四章 英雄王と侍従長 前半
四章 英雄王と侍従長
武具を預けることになるかと思ったが、そうはならなかった。
良い判断である。竜を伴った、或いは竜に付き従う僕らから武器を取り上げたとて、無意味だからである。竜の脅威からすれば、些細なこと。そんな些末なことで人間たち、というより、竜の勘気を蒙るなんてことになったら、目も当てられない。
ストーフグレフ国より劣るとはいえ、十二分に豪奢な王宮の、窓から空を見上げる。
雨雲が近付いてきている。自然な動作で視線を下ろしながら見澄ますと、警備の騎士たちが僕から視線を逸らす。竜への興味より僕への恐怖が上回ったらしい。なんてことは勿論なくて、いや、本当に、エクが面白おかしく噂を流したからといって、竜より恐れられることがあったら、そろそろ身の振り方を考えなければならなくなるだろう。
僕たちを案内してくれている、或いは監視しているのは、初老の小柄な男性。フフスルラニード国の宰相ーーリズナクト卿の振る舞いは完璧だった。然し、騎士か近衛か、彼らが教えてくれる。彼らの注意は、僕らだけでなく外側にも向けられている。然ても、彼らにとっての敵となるかもしれない存在は、複数いるらしい。
「ミースガルタンシェアリ」である百竜を先頭に、暗竜に扮したベルさん、彼を守るように、若しくは隠すように、左右にナトラ様とラカーーと言いたいところだが、風竜は「もゆもゆ」の寝床を堪能中。
知らぬ存ぜぬは竜の基本。と誰に教えられたのか、以前みーが言っていたが、ぽやんぽやんな風竜は、王様とか王宮とか、そんなものには興味がないようだった。フフスルラニード国の人々が竜に掣肘を加えることなど出来ようはずもなく、百竜が許容、もとい諦めたので、僕の特性ぷらす幸運の白竜で、居回りから金貨を銜えたギザマルを見るような目を向けられている。いや、邪竜のほうが適切だろうか、と考えて、無意味な妄想をラカの風で吹き飛ばす。
見ると、突き当た
りの扉の上に、優れた職人が造ったのだろう、光竜と風竜が絡み合った高浮き彫り(ハイレリーフ)に目を惹かれる。今にも動き出しそうな、とまではいかないが、心が温かくなるくらい、二竜が楽しげに生き生きと遊び回っている。
「ーーーー」
翠緑宮に、竜書庫に、闘技場に。南の竜道に、あとは竜の湖ーーかな。国庫に余裕ができたら竜の国にも、と考えてみるが、そうなると様々な問題が発生する。すでに竜の国は成ったので、コウさんの魔法で細工を施すのは禁止(基本的には)している。であるなら竜の国の職人に依頼する、ということになるのだが、残念ながらそれを担える職人はいなかった。まぁ、これは当然のことで、そのような技術を持った職人なら、疾うに他国に召し抱えられている。実はそれなりの人数、国や大衆に認められなかった職人が、グリングロウ国に売り込みに遣って来たのだが。
あー、何て言うか、彼らの相手は大変だった。コウさん(まほうつかい)たちと同じか、それ以上に厄介だった。当たり前のように援助を求めてくるし、才能が認められないとなると逆恨みをしてくるし、侍従長相手だというのに脅してくる者さえ居た。
国を造ると、こういう厄介事、というか面倒事もあるのだと思い知らされたのだった。芸術分野だけでなく、武器から道具から何から何まで。しばらくしたら落ち着きますので、それまで諦めてください。と相談した職人組合の組合長から、苦笑交じりに言われてしまった。商人は商人で厄介だが、影響力というものを考えなければ、損得で動く彼らのほうがだいぶ増しだった。
控え室で待たされて、建物の構造の所為なのか、外周を回るように歩いて、やっとこ着いたので。有意義かもしれない妄想、或いは雑念をぽいっと捨てて、ラカの風を拝借。
風で満たすと、ーーこれは竜の心地とでも言うのだろうか、自らを偽る必要もなく、遥かな空に放たれる。竜の領域ともまた違った、ある意味、竜の聖地ともーー、
「ゆぅ~~~~っ!」
あ、仕舞った。
扉が開いて、僕たちを歓待する為に席から立ち上がったらしい聖王様が、風に化かされたようなお顔をしていらっしゃる。あ~、何というか、ごめんなさい。炎眼と岩眼を始めとしてーー、ああ、いや、もう、これは開き直るが正解か。やけのやんぱちさんとまんぱちさんが両手に花で、にっこりと笑って正当化してしまう(どうとでもなりやがれ)。
「「「「「…………」」」」」
何ごともなかったかのように百竜が動き出すと、皆僕を無視して部屋に入ってゆく。
「ぴゅ~?」
ラカを抱いているというのに、スナは居ないというのに、心に吹いてくる風が冷たい(ひゃっこい)です。然し、部屋の中へ、光風へと踏み入れると、はたと吹き払われる。光竜と風竜のレリーフ、そのままを溶かし込んだかのような情景。壁面に相応する数十枚の硝子が戯れるように重なり合って、光と風の在り処を複雑にしている。風に揺られて、細工が施された細長い硝子が木々を渡る風のような雅な音色を奏でて、肌と心を擽ってゆく。
快い風に乗って、ふよんふよんな風竜の尻尾も楽しげである。
奥には、単純化されてはいるが、同時に洗練されてもいる、光竜と風竜が二色で描かれた国旗。フフスルラニード国を象徴する部屋と言っていいだろう。
エクが教えてくれた情報の中にあった。「精霊の住み処」と呼ばれる、重要な相手を迎えるときにしか使用されない部屋があると。一周期に一度、市井に公開されていて、聖王の名声を高めるとともに、民の誇りにもなっているらしい。
もうしばらくすると雨の気配を孕んで、この情景も一変するだろう。然し、それはそれで、悪くないような気がする。遊びに遣って来た水竜とともに、三竜が奏で合う光景が見られるかもしれない。
王宮に来てから、これまで、物事が違和感なく纏まっている。良くも悪くも、長く存続している国とはこういうものだと、国の運営に携わっているだけに、多少は羨ましくもあるのだが。然あれば押し隠せない違和感もあって、彼らの有様をどう判断したものやら。
「「ーーーー」」
百竜とナトラ様が竜の傲慢さで、もとい竜の威厳を湛えながら着席していなければ、僕やフラン姉妹、それとユルシャールさんは光風に、精霊に心を奪われていただろう。本物の精霊ではないからか、囚われることなくベルさんが、そしてアランが席に着く。
楕円の卓の奥にレスラン・スフール・フフスルラニード王。四十を超えているそうだが、それよりは若く見える中肉中背の、あと、こう言ったら失礼になるかもしれないが、目立った特徴のない、些か地味な男性。然あれど、聞いていた通りの、賢者というより有能な官吏といった、一目で実力者とわかる雰囲気を漂わせている。
彼の王の向かいに百竜が座るかと思いきや、左側に。ナトラ様は右側に。百竜の隣にエルタス、サン、ギッタと続いて。ナトラ様の隣にベルさん、アラン、ユルシャールさん。聖王の左に、恐らく王妃が。宰相は右に腰掛ける。
「…………」
えー。あ~、いやいや、ラカの風髪の感触を味わっている場合ではなく、速やかなる対処が必要とされているわけだが。フフスルラニード王の向かいの、一行の代表者が座るであろう席が空いているのだが、もしかしなくても僕が座らなければいけないのだろうか。
然らぬ顔の百竜だが、口元がぴくりと動いた。侍従長殺し(してやったり)、ということで、どうやら笑いを堪えているらしい。はぁ、仕方がない、竜に生殺しにされているわけにもいかないので、お腹に手を当てて、聖王に一礼してから、ラカの風の妨げにならない分だけ椅子を引いてから座る。もしかしたら、百竜は「千竜王」としての振る舞いを期待しているのかもしれないが、王様より上とか無理だから、いや、ほんと、勘弁して欲しい。然てこそ侍従長として振る舞ったので、現行の礼儀に適うよう僕から発言する。
「会見の場を設けていただき、感謝いたします」
無礼、と受け取られないぎりぎりの水準での簡素な物言い。一巡り待たされたので、所期の目的を前面に出して、尚且つ三竜はちょっとお冠ですよ、と演出しつつ、聖王の反応を窺ってみる。
「先ずは、余の失態を詫びよう。恥ずかしきことだが、此度の一件で、表に波及はさせなかったが、国情が荒れてな、余自身が駆け回らなくてはならない体たらくであった。四竜の御方、ストーフグレフ国とグリングロウ国の方々に、お力添えをいただかなければならぬというのに、事が事だけに、配下に任せるわけにはいかなかった」
聖王が両目を閉じる。王は、国の代表者である。簡単に頭を下げるわけにはいかない。謝意を示す方法は幾つかあるが、実直な言葉とその行為は、最大限の謝罪と言っていいだろう。ただ、何だろうか、聖王(僕たちが勝手に呼んでいるだけだが)の人物評に違わぬ言行なのだが、違和感がある。心に余裕がないからだろうか、と考えてみるが、周辺国の侵攻を防ぎ切った彼の王の胆力からすれば、それは有り得ないように思える。そうなると、これは……。そこまで警戒されているのだろうか。
どちらにせよ、予定通りに出し渋りはせず、必要な情報をすべて開示する。
「ミースガルタンシェアリ様とともに王城の、魔力の発生源に赴き、確認して参りました。張られた『結界』の内側には、スーラカイアの双子と、熱を失ったーー亡くなられた方が一名、居るようでした。魔力の発生と同時に、翠緑王は世界を安定させる為の魔法を行使しました。フフスルラニード国の被害が王城だけで済んでいるのは、我が王の魔法の然らしめるところです。その結果、翠緑王は魔法を維持するのに注力せざるを得ず、四竜とストーフグレフ国に助力を請い、竜の国から事態の解決の為に遣って参りました。
僕が見たところ、魔力の発生を抑え、問題を取り除くのは容易い、との判断に至りました。ただそれは、フフスルラニード国にとって、良き方策となるとは限らないでしょうから。ーーお互いにとっての最良の解決策が見出せれば、と愚考する次第です」
「……そうか、レフスラは、もうーー」
聖王は、レフスラーー王弟が忠死したのを知るにつけ、苦渋の表情を浮かべる。こちらも、エクから情報を受け取っている。王弟は、上位の魔法使いで、国の発展に寄与していたらしい。時代の趨勢なのか、竜の国、ストーフグレフ国、サーミスール国だけでなく、エタルキアでも魔法使いの興隆の兆しがあったようだ。
聖王と王妃、それと宰相は、複雑な感情を表情に出さないよう努めているようだが。僕が発した言葉に呼応して起こる反応からすると。まぁ、僕がわからなくても、あとでナトラ様とアランに聞けば、だいたいのことは見抜けるだろう。
然らば、「竜々作戦」の開始、かな。竜やアラン以外に気付かれないように、僕はラカに耳語する。風竜が嫌そうな素振りを見せたので、串焼き美味しいよね、と囁いて、甘やかし過ぎるのも良くないかと、働いてもらうことにする。ここのところナトラ様の、何より百竜の視線が、魂に突き刺さるようにぢくぢくと痛かったので、少しでも改善しておかないと、色々と問題が発生してしまうかもしれないので。
ぺりっ。と剥がして、そぉ~と、軽く押してあげる。ゆっくりと回転しながら、ふよふよ~と漂っていくわたわたな風竜を。ゆくりない行為に驚きつつ聖王が受け止めようとして、ひょいっと横から掻っ攫われる。
「ぴゅ~?」「お、おいっ、余が……」「何か、仰いましたか?」「……いいや、何でもない。我が国にとって、光竜と風竜は特別ゆえ……」「ふふ、ラカールラカ様~っ」
どうやら聖王は王妃に頭が上がらないようだ。王の威厳も形無しである。
然あれど、意外だった。冷たい印象のあった王妃だが、ラカを抱き締めた瞬間、母親の顔になる。聖王より少しばかり若そうな、鋭い面差しの女性が綻ぶと、不思議なもので雰囲気ががらりと変わる。この二人は、もしかしたら王と王妃の身代わりではないかと疑っていたが、この遣り取りを見る限り、可能性は低くなりそうではあるがーー。
聖王と宰相の様子を窺ってみるが、自然な振る舞いで、先のように演技している風ではない。そのまま会見の終了まで抱いていたそうな王妃だったが、そこはさすがに弁えているようで、最後にぎゅ~としたあと、渋々聖王に差し出す。風のように軽い、というか、風そのままのような風竜の心地に、聖王と順番待ちの宰相の、顔の対比が面白いことになっている。然ても、風竜効果は絶大だが、残念ながらこちらの思惑に沿った形にはならないようだ。僕に任せてしまっているのか、アランは発言する気はないようである。竜と、そしてスーラカイアの双子が居るというのに、はぁ、実りのない、いや、収穫は先延ばしのようである。困ったことに、先ずは果樹園に立ち入る許可から求めなければいけないらしい。などと会見の失敗を予感していると、名残惜しそうに宰相がラカを手放していた。
