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婚約者に裏切られたので、子爵令嬢から王妃付き侍女にジョブチェンジしてみた  作者: 雉間ちまこ
第2章

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第51話

「キース、いい加減気持ちを切り替えて」


 私は呆れ眼でキースにそう言った。

 目の前にあるのは重厚な扉だ。その先には、特例親善大使一行を歓迎する夜会が開かれているのだ。

 エルの案内で秘密裏に入城した私たちは、テイラー男爵夫人のとてつもない妙技にてドレスアップが完了しており、扉が開くのを今か今かと待っている最中なわけで。


「キースったら!」

「分かっている」


 そう答えるキースの声には覇気が足りない。数時間前の失恋にたかが数時間で立ち直れというのは酷かもしれないが、今はこちらの状況に合わせて欲しい。気持ちは凄く分かるんだけど、女性と勘違いした一目惚れなわけで傷は浅いと思うよ。いや、逆に深いのかもしれないけれども、だ。

 

「無駄に端正な顔しているんだから、また新しい恋を探せばいいじゃないの」


 今から始まる夜会でそれは打って付けではないか。でもそれは、きちんとやるべき事をしてからの話だ。


「もうすぐ名前を呼ばれるわ。ほら、しっかり立って。笑って!」


 この扉が開かれた先は、陰謀渦巻く世界が広がっているのだ。失恋で心あらずでは非常に困る。キースには私を守って貰わなくてはいけないのだ。


「ほら、手を出して」


 無理矢理に腕を取って持ち上げる。


「行くわよ、相棒」


そう言って握りこぶしをキースに向けた。


「……了解、相棒」


 キースは肩を竦め、そして拳をコツンと合わせ笑う。


「ミラー家嫡男キース・ミラー様。グラン国特例親善大使マーシャリィ・グレイシス様、ご入場!!」


 大勢の視線が降り注ぐ中、ホールに続く階段をキースのエスコートで一段ずつ降りていく。

 余裕を持ち微笑みを絶やさず、優雅で華麗に美しく。頭の中で、優雅で華麗に美しさを兼ね備えた女性の姿を思い浮かべながら、なるべく近づけるように沿うように。

 そう。私は今、マーシャリィ・グレイシス史上最高にらしくない姿を演じるため、めちゃくちゃ頑張っているのだ。


「ほぉ?」


 そんな私を見てキースが感嘆の声を出した。何か文句でも? と表情を変えずに視線をやると、周囲からは微笑み合っているように見えたのだろう、ホールがざわめき立つ。


「……ちっ」

「笑顔で舌打ちするな」


 じゃあ舌打ちされるような真似しないでちょうだい、と殺気を込めて笑みを深めると、返ってきたのはキースのわざとらしい満面の笑み。更にざわめきが大きくなってしまって、うんざり! 飛んできた嫉妬の視線に、眉間が歪まないよう表情をコントロールするのが大変だ。

 キースなんてさっきまでしょぼくれていたのに、心配した私が馬鹿だったわ。


「そう苛々するなよ。中々の淑女っぷりなのに勿体ないだろ」

「あら、それはありがとう。でも欲しいのはこんな嫉妬の視線(もの)じゃないの」


 優雅で華麗に美しく、だなんて私の柄じゃない。どちらかと言わなくても、可憐極まりないマイラ様の背後にそっと佇む添え物であるのが私の正しい姿なのだ。それを必死に取り繕い、浴びたくもない注目を集めている理由は只一つ。


「私が欲しいのは、グラン国特例親善大使()の命を狙った()か共の阿呆面よ」


 リオが上手くやってくれたのならば、敵は私が行方不明、もしくは死んだと思っているはずだ。式典で現れたベールを被った人物は偽者だ、とね。それなのに堂々と本物()が夜会に現れたなら、敵は驚き盛大な阿呆面を披露してくれるだろう。そう期待していたのに。


「そんな甘い相手じゃない」

「……その言い方だと誰が黒幕なのか、あらかた予想がついているように聞こえるけれど?」


 意味深にキースを流し見る。けれど彼は微笑みを携えたまま。


「ばーか。悪巧みするような奴らがそんなに単純なわけないだろ。真っ黒な腹の中隠して、友好的な笑顔を振りまいているに決まってる」


 今の俺達のようにな、と言われちゃ何も言えない。全くその通りだからだ。


「むぅ…」


 悪巧みをするくらいなのだから、腹芸の一つくらいお茶の子さいさいだろう。それを忘れていたわけじゃないけど、期待くらいしたっていいじゃないの。


「せっかく頑張っているのに…」


 わざわざ兄のエスコート予定をキースに変えてまで浴びたくもない注目を集めたのに、釣れたのは女性からの嫉妬の視線だけとか本当いらない。


「本当に無駄ね、その顔」

「無駄言うな。俺様は麗しいだろうが」

「フッ」

「鼻で笑うな。有り難く目の保養にしとけ」

「目の保養、ねぇ………フッ」


 確かに目の保養になるかも知れないけれど、中身がこれじゃあ、ねぇ?


