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竜の国の侍従長  作者: 風結
14/16

七章 東域と侍従長 後半

「…………」

 中古竜。中古竜。中古竜。と唱えてみる。三竜が中古竜であるのは、ヴァリシュタの、魔力の調整の効果を増す為だったのだろうか。ああ、パルは今頃、どうしているだろうか。と現実逃避してみる。

「くっ! ルエルよ、いつまで正面を専有している。ここに来るまでに抜け駆けはなしであると決しただろう」「辛抱が足らんぞ、レイ。竜拳で負けたのだから、敗者の味を噛み締めるが良い」「ふっふっふっ、つまり、背後は我が貰っても良いと、そういうわけだな。然し、このお尻から腿にかけての感触は、何故こうも我を(とりこ)にしてしまうのか」「ジュナよ。お主は、もっとお堅い性格かと思っていたが……」「ふっふっふっ、竜のことを言う前に、自らを省みるが良い。魔力の制御と同じで、徹底していないから、そうなるのだ」

 パルも、こんな感じで「ちりゅうのおもおもなまりょく」に圧迫されていたのだろうか。三竜は「甘噛」を獲得していないので、ルエルとレイとジュナの魔力を混ぜたような、おもおもなもので程好く体を覆って、「欲求」に遣られた竜の慰み者、ではなく、愛玩侍従長ーーって、いや、語呂が悪いにも程があるだろう。

 ……、ーー。ーー、……。……、ーー。ーー、……。

「……リンちゃん。あと、ナトラ様でもいいので、同属性である地竜として、古竜として、沽券とか角が汚れないかとか色々あると思うので……」「邪魔して、あとで恨まれたくはありません」「それもまた、リシェ殿の望みということです。三地竜には、まだ働いてもらうので、今回限りだと約したので、我慢するです」

 どうしようもないので、空を見上げると。朝っぱらから、雲一つありません。ああ、言葉が足りなかった。雲がないのは、言わずもがなのこと、愛娘とか愛娘とか愛娘とかが、「雪降」はたぶん使ってないと思うけど、何か凄い魔法を行使したら、お空にあったお月様まで消えてしまったのだが、はてさて、世界は大丈夫なのだろうか。まぁ、間近に氷河や太陽があるような、この状況だと、いやいや、そろそろ炎とか氷とか、認識するとしようか。

「ひゃっこい、ひゃっこい、ひゃっこい、ひゃっこい」「あっちっちー、あっちっちー、あっちっちー、あっちっちー」「…………」

 ……幻聴が聞こえてきたので、まだ早かったようだ。あー、あれだ、九竜も居るので、竜の魔力で僕は飽和(かくせい)状態で、幸せの海にどっぷりと浸かってしまっているのだろう。

「やーっいーっ!!」「「「っ!」」」

 どごんっ。

 三地竜が、フィンの突撃で吹き飛ばされる。竜の中でも防御に優れた地竜を、三竜もお邪魔竜できたのは、まぁ、僕が魔力で手伝ったからである。三竜の不思議そうな顔を見るに、僕とフィンの連携には気付けなかったようだ。でも、さすがにスナやラカの目を、感知能力を欺くのは無理だろう。

「けーなー」

 ふわりと浮かんだフィンは、横回転して。そこから更に、僕の周囲を回るように、首に潜り込むように、回転しながら回るという、何とも奇妙なーーまぁ、何というか、到頭僕への触れ方の、納得いく形が完成したようで。

「此れ見よがしにっ! 此れ見よがしにっっ!! 臭い付けしてやがりますわ!!」「スナのも、臭い付けだったのかな?」「一緒にするなですわ!? 私のは愛情表現ですわっ!」「どっちも、魔力付けで変わらぬであろうが。結局、似た者氷竜ということか」

 氷竜が二竜いるからなのか、居心地悪そうな百。竜にも角にも、フィンの機転(?)で会話が可能になったので、これ以上世界が危機に陥らない内に、とっとと始めてしまおう。

「ルエル、レイ、ジュナ。周囲の『結界』、任せるね」「『千竜王』の頼み、応えよう」「くっ! 『千竜王』よ、あとでもう一度だけ……」「諦めるのだな、レイ。ほれ、行くぞ」

 ルエルとジュナに首根っこを掴まれて、引き摺られていくレイ。うん、三竜は仲良しなようだ。パルのこともお願いして、了承してもらえたし、……逆に、ヴァリシュタ周辺が竜々で騒がしくならなければいいけど。竜は(すべから)く仲良くすべし、とか言いたくなるけど、炎竜氷竜が仲良しだと、ちょっと不安になってくるのは何故だろう。二竜の竜眼は、穴が開くほど、というか、穴を開けたいほど、僕にがっちり。邪竜が聖竜になっても、きっと許してくれないだろう。

「規則は、見てくれたよね。『人化』の状態で戦うこと。『半竜化』したら、退場。判定役はーーリンちゃんに任せるね」「それは、構いませんが、てっきり、ユミファナトラに任せるものだと思っていました」「スナ、百、ラカ、ナトラ様の、スナトラカチームと……」「我が入っておらんぞ」「えっと、火、が、カ、ってことで、他に重なるところがないので、納得してもらえると嬉しかったりするんだけど」「聞いただけで、文句を言うておるわけではない」「こちらが、フィンと僕の、ーー(つがい)チーム」「い~な~」「「っっ!!」」

 炎竜氷竜(ぼっかん)。びりびり震えているが、大丈夫なようだ。三地竜には「人化」を解いてもらって、竜になって(ほんらいのすがたで)「結界」を張っているので、越境魔法は禁止しているので、きっと持ってくれる、はず。というか、二竜がどばどばなのに、反応すらせずラカは眠っているのだが。もしかしてフフスルラニードで、風が尽きるまでナトラ様に扱き使われたのだろうか。フィフォノ高原に来るまでは、地竜に()んぶされていたが、今は立ったまま、風というより魔力に揺られて、ふらふら~のふらんふらんである。僕を見た瞬間、矢も盾も堪らず飛び込んできてくれるのではないかと期待してしまっていたので、うぐっ、やばい、僕のほうから風竜に駆け寄ってしまいそうだ。

「甞められてますわ、舐め捲られてますわ。甞めてるですわ、舐め捲りですわ」「四竜(われら)一竜(こおりだけ)とは、然かし、主も反省しておるということか、反省し捲りというわけか」「二竜とも、言葉が乱れ捲りです。少しは落ち着くです」「ひゃふっ、ひゃふっ、ひゃふっ、ひゃふっ」「ぼはぁ、ぼはぁ、ぼはぁ、ぼはぁ」「ーーもう良いです。どうせリシェ殿には、何か企みがあるです。あっさり挑発に乗った炎氷は、氷炎になると良い(かってにしやがれ)です」

 さすがにナトラ様には見抜かれてしまったが、ーーこれも作戦の内。冷静な地竜を交ぜることで、逆に御し易くするーー「四竜闘破」作戦は抜かりなく、順調に進行中である。

「……ゅぅ~」

 ……一応、一番の難敵になるかもしれないラカに対して、幾つか有効な策を用意してあるのだが、お寝んね(すやんすやん)は予測していなかった。暴風竜対策が嵌まってくれるといいが。

「番チームが勝利した場合は、八竜の承認の下に、正式に『千竜王』とフィフォノを番と認めます。スナトラカチームが勝利した場合は、『千竜王』に折檻するなり『おしおき』するなり、煮るなり焼くなり凍らせるなり切り刻むなり好きにすると良いでしょう」

 人は、竜は、何の為に争うのだろう。とか声に出して言ったら、炎氷が事前攻撃(フライング)ーーと、そうなったら反則で退場になってしまうので。僕が用いる「卑怯」にも種類と目的があるので、だんまりだまだま、開始の合図を待つ。

「それでは、正々堂々……は無理でしょうから、反則で退場にならないなら、何でも有りです。竜の誇りに懸けて、『千竜王』がどれだけ卑怯なことをしても、負けても、泣き言は禁止です。

 ーーそれでは、始めてください!」

 この短い期間で、リンは僕のことを、きちんと理解してしまったようだ。そして同時に、まだまだ理解が足りない。然てこそ地竜は、何でも有り、の認識を改めることになるかもしれない。

「ーーーー」

 さて、始まってしまった。などと呑気にはしていられない。僕とフィンは、並んで立っている。僕が右で、フィンが左。スナトラカチームは、左翼が、やる気が泥沼なナトラ様。中央が炎竜氷竜で、配置を換えたほうがいいんじゃないかと思うけど、当然、そんな相手を利するようなことは(おくび)にも出さない。そして、右翼でぽやんぽやんな、寝坊助さんのラカはそこにーー居なかった。

「びゃあ~~っっ!!」

 半瞬。そんな言葉ですら永く感じられるほどの、凝縮された狭間に、魔法は発動する。

 氷竜の属性で、僕の寝心地が悪くなったことが、「もゆもゆ」が「ゆもゆも」になるかもしれない事態が許せなかったのだろうか、開始と同時にラカが「転移」ではないかと疑うほどの速度で移動して、フィンの背後から手加減など、竜加減など微塵もない息吹を吐く。ーーなどと現状分析ができたのは、ラカの奇襲を予測して、備えて、対応したからだ。