「もゆもゆ」の寝床が待ち切れないのか、手足をばたばたさせている風竜。そこで速度を上げないのがラカらしい。風が吹いてくる前から、軟風を絡めとって引き寄せてーー、
がしっ。
竜の関所ーー竜関にぶつかったようで、自由なる翼を?(も)がれた風が束縛されてしまう。
「然しも無し。この温風は、偶には欲求以外で動いてみよ」「百竜に同感です。竜の威厳とか尊厳とか矜持とか、そういうものは諦めたです。竜にも角にも、本能だけで生きていないで、頭を使って、何かしてみるです」「りえっ、りえっ、りえっ!」「…………」
これはどうしたものか、判断が難しい。感情的には今すぐ手足がおたおたばたばたわたわた(あふれまくりゅー)な風の可愛さ無限大のラカを抱き締めたいところだが、理性が囁いてくる、これは竜の最後通牒ではないかと。本能のままに、風に構い過ぎて、炎はぼうぼう、岩はかっちかちになってしまったのだろうか。いや、ちょっと待て、緩み過ぎだ、僕の頭。魂を打擲しろ。恐らくこれは、人生の転機となるかもしれない重要な決断にーー。
たしっ。
転っ、といつもと違った強風のような真剣な顔をしたラカが振り返って、お尻がふりふり。ふりふりふりりん、ふりりんりん、と謎舞踊の開始である。
「ふ~りゅ~ふりゅふりゅふりゅっふりゅ~~っ! ふ~りゅ~ふりゅふりゅふりゅっふりゅ~~っ!」
天の国から風が吹いてきた。楽園へと至る道は風竜が指し示して……げふんっげふんっ。くぅっ、大丈夫だ、今なら引き返せる、まだ間に合う、手遅れとかそんなことはないから、看取した違和感に意識を向けるんだ! そう、魂も蕩けるようなラカの謎舞踊だが、風が乱れているというか、風が漏れているというか、何かが欠けているような物足りなさを感じるのだが。思い至った瞬間、竜の啓示が齎される。
「ふりゅりゅっふりゅりゅっふりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅっ! ふりゅりゅっふりゅりゅっ……」「それは、風竜らの踊りだな」「剽窃、ではなく、盗用です? 頭を使ってやることが他竜の真似というのはどうかと思うです」
然かし。足りないような気がしたのは、複数の風竜で踊るものだったからか。って、たくさんの風竜や風竜とかがふりゅふりゅな風竜舞踊で……ごぷんっ。こ、これは不味い……、僕の妄想の限界を突破してしまったようだ。くっ、こうなったら愛娘をたくさん呼び寄せて、氷竜で風竜を緩和しなければならない! いやいや、そうじゃないっ、それは引き返せない人間失格への苦悶を携えた最後の階梯ーー。
「びゃ~~っっ?」
……これは、初めて見るかもしれない。どうやらラカは本気で怒っているようだ。百竜に向かって息吹を吐いた。ああ、それと、お見苦しい点が多々あったかと思いますが、どうかどうか、記憶からの抹消を、それが出来兼ねる際は、見て見ぬ振りをして下さいませ。
「こら、止めぬか風ぇふっ、ごふっ、ごふっ、くっ!」
ラカの風に吹かれて、咳き込み始める百竜。
「びゃ~~っっ?」
息継ぎをせず、次はナトラ様に向かって息吹を吐くが、当然予測していた地竜は「結界」で防ぐも、
「ラカールラぁぐふっ、がふっ!」
百竜に続いて、ナトラ様まで咳をし始める。
「ナトラ様。『結界』を解いてください」
風竜の息吹が途絶えたあとも繰り返し咳をしている地竜に献策すると、ちらと見たナトラ様の眼差しの先でアランが小さく頷いたので、「結界」が解法される。すると忽ち回復して咳が止まる。出来れば説明はアランにして欲しかったのだが、そういうわけにもいかず。皆の視線が僕に集まっているのに、
ぽっひょんっ。
そんな状況でも風竜を優先させてしまう、竜を裏切れない僕をどうか許してください。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆぅ~~っっ?」
他竜の真似でも何でも、自分から動いてくれたラカに、感謝の風を、どごんっ、と浸透させる。座っているので、ゆんゆんぐにぐに出来ない所為なのか、代替でこれでもかというくらい肩口でぽふぽふな風竜。僕を含めて、皆何かを諦めたような雰囲気が醸成されたので、問題はなくなったような気がするので、このまま説明してしまおう。
「ラカ様がミースガルタンシェアリ様に息吹を吐いたとき、咳の原因となったものを、ナトラ様の周囲に展開しておいたのでしょう。『結界』を張ったことで、ラカ様の魔力が途絶え、漂うことになったかと」
策士、というより、本能というか直感的というか、ぽやんぽやんでそんな風には見えないが、さすが最強の三竜の一角である。
「そこな迷風が『最強の三竜』に相応する理由の一つが、干渉力と言えよう。見ように、大気の組成を操るなどという、風竜戯たことをしよる。あの氷も同様、主よ、覚えておろう、あの氷柱がユミファナトラ大河を凍らせよう様を」「はい。『氷雪の理』のことなら勿論。ん、そうなると、他の氷竜には『氷竜絶佳』はできないのでしょうか?」「そうさな。大河の上流まで凍らせるなぞ、竜の力を越えておる。恐らく風と同じで、深く干渉しておるのだろう。氷は自覚しようが風は緩い。是非もない、風には主が仕込め(しつけよ)」
百竜とナトラ様は咳で済んでいたが、たぶん人間には耐えられないものなんだろう。僕が頼んだら、きっとラカは、王都に幾種類もの息吹を吐いてくれるはず。いや、串焼きの親父さんがいるから遣らないのかもしれないが、重要なのはそこではない。
わかってはいたことだが、僕はもう引き返せないところまで踏み入れている。竜とはそういう生き物で、僕はもう手放すことなんて出来ない。それでも迷ってしまうのは、僕の弱さなのだろうか。人として、失ってはならないものなのかもしれない。竜を識ることで、人としての何かが薄れるというようなことがあるのだろうか。
ーーふぅ、これ以上は危うい。今はその時機ではないと、思惟の湖から這い上がる。
「ひゅ~」
ラカのやわこい風が精霊の住み処を遊び回っている。諸竜の根源、と言ったら、ちょっと違いそうだが、もうどうせだから、行くところまで行ってしまおう。
ぺりっ。ぽひょん。
「ナトラ様。ラカ様を暫し、お願いします」「り~え~っ」「ほら、ラカールラカ、大人しくするです」「二竜とも、一応ですが、『電撃』の魔法の準備をお願いします」「『電撃』、です?」「なお、放すのあ。なっとー、放すのあ」「誰が、なっとー、です」「びゃっ?」
なっとー、という愛称が気に入らなかったようで、束縛から抜け出そうとするラカの後頭部に「竜のずどん」が直撃。容赦のない一撃だったが、ラカは風を纏っていたようで、大きな損傷はないようだ。
然のみやは、椅子を動かし、百竜と相対するに、包み込むよう両手を開けて、
「ミースガルタンシェアリ様。こちらへ」
竜の心地で、笑顔と、心づから感謝を差し出づ。
抵抗の素振りすらなく、立ち上がって僕の許に。体が勝手に動いてしまったことに動揺している百竜を安心させようと、ふわりと抱き締める。境目は失われて、魔力が重なったかのような希薄な隙間に。
「……、ーーっゅ」
ラカの風を取り込むように、百竜の炎を、熱を感じて、炎竜に返すと、行き場を求めて魂に焼べられた想い(ほのお)が弛緩する。為すがままのような、炎竜の体が炎で色付いたので、その熱が零れないように、耳元で優しく囁く。
「百竜。ーーいいよ」「ーー、……っ? なっ、なに、何がいいと言うのだっ、ぬぅ、主よ?」「え? 何って、それは勿論、血を吸ってもいいよ、ってことなんだけど」「あぅ……ぬぅぐ、か、斯様なこと……」
あれ、何か誤解させるような言い方をしてしまっただろうか。以前、みーは僕の血を美味しそうに吸っていたようなので、百竜にも、と思ったのだけど。「浄化」済みとはいえ、僕のげろげ~ろなげろげろろ~を体内に吸収されるのはちょっとあれだが、血ならまぁ、許容範囲なので、僕らの為に労を執ってくれた百竜に、報いようとしたのだが。
「えっと、要らないのなら、ラカ様かナトラ様に……」「要らぬなどとは言うておらん。主がどうしてもというのだから、それに応えぬでは竜の風上に置けぬであろう」
居心地が悪いのか、何やらもぞもぞと落ち着かない百竜は、躊躇うように二度、前後に揺れると、首筋の爆ぜたかのような感触。伝わってくるのに、失われているという感じはしない。移っている、与えている、拡がっているーー喜びに、いや、幸せに繋がるような柔らかな、がしっ、ぎゅう~、ぢゅるっぢゅるっ、
「……ん?」
ん? あれ? 何で百竜は「半竜化」して、って、いやいや、牙は痛いのでそんなぐいぐいと、うわっ、百竜の竜眼があのときのみーと同じ、いや、それ以上の妖しさを湛えてーー。うぐっ、これは不味い! 備えておいてもらったナトラ様に懇願というか切願する。
「ナトラ様! 手加減も竜加減も要りませんっ、全力でお願いします!」「簡単に呑まれて、まったく、堪え性がない炎竜です」「びゅ~」「っ! 皆さんっ、目を閉じて、耳を塞いで、口を開けてください!」「一応、『結界』は張りますが、そうするです」
がっしりと僕を捕まえて、ぢゅるぢゅるな百竜に手を当てると、先の意趣返しだろうか、地竜に確保されている風竜も一緒になって「電撃」を、ぴっしゃーん。
いや、実際には大気を引き裂くような音だったんだろうけど、魔法が効かない僕には、光も音もちょびっとしか知覚できませんでした。って、うわっ!
……ぢゅるっぢゅるっぢゅるっぢゅるっ。
硬直して牙が抜けたが、百竜の竜眼の、狂気の色が薄れることはなく、再び血を吸われ始める。魔鏡で魔力を見極めたのか、余裕のない声音でナトラ様が命令する。
「雷の魔法が使える者は、全力で放つです! ラカールラカっ、『もゆもゆ』の寝床を『ゆもゆも』にしたくなければ、魔力を振り絞るです!」「っ? ほのっ、打っ飛ばう!」「くぅううっ、百竜様の一大事だというのに、雷の魔法が使えない私はどうすれば? 如何にすれば?」「雷の魔法は、ちょっとぴりぴりだから、使いたくないんだけど」「それは魔法をちゃんと制御できてないからだ。とか何とか、おーさまから言われちゃったけど。とギッタが言ってます」「まぁまぁ、そう言わずに、皆で力を合わせましょう」
即座に立ち上がったユルシャールさんが促すと、渋々立ち上がるフラン姉妹。変魔さん、もとい魔法使いは、すれ違いざまにベルさんの肩に触れる。察した暗竜は、すぐに輪に加わる。精霊魔法の使い手であるベルさんは、僕が居る所為で魔法が使えないようだが、暗竜であるなら、雷の魔法が使えないのは不自然。魔法に関することだけに、その閃きと実行力はさすがの一言である。これはもう、変魔さんと呼んだら失礼に、いやさ、恩知らずになってしまう。と、皆の準備が整ったところで、やっとこ椅子から離れた双子に、がっちん、と岩が砕ける(りゅうのしっぽがふられる)ような音がーー、
「がーっ! 疾く、せぬかぁーっ! ……です」
一瞬で「半竜化」したナトラ様が竜声を張り上げると、大理石か、或いはもっと高級な床を粉砕して、「土槍」が二人の真下から伸びて。串焼き、もとい串刺しも辞さない雰囲気の地竜は、槍の先端を姉妹の股の、ぎりぎりのところで止める。
「ぎょわっ、今すぐかっちかちっ、かっちかちです!」「じょわっ、今すぐがっちがちっ、がっちがちです! とギッタが言ってます」「かっちかちのっ、がっちがちです!」
ぶるっと震えて、血の気まで引いたらしいフラン姉妹は、半泣きで走ってくる。
うぐぅっ、あの「土槍」が自分に突き刺さる光景を想見して、体の中を冷たい風が吹き抜ける。魔法が効かない僕でさえこうなのだから、いや、あの「土槍」は魔法ではなく、地竜としての能力かもしれない。って、今はそんなことを考えている場合じゃないっ!
「そら、魔法が一番下手な双子はさっさと放つです。皆はそれに合わせて叩き込むです」「事実っぽいけど~、竜はいつでもっ」「泣いてなんていないけど~、見ていますっ! とギッ……」「放つです!」
びっしゃーん。
「ぎゃんっ?」
ふらふらと後退していった百竜は、椅子に当たって体勢を崩すが、笠木に手を掛けて転倒を免れる。支えようとしたエルタスは、属性を解放してしまっていた炎竜に触れてしまい、絶賛治癒魔法中。
「ぅ、主が悪い。……主が美味すぎるのが悪いのだ」
「うん、僕が全面的に悪かったから、落ち着いて、ね?」
いや、その言い方だと誤解を生じるような気がするのですが。竜饅を食べるのを我慢しているみーのような、むずむずなお顔で言われて、僕が抗えようはずもなく、百竜をあやす、ではなく、宥めようとすると、っ痛ぅ!
