第16話
お待たせしてごめんなさい!!!!
いやいやいや、いかんでしょう、それは。
貴族街にある宝飾店に比べればお安いかもしれませんが、宝飾というからにはそれなりのお値段がするわけですよ。そりゃライニール様だったら一つや二つポンと買ってしまえるかもしれませんが、買って貰う謂れがないのにおねだりなんてする訳ないでしょう。
え、なに。世の中のお嬢様方は、お付き合いすらしていない男性にお強請りして宝飾という決して安くはない物を買ってもらうのが普通なの? そうなの? もしくはライニール様、そんな女性としかお付き合いしていないとか…。私が言うのもあれですが、それは只の金づるとしか見られていないのではないですかね。
ライニール様が独身なのは、理想が高いのではなくて、女性を見る目がない疑惑発生である。
「……何か妙な事を考えているような顔をしていますが、多分それは違いますからね」
「いや、でも…」
「絶対に違います」
多分から絶対に変わったし、思い当たる事があるのではないかと疑ってしまうのですけど。
「違います」
念を押すように否定されて、納得はしていないけれど頷く。ライニール様の女性関係を聞いてみたかったという好奇心は、目が笑っていない笑みに消えた。
「よろしい。妙な事は考えないように」
「…はい」
ちらり、とライニール様を窺うも取り付く島もない。
今ものすごくダグラス様の気持ちが分かる。口答えは許しませんよ、という圧力がかかって何も言えなくなってしまい、頷く以外選択肢をくれない、あれ。これは勝てないわ、うん。
「マーシャ殿、こちらに」
そう一人納得していると、ライニール様から手を引かれた。
「ライニール様?」
「静かに」
はい、と声に出さずに返事をする。ライニール様が私を背中に隠しながら身を潜ませるように足を止めた。丁度私達が向かっていた宝飾店裏口方向を警戒しているようだ。
「……店の裏口はあちらですか?」
小さい声で聞かれて頷いた。
「怪しい男がいます」
「怪しい男…ですか?」
「ええ、虚ろな目をした大変不気味な男ですね…」
ここは一先ず戻りましょう、とライニール様が言った。
確かに、そんな不気味な男がいるのであれば、わざわざ危険を冒してまで裏口から行く必要はない。ガスパールに会いに行く必要性があるが、バウワー伯爵家の馬車がいなくなるまでどこかで時間をつぶしてから、再度正面から行ってもいいのだろう。お昼までには時間があるのだから。
だがしかし、私はガスパールの店裏口付近に、怪しい男がいるという事に不審を抱いた。ガスパールは裏口にそんな怪しい男をうろつかせるような馬鹿な男ではない。現在は下町顔役としてお天道様に恥じない仕事をしているガスパールであるが、数年前まではスラム街のボスとして君臨していたような奴なのだ。そんな彼が、自分の店周辺の不審人物を許すとは思えない。
私はライニール様の背中越しに、その怪しい男を覗き込んだ。
「あ…っ」
そして、目に入ってきた、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している男の顔を見た瞬間、思いっきり脱力してしまった。
「ごめんなさい、ライニール様」
「マーシャ殿?」
いきなり私からの謝罪にライニール様は驚いている。そりゃそうだ。下町の路地に入った裏道で、怪しい男を見つけたら警戒するよね。しかも、女性連れならなおさらだよね。それはライニール様が騎士だからというより、紳士なら誰でもそうするだろう。
私と言えば、もういま何とも情けない気持ちでいっぱいだった。只でさえ、今日のお使いに付き合って貰っているだけでも申し訳ないのに、更に募る申し訳なさが半端ない。
その怪しい男は死んだ魚のような目をして、何とも覇気のない顔をして煙草を咥え、何もない空間をぼうっと見つめていた。煙草の煙が不気味さを演出していて、気味の悪さが倍増だ。誰がどう見ても怪しい以外の何者でもない。
「…なんでそんな所で黄昏ているの、ガスパール」
ライニール様は、怪しい男が私の紹介したいと思っていた人と同一人物だという事に、さぞ吃驚した事だろう。本当ごめんなさい。こんな予定ではなかったと言い訳してもいいでしょうかね。
私達に気付いたガスパールが顔をこちらに向けた。
「なんでぇ、いちゃついている奴らがいるかと思えば、嬢ちゃんじゃねぇか…」
生気のない声にガスパールの重症具合を知った。これは顔役として支障が出るわ。ミランダさんの心配も納得である。
「綺麗な兄ちゃんじゃねぇか…嬢ちゃんにも春が来たのか…?」
良かったなぁ、と心の籠らないお言葉を貰ってしまった。
「何言ってるの、違うわよ。こちらは私の同僚で、ライニール様です。貴方に紹介したくて連れて来たの。だからしゃんとしてちょうだい」
「おぉ、そうか…」
私の声にフラフラしながらもライニール様に向き直るが、どう見ても生気のない屍のようである。お願いだからしっかりして欲しい。
「アネモネ宝飾店オーナーのガスパールだ。情けねぇ所を見せちまって悪りぃなぁ…」
「ライニール・エイブラムスです。こちらこそ突然お訪ねして申し訳ありません」
「いや、兄さんが謝る事じゃねぇよ。俺がちっとばかし凹んでいてなぁ…まだ立ち直れていねぇだけだ」
「気にしないで下さい。誰しもそんな時はありますから」
ライニール様は、警戒していたのが嘘のように挨拶をしてくれている。ましてや、優しい言葉までかけてあげるなんて、なんて紳士。
そんなライニール様に、兄さんは優しいなぁ、とか言って目を潤ませるガスパール。女の子がすると庇護欲をそそられる仕草だが、強面のガスパールがしてもちっとも可愛くない。むしろ不気味で、私だけではなくライニール様も引き気味だ。
ガスパールをライニール様に紹介したのは失敗だっただろうか。だがしかし、普段はこれでも出来る男なのだ。顔が怖いだけで下町の顔役は務まらない。
「こんな所じゃ何だ。入ってくれ」
そう言って店の裏口を開けて、私達を中に通した。その背中からは哀愁が漂っており、やっぱり失敗だったかもしれない、そう思った。
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