「だから鼻で笑うなと言っているだろ。ったく、お前は足癖の悪さといい舌打ちといい、育ちを疑うぞ。何より俺様を軽くに見過ぎだ」

「あら嫌だ。私如きが女王陛下精鋭の騎士様を軽くなんて、そんなまさか!」


 ただ単に、キース相手に猫を被る必要がないと思っているだけなのに、嫌ねぇ、もう。


「麗しいのは、まぁそうね、否定はしないけれどね。でも私って、無駄に顔が良いだけなら耐性あるからねぇ」

「な、んだと…⁉」


 俺様レベルの美形に耐性…っ、と大袈裟に驚き過ぎだ。どこまでもナルシストめ。


「少しは考えてごらんなさい。私は王妃付き侍女なのよ。王族に侍るには容姿も大切だわ」


 私は幼かったマイラ様を支える必要があったので例外である。己に自信を持つというのは悪いことではないけどね、キースのように自分を麗しいなんて口が裂けても言えません。


「筆頭に挙げるとしたらやっぱりライニール様かしら。マイラ様付きの近衛騎士で、キースとは違うタイプの美形よ」


 お色気むんむんキースとは違う、そう言わば正統派美形といえばライニール様だ。

 そんなライニール様と特訓という名の、二人きりのダンス練習やデート擬き、更にやたら甘い口説き文句と流し目微笑、その他色々と良い意味でも悪い意味でも何度心臓が止まると思ったことか。ある意味凶器だと思うの、あの顔面は。

 私じゃなかったら、男性恐怖症克服の為の特訓ということを忘れて、本気で恋に落ちていたんじゃないかしら。ライニール様が口説く真似をする時の冷静な瞳が、私の頭を冷やしてくれたから勘違いせずにすんだけれどね。

『苦手は克服、それは鉄則です』って、キリッって言われた時には確信したわ。この人インテリ気取っているけど、脳筋な人だなって。マイラ様からのご命令があったとしても、ちょっとくらい手加減してくれていいのに容赦がなさ過ぎである。

 でもまぁ、容赦の無いライニール様の特訓のおかげで、男性恐怖症に落ち込む暇すらなかったのは有り難かったかもしれない。

 特例親善大使が男性恐怖症でお役目を全う出来ません、だなんて我が主マイラ様の顔に泥を塗ったも同じだもの。そんなことが許される訳がない。それに、新しい婚姻相手を探すにも男性恐怖症だなんて話にならないものね。


「後は、そうね。ライニール様と同列に語りたくないけれど、私の元婚約者も顔だけは無駄に良かったわ」


 麗しいが似合うと考えれば、どうしても出てきてしまうよね、ラウルのくせに。ライニール様と違って中身は空っぽの屑だけれど、容姿だけはお伽噺に出てくるような王子様みたいだもの。幼き頃の私のハートを一撃に打ち落としたのだから容姿は認める。容姿だけ、は! 昔は優しい性格だと思っていたけれど、今や脳内お花畑に染まりきり、絶対理解不可能な男だ。


「へぇ…」

「あとは、ほら」


 何か言いたげなキースを無視して、私は視線を階下にやった。

 この人を忘れてはいけない。容姿も良くて、頭も良くて、性格も良いと言えば、彼しかいない。


「我が国の外交書記官ノア・レッグタルト様よ。彼も凜とした素敵な方でしょう?」


 階下に視線を向けると、満足げに私を見つめるノア様がいる。視線が合って挨拶がてら笑みを深めると、同じように微笑み返してくれた。ほぉらご覧なさい。なんて素敵な紳士でしょう。


「ふぅん、随分と親しそうだな」

「そう? とても気遣って下さる優しい方なのよ」


 外交書記官として他国に赴くのに、侮られないような容姿というのは結構大切だ。もちろんノア様は容姿だけの人じゃないけれど、凛とした雰囲気を持つノア様に外交官は正に適材適所である。

 あと、麗しいのは男性だけじゃない。


「私の侍女として同行したシエルも、随分と可憐な美少女でしょう?」


 シエルの可愛さは見た目だけじゃあない。ツンツンの中でちょっとした時に見せる恥ずかし気な上目遣いは最高である。でも、キースには教えてあげません。シエルの可愛さを他所の男にわざわざ教えてあげるほど私は優しくない。


「それにほら、妹の私が言うのもあれだけれど、兄のケイトも見目は整っていると言えるわ」


 可愛い()に目がないのが玉に瑕ではあるものの、テイラー男爵夫人の手によって整えられた女装姿は、キースが一目惚れするくらいの威力があったのだ。私の周囲は錚々たるメンバーなのは間違いがない。