「そんなに美味しいです?」「ぴゅ~?」
防御に優れた地竜だけに、他者の痛みに鈍感なのだろうか、傷口を人差し指でぐっと押したナトラ様は、両手の人差し指をくっ付けると、片方を自分の口に、もう片方をラカの口に突っ込んだ。
「っ? ……これは、確かに、やばいです」「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~っ!」「ラカールラカ、暴れるなです」「びゃっ!」
串焼きを初めて食べたときと同じく、きらんきらんに風眼を輝かせるラカに、「半竜化」を解いたナトラ様が「電撃」をお見舞いする。その間に血を拭き取って、軟膏を塗って、まだ完全には諦めてないっぽいラカの意思(しょくよく?)を挫く。あー、百竜もナトラ様も、そんな残念そうな顔をしないでください。もしかして、竜にとって僕は御馳走なのだろうか。「千竜王」が内に在る所為だとは思うが、食べられないように警戒ーーと考えて、すぐさま改める。竜へのご褒美として僕の血が有効なら、それは喜ばしいことではないだろうか。
まぁ、そこら辺のことを惟るのは後である。今は、「竜々作戦」の、竜も食べないどっちらけになってしまった状況を収拾しなくてはならない(いないいないりゅう)。
「フフスルラニード国から、僕らに何か要求はありますでしょうか?」
彼らが変心するかもしれないと、一縷の望みを掛けてみるも。
「翠緑王にまで、負担を強いていたようで。無論、フフスルラニード国の総力を挙げて、皆様方の期待に応える所存。手筈を整えますので、明日、詳細について協議しましょう」
聖王は柔和な笑顔を浮かべて、胸に手を遣って、真摯に応えるのだった。
「う~ん。駄目だったかぁ」「ふむ。こればかりは仕方があるまい」
アランが同じてくれたので、ちょっとだけ慰められる。
言葉より先に手が、もとい足が出る双子。僕に損傷を与えるには、どうするのが効果的なのか学んでしまったようだ。関節付近を狙われないよう、あまり痛くない場所を蹴られたときに、痛がる演技をする。
「魔法の人も、呪術師の人も、わかってないんだから説明!」「竜の人も、エルフの人も、たぶんわかってないんだから解説! とギッタが言ってます」
見回すと、双子の言葉に、あえて反駁する者はいないようだ。王宮から辞して、宿へと戻る途上、そろそろいいだろうと、ナトラ様にお願いする。
「外部に漏れないよう魔法の追加をお願いします。あとは、食べながらということで、ベルモットスタイナー殿でも問題ないお店はありますか?」
「エルフ」は草食、という言葉はちょっと違いそうだが、竜や人間と異なって、食べられるものに制限があるようなので、彼に振ってみる。
「それならば、山菜を扱う店がある。『エルフ』の調理法とは異なるが、素材の味を大切にする中々の店だ。案内しよう」
気負いのない声で言うと、ベルさんは僕たちの先頭に立って歩く。それはこれまでなかったことだし、歩みも以前より軽くなっているようだ。マギさんへの訪問を提案した後から、彼の積極性が増したのは、僕たちにとってもありがたいことである。彼の力、というだけでなく、一行の良好な雰囲気という意味でも悪くない。こういったことは軽視されがちだが、意外に重要なのである。反目どころか協力的でない人間がいるだけで、集団はぎすぎすしてしまう。実際に里で、様々な状況での対処を学ぶ際に、思い知らされた。
人は精神の均衡を、自分で思っているより簡単に崩してしまう。それを回避する手段は、どうしてそうなるのか、ということを知っておくこと。単純なようで、これは大きな効果を発揮する。
ーー親友二人を牢屋に閉じ込めました。さて、どうなるでしょう。
里で最初に出された問題だった。答えは、殺し合いを始める。何を言っているのか、と最初は思ったが、なぜそうなるのかを知ると、酷く納得できるとともに、知らないということの危うさを理解できるようになぁぎっぅ!
「ぃぎっ」
……油断した。思惟の湖に潜り過ぎたようだ。ミニスさんと別れてから、「千竜王」との接し方を模索していたのだが、潜ったのは久し振りなので、齟齬が生じたようだ。
これまで双子は片足ずつしか攻撃してこなかったが、狙っていたのだろう、二人で左足を左右から挟むように蹴ってきた。う~ん、これはそろそろ駄目かな。
「サン、ギッタ。次からは、痛そうなときは避けるから、蹴り損ないに気を付けてね」
これまではなるべく避けないようにしていたけど、この時期に余計な怪我を負うのは得策ではないので、僕の特性に頼らなければいけないようだ。
「ふぐっ」「ふぎっ。とギッタが言ってまっ!」
蹴られる前に、すいっと方向転換すると、二人は空振りして、均衡を崩して、ナトラ様とアランに支えられる。
「ふむ。本当の攻撃は、ここからだ。リシェは最良の相手だ。存分に学ぶと良い」
「魔力を纏うことを手段とするなら、鍛錬にも、もう少し工夫が必要です」
あれ? 一人と一竜は、止めてくれたりはしないのでしょうか。フラン姉妹を応援しているように聞こえるのですが。などと疑問を抱いている内に、到着したようだ。
「十名だ」「ようこそ。はい、では、右奥の『山彦』へどうぞ」
小ぢんまりとしているが、雰囲気のいい店である。見ると、他に「山吹」と「山処」、それ以外に四つの卓があって、今は三つ音と半分と飯時の前なので、お客さんは僕たち以外にはいないようだ。思ったより大きな音がして振り返ると、雨粒が日々の不満を表明するかのようにばちばちと地面を叩いていた。
「肉を中心に食べられる方は、こちらに。ラカ、匂いが奥にいかないようにお願いね」
「ひゅ~。風はいつでも吹いてるのあ」
ベルさんは匂い、いや、この場合は、臭いか、それも駄目なようなので、窓を少しだけ開けてから、一番近い席に着く。勿論、ラカの希望である。食事のときは、風竜は僕の膝の上に座るので、自然こうなってしまうわけだが。因みに、フラン姉妹の場合は、二人に挟まれるのが好きなようである。きっと、そのほうが良い風が吹くのだろう。
「こちらをどうぞ、ご賞味ください。『竜の落とし物』と呼ばれている、珍しい実です」「よろしいのですか?」「はい。山から頂いたもので、必要以上に儲けてはならないと。なぜでしょう、そうしないと山に嫌われてしまうような、そんな気がしてしまうのです。ですので、主にお子様にお出ししています」
初老の店主が、「人化」と「隠蔽」で子供の姿になっている三竜の前に、小皿を置く。「落とし物」が返却されたので、百竜とナトラ様は困ったような擽ったそうな笑みを零す。ラカはどうだろう、と見てみると、甘いものも大好きな風竜は興味津々で、僕に風をぶつけて催促してくる。
然てまた小皿の上の、三つの実の一つを摘まんで、ラカのお口に。皆はもう見慣れてしまったので、ときどき百竜が殺意を向けてくる以外の問題は発生していない。
「ほう。これは悪うない。素朴だが、優しい、自然な甘さだ」
「です。これを落とした竜に感謝するです」
百竜の言葉に頷いたナトラ様は、アランの前に小皿を移動させる。それを見て、百竜はフラン姉妹の前に小皿を。最後の一個を口に入れようと、あ~ん、と口を開けていたラカが僕を見てきたので。風竜の心遣いを受け取って、実を半分齧ってから、待ち切れずに風を吸い込んでしまっている口の前に持っていくと、しゅぽっと消えて、もきゅもきゅもきゅもきゅ(たいへんきにいられたようです)。顔を上げると、視線で僕を殺しにかかってくる百竜。う~む、どうも炎竜が燃え上がる(ぷんぷんな)要素が掴めない。この頃、コウさん並みに厄介になってしまった炎竜をどうしたものかと思うが、たぶん、これも、僕の接し方が悪かった所為なんだろうなぁ、と反省しようにも、対処法がわからないのでは二進も三進も行かず。
「魔力を享けていたので知ってはいましたが、いつの間にやら大陸に砂糖が十分に供給されているです。具体的には、何があったです?」
そんな僕を見兼ねたのか、竜の尻尾を出してくれるナトラ様。
「今は当たり前になっていますが、砂糖が安価になって庶民の口にまで届くようになったのは、つい最近、二十周期くらい前のことです。魔法使いが精糖技術を発明して、それまで見向きもされなかった植物から砂糖を作ることに成功しました。西方、ヴァレイスナ連峰の西側に位置する、コープパスラという国の宰相がそれに目を付けます。
コープパスラ国は、貧しい国でした。背後にヴァレイスナ連峰、目立った産業もなく、民の大半が自給自足に近い生活を送っていました。そんな国情ですので、普通に砂糖を作って売ったのでは、良くて周辺国からの横槍、下手をすれば他国の侵攻を誘発してしまいます。そこで宰相は、大陸に十分な供給を行える体制を整えたあと、周辺国に輸送や販売などの協力を求めました。さて、宰相が何を企図してこのような手法を採ったのか、わかる人はいますか?」
全部説明してしまうのも何なので、主にフラン姉妹の為の勉強になるかと、設問してみる。アランとナトラ様を一瞥して、誰も答えられなかったときはお願いします、と託する。アランは、こういう遣り取りを楽しんでいるようで、僕も一緒に楽しめればいいのだけど、残念ながらそんな余裕はない。襤褸を出さないようにするので精一杯である。
「むむっ、周辺国を抱き込もうとした?」「ややっ、時間稼ぎのような気がしないでもないけど? とギッタが言ってます」「う~ん、この場合はどうなるのでしょう? 普通に考えるなら、周辺国に知らせず秘密裏に運んだほうが良いような気はしますが」
ユルシャールさんは、双子が意見を出し易いようにする為だろう、理解できない側の人間として発言する。ベルさんは、やはり政の類は泣き所らしく、覚束ないようだ。魔法と呪術一辺倒のエルタスは興味自体ないようである。
「姉妹の、時間稼ぎ、という読みは、良いところを突いているです。あとは、砂糖が出回ることで何が起きるのかを考えるです。十分な供給量、というところが重要です」「むぐっ、むぐっ」「うぐっ、うぐっ。とギッタが言ってます」
料理が運ばれてきたが、手を付けず、頑張って知恵を絞る二人の女の子。頭が左右に同時に振られて、面白い、というか、和んでしまう。そういう意味で、一行にフラン姉妹を入れたのは正解だった。二人が居なかったら、僕とアランが中心になり過ぎたら、ここまでの明るい雰囲気は醸成できなかったはず。
「ぷしゅ~」「ぷぎゅ~。とギッタが言ってま~」
限界まで頭を酷使したようだが、まだ二人には難しかったようだ。
「ふむ。ここで重要なことは二つある。一つは、十分な供給を行った為に、砂糖の価格が安価になったことだ。双子が言ったように、時間稼ぎを行った。周辺国がお互いを警戒、牽制してコープパスラ国に手が出せずにいる間に、大陸に行き渡らせ、それを成さしめた」「んん? それはわかりますが、周辺国は、それだけで諦めるのでしょうか。コープパスラ国を制圧してしまえば、砂糖の供給を絞って、価格を彼らが決めることが、莫大な利益を生み出せるーーような気がしますが?」「ユルシャールの言い分は正しい。宰相が策を練った上で動いていなければ、コープパスラ国が砂糖を商うことは出来なかっただろう。ここで二つ目。それまで砂糖は高級品で、貴族ですら十分に入手することは敵わなかった。それが大陸に行き渡った。それがどういうことかというと、人々は砂糖の甘さ、魅力を知り、それを安価で手に入れられるということを知ったということだ」「わかったーっ!」「わかかったーっ! とギッタが言ってます」「もし周辺国が砂糖の国を狙っても、砂糖の魔力に取り付かれた大陸の人たちは許さなーい!」「高く売ることが出来ないなら、砂糖の国を狙っても意味がなーい! とギッタが言ってます」
正解である。コープパスラ国は、必要以上の利益を求めないことで、大陸の国々、人々から承認を得たのである。これを覆そうとすれば、当然利よりも害のほうが大きくなる。
「そういうことですね。コープパスラ国は貧しかった。砂糖を売っても、貧しくなくなっただけで、裕福にはなりませんでした。ですが、彼らは、それで十分だったのです。二十周期経った今も、彼らは宰相の言い付けを守り、ある意味、砂糖を武器に、或いは盾に、国を守り続けています」
然ればこそ、アランが僕をじっと見てくる。彼が何処まで知っているのかわからない以上、すべてを吐き出さなければいけないようだ。内心でも溜め息を吐かないよう、心を竜にしてさっさかと続きを話すことにする。
「ここからが裏の話です。一応、秘密ということで、口外しないようお願いします。魔法使いが発明して、宰相はこれを活用しました。この説明は、間違ってはいませんが、正しくもありません。宰相は、魔法使いを雇い、彼らに研究させたのです。そう、最初の段階から、宰相は係わっていたのです。
実はこの宰相、コープパスラ国の人々から、甘宰相、若しくは甘味王と呼ばれています。皆さんは、甘いものをたくさん、長期間摂取し続けると病気になる、ということを知っているでしょうか? 治療法も確立されていないらしく、宰相は病で亡くなってしまいました。とはいえ、彼はこのとき、六十を超えていたので、大好きな甘味を食べ続けて天の国へ行ったのは、きっと本望だったでしょう。ーーさて、皆さんは、甘味王のように、甘いものを食べ過ぎて病気になった方の話を聞いたことがありますか?」
顔を見合わせて、皆の視線が竜の魂である百竜に向くが、どうやら知っているようだ、炎竜が軽く首を振ったので、双子に尋ねることにする。
「サンとギッタは、一巡り前、ラカと食べ歩きをしましたよね。そのとき、甘いものもたくさん食べたと思いますが、どうなりましたか?」「うっ、思い出したー」「ぶっ、甘いものが甘くなくなったー。とギッタが言ってます」「ひゅー。わえは問題なー」「通常の糖分でも、摂取し過ぎれば、同じような状態になります」「リシェ殿が、通常、という言葉を使ったということは、現在出回っている砂糖は、通常のものではないです?」「はい。ナトラ様の仰る通り、大陸に供給されている砂糖は、粗悪品です」「をっ。まさか毒を食べていた?」「のっ。まさかまさかの毒を食べさせられていた?」「そこは安心していいです。粗悪、というのは、主に味のことで、精糖の仕方の違いによって、通常よりも少ない量で味覚がおかしくなってしまうのです」「ああ、そういうことですか。甘味王は、大陸の人々が病気にならないように、あえて粗悪な砂糖を作ったと」「ふむ。だが、それだけではないだろう」