「ぴゃっ!?」

 フィンが発動した魔法ーー屈折を利用した氷鏡が砕けて、姿を現した僕に驚くラカ。フィンに最初に覚えてもらった、「隠蔽」でも「結界」でも「幻影」でもない、現象を用いた魔法。然し、風竜は驚きこそしたものの、僕が脅威でないと判じたのか、その場に、僕が魔力行使できる範囲に留まるという、致命的な過誤を犯した。なので僕は、ラカが振り解ける程度(・・・・・・・)の魔力濃度で。油断して狙いを僕からフィンに移した風竜を、確実に確保した後、口腔に仕込んでおいた小袋を噛んで中身を溢れさせる。

 ラカが全力で暴れたなら、逃れていたなら、上手くはいかなかっただろう。数日振りに、風竜の魔力を貰って、注いで、風の尻尾の感触を楽しむように、右手をラカ頭の後ろに。気付いて、僕を見る風竜を正面から見詰めて。ごめんね、という偽りのない思いを、笑顔に含んだまま。

 むちゅっ。

「……ゅ?」「…………」

 ぶぅ~~っ。

「ゃっ??」

 霧状にして、思いっ切りラカに、くっ付けた唇から、僕の体内から風竜の体内へ、風も空気も魔力も、ーーそして竜酒を吹き込んだ。

 きゅぽんっ。

 そんな音はしなかったんだけど、竜酒で濡れていたので、まぁ、そんな心象だったということで。ラカは、僕の風を拒まない。いや、拒めない。これまで風竜と積み上げてきた、想いを籠めて、すべてを注ぎ込む。

「…………」

 どうだろうか。ラカから手を放して、様子を窺うと。ふわりと浮かんだ風竜の、ぽやんぽやんだった風瞳が、ぼやんぼやんになった。

「ゆふふっ、ゆふふっ、ゆふふっ、ゆふふっ?」

 空中で仰向けになったラカは、わたわたし始めた。

「ゆふ~、ゆふ~、ゆふ~、ゆふ~?」

 すると今度は、風を集めているのか、くる~りくる~りと回転しながら、風竜祭りの開始である。……これは不味い。ペルンギーの宝石の感触に、そんな(もの)とは比較にならないくらいの、風竜の魔力の心地に、まるで千周期の離別が如く、僕の魂が風の魅力にーー、

 どげっ。

「んーってーっ!」「っ!!」

 ……はい。ありがとう、フィン。魂が削られるかのような痛みに、現実に回帰しました。手加減もしてくれると、最高だったんだけど。体勢を立て直すと、みしり、と嫌な音がした。ぐぅう……、ラカに対する為、フィンの背後に移動する際、氷竜の魔力を借りても間に合わないので、魔法で僕を弾いてもらったのだが。一昨日の練習と違って、こちらのほうは僕が望んだ通りに手加減なくやってくれたので、背骨がやばそうな、命の危機っぽいものが這いずってくるのだが、大丈夫、まだまだやれる……はず。見ると、リンがラカを引き寄せて、風竜の状態を確認すると、魔力の紐で縛ったのだろうか、ラカをそのまま風に放流ならぬ放吹する。と造語の出来を吟味していると、判定役のリンの裁定が下る。

「戦闘不能と判断して、ラカールラカを敗北竜と、棄権と見做します」

「ゆふふ~っ、ゆふふ~っ、ゆふふ~っ、ゆふふ~っ?」

 風竜は、幻想の世界に旅立ってしまったのか、それはそれは幸せそうで何よりである。然しもやは然のみやは然も候ず……って、落ち着け、僕。いや、冷静とかそんなの無理だってのはわかってるけど、冷たいのがごばごば溢れて、触れたら切れそうなくらいきんきんな静けさで、もうどうにもならないというか世界崩壊というか(まなむすめのぼっかん?)。

「……一応、聞いておくのですが、何をしたの……ですわ?」

 うごぁ……、氷髪とかひらひらの服とかが自然に漏れ出ているらしい魔力に揺られて、恐竜王ヴァレイスナになってるんだけど。ああ、いやいや、ちょっと語呂が悪いから、って、いやいやいやんいやんっ、そんなことしてる暇があったら言い訳というか事実の羅列というか竜にも角にも嘘は吐かない感じで愛娘が大好きなのさっ!

「……えっと、その…えっと、越冬……」「ひゃふ?」「ひぃっ、じゃなくてっ、竜酒でございます! 竜には毒は効かないし、お酒を飲んでも酔わないけど、僕を介せば効果があるんじゃないかと思って、昨日試したら、フィンには効果が……」「試した……と言った、ですわ?」「いえいえいえいえっ、試したっていうのは、竜酒を指に付けて嘗め嘗めなのでぇえ!!」「いったい、何を燃やせば、主は真っ当になるのか、魂以外、すべて灼くが、答えなのやもしれぬ」「ちょ、まっ! 竜酒は、もう一つ用意してあるからっ、スナを無力化できないかな~、とか思っていたりするんだけど、大丈夫っ! 百には使わないからっ!?」「ひゃふふのふふふのふふふふふふふふ~~ふふふふふ~~」

 あー、いや、予定通りなんだけど、炎氷を怒らせて、まだ竜酒はあるとちらつかせて。「結界」は大丈夫なんだろうか、とか、もう天の国に旅立ってしまいたくなるくらいに、地の国で収穫祭みたいな取り立ての魔力みたいな瑞々しい、とか誤魔化しを……、

「そこの熱いのも冷たいのも、まだ戦いは終わっていないです。油断していると……」

 と、油断してくれたナトラ様は、二竜に顔を向けたので。準備完竜だった、寝転がって僕に両足を向けているフィンの足裏に、土踏まずに座って。どんっ、と発射する侍従長。

「っ!?」「ナトラっ! 『結界』など無意味ですわ!」

 ナトラ様も、初めから全力で逃げていれば、僕の魔の手、もとい卑劣な策に囚われることはなかっただろうに。先ずは、地竜の気を引く為に、盛大に「結界」を打っ壊す。そして、ぷく~。頬に空気を溜めた僕を見て、竜酒攻撃を喰らうかと思ったナトラ様は、両手で顔を覆うように。掌ではなく、手の甲をくっ付けて、真っ直ぐ伸ばして、突き指しても構わない、そんな威力で地竜の土手っ腹に、ずどっ。然のみやは、ここからが重要なのである。こんな突きで、竜に損傷を与えることなど出来ない。ーー心象を行う。岩の隙間に手を差し込んで、僕だけじゃ無理だ、炎竜氷竜風竜地竜雷竜水竜天竜光竜(あめつちほしそらやまかはみねたにくもきりむろこけひと)、暗竜にはまだ逢ったことがないけど、皆纏めて全竜息吹っ(りゅうもいっしょになんちゃらなんちゃら~)!

「何を……、ですっ!?」「どーっれーっ!!」

 「結界」も魔力も何もかも、()じ開けた瞬間、僕の股の間を潜ったフィンは、ナトラ様のお腹に手を当てて、どんっ。

「ぅぴぃっ……」

 あ、可愛い声が出た。とかそんなこと思っている内に、きゅいんっ、といった感じで吹き飛んだナトラ様は、「結界」に打ち当たって岩が割れるような盛大な音を立てると、ーーぱたり、と壊れた人形のような不自然な恰好で倒れた。

「気絶しているので、戦闘不能です。地竜の中で一番硬いと言われているのに、この(てい)たらく。地竜の角汚しにも程があります」

 ずるずるずる、と残念竜の足を掴んで引き摺ってゆく。然て置きて、当然準備は怠っていなかったのだけど、こんなに上手くいくとは思ってなかったので、浮き足立ってしまいそうになるが。それは炎氷も同じことなので、ここからは弁を(ろう)して、詐術の開始である。

「スナは、今、フィンが何をしたか、わかったかな?」

 愛娘に尋ねる。先ず、一つ目の関門。僕たちにとって不味いのは、二竜が僕かフィンの片方を攻撃すること。近距離で、手を抜いた竜であれば、多少はどうにかなる、くらいにはなったけど、本気で来られたら僕など一溜まりもない。事前に用意しておいたから、フィンと共闘できているけど、それも相手に勘違いさせる為に、体を酷使しての賭けに近いものだった。ああ、ほんと、一か八かだったけど、竜相手なんだから、これくらいやっても、まだまだ足りないくらいである。

「油断した、以外の何かがあるのか、氷柱」「……父様が教えたですわ?」

 百が質して、僕の思惑を見抜いていたのだろう、逡巡するも、炎竜が頼りにならないと判じたのか、愛娘は応えてくれる。というわけで、いつも通りに嘘を混ぜつつ、情報戦ーーというほど大したものではないけど、スナに戦いを仕掛ける。

「地属性の膜を四枚。氷属性の膜を一枚。五枚の膜を纏って動いたので、ナトラ様は、フィンの接近に気付けなかった。フィンは物覚えが良くてね、これは最初に会得した魔法なんだ。他にも意表魔法と偽装魔法をたくさん覚えてもらったから、二竜とも楽しんでくれると嬉しい、かな?」「だーけーっ」「「…………」」