「それに、なんと言っても今回の親善大使は私だからね、外交随員は特に見目麗しい人達で構成されているのよ!」


 それはもう力強く言いますとも。キースのお顔が素晴らしく整っているのは認めるけれど、我が国の面々だって負けてなんかいないのだ。国としての体面というのは大切だからね。グラン国初女性特例親善大使という大層な肩書はあれど、実物は地味貧弱代表のような私ですし、周囲だけでも煌びやかにしておこうという政治的思惑があって当然である。


「お前だってそう悪くないだろ?」

「あら、それはありがとう」


 変なところで気遣ってくれるのね。でも結構。別に傷付いているわけではないので、余計な気遣いだ。

 そりゃあね、ラウルに恋していた若かりし頃の私は、彼の隣に相応しい容姿を望んでいたけれど、今の私はそんなもの求めていないのだ。

 儚く美しかった思い出の中の母と瓜二の兄と違って、私が父似なのは誰のせいでもない。どんなに羨んでも、手に入らない美貌を求めるのは面倒臭いし、何より私は自分の容姿を嫌いではない。容姿に恵まれないなりに努力して手に入れた、マイラ様付き筆頭侍女の姿は私の誇りだ。

 でも、そうね。やっぱりこんな煌びやかな場で萎縮してしまったのかもしれない。だってキースが気遣い色の乗った瞳が私の様子を窺っている。


「あら、おかしいわね。私を貧弱な小娘と言ったのは誰だったかしら?」


 小首を傾げて、あえての憎まれ口。キースの「そ、それは悪かったよ」と気まずげな様子に、私は目元だけニヤリと嗤ってやる。そんな変な優しさなんていらないのよ。


「……減らない口な」

「お褒めに与り光栄ですわ、ほほほ」


 私のその表情の意味を正しく受け取ったキースに、態とらしくしとやかに返す。キースから気を遣われるなんて居心地悪いったらありゃしない。

 階下にいる人達は、まさか私達がこんな会話をしているとは思いもしていないだろう。その証拠に嫉妬まみれの視線は一段一段降りる毎に厳しくなっているのだから。

 当然と言うべきか、キースと憎まれ口の応酬をしながらも油断なく階下を見渡すけれど、私達に敵意を向けている気配は一切見当たらなかった。本当、貴族って真っ黒なお腹を隠すのがお上手。

 そして私の望んだものを得られぬまま、終始穏やかな笑みを保った私とキースは無事にホールに降り立った。キースのお褒めの言葉通り、グラン国代表として歴代親善大使を務めた先達と比べても、遜色ない姿を見せることが出来ただろう。とは言っても、簡単に気は抜いていけない。

 これから行われる特例親善大使としての大仕事に密かに気合いを入れ直し、改めて微笑みを浮かべホール内を見渡した。それと同時に、


「クワンダ国が太陽、エスメラルダ女王陛下お成りにございます」


 と、クワンダ国女王のご入場を知らせる声が響き、騒めいていたホール内は静まった。そして女王陛下の姿を認めるなり、一斉に頭を垂れる。


「皆の者、面を上げよ」


 それは決して大きい声ではない。けれど、その声はホールの隅々まで響き渡った。


「今年も我が友グラン国より、英明なる木漏れ日が初々しい風を伴いこの地に舞い降りた。妾、クワンダ国が太陽エスメラルダは、英明なる木漏れ日と新たなる風を心から受け入れ、また歓迎しよう」 


 それは堂々とした、正に女王然としたエルの姿。つい数刻前にローブ姿で私達を迎えにきた時とは随分とギャップの差がある。まぁ私の行方不明がちな猫や仮面とは違い、大きな狸を飼っているエルらしくはある。

 ちなみにエルの言う『英明なる木漏れ日』とは私のことで、『初々しい風』はグラン国から選ばれてきた留学生のことである。英明はともかく木漏れ日と称するには心優しくもないのだが、多少の気恥ずかしさはあれども様式美というものだから気にする必要はない。それより気になるのは、エルをエスコートして来たのだろう背後に佇む見たことのある銀髪の男性だ。


「……クライブ様?」


 エルの後ろに控えているのは廃村で出会った大型犬のような青年クライブ様だ。私をエスコートしているキースの代わりにエルの護衛に当たっていると考えれば、何ら可笑しい光景ではないけれど、いつの間に廃村から帰ってきていたのかと不思議だった。そう思っている私を余所に、 


「我が愛しき子らよ。グラン国から選ばれし初々しき風よ。友好を深め、絆を築き、高め合い、この交友が今まで以上に良きものになるよう心から願っている」


 そう言葉を締めくくった女王陛下が手を掲げ、楽隊が音楽を奏で始める。それは私の大仕事の時間が来たことを知らせていた。


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