ユルシャールさんの言葉に、心付いたアランが甘味王の真意を仄めかす。然てしも有らず、王様の信頼が重たいので、僕一人ではお手上げ、ということで、もう一人の王様を引き合いに出すことにする。
「翠緑王は、時間が空いたときに、正確には、執務や魔法の研究が行き詰まったときの気晴らしなどに、お菓子を作ります。そのお菓子は、竜の民に配られ、『王様のお菓子』はとても美味しいと、フィア様の評判を高めることになりました。ですが、翠緑王は料理が得意というわけではありません。フィア様が得意なのは、狩猟採集です。内の王様は、きっと、というか、確実に、魔法を使っています。そうです、『王様のお菓子』が美味しいのは、食材が優れているからなのです。
ああ見えて、翠緑王は色々と隠し事をしているので、『王様のお菓子』を入手して、スナに渡しました。翌日、スナはこう言いました。『魔法の粉』と。皆さん、すでに予想が付いたと思いますが、その通りです、それは甘宰相が作った、というか、作らせた、最高級品の砂糖だったのです。先に言ったように、甘味王は、甘味を食べ過ぎて病気になりましたーーなることが出来ました。病気になるまで食べ続けることが出来たのは、『魔法の粉』で作ったものを食べていたからです。
ここからは推量を交えて話します。甘味王は、『魔法の粉』の精糖技術を独占しました。技術を公開する、或いは、『魔法の粉』を販売すれば、病気になる者が増える。それ故に技術に纏わる一切のことを秘匿する。とそんな風に説明して、彼は周囲の者たちを納得させたのだと思います。ですが、彼自身は『魔法の粉』を使い続けました。食べ続けました。
ーー自分しか『魔法の粉』を使える者はいない。自分しか、この至福の甘さを味わえる者はいない。あんな不味い、粗悪なものしか使えない、食べられない者たちは何と不幸なのだろう! ああっ、不味いものを食べて喜んでいる者を見ながら食べる甘味の美味しさといったら、正に至高! 天の国にも昇る心地だ!」
甘味王を演じると、居回りの冷たい風に吹かれて、ラカがふら~ふら~と僕の膝の上で左右に揺れる。ーーん? いや、ラカが揺れたのは、僕が干渉したからのようだ。ととっ、そうだった、今は結論を出さなくては。ただの残念な人になってしまう。
「さて、何故このように考えたかというと。現在、コープパスラ国は砂糖を売って、上手くいっています。ですが、未来もそうだとは限りません。いずれ、粗悪品ではない、安価な砂糖が出回ってもおかしくありません。ですが、恐らく甘味王は、その際の対策を施していきませんでした。出来ることを、しませんでした。これら全体を俯瞰すると、国というより個人の思惑によって動いているように見えます。彼は自分の欲を満たせればそれで良かったのだと思います。
竜にも角にも、砂糖が出回って、それぞれの国で特色のあるお菓子が作られていきました。もしかしたら、みー様は、そんな世界の甘み成分を感じ取って、生じてきたのかもしれません」
ううっ、何だか上手く纏められなかったので、みーを出汁に有耶無耶にしてしまおう。然のみやはフフスルラニード国のことである。一巡りで慣れたが、ラカのお口と僕の口に、皆の倍、手を動かして山の幸に舌鼓を打つ。ベルさんの一押しだけあって、皆の食が進む。腹半分を越えて、まったりとしたところで話し始める。
「魔力の発生源、竜の国の現況など、少しだけ嘘を混ぜましたが、こちらからはすべて差し出しました。それに対しての、フフスルラニード国の反応ですが、どう思いましたか?」
サンとギッタに視線を向けて質す。彼女たちが答える流れが出来上がっているので、これを利用しない手はない。って、いやいや、利用というか、都合がいいというか……ごふんっ。うん、これは双子の為にもなることなので、何も問題はない、はず。
「おーさまなのに、素直に謝って、せいおーいい奴ぽかった?」「全面的に協力してくれるみたいだし、せいおーいい奴ぽいぽい? とギッタが言ってます」
多少の疑問は抱いたようだが、概ねフフスルラニード国側の思惑に乗ってしまったようだ。ユルシャールさんを目線で促す。序でにエルタスにも振るが、こちらは望み薄だろう。
「はは、私はアラン様の後ろでずっと見てきましたからね。フフスルラニード王の振る舞いが上辺だけということはわかります。ただ、それが何を意図してのものかは私にはわかり兼ねますが」「何か、あいつは弟に似ていた。内心では、随分と不満を溜め込んでいるようだ。侍従長とは違った方向で、自らを偽っているようだった」
百竜がじっと見てくれたお陰で、呪術師が所見を述べる。百竜に背くことはないだろうから、彼の本心からの言葉なのだろう。後半の言葉は、僕にちょっと(おおいに)ぐさっと刺さったけど、聖王の人物評としては傾聴に値する意見だった。
「表向きは、僕たちに協力的でした。ですが、皆さんが感じたように、こちらがすべてを差し出したのとは裏腹に、出し渋りをされてしまいました。これまで何度か話しましたが、僕たちの目的は、この事態を解決ーー場合によっては世界を救うことですが、それはフフスルラニード国の命運に優先されることはありません。然し、彼らはそれでは困る。事態の解決だけでなく、自国も一緒に救ってもらわなければならない」
ここで一旦切って、皆に浸透するのを待つ。ラカのお口に二回運んでから、問題点を詳らかにしてゆく。
「そこで先ず、皆さんに伺います。王城の魔力の発生源であるスーラカイアの双子は、誰が産んだのでしょうか?」
竜とアラン以外の顔に、驚きと、その半分くらいの困惑が塗り重ねられる。
「むむむむっ、誰って、王妃じゃない?」「ぬぬぬぬっ、まさかっ、せいおーが産んだ? とギッタが言ってます」「ななななっ、それなら、あたしたちもカレン様の子供を産めるかも?」「そそそそっ、翠緑王に頼めば、何とかなるかも? とギッタが言ってます」
思いっ切り関係ない方向へ話を持っていかれそうになったので、もう少し話を膨らませようと思っていたのだが、仕方がなくナトラ様に尋ねる(まえにすすめてしまう)。
「ナトラ様。如何でしたか?」「人種の生態にそこまで詳しくないのではっきりとはわからないです。ただ、産んだ可能性と、産んでいない可能性があったとしてーー」
ナトラ様は、右手で何かを持ち上げるような仕草をして、次いで左手も同様に。そして、上下に何度か揺らしてから、左手をすっと上げた。
「どちらかを選べと言われたら、産んでいないほうを推すです」「はい。ありがとうございます。そこで、ベルモットスタイナー殿に伺います。聖王ーーレスラン・スフール・フフスルラニード王をどう御覧になりましたか?」「我は政治には疎い。それ故、戦士として語ろう。あの王を、脅威であるとはまったく感じなかった。二十周期ーー人種にとっては長いだろう期間、平和であったというなら、覇気を失っても仕方がないのかもしれんが、あの王と轡を並べたいとは思わんな。正直話に聞いていた王とは、別人なのではないかと勘繰ってしまいたくなる」
聖王は必要なことを何も語らなかった。それ故、僕らはたった一つの事柄で、これだけ惑わされる、振り回されることになる。困ったことに、それが、それこそが彼らの望み、というか、策なのである。僕は、ベルさんに頷いてから、無為に、というほどでもなかったが、東域に遣って来てからの期間に言及する。
「一巡り。それだけの時間が経ってから、やっとこ会見となりました。もうここに、聖王の言葉をそのまま信じる方はいないでしょう。穿った見方をすれば、王妃が子供を産んでいないことがばれないようにする為の期間だったのかもしれません。王妃は、政略結婚でフフスルラニード国、聖王と契りました。第一、第二王子を出産したことで、役目を果たしたとして、これ以後、王妃は自侭に過ごすようになったとか。優秀な二人の王子が居るので、フフスルラニード国の民は、王妃が身籠もったことに興味は薄かったようです。王妃も表に出て来なかったので、一部の者以外に、真実を知る術はありません。
ただ、それらは、面倒になることはあるかもしれませんが、基本的には僕たちと関係のないことです。一巡り、空けたこと。それによって齎されるかもしれない、僕たちにも危険が及ぶことになるかもしれないことに、目を向ける必要があります」
肝要に触れる為に、竜以外は皆発言したので、最後にアランに求める。
「周辺国。就中〝サイカ〟、カイナス三兄弟の動向。私たちを利用する為に、敢えて引き延ばした可能性がある。事態を解決して、あっさり帰られては、彼らにとって不都合があったのやもしれん」「そういうことですね。ある意味、僕らは、善意、を期待されています。それ以外でも、彼らが語らず、今僕らが炙り出した問題に対して、口を挟まない、係わらないことを、確約するよう求めているのでしょう。実際、僕らは振り回されているのですから、聖王は有能な人物かもしれませんが、僕たちからすると、あまりうまくない(・・・・・)ように思えてしまいます」「ふむ。侍従長の噂に惑わされ、リシェの見定めに失敗したか。或いは、そうせざるを得ないくらい、深刻な事情でもあるのか。リシェがフフスルラニード国側の反応を確かめる為に状況を説明した際、幾許か得ることが出来た」
アランは、自分より明敏に捉えたであろう魔鏡の所有者に委ねる。ここ一巡りで、王様と地竜の仲は進展したらしい、ナトラ様は、岩のように硬い信頼を証明するかのように、自然と後を引き継ぐ。
「最も不自然だったのは、スーラカイアの双子に言及したときです。王と王妃の関心は薄く、自分の子供に向けるものだとは思えなかったです。特に王妃。自分の腹を痛めて産んだとは思えないくらい、素っ気ない感じだったです。弟の死に関しても、違和感があったです。悼んでいるのは確かでしたが、三者それぞれに、魔力の乱れーー感情の縺れのようなものがあったです。あとは、アランとリシェ殿の言う通り、この一件をあっさり解決できる、と言ったときの困惑と、協力を申し出た際の安堵は、少し、あからさま過ぎるようにも感じるです」
分析のし甲斐がなかったのだろうか、竜の眼鏡に適わなかった彼らに対して、駄目出し、もとい推測を口にする。然ても、今はこれくらいでいいだろうか。一日空いたので、夜にでも、進展することがあれば伝えることとしよう。
「僕たちとしては、フフスルラニード国を救うに吝かではありませんが、贅沢を言うなら、気分良く救わせて欲しいところです。とはいえ、聖王ーーかもしれない人物がそうしないことには、何かしらあるのでしょうから、必要な対策は講じておきましょう」
話を締め括ると、料理を口にする間もなく、百竜が聞いてくる。
「主は、今日は如何にするのだ?」「リシェ殿と一緒に出掛けたいのなら、素直に言ったほうが有効です」「……差し出口竜。すっかり懐きよう其方と……」「僕はこれから、エクと会ってきます。僕がそうすることをわかっているエクは、身を隠す、というか、僕に見付からないようにするだろうから、みー様が言っていた、最終竜車としてラカに連れていってもらおうと思っています。あと、エクへの警告ですね。『竜患い』であるエクは、この世界が壊れてしまっては楽しめないので、その点では心配ないので、彼に助力を請いました。ですが、それ以外では、まったくエクは信用が置けません。いえ、信用なんて言葉、ギザマルが食い散らかしてしまったので、存在すらしていません。彼なら、この機会に乗じて、フフスルラニード国を滅ぼすくらいのことは普通にします。今回は皆が居てくれるので、エクを使うことにしましたが、それでも野放しには出来ないので、竜とーーラカと一緒に会ってきます。というわけだけど、百竜も一緒に行く?」「…………」
王宮では請求されなかったが、店に損害を出したら面倒なことになるので、ナトラ様が「土槍」を使ってしまうかもしれない状況の回避に努める。のだが、百竜が部屋を燃やし兼ねないような、点火寸前なので、誰に助けを求めたものか悩んでいると。
「ほのはりえと一緒に行きたー。わえはふあことふあふあでもいー」
風は読んでも空気は読まないラカの言葉で、フラン姉妹が風竜を取りに来ようとするも、炎竜の属性に阻まれて、一時撤退。
「ナトラ様とストーフグレフ王も、散策がてら情報収集に向かうのだろう。我は宿で待機している故、百竜様とエルタス殿も出掛けられるが良いだろう」「っ?」
これまで行動を共にし、「隠蔽」を行使してくれたエルタスに対する、ベルさんなりの恩返しなのだろうか。珍しく上手い遣り様だが、たぶん偶然なんだろう。
情報収集は必要。別れてそれを行う。ーーここで我を通せば我が儘になる。然も、ラカは譲ってもいいと言っている。風竜のように自由に振る舞えない炎竜が、良識を優先させるのは炎竜を見るより明らかだった。
「良い。エルタスよ、今日は我とともに情報収集に当たろうぞ」「ーーっ?」
卒倒するのではないかと心配してしまうくらい歓喜に打ち震えている呪術師と、とぼとぼと席に戻る姉妹。んー、双子にラカを預けたいところだが、エクを見つけ出すには風竜の優れた感覚が必要となる。そうなると、一緒に行動してもらうことになるが、毒とか塵とか呼んでいる僕と、ラカが居るとはいえ、四人で行動することは無理なようだ。これが、カレンだったら大丈夫なのだろうが、彼女と違ってラカは僕に反発しないし、姉妹に懐いてはいるが僕を差し置いて双子に味方するというわけでもないので、そこら辺の違いなのだろう。すると、地竜班では出番がない(やくたたずな)ユルシャールさんが申し出る。