 合っ体っ! って、今それはどうなのだろう。二竜を焚き付ける為に、「仲良し小好し」作戦は必要だと思っていたけど、この時機では……。

「ここで提案があります」「耳を貸すなですわ、熾火。父様は卑怯ですわ。卑怯という言葉に添い寝できるほど、仲睦まじいのですわ。もはや一心同体、卑怯そのものと言っても過言ではないですわ。卑怯が服を着て歩いている、それが父様ですわ」「……氷筍。其方、若しや、主のことが嫌いなのか」「……二対二なので、僕は百と、フィンはスナと闘う、というのはどうかな? これは、悪くない提案だと思うよ。スナと百じゃ、連携なんて、終末の獣がお腹を壊してしまうくらい有り得ないことだし、逆に僕とフィンは、終末の獣すら飼い(ペット)になってしまうくらい、息ぴったり、魔力ぴったりの番い……」「「っ!!」」

 うご……、言葉の選択を間違えただろうか。またぞろ、炎氷(どっかん)。まぁ、「結界」は大丈夫だろうけど、と見上げると、ルエルと目が合ったので、お仕事ご苦労様~、とにっこり。あ、他の二竜が職場放棄をしそうだったので、笑顔の大安売り、直売祭りである。

「ふぅ、もう良い、氷柱……」「っ! この失火っ、好い加減学べ、ですわ!」

 臨機竜変。言葉で誘導しようかと企んでいたが、力が強過ぎる、能力が高過ぎる故の弊害だろうか、相手を侮ってしまう竜の失策に付け込む。勝機ーーこの先、遠ざかるばかりの、この細い糸を、逃してなるものか。

「んぐぅーっ、せいっ!」

 ぶんっ。

「かーっぜーっ!!」

 フィンの魔力を貰って、全力で氷竜を氷竜に向かって投げ付ける。さすがに三度目なので、百は脱竜ならぬ脱兎の勢いで、必死に距離を取ろうとするが。

「ちっ!」「ゆーっいーっ!」

 ここでも百が足を引っ張ってしまう。四竜の中で、圧倒的に経験値が足りない百。これを見越して、最後まで炎竜を残しておく作戦だったが、まさかここまで嵌まってしまうとは。それと、スナ。いや、仕方がないとはいえ、僕の可愛い氷娘なんだから、舌打ちは止めようね。

 フィンは五膜と、他の魔法を併用して、百の足止めを行う。フィンが自分に向かって飛んで来ているので、炎竜を助けるほどの余裕はない氷竜。百に向かって走りながら、切り札ーーと言えればいいのだけど。一応、隠し玉ではある。百が全力で抗えば、僕に勝ち目はない。それはわかり切ったことだから、僕は、スナとフィンから見えるように、口に銜えてーー、

 ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~。

「っ、ぐっ!?」

 限界まで吸い込んだ空気を、竜笛に吹き込んだ。スナとフィンが耳を塞いだのを見て、百も耳に手を持っていったが、如何な竜とて反応速度には限界があって。僕には聞こえなかった、竜だけが聞こえるという音。苦痛、ではないようだが、圧迫されたのか、硬直している百を抱き締めて。もしかしたら竜笛で耳が聞こえなくなっているかもしれないので、魔力を籠めて、小声でーー。

「ーー百」「……主?」

 聞こえた、或いは届いたようだ。こんなときだというのに、開いた炎竜の瞳に、(ほころ)んでしまった魂が、吸い寄せられるように。魂が繋がりそうな予感に、どうせなら繋げてしまおうかな、とか思った瞬間、炎の色に染まった百は、ぼっ、と燃えた。

「ーーーー」「…………」

 一人と一竜は炎に包まれて。純炎が揺らめいて、まぁ、それでも、隠し切れはしないだろうけど、ないよりはあったほうがいいだろうと。百の頭の後ろに手をやって、顔を近付けると、もう抗えないと覚悟が決まったのだろうか、目を閉じてしまう炎竜。必要以上に強く閉じられた瞼が、ぷるぷるしている唇が、何だかみーよりも子供っぽく見えて。これなら問題ないか、ということで、耳元で優しく囁く。

「百。ーー爆発して」「ーーっ、……っ。……、ーーぅゅ?」

 あ、不味い。炎の勢いが弱まってきた。何故だかわからないが、混乱して、あわあわしている百。猶予している場合ではない。行動を促す為に、(たぶら)かす、もとい丸め込む、ではなく、う~ん、百には強く命令したほうが効くかな。

「早くしなさい」「ーーっ」「早く!」「っ!」

 どっか~ん。

 然あれば、百を抱えたまま、ごろりと横になる。僕の上で、百がもぞもぞしていたので。先ずは、逃げないとは思うが一応ということで、右手を回して腰骨に指を引っ掛けて、

「……ひゃっ」

 スナたちから見える側の、百の右手を掴んで、だらんとさせてから、僕も左手を地面に投げ出す。これで、相打ちの図、完成である。ふぅ、これで「四竜闘破」での僕の役割は、概ね終竜である。

「「「「…………」」」」「……?」

 反応がないので、気になって薄目を開けると、白竜も嫌がるくらいの白けた竜眼が向けられていた。……おかしい。小声とはいえ、竜耳には届いていただろうから、僕の思惑というか策は、理解してもらえたーーはずなのだが。あの、その、出来れば、でいいので、生塵(なまごみ)を見るような目だけは、どうかどうか勘弁してくださいませ。

「……如何なつもりか、主」「残ったのがスナと百だったからね。勝つ為にも、そしてわかり易くする為にも、こうしたほうがいいと思っただけなんだけど」

 事前に伝えておいたんだから、そんな目で見ないで欲しいなぁ。という祈りが通じたのか、スナに向き直って、氷剣を製氷、いや、精製するフィン。訝し気な顔を、フィンに、そして僕に向けたが、スナは応じて、氷の双剣を現出させる。

「スナとフィン。勝ったほうは、二対一になって、勝負もそこで決する。スナが勝ったら、僕は負けを認めるし、フィンが勝ったら、百も負けを認めるよね?」

「ほんに、主は卑怯だ。癪ではあるが、氷竜対氷竜であるなら、認めるとしよう」

 拍子抜け、とか言ってはいけない。変なところで百は素直なのだが、勝負は勝負、ということで、丸め込み成功(ちょろいえんりゅうもだいすきさ)。さて、別の意味で重要な、観戦、を可能にしなくてはならない。ーーなるべく意識しないように。百の魔力を貰って、ぼんやりと眺める。

「…………」

 先手を取るように言ってあるので、フィンから仕掛ける。スナが本気を出せば、魔法を駆使(くし)して闘えば、フィンに勝ち目はない。然し、ただ勝つだけで、納得するスナではない。特に、同属性の竜であるなら、僕のみみっちぃ狙いごと屈服させるほうを選ぶと思ったがーー。

「はーっむーっ!」「ひゃっ、こい! ですわっ」

 フィンの氷剣に、叩き割るかのようにスナは氷剣をぶつけて、きぃぃん、とあっさりとフィンの氷剣が砕ける。フィンはそのまま、表層だけ(・・・・)が飛散した氷剣で連撃。さすがはスナ、即座にフィンの氷剣の性質を見抜いて、もう片方の氷剣で受け止める。

「ひゃふっ!?」

 打ち合いに持ち込んで、フィンの氷剣の層を剥ぎ取るつもりだったのだろうが、こうなることは予測していたので、当然仕込んである。二層目からは、砕けると同時に、対象への魔力干渉が発動する。フィンの氷剣が、スナの氷剣を弾く。裏も表もない、ただ単純に魔力で吹き飛ばしたのだ。初撃と同様と思い込んだスナに生じた、わずかな隙を衝いて。

「のーっうーっ!!」「ひゃぐっ!」

 決定的かと思われたフィンの幹竹割(からたけわり)ならぬ氷竜割が、スナの氷壁に、いや、そこまでの余裕はなかったようで、複数枚を重ねたらしい氷厚板に阻まれるが。フィンは、氷剣の終層を残して、すべての層を破砕。複数層分の魔力干渉で氷板を粉微塵に、細剣並みに細くなった氷剣で、

 がごっ。

 弾き飛ばされたスナは、地面をごろごろと転がっていった。

「あー、残念、駄目だったかぁ」

 スナ対策の、この攻撃の為に、半分以上の時間を()いたのだが、ーー失敗に終わってしまった。むくり、と愛娘が立ち上がる。

「ーー主よ。最後、何があったのだ?」「うん。氷板が砕かれる前に、スナは氷板の一枚を自分にぶつけて、フィンの終撃を回避したんだ」

 そう、先程の音は、フィンの氷剣に因るものではなく、氷板を自身に打ち当てた音だったのだ。あ、ちょっと声が大きかったようだ。リンにじろりと見られてしまったので、相打ちの図、続行。少しだけ百の体を引き上げて、耳元で囁くように話し掛ける。

「……然様か。然し、氷剣を打ち当てたくらいで、氷柱がどうにかなるとは思えんが」「その為に、終層には、ちょっとした仕掛けがあったんだけどね」「……聞きとうない、などと思うてしまうのは、何故なのであろうな」「百は興味満々なので、仕方がなく言うんだけど」「…………」「終層は、竜の雫を使って準備しておいた、無属性だったんだ」「ーーそれは、……主は、氷を殺すつもりだったのか」「百は、不思議なことを聞くね。そんなこと、当たり前じゃないか」「……っ」「スナと戦うのに、スナに勝とうとしているのに、殺すつもりで掛からないで、どうやってスナを倒すことが出来るのかな?」「…………」「でもね、僕の思っていた通りだったよ。僕が全力でやっても、どれだけ絞り尽くしても、スナは、軽々と越えていってしまう、僕の大好きな娘だって」「主……」「だから、まだまだスナには、楽しんでもらえると思うよ」「……もう、知らぬわ」

