happiness
カーテンから漏れる光に目を覚ます。
窓を開けると、まばゆい陽光が部屋に満ちて風がそよぐ。空は晴れ渡っている。
光が写真立てに反射する。今日も清々しい朝だ。
朝食はパンにインスタントコーヒー。
私のために必ず命が犠牲となり、そしてこのご飯となっている。
「いただきます」
感謝を述べ、恭しくいただく。
テレビでは暗いニュースの後、明るい笑顔が振りまかれていた。
駅までの道は、サラリーマンや通学途中の高校生で溢れている。
怒ったように眉をしかめたり、無表情にケータイをいじっている。
いろいろな表情を浮かべ、それぞれの一日を始める。
どうかこの人たちみんなに、幸せが待ち受けていますように。
電車のなかは、隙間もないほど混み合っている。
マンガを読む男性、新聞を広げる初老のサラリーマン、
手帳を見つめるスーツの女性、吊革につかまり眠る若い女の子。
私は流れる景色を眺める。この世界のどこかに彼はいる。
社内で仕事の準備をしていると、朝礼が始まる。
業績はあまり芳しくない。だが経営が傾くほどでもない。
「……みんな懸命に頑張るように」
最後にそう締めくくり、部長は朝礼を終わらせた。
デスクのパソコン、経理ソフトには
ある男性社員の氏名と給与の値が表記されている。
0を1つ加える。桁が増す。0を2つ消す。
もしこれが事実に反映されたなら、この男性は生きていけない。
なにげなく0をでたらめに押す。
もしこれが事実に反映されたなら……幸せになれるだろうか。
昼食を同僚の女性社員と食べに、近場のそば屋に入る。
彼女は目に見えて浮かれていた。
「実はね、デキたのっ」
目を細めて幸福そうに、トーンの上がった声でいう。
しばらくすると彼女も私のもとを去るんだ。
いや、私のもとではなく会社という組織なんだ、と心中で正す。
でも。うん、彼女が幸せならそれでいいと思う。
「よかったね」
私は微笑み返す。彼女は幸福そうに笑う。幸福そうに。
帰り際、部長に声をかけられる。
「これから皆と呑みに行くんだが……君もどうだい?」
ふいに笑ってしまう。
「ありがとうございます。でも邪魔するといけないから」
少し残念そうに部長は「そうか」と呟いただけだった。
ありがとう、部長。こんな私でも誘ってくださって。
帰路につき、スーパーに立ち寄る。
季節にあった旬のものを選ぶ。時節の流れに逆らわないように。
無理に逆らわなければ、失ったり損をすることも少ない。
レジに並び、お金を渡す。
「ありがとうございました、またのご利用お待ちしております」
なにげなく、店員の男性の顔を見る。
「こちらこそ、ありがとう」
男性は目を点にして、私の後ろのおばさんに促されるまで驚いていた。
「ただいま」
少し生活感の薄らいだリビングに明かりが点る。
3年間、質素な暮らしを心がけていたから貯金はそれなりにたまっている。
荷物を置き、寝室のベッドに腰掛ける。
寝室のライトをつけず、私はシャワーを浴びることにした。
頭を乾かしながら、テレビを見る。
時間帯なのかバラエティ番組しか放送していない。
みんなおかしそうに笑っている。楽しそうにはしゃいでいる。
視聴者に笑みを振りまきながら、自分たちも喜んで笑える。幸せそうだ。
リビングの明かりを消し、寝室のライトをつける。
外はもう暗く、この世界が休むときを告げている。
写真立てを手にとる。
私の愛する人。最後に愛した人。
フォトグラファーとして戦地へ赴いたまま、まだ帰らない彼。
いつか帰ってきたときのために、資金はためている。
「帰ったら……結婚しよう」
去るときにいった言葉。彼は嘘をつかない。
私にできることは、待つことと祈ることぐらい。
ふいに感情がこみ上げ、写真立てを置いて慌ててベッドにもぐる。
目を閉じて呼吸を整え、ゆっくり心のなかでつぶやく。
泣くな、私。
泣けば認めてしまうことになる。
誰も信じなくても、私だけは信じなきゃいけないんだから。
雫になりかけたそれを手でこすりつけて拭う。
枕に顔を押しつけ、このまま寝てしまおうと考える。
私の幸せは、帰ってくることはないんだろうか――――