「御二人が望まれるのであれば、私が魔法の指導をしてもよろしいのですが。構いませんか、アラン様?」「ふむ。適材適所か。ならば、サンとギッタに頼む。今日はユルシャールと一緒に遊んでやってくれ」「おーさまが言うなら、聞いてあげないこともない」「おーさまのお願いなら、仕方がないような気がしないでもないでもない。とギッタが言ってます」「…………」
沈黙したユルシャールさんが僕を睨む。あー、まぁ、そうですね。嘗てのアランはこのような物言いはしなかった。良いのか悪いのか、僕から学んで、或いは薫陶とか悪影響とかを受けてしまったようだ。王様の先行きが心配になってしまうが、これは僕がどうこう出来るものでもない。腹心であるユルシャールさんの奮闘に期待するとしよう。
店主が、最後の品となる甘味を運んできたので、指針はこれで決定したのであった。
ラカはすやんすやんである。ラカが居たので、五つ音過ぎまで降っていた雨に困らされることはなかったのだけど。まさかこんなことになるとは思っていなかった。
「エク。みーつけた」
かくれ竜、という遊びの、竜を見付けた感じで言ってみたが、ある意味、敗北宣言であった。警備隊長のベレンさんを尋ねると、悪友は普通にそこに居た。
「この時間になれば、エクは飽きて隠れるのを止めるだろうと思ったけど、正解だったようだね。……はぁ」「ひゃひゃっ、成長したじゃねぇか、リシェ。里を下った頃なら、それもわからず、俺を見付けらんなかっただろうに」「まぁね。この時間になるまで、僕だけじゃ見付けられないのはわかっていたから、ラカの風を、竜の魔力をもっと上手く扱える、捉えられるようになる鍛錬をしていたよ。それにしても、凄いね、エク。竜の中で、最も感覚が鋭いとされているラカの鼻から逃げ果せるなんて」
そう、慮外なことに、ラカはエクを見付けられなかったのである。然あれど、まぁ、これには理由がある。これは、僕が悪かったともいえるのだが。くっ、二度同じ言葉を使ってしまった。表面上は取り繕えても、内心では動揺しているということか。
「エクが兄さんと里長には逆らわない、或いは手を出さないのは、エクを見付けられたからなのかな?」「ま、そういうこったな。リシェはもう予想が付いてるみてぇだから明かしちまうが、俺は三種類の魔力を纏うことが出来る。子供ん頃それに気付いて、魔力的に別人に成り済ませるくれぇには磨きを掛けたってわけだ」
エクは三種類と言ったが、当然額面通りには受け取らない。エクは嘘吐きである。というか、嘘でできたような人間である。さすがに三種類ならラカがここまで惑わされることはなかっただろう。それと、兄さんや里長の感覚が、ラカより優れているというわけではない。もう察しは付いているのか、エクが不愉快にも、にやにやしている理由である。
「失敗した。ラカは、出来ないと、見付けられないとわかったら、早々に諦めてしまった。兄さんや里長なら、これらのことに楽しみを見出して、試行錯誤を行ったんだろうけど、残念ながら風竜は興味がなかったようで、ぽいっ、と風下に投げ捨ててしまった。無理やりやらせるのは僕の本意じゃないから、後々のことも考えて、『もゆもゆ』を堪能してもらうことにした」「ひゃひゃひゃひゃっ、リシェ、気付いてねぇのか? 俺は二人には勝てなかった。けど、竜に関してなら、リシェはあの二人に勝ってるんだぞ。俺が自分の才能に見切りを付けるまで挑み続けて、一度も勝てなかった相手にだ。あ~、も~、嫉妬でリシェをもっと苛めたくなってくるじゃねぇか」
得手不得手がはっきりとしている、能力にばらつきがある僕は、「竜患い」でなければ〝サイカ〟に至っていたかもしれない資質を備えているエクに総合的にはーー今は敵わない。エクは、先を目指して、歩いて行くことを止めて、楽しむことを選んだ。僕は兄さんを追って、魔法使いと歩くことを決めて、竜の国を造って、そして、竜と在ることを選んだ、いや、望んだ。もしかしたらエクは、未だ歩みを止めない僕を羨んでーーはいないようだ。彼の屈託のない笑みには、裏はあるのだろうが、陰は見られない。
「竜の寝顔」より「竜のお尻」が勝ったのか、安眠中の風竜に悪戯をしようとするので、悪い風が紛れ込まないようラカの風を使ってエクを阻む。
「で、どうなの?」
エクは天の邪竜なので、彼の興味から外れると、ちゃんと答えてくれないので、曖昧な聞き方をする。兵舎の前にいるのだが、ベレンさんの姿はない。僕が来るのを見越して、遠ざけたのかもしれない。
「んー、そーさなぁ。今わかってぇことでも確実とは言えねぇし、時間制限もあるし、今はフフスルラニード国の事情に深く係わんねぇで、真っ直ぐ突き進みゃーいーんじゃねぇか。こっちはこっちで、ベレンの旦那が動けるくれぇには、やってやんさ」
良かった。と言ってはいけないのかもしれないが、フフスルラニード国の秘密、或いは暗部は、エクが楽しめるくらいのものではあるらしい。彼がそちらに傾倒してくれれば、僕たちに降り掛かる災難が減って助かるのだが。然に非ず、彼を雇った手前、なるべくフフスルラニード国にも災い(エク)が中らない(たのしみすぎない)よう頑張ってはみるつもりである。
七つ音の鐘が鳴り始める。竜の国と違って山が遮ることがないので、少しだけ日が沈むのが遅い。
もう警告は発した。竜が僕に味方してくれることを、兄さんにも里長にも出来なかったことを、見せ付けた。あとは、これがエクの楽しみに繋がらず、脅しとなってくれればいいのだが。楽観など出来ようはずもなく、隠しても意味はないので、「竜患い」の目の前で、どでっかい溜め息を吐く。
竜にも角にも、始末だけはきちんと付けなさい。そうすれば、三周期以内に、笑いながら死ぬことにはならないだろう。エクが〝サイカ〟の里のことを持ち出したからだろうか、師範の忠告を思い出した。はぁ、まさかエクの心配をする日が来ようとは。そんな無意味なことをするなんて、里を下った頃の僕が知ったら、余りのことにカレンと一緒に左の道へ行って(とおまわりして)しまっただろう。因みに、心を磨り減らすくらいの説得を行った結果、何とか右の道から下ることに成功したのだった。重くなった心に、癒やしが欲しくなったので、ラカを撫で撫で、ふよふよと風髪の先っぽの純白が目と心に囁くと、風竜の生まれ変わりのような少女の姿が。不思議なことに鮮明に、記憶の中の、彼女の眼差しが風を孕んで、ラカの風に馴染むように僕の魂を穿つ。
「サナリリスのことを思い出した。彼女は、カレンに似て、不器用そうだったから。たぶん僕のことも言ってしまったんだろうなぁ」「そーいや、カレンも最初は浮いてたっけなぁ。あの嬢ちゃんにも、リシェみてぇな奴がいりゃ少しは丸くなんだろ」「ラカが人の世界に早く馴染んでくれるように、お使いでも頼んでみようかな。風竜なら一っ飛びだろうし、五十番のエクと違って、サナリリスの順位は結構良さそうだし」「ぐほっ……」
未だ心の傷はぢくぢくと痛んでいるらしい、エクが苦しんでいる間に革袋を取り出す。紐を解いて、竜の雫を五個、エクに差し出す。
「結構使ったから、半分くらいになったかな」
「竜の国の為、世界の為だからな、きっちり使い切ってやるよ」
これまで竜の国の為に、延いては竜の為に、住み良くなればと惜しみなく使ってきた。無くなったら、たぶんスナは補充してくれるだろう。でも、さすがに頼り過ぎのような気が。古竜からすれば、寝床にごろごろ転がっている無用なものなのだろうが、う~む、価値観を共有できないというのは、何だか悩ましいことである。とスナのひゃっこいな笑顔で心を冷やして(あたためて)いると、珍しくエクが真剣な顔をしていた。
「ーーーー」
竜の雫を受け取った姿勢のまま、ーーこれは、魔力を練っているのだろうか? 魔力を纏っているわけではない。然し、魔力を感じる。
最近、漸くわかってきた。コウさんの魔法が切っ掛けだった。魔力が僕の内側に入り込むような、成分だけを失うような感覚、というか、感触。魔力がないのではなく、失い続けている。嘗て聞いた、コウさんの言葉が指針となる。百竜は、自覚することが重要だと教示してくれた。そこに「千竜王」を絡めるかどうかは、後日の課題として。
「くぉあ~~っ、駄ぅ目だぁ~!」
まぁ、態となんだろうけど、通りすがりの兵士たちの視線が痛いので、奇声を発するのは止めて欲しい。残念そうなのは本当のようで、がっくりと項垂れている。
「で、何やってたの?」「竜の魔力を、偽装できねぇかなってやってみたけどよ、ん~、何が違うんだかな、無~理~だ~~」「ーー偽装?」
魔力を偽装する。他人の魔力を真似て、感知されないようにする。竜の魔力は無理だったようだが、人でそれが適うなら、偽装できる数は三種類どころではない。まったく、自分からばらすような真似をするなんて、一度ならず何度でも、竜に踏み潰されてしまえばいいのに。
「ラカのお尻を撫でていたのは、嫌がらせることで魔力を多く引き出そうとしていたってわけ……」「いんや、そっちはただの趣味だ」「……あっそう」
まぁ、今考えるべき事は他にある。エクは、自分の魔力操作を、能力を明かすようなことを僕の前で行った。エクという人間を知っているが故に、その意図に心当たり(・・・・)はある。だが、その前に、それこそ彼の言うように「偽装」を見破らなくてはならない。
他者の魔力に偽装する。それは、言うほど簡単なことだろうか。自らの魔力の質や量を操作する。そんな面倒そうなことを、そう、あのエクが、そんな面倒なことをこつこつと鍛錬している姿なんて、想見することは難しい、というか、したくない。
あ、ととっ、そう、なのかな? 魔力の状態の心象を行っていると、ふとコウさんの肩の感触が。記憶が刺激されたのか「軟結界」が思い浮かんだ。ガラン・クンを包み込んだ、そうだ、包み込んだということは、魔力はコウさんのもので、内部の魔力を遮断することも出来るということだ。となるとーー、
「ーーエクは、他者の魔力を使って、或いは吸い取って、なのかな、纏うことで偽装、自分の魔力を感知されないようにしている、のかな?」「ひゃひゃっ、大~正~解~~っ」
エクは破顔するが、彼の遙か先に、兄さんの幻影が滲んだ。物事に終着点などない。あるのかもしれないが、そこに至ることが出来ない者は、勝手に自分で決めてしまう。
エクは僕を試したのだろうか。兄さんのように、僕を正そうと、引き上げようとしたのだろうか。どちらも違う、そんなものは、エクのすることではない。そう考えた瞬間、エクという人間を枠に閉じ込めたことに、怒りに似た衝動が湧いた。自身の愚かさに、体が熱くなる。ふぅ、ラカの風で包み込んで、背中の炎竜にはお暇してもらう。
ーーいや、逆なのか。思い至ると同時に、「心当たり」と符合する。エクなら、手段と目的が逆になったとしても、何らおかしなことではない。
「はぁ。エクにとって、僕の成長は、というか、僕が成長する様を見るのは、楽しみの一つなんだね。序でに言うと、失敗するのも見ていて楽しい。つまり、エクは僕を、ーー気に入ってるんだ(・・・・・・・・)」
最後、どう形容するか迷ったが、思い付いてみれば、いみじくもぴったりと嵌まる。コウさんがそうであったように、エクにとっても、魔力がない僕は、興味の対象だったのだろう。こちらも魔法使いと同じく、「竜患い」は僕の知らない、気付かないところで色々やっていたのだろう。僕の特性、或いは性格も含めて、なのだが、何だろう、それだけでは足りない気がする。ーー刹那、何かが僕を奏でるが、手を伸ばそうと思う間もなく、解けて散り散りに。大切なもののはずなのに、喪失感がないのは何故なのか。
「ひゃひゃひゃひゃっ、リシェらしいなぁ、そこまでわかったってーのに、最後がわからねぇなんて」「色んなものを台無しにする為に、教えてくれたっていいんだよ?」「ま、それも面白そーだけど、自覚無くやらかしてるリシェを見るほーが何倍も楽しそうだかんな。アルンさんの邪魔もしたくねぇし、このまま楽しませてもらうさ」
兄さんの邪魔、という言葉を聞いて閃く。このままエクを楽しませるだけでは癪に障る。僕が楽しむのは無理でも、兄さんなら楽しめるはず。炎氷のような荒んだ情念を捏ね繰り回していると、
「それより、ほれっ、やってみな」
僕の顔を目掛けて、エクが指で何かを弾いたので、反射的に掴み取ると、魔力の感触でわかる、スナの竜玉だった。
「やる? ってことは、スナの、竜の雫の魔力をエクのように、纏う?」
「さぁなぁ。そこは任せる。が、まぁ、見てみてぇから、一つだけ、示唆を呉れてやろう。どうせリシェのことだから、魔力を吸い取る、とか緩い、温いこと考えてんだろ。奪え、ってのは無理そーだから、食えっ! 食っちまえっ! ばりばりぼりぼりぢゅるぢゅるぺろんぺろんっ! 氷な愛娘とやらの魔力を食い散らかしてやれっ?」
熱血師範の真似までして煽ってくるのだから、乗せられてやってもいいだろう。エクに見透かされているようで気分は悪いが、彼の言っていることは事実だったので、興味が無いかと言えば嘘になる。然てこそ、心象を固めて、ゆっくりと魔力を吸う(くう)とーー。
「すぅ~」「ひゅ~?」「ん? え?」「びゅ~っ?」「うわっ、ラカっ、大丈夫?」「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~っ?」「って、な?」「ぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ~~っっ?」「っ?」「ぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅ~~っっ、……ひふっ」
目を覚ましたラカがわたわたで、ばたばたなラカがもゆもゆしていたので、ぎゅっと風竜したけど吃驚さんは僕だったので……げぷんっげぷんっ、やばいっ、これはやばいっ、過去最高水準でやばやばばー(スナとひゃくりゅうがなかよしだ)。いや、待てっ、竜にも角にも尻尾にも鱗にも、ふりゅふりゅなラカと一緒に竜の宴にご招待……ごぷんっ。
「……何やってんだ、お前ら。ってぇ言いてぇところだが。ほんと、何やったんだよ、お前ら」「「…………」」