 う~ん、呆れてしまっただろうか。竜に傾いていっている、と言っても、僕は竜じゃない。この身は人間で、特性などを除けば、能力もまた人間のもので。僕のすべてを使わなければ、置いてけ堀にされてしまう。失敗しないことで不安になる。漠然とした不安の根っ子は、これだったのかもしれない。スナの父親であること。馬鹿と思われるかもしれない。他人からすれば、些細な、意味さえない、そんな関係。でも、それをスナが望んだ、望んでくれたからーー。

「ひゃふっ、ひゃふっ、ひゃふふっ。……フィフォノ、ありがたく思うのですわ。ーーモルゲルガス、ゼーレインバス、ユピフルクシュナ。これまでは、『結界』を壊さないよう戦うつもりでしたが、それはもう止めますわ。地竜の誇りに懸けて、この氷竜ヴァレイスナの魔力ーー抑え込んでみせるのですわ」「「「ーーっ」」」「あ……」

 リンは、竜速(ちょっぱや)で僕の許に遣って来て、僕に引っ付いた百ごと抱えて、「結界」の外まで遁走。僕たちを投げ捨てて、三竜と協力して、四地竜結界(キュービック ボロン ナイトライド)を張る。あー、これは予想外だった。抵抗することは出来たけど、しなかったので、僕と百は戦線離脱で失格である。判定役のリンの判断なので、尊重しないといけない。

 ぺたっ。

「ゆ~、ゆ~、ゆ~、ゆ~?」

 酔っぱ雷竜、もとい酩酊状態(とっちりゅう)の風竜が、ゆらゆらと木の葉のように落ちてきて、僕にくっ付いたままの炎竜の背中に、ぴとっ。ぶっはー、と酒精の息吹を百にお見舞いする。見ると、残念ながらナトラ様は、未だ復活していなかった。

「「「「「っ!!」」」」」

 「結界」の外に居たというのに、魔力が吹き荒れたのがわかった。

「う…わ、全方位、いえ、『結界』の内の、全球魔力ーーかな。これは、地下に仕込んでおいたのは、全滅かな」

「……信じられません。あんな状態でも、フィフォノは撃ち合っています」

 氷柱の撃ち合いーーと言いたいところだけど、そんな分の悪いことをフィンにさせるわけがない。全属性に依る、攪乱。スナが攻め切れていないのは、それだけではない。

「ーーまた、何ぞ、主の仕込みか」「はは、もう外に出てしまったから言うけど。あれは全属性を用いた、攪乱。まぁ、やっているのは、自分の居場所を特定されないようにしているだけで、他のはお負けみたいなものなんだけどね」「時間稼ぎ、なのでしょうか?」「それもある、けどね。ああして、魔力を纏ってしまったスナには、生半(なまなか)な攻撃は通用しなくなる。だから、今は、くっ付けてるところかなーーあ、ばれた。う~ん、同化作用を施しておいたのに、スナはどうやって看破したのかな」「ちょっ、それは、主……」「うん、魔法にね、生物的な要素を加えてみたんだ。勿論、生きてはいないけど、似たよな効果は確認できたよ」「『千竜王』がわからなくなってきました」「そうかな? 僕は魔法が使えない、と諦めていたから。僕の考えたものは、魔法と相性が悪いと思ってたんだけど、魔法を魔法と認識しなければ、ーー何だかよくわからないけど、いい感じになったんだよね」「「…………」」「えっと、何で二竜は、聖竜を踏ん付けている邪竜を見るような目をしているのかな」「ーー残念。判定役として、そんなことは言ってはいけないのでしょうが、残念ながらフィフォノの攻撃は失敗してしまいました」

 ちらりと見ると、肩を落としたリンの姿が。今朝、皆が遣って来るまでに、リンに教えてもらった、氷柱に偽装した「絶地」の劣化版がスナを穿った(・・・・・・)ところだった。偽装には偽装。もうフィンの魔法が効果がないことを示す為に、フィンの魔法を独自に真似てみせたらしい。スナの隣にスナが現れると、咲き乱れた岩柱群が、偽氷竜とともに砂となって舞い散る。偽氷竜だと見抜けなかったらしい百が、複雑な感情を宿した竜眼を僕に向ける。

「主は、当然、最後の手段、とやらを仕込んでおろう」「ーーん? その言い方だと、もしかして」「すまぬ、ーーなどと言うつもりはない。主の娘は、我に頭を下げよった。主がここまでやりよると、思うことなき故に、負けるはずなどないと、ーー主のことが懸かっているというのに、我は……」

 触れ合った時間の、長さの違いーーなどとは口が裂けても言えないだろう。百は、みーの内に在る。百は、みーを護ると同時に、みーに護られている。僕の魂を求める百との付き合い方を模索してきたけど。百が「千竜王(ぼく)」でない僕を見てくれないと、これ以上差し出せるものがない。

「押され始めました」

 魔法に於いては、スナに一日どころか竜日の長がある。フィンは全属性の魔法が使えるが、スナも全属性の魔法が使えて、尚且つ威力も愛娘のほうが上。その為に、覚えてもらった魔法は、(ことごと)くが打ち払われてーー最後の賭けに出なくてはならなくなった。

「逃げ出しました」

 半ば予想していたのだろうか、リンは冷静に事実を口にした。

「……のう、主よ」「それは当然、勝てそうになかったら逃げるように言っておいたからね。ーー風を今、打ち込んだから、あとは氷だけだけど、間に合うかな」

 どうかなぁ。これまでのはすべてが偽装(セミブラフ)ーーなどと言えれば恰好いいのだけど。……仕舞った。ここで逃げてしまったので、スナに何かあると気付かれてしまった。出来れば、フィンには自分で状況を判断して動いてもらいたかったんだけど、普段から散々僕を罵って(あざけ)って(さげす)んでいるのに、最後の最後まで僕を信じてくれた氷竜に、文句なんて言えるはずもなくて。いや、罵っ詈罵詈の雑言は、もう少し抑えて欲しいとは思うんだけど。

「百。どんな魔法を教えたのかな」「魔法、そのものを教えたのではない。炎竜にしかわからぬ、炎の有様ーーのようなものを、炎を通して具現させた。氷は、『炎輪』と言うておった」「…………」

 ごめんーーなんて言ってはいけない。全力でやったのだから。フィンの、竜の願いを、僕自身が、叶えようとして、最後までーー。

「炎が満ちた。来るぞーー。ゲルブスリンク、備えよ」

「そう思うなら、お気楽に気絶したままの、そこの角汚しを起こしてください」

 ーー炎の気配。魔力に染まった、刹那に。

 ごばっ。

 これは、輪、と表現していいのだろうか。数が多過ぎるのか、輪が大き過ぎるのか、四地竜結界の内壁が、炎で埋め尽くされて。収束ーー輪が縮まって、氷竜を、二竜を縛り上げて。スナがひやりと笑うと、ーー自爆した。

「全属性が使えようと、氷竜であるフィフォノの弱点が、炎であることには変わりなかろう。これで耐性が上の氷が……」「えっと、得手が氷でなくなった際に、炎の属性が弱点とか、そういうことはなくなったみたいなんだけど」「斯様な……」「何を馬鹿面を晒してますわ。その程度のこと、織り込み積みですわ」

 四地竜結界から出てきたスナは、気絶しているらしいフィンを、ぽいっとしてーーあ、愛娘も気付いたらしい。僕は遅疑も狐疑も竜疑も逡巡なく、「神遁」の本領発揮である。

「リンちゃん!」「全地竜! 撤退しなさい!!」

 ぎぃぃぃぃん。

 振り返らず、居回りの竜の魔力をぜんぶ貰って、百とラカとフィンをぎゅぎゅぎゅぎゅ~な感じで、後方から迫ってくる魔力に全力で抗う。

 しゅごっ。

 何かが吸い込まれるような音を響かせて、それまでの魔力の乱れが絵空事であったかのように、竜事であったかのように、穏やかな気配に包まれていて。

「諦めなかったフィンは、最後に氷を打ち込んだようだね」

 勝負が決する、その瞬間まで、信じ続けてくれた氷竜の頭を、有りっ丈の感謝を籠めて、優しく撫ぜてーー、

「あほですわーーっっ!!」

 愛娘が絶叫したので、今すぐ遁走こきたいけど、父親としては尋ねないわけにはいかないので。冷気が、もとい凍気がどばどばな氷娘に、恐る恐る聞いてみる。

「……何か、ありましたでしょうか?」「越境魔法は禁止だと、自分で規則(ルール)に記載したのを忘れたですわ!!」「……越境魔法?」「ひゃっこい?」「ど……、土下寝したら、許してくれる?」「ひゃふ、もう良いですわ。私もまだ、父様のことをきちんと理解していなかったと、あとで『おしおき』千回ですわ」

 いや、あの、途中で、というか、結論がおかしいようなのですが。世界の果てまでごめんなさい(訳、ランル・リシェ)。って、いやいや、ちょっと愛娘を直視することが出来ないからといって、情けない父親の行動を訳してどうするのか!

