳前後ですよね。その年頃の子はもっと利口ですよ」
まだ一桁台の子供だったら分からないではないが、さすがに侮り過ぎではないだろうか。純粋な子供ではないだけ無駄に悪知恵が働く年齢だ。
「いやぁ、甘やかされた世間知らずのお貴族様だったらいるんじゃね?」
「店でのご令嬢達の行動をとっても、そんなに利口であるとは思えません」
ガスパールとニールまで、有り得る事だと言う。
「周りに肯定され続けて育った子供と言うのは、不思議と『自分は大丈夫』だと根拠のない自信を持っているものです。自分のやる事に間違いはないと」
そして、それは得てして財力のある貴族の子息子女に多く見られる傾向である、とライニール様は続けて言った。
「バウワー伯爵令嬢はそのタイプでは?」
初対面でいきなり、王弟妃の為にマイラ様の時間を空けろと言ってくる位だから、傾向が見られるも何も、根拠のない不思議な自信を持っているのは分かる。
「あくまで可能性の話であり確定ではありません」
「…そうですが」
腑に落ちない所ではあるが、ライニール様の意見には一理ある。
「ガスパール、ニール。私からもお願いするわ。その預かった宝飾品を私達に確認させて貰えるかしら?」
どちらにしても個人的に調べる予定であったし、遅かれ早かれガスパール達には協力して貰うつもりだった。それが只単に今日だったというだけだ。
「ある程度の状況は把握しました。承知いたしました、お持ちしましょう」
宜しいですね、とガスパールに確認をしたニールは応接室を出て行く。
そして数分も経たない内に預かった宝飾を手に戻ってきたニールは、コトンと目の前のテーブルにそれを置いた。
「こちらがお預かりしました宝飾と預かり証でございます」
宝飾の入ったケースと一緒に置かれた預かり証を手に取り確認してみると、そこにはしっかりとバウワー伯爵令嬢のサインがあった。
「隠す気があるなら偽名を使うと思うのですけれど…」
私はポツリと呟いた。堂々と本名を書いている時点で、関わっている可能性は低いと思うのは私だけだろうか。
「あのよ、確認するのは良いとしてもだ。これが嬢ちゃんへのプレゼントなのかは分かんなくねぇか。名前が書いてある訳じゃねぇしよ」
ガスパールは宝飾が入ったケースをコンコンと叩きながら言い出した。
「今ここで断定する必要はありません。怪しくないかを確認するだけで十分ですから」
「んー、ま、そだな。怪しけりゃ裏取ればいいだけだしな」
うんうん、とガスパールは頷いた。
「マーシャ殿。彼はどこで購入したか言っていませんでしたか?」
「えーっと、領地視察の護衛の際とか何とか言ってたような気がします」
王弟妃の領地視察。それは王弟殿下の治めるリーゼンロッテ領の事だろう。大きい港のある交易が盛んな土地で、真珠の名産地でもある。
「では高い確率で真珠は使われているでしょうね」
「真珠か…。そういえば嬢ちゃん、誕生日過ぎたばっかりだろ。アメジストの可能性もあるんじゃねぇ?」
さらっと私の誕生石を言い当てるガスパールに、宝飾店オーナーの名は伊達じゃなかったんだな、と変な感心をする。
「それでしたらシトリンやトパーズ、もしくは琥珀でも考えられますね。マーシャ殿の色ですから」
淡い黄色みを帯びた栗色の髪と瞳ですから、私の色に合わせるとなればインペリアルトパーズやシトリン、たまに琥珀ではある。
でもなぜそんなに宝石に詳しいのですか、ライニール様。
「あの男の瞳の色でエメラルドってのはどうだ。独占欲溢れるチョイスだな」
「止めてちょうだい」
そんな独占欲いらないし、ないから。
「嬢ちゃんの色とエメラルドの連なってる物だったらどうするよ」
「どうもしません」
厭らしい笑みで聞いてくるガスパールに多少の苛立ちを感じつつ言い返す。
全く、多少は良くなったとは言っても体調は万全ではないはずなのに、無駄にテンション高いわね。
「ちょっとガスパール。ふざけてないで真剣に考えてちょうだい」
遊びではないのだ。もう少し真剣な態度が出来ないのだろうか。
「ふざけてねぇよ。あらゆる可能性の話だろ。女に宝石やドレスを送るときにゃ男の本音や下心が垣間見られるもんだろうがよ」
なぁ、とガスパールは同意を求めたが、ライニール様はあいまいな笑みを浮かべるだけ。
否定はしないんだな、と私は内心思うのだった。
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