あ~、いや、何かが不味かった、何かがやばかった、何があったのか把握するので、いや、そんなことが出来るのかどうかわからないが、竜にも角にも、時間が欲しい。
「ぴゅ~。りえに食われあ。意地悪なりえ、だえ」
だえ、というのは、駄目、なのかな? ラカにここまで強く言われたのは初めてである。「りえ、おいたは、めっ、なお。反省するのあ」「はい。風竜の風に誓って反省いたします。お詫びとして風をお受け取り下さい」「ゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっ!」「もう一風、お負けにどうぞ」「ゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっ!」「……おい、舌の根も乾かぬ(かぜがふきやまぬ)うちに、風竜様はぽやんぽやんだぞ」
アランとナトラ様が絆を深めたように、一巡りで僕とラカの仲も進展していたということで。駄目なほうに向かって深まったような気がするが、竜も振り返らない、ってことで。
「風竜賛歌」作戦で有りっ丈の風でラカを奏でてみたが、僕の反省の気持ちは、風竜に届いたようである。……いや、ごめんなさい。反省はちゃんとしますので、どうか許してくださいませ。あとは、食われた、等の発言をしないよう口止めしておかないと、百竜との仲が終末舞踊に突入ということになり兼ねないので。
「ん?」
と、これは? 握り締めた手の、指先がおかしな感覚を伝えてきたので開いてみると。
「……灰?」「魔力を根刮ぎ、ーー食ったのか?」「魔力、すっからかー」
最後が、ん、だと母音の場合と同じになるのか。って、今は竜玉の成れの果てのことである。エクが差し出してくれた紙に灰らしき残骸を静かに移して、そっと包む。
「ナトラ様に分析をお願いしよう。って、何で僕から離れているのかな?」
きっかりと五歩、風が届き難い距離まで、エクは後退する。
「いやいや、さすがにそこは自覚しろ。あの風竜様が怒るくらい魔力を食っちまったんだぞ。人間なんて一瞬ですっからかんになっちまうかもしれねぇだろーが!」「今、紙を渡す為に僕に近付いた癖に、何言ってんだ」「まじか! まじだ? 無意識の内に善意を引き出されるたぁ、なんてこった! くっそー、覚えてやがれっ! お前の風竜~ぽやんぽや~ん!」「びゅ~っ!」
あれ? ラカが怒った? う~ん、ラカがそれくらいで怒るとは思えないし、何が風竜の逆鱗に触れたのだろう。あ、エクが吹き飛ばされたけど、まぁいいか。
ラカを宥めながら、夕闇に紛れるように宿へと帰るのだった。
昨日、聞いていなかったことを思い出したので。ただ歩いているだけなのも何なので、こちらが優位に立っている、ということを示す為に、雑談に興ずることにしよう。
「サンとギッタは、昨日、魔法の習得はできたのかな?」「習得はしてたけどー」「もっと上手く使えるようになりたかっただけー。とギッタが言ってます」「……その魔法を私が使えなかったので、魔力の効率的な運用方法を指導することになったのですが」「ゆるゆるは役に立ったかもしれないけどー」「街中で魔法は試せないから、ゆるゆるへの感謝はお預けー。とギッタは言ってます」
役職ではなく、一応、名前で呼んでいるということは、コウさんや老師と違って、ユルシャールさんの指導は優しいものだったのだろう。力不足を嘆いている体のユルシャールさんだが、カレン以外の、他人への感謝を示すのが苦手な双子に鑑みるに、有意義なものとなったらしい。恐らくコウさんから教えてもらったという魔法の向上を図ったのだろうが、口止めされているであろう魔法使いから聞き出すのは無理そうだ。
百竜とエルタスは、何もなかったらしい。それでも炎竜に付き従うことが叶った呪術師は、無上の喜び様で、昼寝中の風竜のような顔になっていた。
そして王様地竜はというと(そこのけそこのけちりゅうがとおる)。悪徳商人の野望を打ち壊してきたらしい。一族の秘宝を抵当に入れたところを嵩にかかって、販路を独占しようと謀略を巡らせたそうだが、禁制品を扱っていることを王様と地竜は突き止めて、適切に対処したらしい。何だろう、アランはこういった騒動に巻き込まれる体質というか星回りなのだろうか。
「リズナクト卿。光竜様はいらっしゃらないのですか?」
「は? あ…、はい……、光竜と風竜は、建国に貢献した兄弟に付けられていた二つ名で、二人への感謝を表したのがフフスルラニードの国旗だと伝わっています」
話し掛けられるとは思っていなかったのか、僕の借問に狼狽えたものの、即座に立て直して、反撃、というほどではないが、要望、或いは切望してくる。
「光竜様と風竜様は、この国にとって象徴となっております。もし、フフスルラニード国に、ラカールラカ様が留まって頂けるなら、王様十人分の待遇をお約束いたします」
ぺりっ。ぽひょんっ。
「『けんけん』」
百竜がやや乱暴に、ラカをリズナクト卿にくっ付けると、今回は(・・・)寝床の順位付けを行う、少しおねむな風竜。どうやらちょっとだけ悪い順位だったようだ。
「五十一番です。ラカールラカが憤らない内に、『もゆもゆ』に返すのが賢明です」「そうでございますか。残念でございます。拙宅に招いて、孫に自慢しようかと、食べ切れないほどの串焼きを用意して歓待させて頂こうと思っておりましたが、本当に、残念でございます」「ぴゅっ?」「はは、ラカが行きたいのなら、止めないよ」「東域中のお菓子も用意してお待ちしております」「ひゅ~?」「ほれ、この欲深風の住み処が決まったようだ。主よ、放り出すが良い(しゅくふくしてやれ)」「はは、ラカが住みたいのなら、勿論、止めるよ」「ぴゃ~っ!」
職務に忠実な方かと思いきや、意外にお茶目な宰相であったらしい。「精霊の住み処」まで風竜の心地を楽しむと、僕に、ぽっひょん。嘗て、指揮官として支城を死守して重傷を負い、伯爵位を継いでからは政務に力を発揮した。エクからそう聞いていたが、経歴に見合う柔軟な思考の持ち主のようだ。
三つ音の鐘が鳴る。雲は多いが、雨は降らないだろう。前日よりも「精霊の住み処」は薄暗くなるかと思ったが、硝子の外側に明かりを灯しているのか、火の精霊がたくさん遊びに遣って来たような、心が沸き立つような色合い。恐らく、早朝や深つ音にも、色彩を変えるのだろう。さすが民の誇り、国の宝とされているだけのことはある。
「何事か」
叱責の成分を含んだ鋭い声が、駆け寄ってきた騎士に発せられる。百竜が構わず部屋に入っていったので、僕たちも倣って、リズナクト卿を追い抜いてゆく。
昨日と席次は変わらず、ラカをくっ付けたまま席に座ると、
「一大事にて、失礼」
リスナクト卿は、早足で聖王の許へ。先程の柔和な面差しから一変して、戦士の容貌に焦りを散らして、注進に及ぶ。やはり焦燥に駆られているようだ、僕たち(にんげん)に聞こえないよう声を抑えているが、竜耳から逃れられるはずもなく。気を利かせてくれたのか、その場から動かず、皆から見えないように、ラカの口から風が届く。
「こしょこしょこしょこしょこしょ。こしょこしょこしょこしょこしょ」
……半瞬、僕の風が迷子になりかけたが、すぐに風を吸い込んで、元の場所に戻す。ラカの、眠気を我慢するような顔。つまり、言葉にする必要はないーー事前の予測通り、ということなのだろう。昨日の夜、ラカに調べてもらったのだが、何だろう、それにしては彼らの反応がおかしい。
「見苦しいところを見せて申し訳ない。魔法に依る連絡があって、近隣の二国がフフスルラニード国に侵攻してきているようだ」
演技ーーには見えない。本当に、今、知ったかのような体である。王妃やリズナクト卿も同様である。これは、どう見るべきだろうか。確認の為、アランと目を合わせると。
「ユミファナトラ。天窓を開けよ」
ぺりっ。ぶんっ。
「ゃ~」
遠ざかっていくラカの声が、微かに届く。はめ殺しの窓を強制的に開けたナトラ様は、この度も破壊行為で「精霊の住み処」を傷付けることに。まぁ、今回は炎竜の所為なので、竜の傲慢さを見せ付けた、ということにしておこう。
「フフスルラニード王。当然、周辺国の動向は探っておられたのですよね」
竜の謎行為にぽかんとしていた聖王は、僕の確認に即答する。
「当然だ。優秀な者を充てている。怠ることなど有り得ない。いったい、何が起こっているというのかーー」
さて、彼らは出し抜かれたのだろうか。ボルンさんが上手くやったのだとしても、事態にまったく対処できていないのは、手落ちが過ぎる。三大貴族、僕たちへの対応、魔力の発生源であるスーラカイアの双子に、忠死した王弟。何というか、僕たち以上に、彼らのほうが振り回されているといった印象があるのだが。
今はフフスルラニード国の事情に深く係わんねぇで、真っ直ぐ突き進みゃーいーんじゃねぇか。昨日の、エクの言葉をなぞるような展開。確かに、ここまでとなると、フフスルラニード国に拘泥、或いは斟酌、足枷を嵌めるのは得策とはいえない。竜の翼は大空を舞う為にある。と言ってしまったら、飛ぶのが苦手だという地竜が角を曲げてしまうかもしれないので、雑念をぽいっと捨てて、空を見上げる。そろそろかな、と思ったが、百竜は全力でぶん投げたので、もう少し掛かるようだ。
これは、〝サイカ〟のことを、カイナス三兄弟のことを匂わせる必要はないようだ。先ずは、必要なことをやってしまおう。その間に、問題は整理されているかもしれない。その部分が、エクの気分しだいというのが、何とも悩ましいが、挽回も可能な、はず。
揺らいだ、風の気配。隙間に入り込むような衝動を感じた僕は、以前コウさんに作成してもらった東域の地図とペンを卓の上に用意して、準備完竜。
「ぃ~~え~~っっ!」
天窓から飛び込んできたラカの風に触れた瞬間、溢れさせる。このまま包み込んで風を祝福してあげたいところだが、竜巻を心象、転っ、とさせる。
「ぴゅ?」「ラカールラカ様。風の恵みを頂きとう存じます」「ひゅ~。明日は、明日の風は吹くのあ」
ただお願いするのも何なので、風竜の祝福への感謝を演出する。ちょっと気障ったらしいが、ラカにしか出来ないことをしてきてくれたのだから、これくらいしても構わないだろう。ペンを差し出すと、きゅっきゅっきゅっきゅっ、と躊躇いなく四つの丸が地図に描かれる。書く、ではなく、描く、と表現したのは、丸の大きさが区々(まちまち)だからである。
大きさは異なるが、描かれた円は真ん丸である。一巡りでわかったのだが、ぽやんぽやんな風竜は、見た目に反して物凄く器用なのだ。手先、というだけでなく、風も、魔法も、繊細に、精確に操る。「甘噛」や「味覚」も、二巡り掛かったらしいナトラ様(地竜の名誉の為に言っておくと、そのくらいの期間掛かるのは普通らしい。百竜談)と違って、一度で身に付けてしまった。大抵のことは一度でできてしまうし、それも洗練と言える水準で、熟してしまうのだ。ぽよんぽよんでも、ふよんふよんでも、さすがは三竜の一角。
「ぴゃ~~っ!」
待ち兼ねた風竜が僕の胸に飛び込んでくるので、有りっ丈の風で満たしてーー、
がしっ。がちっ、がちっ、がちっ、がちっ、がちっ、がちっ。ぽいっ。
ーー炎竜と地竜の共同作業である。竜の尻尾は切れて、竜の角は折れたのか、二竜は無言で作業、もとい執行。多重結界でがちがちにされてしまったラカが、卓の上で転がって、僕の前まで遣って来る。然しもの風竜も、抜け出すのには時間が掛かるようだ、「結界」が知覚できない僕にはわたわたしているだけにしか見えないが、たぶん「結界」どころか「断絶」水準で凄いことになっているんだろう。
「……、ーーっ」
くぅっ。そんな縋るような目で見られると、魂の底まで締め付けられるが、氷竜が宿ったかのような二竜の視線を蔑ろにするだけの勇気というか根性というか破廉恥でおっぺけぺーなものは竜に食われてしまったので、地図を手に、百竜の側に向かって歩いてゆく。
楕円の卓に沿って歩いて、リズナクト卿に地図を供出。立ち上がった彼は、受け取った地図を聖王に恭しく差し出す。一目で理解したらしく、聖王は地図を卓に置いたので、一連の流れを作った僕が説明を行う。
「こちらの地図は、翠緑王が作成した東域の地図で、一定期間で消失いたします。また、魔法が付与されておりますので、写すことは敵いません。それでは、こちらの丸ーー印は、現在の軍勢の位置であり、印の大きさが軍勢の規模となります。この最も大きな印、動員できる数は如何程となりましょう?」
嘘を吐いたが、ナトラ様が頷いてくれたので、「精霊の住み処」を辞すときには、嘘ではなくなっているわけだが。三者は、精巧過ぎる地図にまでは気が回っていないようで、食い入るように印の位置と大きさに目を遣っている。
「……レイドレイク。五万、いや、四万を超える、くらいが妥当か。四箇所ーー四国で十万……というところか」
正解。昨夜調べてくれたラカは、十万三千五百と言っていた。それだけの兵力が四方から迫っている。今から準備していたのでは、後手に回らざるを得ない。正に存亡の機である。仮に撃退できたとしても、国土の荒廃は免れないだろう。
「レイドレイク国、ですか。確か、フフスルラニード国を最も敵視している国だとか。これまで四度の侵攻があり、すべて撃退してきたようですね。それを成したのが、レイドレイク国に備えて造られた三城。侵攻経路を囲うようにしてあるこの支城の位置に地形はーー、三重の罠」「ふむ。そのようだな」
炎竜氷竜が同時にくっ付いてくる。二重の罠、まではわかったが、他にも何かありそうな感じがしたので、一重盛ってみたのだが、危機は回避、いや、最後の罠は見抜けていないので、まだ油断してはならない。のだが、然ても、何故聖王は驚いた顔をしているのだろう。枢機を、秘中の秘を看破されたからではなく、そんなものがあるとは知らなかった(訳、ランル・リシェ)、という表情。誤魔化しか、取り繕う必要があるだろう聖王は、何か喋ってくれそうなので、じっと見詰めることにする。