 どがっ。どがっ。どがっ。どがっ。どがっ。

 空気を引き裂くような音が劈いて、雷竜が遣って来たのかと振り返ると、ーーでっかい岩が次々に投げ入れられていた。そう、地竜が皆で投げ入れて、投げ入れて、投げ入れてーー。力を、魔力を揮うのが、竜の衝動を解放するのが快いのか、ルエルもレイもジュナも楽しそうで何よりなのだけど。

 どご~ん。どご~ん。どご~ん。どご~ん。どご~ん。

「では、最後に蓋をするです」「あ、ナトラ様。復活したんですね」

 どっす~ん。

 さすが岩の属性と言われるナトラ様。もっとも大きな岩が、フィンの越境魔法で空いた大穴を塞ぐ。

「でも、穴を塞ぐ必要はあったんですか?」「ーーリシェ殿は、気付かない、です?」「えっと、何がでしょうか?」「越境魔法で、あの穴の付近の魔力がおかしなことになっているです。地竜の魔力で、時間を掛けて緩和するです」

 魔力ーーは感じるけど、そんなおかしなことになっているかどうかは、違いがよくわからない。

「リシェ殿は、理解していないです」「えっと、あの穴のことなら……」「違うです。ヴァレイスナ、この歩く無自覚に話してやるです」

 あれ、何だろう。ナトラ様の当たりがきつい。地竜をとげとげに、がっちがちにしてしまうようなことをしてしまっただろうか。さすがに、気絶させるほど打っ飛ばしたことを根に持つような性格ではないはずなのだが。

「父様。すべての色を混ぜたら、何色になりますわ?」「え? ああ、昔、聞いたことがあるね。慥か、黒に近いような灰色みたいな?」「その色は、特別な色ですわ?」「特別、ってわけじゃないと思うけど」「似たようなものですわ。全属性の魔力を混ぜたところで、特別ではない、混合魔力になるだけですわ」「え? でも、フィンのは越境魔法ーー」

 むっはぁ~~。と凍えた、でっかい溜め息を吐く愛娘。真っ白な冷気が、消えずに僕のところまで遣って来たのでーー、

「喰うな、ですわ」

 ……スナの、いけず。直前で、冷気なのか魔力なのかが、世界に馴染んでしまった。

「配置ですわ」「配置?」「魔力を打ち込んだ、あの配置は、父様はどうやって決めたのですわ?」「へ? 配置って……、特には。こんな感じかな~、てやっただけだけど」「……その配置。全属性を使わせるだけなら、氷っころに、配置を覚えさせる必要はないのに、何故態々手間を掛けてまで、そんなことをしたですわ?」「何故……と言われてもーー?」「もう、わかったですわ?」「うっ、……それはまぁ。僕が無自覚に、フィンに越境魔法を使わせてしまったので。詰まるところ、ありとあらゆるすべてのことは、僕が悪いことに決定ーーと」

 よくよく思い出してみると、魔力的に安定しそうな、そんな感覚というか満足感があった、ような? フィンに、配置を覚えてもらったのも、意図してのものではない。いや、そのほうがフィンの為になるような気がして教えた、のだが。実際には、フィンの身に、だけでなく、周囲まで巻き込むことになってしまった……。

 ああ、これは不味い。これでは、コウさんを叱れなくなってしまう。あの魔法大好きっ娘は、これまで色々と遣らかしてきたわけだけど、魔法使いと似たようなこと、或いはもっと酷い失敗をしたとなれば、王様に知られれば、お子ちゃまなあの女の子は、絶対に調子、だけでなく図にも乗る。あ~、いやいや、そこは魔法使いを見縊り、もとい侮り過ぎだ。あのちゃっかりは、魔法に関しては、魔法以外にも振り分けろ、と懇願したくなるくらいに巧妙なのだ。

 合っ体っ。ぽひょん。

「な…ん…」「ぴゃ~。りえっ、りえっ、りえっ!」

 復活したフィンのほうが少しだけ早かったので、僕の胸にくっ付いたラカを、足でぐりぐりと、げしげしと、どがどがと……、いや、その辺で止めておこうね、ってことで、魔力を足に擦り込んであげる。

「フィン。全力でやったけど、負けちゃった。ーーごめんね」「だーよー」「うん、ごめん。って、ああ、謝るのはよくなかったね。ーーありがとう、フィン」「つ…て…っ」

 ぽたり。と一粒だけ落ちてきたけど、気付かない振りをする。フィンとの、短い生活。幸せな時間。偽りのない想いは、竜の願いによって覆されて。本来、自分で、僕が決めるべきことを、委ねてしまった。委ねることーーそれもまた僕の意思だと言えないこともないけど、ここまで大事に、竜事にしてしまったのは、紛れもなく僕の所為で。

 すなすなすな(まよいなどいっさいなく)、もといすたすたすた(まっすぐにいっちょくせんに)、どっごんっ(だいすきだよ)!

「ひゃんっ!?」

 この場にいる全竜から魔力をもらって、遠慮など、始原の海に投げ入れてしまったので、今できる僕の全力で、愛娘に魔力(あいじょう)を叩き込む。

「あれ? スナでも駄目なんだ?」

 リンは駄目だったけど、スナなら問題ないかとやってみたんだけど、どうやらそういうものでもないらしい。然てまた風竜に、どごんっ。

「ゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっゆんっ!」「ぃぎっ!?」

 いっ、痛たっ、痛いっ! フィンを肩車しているので、僕の首にぶら下がれないラカは、好き勝手やった僕への意趣返しなのだろうか、僕の髪の毛を掴んで、左右にぶんぶん、いつも以上に体を振っていた。髪の毛ではなく、耳を掴むようなことはしなかったので、まだ取り返しは付くのだろう。特にラカには、竜酒を口移しで吹き込むという、荒業というか破廉恥技をかましてしまったので、ぐぅ、この痛みは、甘んじて受け容れなくては。

「ーー父様。父様が何かをするということが、竜にどれだけ差し響きがあるのか、好い加減理解するですわ」「ふんっ、主の魔力も受け止められないようなら、早々に手を引くが良い、氷柱」「……父様が気付いていないーーそれもどうかと思いますが、爆発する前に、熾火が目を閉じた理由、言って欲しいですわ?」「え? あれって敗北を受け容れたからーーじゃないの?」「主の言う通りだ。おかしな言い掛かりを付けるでない、霜柱」

 何だろう、百に注がれる全竜の目が生暖かいのだが、また百が何か遣らかしたのだろうか。ーーと、何かいい感じに纏まりそうな雰囲気なので、この好機を逃すわけにはいかない。ラカとフィンの魔力をもらって、竜の姿であるルエルの竜頭に向かって飛んでいって。

「ルエル。ありがとう」

「他竜と行動を共にするのが、これほど楽しいとは。『千竜王』には感謝する」

 角を撫で撫でする。ジュナのほうが近かったが、三地竜の中では要領の悪さが目立ってしまったレイに、待ち切れずにそわそわしている地竜のほうを先にする。あ、今気付いたんだけど、レイって、氷の淑女(レイ)と同じだった。じゃあ、レインに……いやいや、今更変更なんて……。うん、別に疚しい気持ちなんてないけど、過剰撫で撫でしておこう。

「いつでも呼んでくれ。全地竜で向かおう」「ああ、そうであった。竜笛であるが、『結界』である程度は吸収したので、東域の竜に届く、くらいで済んだようだ」

 良いことを教えてくれたので、追加でジュナの二本の角の先端を、こりこり。ジュナの魔力がわっさわっさしていたので、喜んでくれているようなので、お負けで、さわさわ、も一つお負けで、きゅっきゅっ、では次にーー、

 ばたりっ。

 あ、あれ? もう耐え切れない(かんにんして)、とばかりに、ジュナが倒れてしまった。……そういえば、ジュナって、僕のお尻から太股を撫でていたっけ。もしかしたら、天竜(イリア)成分(こまったちゃん)が混じっているのかもしれない。ということは、放置で構わないだろう。

「じゃあ、行こうか」

 さあ、旅の続きである。三地竜との別れの挨拶を交わして、ラカの風の尻尾を見てみれば、これからの僕らの前途を祝福するかのような、軽やかな動きで聖竜が盛り沢山……かと思ったが、邪竜ならぬ炎竜氷竜が手薬煉引いて待っていて。

「ふふりふふり、時間はたんまりありますわ」「そうさな。主との楽しく愉快な旅路の、再開とゆこうか」「はーなー」「ひゅー。なお、呼んあ?」

 ぐでんっ、となった氷竜が落ちていって。風竜すら空気を読んで、地竜に向かって、ふあふあ~と退避。三地竜も離れたので、空中に浮き続ける為には、炎竜氷竜の魔力を借りないといけないわけで。

「「ーーーー」」

 もう、炎竜と氷竜は親友になっちゃえ! なんてことを言ったら、ほんとに命が消し飛んでしまいそうな感じだったので。ふぅ、これ以上はお耳汚し、ではなく、竜汚しとなってしまいますので、皆さまも、竜と添い寝して、今日一日の疲れを取ってくださいませーーごぅぶぁっ……。



 しばらくしたら、また雲が空を覆ったが、見上げることを考慮すれば、竜日和と言えるだろう。街の外周を飛び終えたので、竜や魔獣や(てんやわんや)の、いや、六竜が連なって飛翔しているのだから、竜や竜や(そ~りゃそりゃそりゃ)、竜へ竜へ(おまつりだ~)の大騒ぎである。

「しーっなーっ!」

 先頭の氷竜は、街の中心へ。さすが、竜の翼だけあって、然したる時間は掛からない。そろそろかな、と通常の人間なら再起不能水準の体を持ち上げて、フィンの竜頭に立つ。

 氷竜が降下を始めると、僕にも見える。北西(メストリ)からでは海の匂いも、気配も感受できないので、天空竜闊とでも言っておこうか、街も抱えてしまえるくらいの大きさに。目的の人物が出てくると、あとから飛び出してきた親父さんが止めようとするも、逆に娘から叱られていた。ーー両手をぶんぶんと振って、女の子が大きな声で。

「ん~っだ~っ!!」

 竜耳には届いたのだろう。竜声を振り撒いて、上昇して、真っ直ぐに飛び去ってゆく。何一つ、疑問など差し挟むことなく、氷竜はフィンだと、大きな瞳で見詰めていたミリアと違って、竜頭にいる僕を見付けて、仰天している親父さんの顔が面白いことになっていた。半時くらいは涼しくなるだろうか、フィンは氷の魔力を奮発してばら撒いたので、眼下に望む街は(けぶ)っていた。

 ーーミリアへと、別れを告げることを望んだのはフィンだった。普段は大胆なのに、こういうところでは臆病、もとい恥ずかしがり屋さんなのか、しんみりとしたのは嫌だと言ってきたので、「六竜賛歌」で弩派手なお別れの場を演出してみた、という次第。

 ぽいっ。

 いや、元番(つがい)、というか、番候補に、酷い仕打ちではあるが、敗北竜としてけじめを付けたのだろうか、氷竜(まなむすめ)ではなく風竜(あしげにしたりゅう)に向かって投げ飛ばされて。ラカの竜頭で風に包まれる。見上げると、うん、良かった、雲間にお月様の姿が。魔力的な影響で、一時的に見えなくなっていたのだろうか。

「それくらいのことは、許してあげましょう」

 五竜が風竜に寄ってきて、「人化」して、合っ体っ。肩に乗ってきたフィンを、リンが溜め息交じりに受け容れる。五竜がラカの竜頭に、ーー僕だけがぼろぼろである。

 ーー第二回ヴァレイスナ杯争奪打っ飛ばし大会。未だに杯は用意できていないとか、細かいところは抜きにして、竜にも角にも、そんなものが開催されてしまって。物理攻撃禁止。魔法乃至魔力を使って、侍従長(じゃりゅう)を遠くまで打っ飛ばした竜が勝利。

 あんまり振り返りたくないので、手短に話すと。優勝者はナトラ様だった。魔法を無効化する、僕相手に「結界」を(みが)いてきたナトラ様は、多重過ぎる反射結界(レフレクスィオーン)に、合間合間に魔力を挟んだ、氷竜に協力を仰いだらしい涙型結界(ルパート ドロップス)で、僕を三竜身、打っ飛ばして。魔力に馴染んでいる分だけ効果が減じると、勝てないと悟ったラカは、「もゆもゆ」の守護竜になって。不利とわかっていても、全力過ぎる愛娘は、魔力の塊みたいなもの(スノーマゲドン)を僕に打ち当てて、二竜半身。リンは「共鳴」を用いて、一竜半身。この三日で僕に馴染んでしまったフィンは、五膜を使って、一竜身。そして、どべどべさんと言うか、どべっかすは、百。竜の中での最高火力、と言っても、当然僕相手では意味がなくて。百は百なりに工夫を凝らしたみたいだったけど、仰け反るくらいの演技をしてあげれば良かったと後悔して、大会は竜も納得の内に終竜したのだった。

 優勝賞品というか副賞として、「命だけは勘弁してやる券」ーーまぁ、あれです、俎板の上の邪竜と相成ってしまったわけなのだけど、その券をさっそくナトラ様、いやいや、聖竜、もとい超聖竜、或いは聖地竜と呼ばないわけにはいかない、竜の鏡鑑(きょうかん)とすべき御竜は。悪気しかなかったかもしれませんが、そろそろリシェ殿を許してあげるです。と全竜に()いて下さったので、もうナトラ様には足を向けて寝られません。

「引率で、疲れたです。説明は、ヴァレイスナに任せるです」

 三竜の面倒を見た、気疲れだろうか、ラカの竜毛に、ぽふんっ、と埋もれてしまった。ペルンギーの宝石に勝る風毛に、僕も一緒にぽふんしたいけど、「発生源の双子」の調査結果ーー大事な話なので、体の痛みを我慢しつつ、頭に活を入れる。

「あの娘。何処までわかって(・・・・)やっていたのか、面倒な状況にしたのですわ」

「ん~、込み入った話なのかな?」

「これから竜の国に戻って、百回べしんべしんしてやりたいくらいの話ですわ」

 うわ~、コウさんのほっぺなのかお尻なのかはわからないが、仔炎竜くらいに真っ赤に腫れてしまうだろう。世界の魔力を安定させる為に、装置となった魔法使い。良くも悪くも、大きな力には、代償、というよりも、話の流れ的には、余波、だろうか、そういった影響がでてしまう。世界魔法と言える規模であれば、仕方がないことではあるが、僕たちで対処できる範囲であればいいのだが。

「先ず、結論から言いますわ。私やナトラが調べたところ、『結界』の内に居たのは、三つ子ですわ」「え? 双子じゃなくて、三つ子? でも……」「そうですわ。魔力的な負担から、人種は三つ子を産むことはできないのですわ」

 ーー三つ子。有り得ないことが起こった。いや、何事にも絶対というものはない。コウさんという例外、という言い方はあれなので言い直そう、これまで存在しなかった役割を付与されることもあるのだ。ただ、当たり前のことだが、そうでない可能性のほうが遥かに高い。そこには、なにがしかの理由が、原因が、考えたくはないが人の悪意があるかもしれない。

「……魔法的な実験? 強制的に、或いは、まさか母体は……、一人じゃなくて二人を魔力で縛り付けてーー」「悪くない発想ですが、事はもっと単純で、奇怪(きっかい)ですわ」「ーーというと?」「三つ子の、二人は問題ないですわ。ですが、三人目は、肉の体を持っていないのですわ」「肉の体ーー? 体がない……、まさか、魔力体?」「父様も見た、あの『結界』を思い出すのですわ」「フフスルラニードの王城の『結界』ーー」

 答えをはぐらかされたが、スナの導きのままに、思い起こしてみる。ラカとナトラ様と出逢う前に、百とともに確認しに行った「結界」。ああ、そうか。百の見立てでは、双子の魔力を抑えている、というものだったが、「結界」の効果は、それだけではない、或いはまったく別のものだったかもしれないと。炎竜は、三つ子であることを感知できなかったり「結界」の性質を見誤ったりしたらしいけど、百の手前、首肯するに留めておく。

「あの『結界』には、三つ子を、魔力体の子を保護する、魔力を留めておく効果があったのですわ」「それって……、とんでもなく高度な魔法のような気がするんだけど」

 フフスルラニード王の王弟ーー慥か、レフスラ……と言っていたような。エクに聞いたところ、フフスルラニード国の魔法技術が突出している、ということはないが、魔法部隊を運用していてもおかしくないくらいに怪しいところはある、とあの「竜患い」は嬉しそうに付け加えていた。彼個人が優れていた、という蓋然性はあるが、然し、死の間際、命懸けの魔法だったとしても、果たしてそんな都合がいい魔法がーー、いや、事前に準備していたのなら、可能……なのか? って、うわぁ、駄目だ。一つ知るに付け、可能性が増え過ぎて、僕では手に余る。大体の見当は付けたので、スナに尋ねるとしよう。

「老師でも無理そうな魔法。上手くいったのかな?」「悪くはない魔法でしたが、あの魔力濃度では、不十分だったのですわ」「ということは、それを補ったのが、コウさんの魔法?」「正解ですわ。あの娘が、世界魔法を使わなければ、魔力体の子は、世界に還って。双子だけなら、大きな被害は出なかったのですわ」「あー、つまり、見方によっては、今も続く被害は、うちの王様の所為だと……?」「ですわ。そして、引き換えとしてーー」「魔力体の子の命を救った、いえ、救うことが出来る、可能性を残した、か」

 スナが言ったように、何処までわかって、コウさんが魔法を使ったのかはわからない。あの優しい女の子の然らしめるところ、魔法は行使されたのだろうーーと、そうしなければならないと、そうならなければならないと、そんな誰もが笑顔になれる場所に辿り着けるように。僕も王様に(かんか)されてしまったのだろうか、自然に思えたことが嬉しい。

 そう、思うことは簡単で、そこには現実という、時に厳しく、時に無慈悲な、あんちくしょうが立ちはだかる。僕だけでは無理だ。では、竜に手助けをして貰えばーーと思うが、「発生源の双子」ではなく「発生源の三つ子」を、世界魔法水準で維持しているとなれば、これをどうにかする為に、同様の水準の手段が求められるかもしれない。それは、竜を危険に晒す、ということだ。容認できるはずがない。この一件、人種に何かがあったとしても、竜には大きな被害はない。だのに、何故竜が力を尽くさねばならないのか。竜の役割に鑑みるも、等しく背負うべき責任という観点からしても、ーーああ、何故だろう、怒りが湧いてきた。