「ぐっ、……こほんっ。実は、ここに城を造るよう言ってきたのは、〝サイカ〟なのだ。父が武威を奮っていた頃に、ふらりと現れたその者は、天然の要害とすべく、罠の効能も含めて、父に伝えたのだが。知っての通り、父は戦死し、その際に資料が散失してしまったのだ」「そうですか。それにしても、これは見事な。未だ三城が健在ということは、一つ目の罠さえ破られていない、ということになります」「一つ目の罠?」「はい。この三城、鉄壁の守りに見えますが、これは城が落とされることを前提に配置してあります。城の設計図は残っていますか?」「リズナクト。そのようなもの、あった、だろうか……」「以前、支城でそのような資料を見た記憶がございます」「であれば、城に敵を引き込んだあと、如何にすれば良いかが記されているでしょう」「そう、だったのですか……」
リズナクト卿は、目を閉じて、頭を垂れる。苦渋でも、後悔でもなく、過去の、選ることが敵わなかった情景が、瞼の裏で、時の狭間で揺られているようだ。
「レイドレイクの全軍が、この東の支城を攻めたことがあった。そのときの城主がリズナクトだったのだ。守り切れぬと悟ったリズナクトは、早期に打って出た。意表を衝いた突撃は、レイドレイクの急所を打ち抜いた。『レイドレイクの豪弓』と謳われた第二王子を討ち取ったのだ。然し、その代償は大きかった。この突撃を支えたリズナクトの領民の多くが、生きて帰ることが敵わなかった。リズナクト自身も重傷を負ってしまった」
「ーー領地に、支援を頂いたこと、感謝しております。領民を守る為、支城を抜かれるわけにはいかなかった。あれしかなかったと、今でも思っていますが、父を、夫を、恋人を、……失わせてしまったというのに、英雄などと、それでも、甘受しなければ領民に報いることが出来ぬと、戦った彼らを誇らねばらなぬとーー」
想いが引き攣れたのか、もう言葉にならないようだ。涙は何の為に流されるのだろうか。それが許されなかった、何より自らに許さなかった、枯れてしまった、心に降り注いだ星霜が、まるでリズナクト卿の顔の、皺のひとつひとつに刻まれているようで、目が逸らせなくなる。然し、それと同時に生じた違和感がーーいや、追究すべきは今ではない。
「残りは、国の機密となるでしょうから、明かすのは控えておきます。今は、必要な措置を講じなければなりません。彼らには申し訳ないが、僕らの都合を優先させてもらいます」
ラカが戻ってきたあと、あらましは伝えてあるので、僕らの側に驚いている者はいない。それに心付いた聖王が視線を投げ掛けてきたので、予定通りに開始である。
「ミースガルタンシェアリ様。ラカールラカ様。ユミファナトラ様。……スタイナーベルツ様。お力をお貸しいただければ幸甚にございます」
胸に手を遣って、最上の礼を示す。ラカがわたわたなので、ちょっと雰囲気がおかしいが、そこはまぁ、竜が補って(カバーして)くれるだろう。暗竜の偽名を考えていなかったので、発意のままに口にしたが、意外に悪くない名前だったので、安堵する。
「主の望みなれば、応えてやろう」「……っ、ーーっ」「此度は、世界の乱れに通ずるです。竜としての本分を果たすです」「……夜が煩きはかなわぬ。静寂に沈めてやろう」
ラカがあれなので、ベルさん、及第点どころか満点です。ああ、でも、安堵の溜め息は、心の中だけに留めて欲しかった。まぁ、竜言に色めき立っているフフスルラニード国の面々は気付いていないので、悪友の言葉通りに突き進むとしよう。
「四竜の御方の助勢を得ましたので、これより四国の侵攻を止めてまいります」「「「っ?」」」
フフスルラニード国にとって、願ったり叶ったりの状況に、理解、というより心が追い付いていないのだろう、聖王が反応を返すまでの間に、風を溜め込んで、くぎゅ~となっている顔のラカが可愛過ぎるので、このまま堪能したい衝動に駆られ捲っていくるわけだが、そろそろ可哀想にもなってくるので風を解放してあげる。
「りえっ、りえっ、りえっ!」
どむんっ。
「ゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっ!」
うわっ、僕の体にくっ付いて、ラカはよじよじと横に移動し始めた。背中に移動したかと思うと、すぐにまた胸に。微風から突風になった風竜にぐるぐる巻きにされて身動きが取れないが、って、体が浮かんでーー、
「ゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっゆっ!」
あー、ご機嫌な風竜の回転は留まることを知らず、……天窓から脱出、もとい出撃の侍従長。ふぅ、人生、あと竜生も、きっと諦めが肝心なのだろう。
ナトラ様が行使したようだ、もう戻ってくるなです(訳、ランル・リシェ)、という感じで天窓が、ごとんっ、と閉じたのだった。
王宮の庭だとまた破壊活動に勤しんでしまいそうなので、ラカにお願いして川縁に下りてもらう。しばらくしたら、ラカの魔力を辿って、皆遣って来てくれるだろう。
「ひゅ~、ひゅー、ひゅ~、ひゅー、ひゅ~」
両手をラカの腰に回して、軽く引き寄せると、一つとなった一人と一竜の周囲に風が蟠る。ここのところ風を吹かせ捲ったので、こんな穏やかな風もいいだろう、と思ったが、ああ、これは不味い、底が、いや、空に果てなんて見付けられなかったから。
ーー目を閉じても、忘れなかったものがある。手を放しても、失われなかったものがある。きっと、心が形を覚えているから。終わりのない物語は、いつでも扉を開けて待っていてくれるのだろう。
へっぽこ詩人の言葉の先に、スナの笑顔が浮かんだ。僕は、どれだけ我が儘なのだろう。風竜の風で満たしながら、氷竜の氷に焦がれている。二つの炎は大地に色付いて、「千竜賛歌」での、世界に溢れた竜の気配に、馴染んでしまった魂の行方をーー。
「りえ、そっちへ吹いたら、だえ」「……え? そうなの?」「同化は、めっ、なお」
う~ん、これは丁度良い機会だろうか。ラカに意地悪するようでちょっと気は引けるのだが、いずれぶち当たるのだと、壁を越えて、風の向かう先を尋ねてみる。
「ラカは、僕と『もゆもゆ』、どっちが好き?」「……ひゅー」
あ、ぽふっと肩口に顔を埋めてしまう。でも、まぁ、それで十分。答えられないのが、答えなのだから。今はまだ、僕の一方通行。それで満足できない僕は、悪い奴なのだろう。
「ラカは、僕がラカのことが大好きだってこと、知ってくれているかな?」
「ひゅー。風は昨日も吹いていたのあ」
風は縛られてはならない。自由に吹いていて欲しいと、心の底から思っているのに、これは人間の部分なのか(どこからきて)、「千竜王」の部分なのか(どこへゆくのか)。
こんな水深では水竜は住めないだろうな。などと気を紛らわせながら、少しだけ乱れた風を宥めていると、背中に仄かな熱と、硬い何かでぐりぐりされるような、ちょっともどかしいような感触。まだ慣れていない所為だろうか、ナトラ様の魔力を上手く捉えることが出来ない。二つの足音が同じ音色を奏でていたので、この度の相棒を受け渡す。
ぺりっ。ぽすんっ。
「それほど時間に余裕があるわけではありません。ラカには、一番遠い場所まで飛んでもらうことになります。フラン姉妹と、二人だけでは心許ないので、ベルモットスタイナー殿とエルタスさんが同行してください。それと、これは強制ではないので、宿で待機していてもらっても構いません」「ふあこっ、ふあこっ!」「ふっふっふー、ラカちゃんの初めては~」「ほっほっほー、あたしたちがもらった~。とギッタが言ってます」「へっへっへー、悔しいかじじゅーちょ~?」「というわけですので、姉妹の監視、ではなく管理をお願いします」「……そうするが良さそうだ」「私は百味の信徒として、百竜様と……」「我は主と行くに決まっておろう」「しくしくしく……」「ふむ。では、一番近くには、ナトラと私か」「最寄りの場所なのに、ラカールラカに負けるかもしれないです。四箇所あるので、二番目でも良いです」「……御二方。最近何の役にも立っていないからといって、自然にはぶらないでください。交渉となると、アラン様は遣らかすかもしれないので、私も付いて行きます」「それでは、二番目に遠く、兵数が最も多いレイドレイク国には、『ミースガルタンシェアリ』である百竜と僕が当たります。ラカ一行は、最も遠いネールサラス国に。ナトラ様団は、三番目に遠いクゥーー、えっと、クゥナレェインズカ国に。先に戻ってくるか、或いは合流してから、一番近いゴートシュナン国に。レイドレイク国以外は、国境に達するのに一日以上掛かるので、こちらの要求を呑まない場合は、無理をする必要はありません。あとで、三竜で押しかけてあげましょう」「ふむ。主軸となるのはレイドレイク国のようだ。だが、同時に、足並みを乱しているのもこの国となる。恐らく、四国による割譲の話し合いは終えているのだろう。恨みが強いと聞いているが、これは私怨も混じっているやもしれん」「はは、今回は本当に、竜頼みになってしまいます」
多少の変更はあったが、皆に諮って、「三竜作戦」に問題がないか検める。
ーー竜が表に出る。表とは、大陸の、人々の営みの、歴史上の、国家間の、種族間の、ーーあらゆるものに、記憶に、現実に、憧憬に、爪を、牙を立て、息吹を吐く。竜の威勢と偉力は計り知れない。人のそれとは、根本から異なるのだ。「千竜賛歌」以上の衝撃を齎すかもしれない。何処まで波及するか予測もつかない。
そこに竜が在るなら、そこは核心、檜舞台、ではあるが、竜は舞って(ほんりょうをはっきして)はならない。行うのは交渉で、戦闘は悪手となる。竜が人を襲う、攻撃する、などという事態になったら、人々の意識も、二百周期の断絶から目を覚ますことになり兼ねない。
どれだけ上手くやったとしても、今回の騒動は、或いは竜動は、人々の心を揺るがすことになる。竜の国には竜が在ることが浸透して、一応の収まりがついた。竜の国を造っていたときより多くのものが見えている。見えるからこそ、闇は深くなる。わかるからこそ、複雑になる。幾度も惟て、空にも、風の果てにも、届かないことを確認してきた。
竜は、竜の国から飛び立って、然も大陸の端である東域まで。それは、大陸の何処にでも行けるということ。竜は何処にでも行ける。考えてみれば、それは当たり前のこと。わかっていても、わからないことがある。実感することで、わからないことが、わかってしまう。その影響のすべてを見通して、予見しているかといえば、当然答えは否である。モーガルさんや知己を得た商人。アランの力も借りて、各種組合に根回しを。東域でも、エクを通じて、組合などに布石は打ってある。
「ーーーー」
ーーああ、まただ。無遠慮に紛れ込んで、掻き回すだけ掻き回して、飛び立ってゆく。竜が翼を羽ばたかせる。人は耐えられない。だから竜に、羽ばたくのを止めろ、と言う(ねがう)のか。違うと、もう答えはわかり切っている。翼は、竜の衝動は、外にだけ向かうわけではない。羽ばたく先は、向かう場所は一つではない。
遙かな先を歩いていたスナは、振り返った。ただ、それだけが愛しかった。それ以上に大切なものなどーー、
「リシェ。そこまでにしておいたほうが良い」「あ、……え?」
見ると、アランに肩を掴まれていた。顔を上げると、皆が僕を見ていた。
思惟の湖に潜り過ぎたーーだけだろうか。緊張、していたのだろうか。いや、していないはずがない。この先、幾度もあるであろう桎梏の一つ。僕が背負うと決めた苦役。……はぁ、僕は馬鹿か、いや、馬鹿だ。見失い過ぎだ。歩いていくと決めたのなら、それは障壁ではない。自らの手で、掴み取っていくものだ。
ふぅ、「千竜王」が近くなったからだと、言い訳してしまいたい。すぐそこに、触れられる場所に居るのに、何処にいるのかわからず、伸ばした手は素通りする。
それが事実だと言うのなら、それ以外のものは必要ないのですわ。後とか先とか、原因とか結果とか、そんなものに煩わされることのないもの、それが『千竜王』というものですわ。ーーああ、確かに、スナの言った通りだ。遠ざければ遠ざけるほど、近くにいて。近付こうとすれば、遠ざかって。知ろうとすれば、知ることが出来ず。知ろうとしなければ、知ってしまう。「千竜王」が僕の内に在るのが事実だというのなら、それ以外のぅっ、
「ぃぎっ?」
くぅ、アランに忠告されたというのに、再び潜り掛けていた僕の意識が浮上する。
「横入りしようと企んでる不届きなじじゅーちょーに」「付け入る隙なんて与えるもんか! とギッタが言ってます」「さぁー、ラカちゃんっ! どっせい! 変っ身っ?」
僕の膝を左右から攻撃。魔力を纏ったらしい、気合い一発、ラカをぶん投げると、「浮遊」で浮き上がってゆく。サンの声に合わせて、ラカが竜の姿にーー、
「…………」
風が解き放たれた。違う、風そのものが、自らの役割を思い出した。すべてに、世界に放たれた風。風の集積地。彩るものは衝動、循環を始める、真白な竜が翼を、風を孕めば、果ての空を想起させられる。風に穿たれる憧憬。人が辿り着けない物語。心から吹いてくる風が、僕が僕を奏でる。
ーー見上げているだけで、風に吹き払われる。白竜が、僕の内側の、想念も何もかも塗り替えて、透明にしてしまう。
初めて見た、ラカの、幸運の白竜の、光に溶けるような純白の、世界と魔力に祝福された風の具現。全身を汚れのない白毛で覆われた、優美、という言葉をこれほど体現した存在など他にいようはずがない。そう思って、それを否定する心を、愚かだと断じてしまう。
「ぅぎっ?」
むぎゅっと、竜指は、双子の倍以上の損傷を僕に与えた。見ると、百竜は膨れっ面で、僕と目が合うと、頬に溜め込んだ炎を僕の顔に吹き掛ける。態とだろうか、ラカが飛び上がる瞬間を見逃してしまった。
「何を惚けておる。我の炎でも食らっておるが良い」
湿気った薪を無理やり燃やしたような表情の百竜がそう言うので、あむっ、と食べてみると。