 僕自身への怒りだ。これは僕の、人間の部分への怒りなのだろうか。もう捨て去ってしまいたい、そんな衝動に身を委ねたくなるが、またしても、僕は選択しなくてはならない。ほんと、止めて欲しい。人種の命運なんてものを、背負わせないで欲しい。そんなものを抱えさせて、ぶら下げて、僕に何をさせようっていうんだ。人種と竜と、天秤に掛けるべきでないものを、載せて、「千竜王」を毟り取りたくなるくらいに、いや、剥ぎ取って、天秤の片方に載せられたなら、どれほど楽だったか。

 僕は、弱いなぁ。女の子は、コウさんは、王様は、魔法使いは、翠緑王は、駄目駄目な癖に、狡っ娘な癖に、おっちょこちょいの癖に、ちょろい癖に意外に奥深くて、色んな表情も、願いも、想いも、ぜんぶぜんぶ、最後には、どれほどの強さが必要だったのだろうか、一緒に歩いていた彼女は、気付かない内に、ずっと先を歩いていたのかもしれなくて。

 世界を巻き込んだ。百を通して、竜を巻き込んだ。自らを、壊してまで、遣り遂げた。……くそぅ、僕の内はぐちゃぐちゃだ。複雑ではない、単純な感情が渦巻く。スナだって、僕をこんな風にはできないというのに。困ったな。認めないわけにはいかない。スナへと向ける愛情と同じように、僕の胸にあるもの。僕は王様の、魔法使いの笑顔を失いたくないのだ。僕、だけでなく、周囲も、竜の国も、すべてを護っていたのはーー。

「…………」

 あ~、これは、やっぱり駄目だ。すべてを投げ出す勢いで、純白毛にぽっふんっ。よし、六竜魔力で、全力でもふもふしてやろう。ふぅ、想いが溢れ過ぎて、何処かに辿り着いてしまいそうだったので、風の祝福に塗れて、運び去ってもらう。

「スナ。他にも色々あるんだろうけど、フフスルラニードに着くまでに知っておかないといけないことはあるかな?」「……ひゃっこい」

 手招きして、遣って来た氷竜を、風毛の中に引っ張り込んで。思惟の氷湖に潜り過ぎていたのだろうか、怖い、或いは冷たい(しんけんな)表情になっていた愛娘と一緒にお昼寝。

「ぴゃっ!? りえ! こんっ!? 狡いっ、狡~っ!」

 風竜を差し置いて、日向ぼっこ。どんと来い、ってことで、二竜もお出迎え。四竜並んで、ごろごろ竜。百がどうするかは、自主性に、自竜性に任せるということで。風毛と竜の魔力に包まれながら、目的地に向かったのだった。



「ひゃぎゅっ!? こ、このようなことっ! 竜が、神が許したとしても、私が許さないのですわ!!」「ぐうぅ、斯様なこと、許されて良いはずがない! どれほど魂を汚したなら、斯かる行いに手を染めることが出来るというのか!!」

 ……僕のことじゃないのに、炎竜(びゃく)氷竜(スナ)の想いは一つになった。でも、そうなっても、竜が逆立ちしても、仕方がないだろう。エタルキアが居るかもしれない洞窟に遣って来て。相変わらず、暗竜なのだろうか、おかしな魔力を放っていて。百もスナもナトラ様も、エタルキアかどうかは特定できなくて。慎重に洞窟へ足を踏み入れて。その最奥(さいおう)にはーー。

「『千竜王』か! 『千竜王』なのか!? いや、誰でも良い! 待ったっ、待ったぞ! 終にっ、終にだ! 五百周期の桎梏から解き放たれることが出来るのだ!!」

「最後故っ、今だけは同じてやろう! 涙だって、凍らずに落として、蒸発したとて、今だけは許してやろう!!」

 炎竜氷竜は、竜の大祭り(とくだいのぼっかん)である。ああ、失礼。炎竜氷竜というのは、百とスナのことではなくて、洞窟の最奥に詰め込まれていた、炎竜と氷竜のことである。魔力の質からして、二竜とも中古竜のようだ。五百周期もくっ付いて、炎氷だったようなので、今少し遅くなっても構わないだろうと、二竜を落ち着かせる為にも、先ず名を聞くことにする。

「二竜の、名前を教えてもらえるかな?」「そんなことよりもっ、だ! 先ずは、この汚炎から引き離すが先決だ!」「黙れっ! この温氷めが!! もうっ、耐えられん! 炎をぼうぼうにっ、ぼうぼうにだっ! 燃え盛らんと、気が狂ってしまう!?」「……皆、帰ろうか。大丈夫、心配しないでね。洞窟の入り口には、氷岩(スナトラ)結界を張って、『立入禁止』の紙を貼っておくから」「「っ!?」」

 ラカをくっ付けた僕が炎竜氷竜に背を向けると、

「「「ーーーー」」」「「……っ」」

 ナトラ様とフィンとリンは、無言で僕のあとを追って。スナと百は、僕と二竜の間をきょろきょろ、何やら指を差して、言葉にならない訴え掛けをしているけど。あらゆる苦悩を振り切って、最後には僕に付いてきてくれる。

「っ!? 炎竜よっ、炎竜よ! 何故に我を見捨てるのだ!!」「何故だ!? 氷竜だというのに、冷たいのはどういうことだ??」「そもっ! 何故炎と氷が仲良しなのだ!?」「番かっ、番なのか!? 氷竜と炎竜が! ああ、世界はもう、何もかも狂ってしまったのだ?!」

 二竜の足がぴったり同時に止まった。そして、きっちり同時に振り返って。かっきり二竜に、同時に「おしおき」。まぁ、この炎炎氷氷(すっとこどっこい)は、ちょっと、余りにも見苦しいものだったので、割愛させていただきます。

「……フレックスナズェーア」「……我は、クビャクナグファーだ」

 はい、素直でよろしい。炎竜にスナ、氷竜にビャクとの愛称を付けたくなって、僕の内の邪竜がむくむくなのだが、さすがにそれは控えておこう。

「で。ズェーとナグは、落ち着いた? というか、次はないからね?」「大丈夫だ『千竜王』。我は理解した」「問題ない『千竜王』。我も理解した」

 炎竜と氷竜だけど、五百周期も一緒に居たとあって、嫌い合っていても通ずるところはあるようだ。それと、やはり洞窟に居たからだろうか、「欲求」による差し響きは少ないようである。

「ズェーとナグは、気付いたらここに、洞窟に居たのかな?」「クビャクナグファーよ。其方のほうが口が回ろう。任せる」「心得た、フレックスナズェーア。我が語るとしよう」

 余所余所しいようで、何か照れ照れな二竜。もしかして、お互いの名前を呼び合ったは、五百周期で初めてだったのかもしれない。

「然し、語るべきことは少ない。逆に、我らのほうが聞きたいくらいだ。ーーふと、おかしな魔力を感じて目を覚ましたら、隣にフレックスナズェーアが居た。当然、我らは気が狂わんばかりに暴れたが、どうにもならず、散々に罵り合ったあとで、我が提案した。十周期ずつ眠り、極力、意志も魔力も、接触は避けようと」「十周期交代、というのは、竜にしては期間が短いね。炎と氷で、魔力的な問題でもあったのかな? それと、二竜が同時に眠る、若しくは休眠する、という手段を採らなかったのは、通り掛かる竜を、解放される機会を逃さないようにする為だったのかな?」「…………」「どうかした、ナグ?」「『千竜王』。名をーー聞いても良いだろうか」「え? それは勿論、構わないよ。僕は、竜の国の侍従長、ランル・リシェ」「「ーーーー」」

 あれ? 何だろう、じじぃ~とズェーとナグが見てくるのだが。また、然かと思えば、炎竜氷竜の視線は、同属性たる炎竜氷竜へと。

「父様にくっ付いている風っころは、白竜、と言えばわかりますわね、ラカールラカですわ。私は、父様の娘で、『最強の三竜』とか呼ばれている氷竜ヴァレイスナ。そちらの二竜は、フィフォノとゲルブスリンク、東域の竜だから魔力でわかりますわね。こっちは、竜で最も硬い、ユミファナトラ。あと、それは熾火ですわ」

 面倒臭がって、どんどん雑にーーというのは違うのだろう、スナのことだから何か意図があるはず。竜にも角にも、わかることは一つ。炎竜氷竜は、番でも仲良しでもないことを、明確に示して見せたこと。う~ん、これは竜に関することみたいなので、齟齬がないように愛娘に聞いてみるとしよう。

「何か不味いことでもあった、スナ?」「父様。私との邂逅、そして今。父様は随分と竜に馴染みましたが、自覚はありますわ?」「それは……」「それは、言葉にしなくて良いですわ。ただ、これだけは、はっきりと言っておきますわ。父様はすでに、人種から逸脱していますわ」「えっと……?」「逸脱、が嫌なら、偏倚(へんい)、も可ですわ」「ぐ……、スナ、もう少しお手柔らかに、冷え冷えでお願いします」「ーーですわ?」

 すると、愛娘が満面の笑みを返してきたので(おしえてほしいですわ?)、竜離れ、娘離れできない父親にできることは一つだけである。ふぅ、どうせ遣るのなら、羞恥心の限りに、邪竜だって舞い上がるくらいに遣ってやろう。今だけは、へっぽこ詩人よ、僕に宿り給えーー。