「わっ、我の炎をたっ、食べるなどっ、ぬ、主っ、恥というものを知らんのかっ!」「えっと、食べろ、と言ったのは百竜だよね」「っ?」「リシェ殿、そう言ってやるなです。百竜は炎を、魔力を使って、内側から生じさせたです。言い換えれば、それは自分自身と認識することも出来るです。然も、口腔でじっくりねっとり属性を混ぜ合わせたです。人種の感覚からすると、自分の口に入れて舐めた飴を、他人の口に放り込む、というのが近いと思うです」「んー、百竜が舐めた飴なら、別に問題ないと思うけど、百竜は駄目なのかな?」「っ、ぅぐう、ぼはぁ!」「照れ隠しに炎を吐いている暇があったら、そろそろ準備するです」「魔法を打ち消してしまうかもしれないから、離れていますね」
二竜から距離を取ろうとしたところで、空から圧迫感のようなものが迫ってきて、
「まったく、面倒を掛けるです。広域結界が間に合って良かったです」
上空で弾けたような気配が。どうやら、ナトラ様が「結界」を張ったようで、その上を白き風が一瞬で吹き抜けてゆく。ラカは人を乗せて飛ぶのは初めてなので、先ずは試験飛行と相成ったわけなのだが。
「ナトラ様。今、何があったんですか?」「ラカールラカは、『ふみふみ(ふたご)』を乗せているので燥いでいるです。全力で、音より速く飛んでいるです」「……音?」「それが能うは、あの風だけだ。竜の叡智としての、我の記憶にある。音の壁を越えると、衝撃波のようなものが生じるようだ。世界に他種族が満ちてからは控えていたようだが、頭すっかす風は、ーーあれは吹き止まぬな」「ところで、ラカの頭の上に乗っているフラン姉妹は、音の壁を越えても大丈夫なんですか?」「即死だ」「即死です」「…………」
ですよねー。生身の人間がそんな状況で生き残れるはずがない。
「てかてかっ、勝手に殺すなーっ!」「とかとかっ、ラカちゃん止まらないーっ! とギッタが言ってます」「つかつかっ、早く何とかしてたもれーっ!」「サン、ギッタ。良かったね。たぶん、音の壁を突破した人類は、二人が初めてだよ。『音を超える(かける)少女』とかグリングロウ国の正史『翠緑記』に記しておこうか?」「だまだまっ、あのおねーさんに炎竜をっ!」「うるうるっ、あの氷竜様に食べちゃったことをっ! とギッタが言ってます」「がたがたっ、あの至竜様に『氷竜記』に書いてもらうんだからっ!」
ところがどっこい生きていた。まぁ、ラカが三番である「ふみふみ」を危険に晒すとは思えないので、これは予想できたことなのだが。魔法か魔力か、或いは属性か、姉妹に守護を与えているのだろう。「翠緑記」は口から出任せだが、「氷竜記」は嘘から出た邪竜になり兼ねないので、後世にまでおいたをしないよう二人に厳命しておかないと。
「『遠見』は問題ないようですね」「フフスルラニード国に散らしたです。そろそろ準備が整うです」「百竜もお願いね」「我がするは補助なれど、手を抜くなど有り得ぬ」
ラカは「隠蔽」を行使していない。ただ、あれだと速過ぎて、フフスルラニード国の人々は、竜だと認識できないだろう。
竜は休眠期でなくとも数十周期くらいなら寝続けることが出来るらしい。逆に、一星巡りくらいなら寝なくても、起き続けていても問題ないようだ。然てこそ夜もすがら二竜は、僕とアランで詰めた「三竜作戦」の、初手を飾る演出の準備に取り掛かってくれた。
どごっ。どごっ。どごごっ。どごどごごごっ。
「ラカールラカを止めるです。双子は、死ぬ気でしがみ付くです」「あいあいさーっ!」「さーっ、いえっさーっ! とギッタが言ってさーっ!」
残念ながら、行使されているのは「遠見」なので、フラン姉妹の声だけしか聞こえない。というか、仮に見えていたとしても、視線は、千周期を経た大木のように大きな「土槍」に釘付けになっていただろう。川岸に十本くらい、尖った頭を覗かせている。……はぁ、中庭でなくて良かった。ここなら、補修にそこまで手間とお金は掛からないだろう。
どんっっ。
腹に響く衝撃。余波を散らして、「土槍」というか「岩柱」が射出される。ラカの飛翔先に、面で攻撃する為だろう、岩柱群は拡がって、直前で砕けて無数の岩塊が風竜を強襲する。これは遣り過ぎである。とは思わない、いや、もう少し上手い遣り方はないかという意味での遣り過ぎではあるが、ラカを止めることを目的としているなら、これでも足りないくらいである。一巡り、ラカと一緒に過ごしたからわかる。「最強の三竜」の一角は伊達ではない。「地竜岩塊波」が風竜に直撃すると、
「ぴゅ?」
ラカの呑気な声が「遠見」から聞こえてきた。所期の目的を達成したわけだが、放っておいてあげるのが優しさだろうに、百竜が慰めの言葉を掛けてしまう。
「地竜の得手は防御。全力で放ちよう攻撃がまったく効かなかったからといって、気に病むことなどあるまい」「……識っていたことを、確認しただけです。でも、わかったです。これが、思い知る、というやつです」「その、思い知る、とやらを、ほんわ風にも味わわせたほうが良いのではないか、主よ」「う~ん、ラカは心配ないと思うけど。逆に、思い知り過ぎないように、ゆっくりのほうが良い風が吹くと思う」
口にすると百竜だけでなく、もしかしたらナトラ様も、怒りそうなので言わないが。ラカは、自分の力で、自らの望みを叶えようとは、あまりしていない。「もゆもゆ」の寝床である僕に求めるが、求めるだけ。僕が拒否したら、きっとそこで諦めてしまう。「ふみふみ」であるフラン姉妹で満足してしまうだろう。串焼きのときは、もう少し積極的だったが、やっぱり僕に買って欲しい、どうにかして欲しいと強請った(もとめた)だけ。お願いすると、だいたいやってくれるけど、出来ないことはやらない。たぶん、思い知るーー思い知らせることは、難しい。というより、それをするには、僕とラカの関係はまだ薄過ぎる。思い知る前に、風は何処かへ旅立って(ふいていって)しまう。周囲からはそう見えないかもしれないが、これでも手探りなのである。一応、一つ練ってはいる。僕とラカの風がもっと深まったあとに、風竜に差し出そうと企んでいる。先の、大好き、発言は、ラカの風を(こころに)掻き回す(ふれる)為の、束縛の一手。気付いた風竜が、ちょっとだけ振り返る(ぼくをみてくれる)、自由に抗わんとする細やかな抵抗。
百竜よりも繊細に、柔らかに包んでいる。そのことを知って、炎竜がまっかっかー(ほのおがぼうぼう)にならないとは到底思えないので、「未来の風をこの手に」作戦は、極秘裏に遂行しなければならない。
喧騒が、遠くから聞こえてくる。フフスルラニードの民に、誇示するように舞う白竜のーーって、遣り過ぎである。あれは、双子が操っているのだろうか、跳ね回る仔竜よりも激しく、天馬ならぬ双子空を行くが如く、空が誰のものであるのかを、人々の魂に刻み込んでゆく。然ても、楽しげな風竜とは違って、炎竜地竜は追い込みである。「遠見」の維持に、「幻影」の準備。複数の「結界」に、あとはナトラ様の、地竜の属性に依る、「魔法のようなもの」を発動しているらしい。もはや喋る余裕もないようで、ここで百竜に悪戯しても気付かれない……ごふんっごふんっ。いや、風竜がくっ付いていないので炎竜を求める気持ちが大きくなっているようだが、くぅっ、やばい、僕っ、自重しろ!
然ても然ても、王城の真上で名乗りを上げる。と、ーーあ、ここで気付いたのだが。
「……えっと、問題ないかな?」「偽らざる姿を見せるほうが、良い風が吹こう」
アランがそう言ってくれるなら、きっと、たぶん、問題ない、といいな。
「わえは、ラカールラカであう」
普段よりも幾分引き締まった声が、竜声がフフスルラニード国の民を打ち据える。竜の咆哮と威勢に、彼らは細かな部分は気にしない、もとい気付かないはずである。
二度、三度と、翼を羽ばたかせた白竜から、八つの純白の翼が拡がってーーん?
「……アラン。今日の夜にでも、ナトラ様に『おしおき』してもらえるかな」「ふむ。では、角磨きを強制的に行うことにしよう」「…………」「そういえば、翠緑王も似たようなことをしてましたね。ナトラ様も、アレ、には敵わなかったということで」
だって、あれなのです、たくさん造ると、もっとたくさん造りたくなるあれなのです。どれだけ造れるのかな、っていう誘惑には逆らえなかったのです! というのが、コウさんが百二十万体の魔法人形を造ってしまったときの言い訳である。沸点が低かったり破壊魔だったり、個性や特徴を発達させたという古竜の然らしめるところ、で納得していいのかどうかわからないが、百竜とラカでも過剰なので、あと竜の国に帰ったらスナのこともあるので、ナトラ様のことはアランに任せてしまおう。
空を覆い尽くすような、光り輝く千枚の巨大な、というより広大な翼が、風竜を艶やかに彩る。目を凝らすと、ラカの頭の上に双子が。白竜に乗った、神々しいとさえ言える風姿。フフスルラニード国の人々からすると、見慣れない民族衣装に幸福の象徴であるスーラカイアの双子と相俟って、聖女と見紛うこと請け合いである。
「神聖な趣のある少女たちは、やがてフフスルラニード国の伝説となり、『白竜の双巫女』として称えられることになるのであったーー完」「ラカちゃん、やっちゃえ」「ラカちゃん、やっちまおう。とギッタが言ってます」「ラカちゃん、やったれぇい」
フラン姉妹の言葉は、侍従長の抹殺指令であると同時に、終幕を告げるものでもあった。
「ぴゃ~~っっ?」
ラカの咆哮が、風が世界を覆い尽くす。衝動に取り巻かれた人々が顔を上げたとき、そこに白竜の優美な姿はなく、何かを失ったような空が、ただそこにあるだけだった。
どむぅ。
「ゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっ!」
まぁ、あれです、舞台裏っていうのは、こんなものです。僕の胸に飛び込んできたラカに、風を贈り物。上手くやってくれたので、追加で風一吹き(しあわせびより)。
「ゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっ!」「嫉妬じゃないぞ~、ラカちゃんに『ゆぅ~』してもらえないからって」「羨ましくなんてあるぞ~、ラカちゃんに『ゆんゆんっ』してもらいたい~。とギッタが言ってます」
どうやら感情がごちゃ混ぜになっているようだ。「ふみふみ」である双子なら、出来そうな気はするが。そうなると、風の操り方を教示することになるのだが、姉妹が僕に教えを請うことはないだろうから、ゆんゆんは僕が独り占めーーごふんっ。風竜の魅力にやられてたりなんて、そんな、手遅れなんてこと、いや、すみません、何でもありません。
「然し、ここまで見せ付けて、良かったのか」
ベルさんの懸念は尤もである。態々演出までして、竜の存在を誇示する必要があるのか。余計な混乱を招くだけではないのか。疑問は尽きないだろう。
「明確な答えがない場合、判断基準はどうあるべきでしょう。その一つが、嗜好、好みで決める、というものです。どちらが良いがわからないのなら、好きなほうを。そのほうが気分良く実行できるというものです」
答えがない、だけでなく、答えがわからない、場合も含めて、これまで多くの決断を下してきた。そうして僕の内に、基準、と呼べるものが出来上がっていた。
「責任とは等しくあるべきだ。竜の国を造り終えてから、この言葉は、僕を幾度も揺るがしてきました。何も知らずに救われてしまう。それはきっと、幸福なことなのでしょう。でも、それは僕の好みではないのです。責任を等しく持つ、なんてことは出来ません。ただの理想に過ぎません。それでも、責任を背負い過ぎた魔法使い(おんなのこ)を見てしまった僕は、知らずにいることが不幸なことだと思ってしまった僕は、危機にあって安穏と過ごす人々を祝福する気にはなれなくなってしまいました」
僕は、人間に対して、厳しくなったのだろうか。竜に近付くことで、人への興味を減じさせているのだろうか。「千竜王」の掌の上だなどとは思いたくないけど。行き着く先に不安を覚えて。ラカの風で心を慰めようとして、既に風竜に風を返す。
ぺりっ。ぽすんっ。
フラン姉妹にラカを渡してから、気になっていたことを聞いてみる。
「ナトラ様は、八枚どころか千枚の翼の『幻影』を作ってくださいましたが、えっと、風の塒でしたっけ、千羽宮とも呼ばれているラカの寝床を使用、或いは流用? とかは出来なかったんですか?」「……あ、です」「なおがやったのと同じこと、わえの寝床でできう」「先に言え、と言いたいところではあるが、健や風は、岩の許可を得て寝入っていたからな。それに、これまで出来なかったことが出来るようなったのだ、無駄かもしれんが無意味ではあるまい」「なっとーは、中途半端なのあ。全体の形も変で、翼も羽ばたかせてなかっあ。あれじゃー風が可哀想なのぉ~」「くふふ、好い加減風竜は災いの元だということを覚えるです。頬をぐりぐりしてやるです」「ふあおっ、ふあおっ! 助ええっ」「ラカちゃんの頼みとあれば、って、何この感触?」「ナトラちゃんの頬は、何か柔ら堅くて岩々な感じ? とギッタが言ってます」「誰が、ナトラちゃん、です。サンとギッタには、地竜の加護を呉れてやるです」「頬ぐりぐり~されて~」「魔力が~魔力が~注がれてる~。とギッタが言ってます~」「ふあこっ、ふあこっ! わえも魔力注ぐのあ」
僕の軽率な質問というか疑問が原因なわけだが、しっちゃかめっちゃかである。放任主義なのか、アランは介入する気はないようである。然あらじ、アランには、ナトラ様が楽しく遊んでいるように見えているのかもしれない。
「それでは皆さん、手筈通り、お願いします」
二竜の魔力をたんまり注がれて、双子が倒れたので頃合いかと、「三竜作戦」の開始を告げる。僕の簡単な(そっけない)言葉に頷いて、当事者たち(とういきのひとびと)が誰も知らない、気付かない内に、奇跡的とも言える、三竜の顕現と相成るのであった。
さすが英雄王、軽々と姉妹を肩に担ぎ上げて、ラカの頭に一足飛びに駆け上がる。そして毎度おなじみ、百竜のでっかい竜頭とご対面。ぶふー、と炎竜の鼻息が、こっそり飛び乗ろうとしていたエルタスを追い払ったので、その隙に牙に足を掛けて、つるっ。