「ーー失っても、失われなかった冷た(あたたか)さがある。凍った魂が罅割れたのは、降り積もった優しさに、変わらず高鳴った心が、響いていたから。この手は、覚えている。あの瞳を、忘れていない。転がっていた奇跡も、運命も、路傍の小石ほどにも価値はなくて、ただ、そこに真実(こたえ)だけがあったから。渡そう、これは二人のものだから。揺らそう、一つでは完成しない二つのものだから。帰ろう、出逢う前から出逢っていた、あの場所へとーー」

 スナとの出逢いを、あの掛け替えのない時間を、心に浸して、言葉にして拾い上げてーー。見ると、氷も融けそうな愛娘がいて、へっぽこな感じな詩人の魂は、とっととご臨終だったので。

「ひ、ひゃふ…ん。と、父様……、ど…どれだけ恥竜になれば……気が済みますわ…っ」

「…………」

 ……うぐぅおわぁああああぁああぁぁ~~っっ!! これは駄目だっ、何かが、いやさ、ぜんぶが駄目っぽい! べりっとラカを剥がして風竜のお腹に邪竜なお顔をぼふんっと埋めたら何も見えなくなるので世界はきっと白竜の羽根で埋め尽くされてーー。

「ぴゅー。なお、採点あ?」「周期頃の少年の恥ずかしさからなのか、想いを向けるべき対象竜を()かしていたので、全体的に流れが悪く、散漫になっているです。五十点、と言いたいところですが、聞いていた百竜がもらい(あっちっち)になっているので、十点加点して、六十点です」「告げぐ地竜……、おかしな言い掛かりを付けるでない……」

 いや、百。告げ口、と言ってる時点で、自白しているようなものなんだけど。竜にも角にも、零点でもいいから、隠れ竜したい。いやさ、いっその事、風竜に乗って、空の果てまであじゃぱーでわちゃーなわけわか竜……ごふっ。

「百竜だけでなく、ヴァレイスナも駄目そうなので、僕が続きを話すです。逸脱しているのは、肉体的に、ではなく、魔力的に、ということです。リシェ殿が自覚していないのが、不思議なくらいです」「中心点で感じましたが、『千竜王』の魔力が圧倒的過ぎて、そこら辺は鈍麻しているのでしょう」「それに、色々(いびつ)過ぎるです。いつ踏み外すのか、気が気でないです」「そこを気にしても仕方がありません。もう手遅れです」

 二地竜の会話がどんどん邪竜を追い詰めていっていたので、ずりずりずり、と風竜を下げて、もう止めてね、ではなく、もう止めてください地竜様、と目線で懇願。

「魔力的って言うと……」「リシェ王よ。放置竜は止めて欲しいのだが」「ぅ……、って、ナグっ、勘違いしないで! 僕はただの侍従長で、王様じゃないから!?」「そうか? では地竜に倣って、リシェ殿と呼ぶことにしよう。それで、リシェ殿、その話はあとでも出来よう。この由、我らも協力できることがあれば骨身を惜しまない。故に、最優先で、我らをここから解放して貰えないだろうか」

 切実に、痛切に。竜の事だから、軽んじていたわけじゃないけど、ーー二竜のことを後回しにしていたのには理由があって。う~む、炎氷しなければいいけど。

「ごめん、説明が後回しになってしまったね。先ず、二竜がいるこの洞窟と同じ、魔力的におかしな洞窟が北にも二つあって、そこにはフィンとリンちゃんが居たんだ」「「リンちゃん?」」「何か、問題でもあるのでしょうか?」「「っ!?」」

 二つの石玉がふよふよ~と、ぼこぼこが良いですね、ぼこぼこが良いのですね(訳、ランル・リシェ)。と「共鳴」が成った完成品の威力を試したそうな、本気以外の何物でもない表情を見て、二竜はへたれた。

「炎竜は、氷竜と。氷竜は、炎竜と。ずっと一緒にいたので、竜の能力が一時的に衰えているようです」

 魔鏡を覗いたナトラ様の言。然かし、古竜と中古竜で、力にそこまで差はないと聞いていたが、そういうことだったのか。それに、苦手な属性と一緒にいたのだから、精神的にも参って、弱くなっているのかもしれない。

「スナ。もう大丈夫?」「大丈夫ですわ。冷え冷えですわ」「……じゃあ、そういうことで。ズェーとナグには悪いんだけど、今しばらく、そのままで居て欲しいんだ。中心点を確認するまでは、現状維持が最適だと思っているんだけど、どうかな?」

 まだちょっと温氷っぽいけど、愛娘なら大丈夫だろう。ナトラ様から言ってもらうよりも、同属性である氷竜のほうがいいだろうと、スナに振る。

「そういうことですわ。氷竜ヴァレイスナの名に懸けて、あとで必ず解放してあげるので、クビャクナグファー、……気持ちはわかる、すっごくわかりますわ、氷が融け捲るほど……ひゃふっ、二竜で一緒に、そこの炎竜、ちょっと凍らせてやりますわ?」「……百。ちょっとそこの氷娘、頭を()やしてあげて」「ぼはぁ」「ーー問題ないですわ。きんきんに凍ったですわ」

 見ると、いつもの僕の可愛い竜娘だったので、氷頭が炎でぼうぼうだったので、百の炎を喰う。う~ん、魔力に味はないのか、ただ単純に吸収しているようで、ちょっと味気ない。見上げると、二竜が先の、僕が名乗ったときと、同じような目で僕を見ていた。これは……、何だろうか、侍従長として様々な視線を向けられてきたけど、二竜の視線は、そのどれとも違うような。スナを見ると、あまり言いたくなさそうなーー逆に、百は言いたくて堪らない、うずうずなお顔。然あらばナトラ様に判断を委ねるのが正解だろうか。

「リシェ殿の、そこら辺のことは、あとで、のほうがわかり易いです。今は、中心点とやらに行って、確認することを優先させるべきだと思うです」「ーーということで、ズェーとナグ。スナも約束してくれたし、もう少し待っててね。というか、僕の娘が約束したんだから、待てない、なんて言わないよね?」「約束などなくとも、リシェ殿の言であれば、信じよう」「頭だけでなく、我の魂も冷えた。解放という悲願の為にも、従おう、リシェ殿」

 あれ? スナの威光ならぬ威氷に(あやか)って、もうちょっとだから我慢してね(訳、ランル・リシェ)、と優しく脅すつもりだったのに、何故だか従順(じゅうじゅん)な二竜。

「ぴゃ~~っ!」

 (くるり)としたラカが、突然息吹を吐いて。すべての澱を吹き払うかのような、暖かくも涼しくもある柔らかな風で二竜を包んで。寝るのが大好きな風竜の(ここち)には抗えなかったのか、穏やか、とさえ言える顔で眠りに就く二竜。音を立てないように洞窟を出て、あ、そういえば、すっかり忘れていた。ということで、べりっ、ぽっすん。

「『まひまひ』」「二十番です。僕より一つ下の順位です」「他竜にくっ付かれるというのは、妙な気分になってしまいます。それでは、フィフォノにーー」

 じぃ~とフィンを見るラカ。結構無下に扱われることの多い風竜だが、寝床を魔力汚染(?)されたことを根に持っているのだろうか、ああ、あとげしげしとかどがどがとか足蹴にもされてたっけ。でも、まぁ、ラカが寝床の査定に私情を挟むことはないので、強制的に、べりんっ、として、わたわたしてたけど、どっすんっ。

「『ぴえぴえ』」「十四番です。確実なことはわかりませんが、氷竜との、魔力的な相性は良いようです」「りーしーっ!」

 べりっ。

「はい、駄目だよ、フィン。噛み付いたら。ラカの守りって、結構凄いから、口のほうが切れちゃうよ」

 ぽすんっ、としようと思ったら、がしっ、ぶんっ。もう一竜の氷竜もラカには優しくないようで、お空の風竜。まぁ、出発を引き延ばす理由もないので、再び風竜に乗ってーー。

「ぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃあ~~~~っっっっ!!」「…………」「えっと、スナにしか出来ないことだから、今回もお願いね」

 連峰の氷姫から空の妖精になった愛娘に、もうもうでどばどばな真っ白な氷竜に、軽~い調子で声を掛ける。

「現状維持、ということなので、フィンとリンちゃんには、一旦洞窟に戻ってもらおうと思っているんだけど、いいかな?」「えーがー」「それは、構いません。中心点の、あの先に行けないのは心残りですが、『千竜王』の報告で我慢しましょう」

 手段としては、二つあった。フィン、リン、ズェーとナグに、洞窟に居てもらうか、或いは洞窟を空にするか。後者を選ぶと、何が起こるかわからない。この規模での、目的があるだろう事態なのか企みなのかに対して、慎重にならざるを得ず、竜と相談して、竜も納得、ということではあるのだけど。安全の為に、洞窟の一竜に一竜、付けたかったのだけど。そうなると、百だけがちょっと頼りない感じなので、炎竜をズェーとナグに付けるか、或いはラカを付けて、百と中心点に行くかで迷って。竜に対して過保護とは、偉くなったものですわ(訳、ランル・リシェ)、と僕の迷いというか悩みを切って捨ててくれた氷竜には、お礼に、これまでで最大の、ずどごんっ。ひゃふんっ!? という可愛い声が聞けたので、……このあと血反吐とか喀血とか酷いことになったが、悔いはない。いや、ごめんなさい、嘘です。「四竜闘破」で体がぼろぼろだったので、風竜にくっ付いてもらって、感覚というか痛覚を誤魔化していたんだけど、スナの一撃は、無理せずに横になって休んでいるですわ……ということだったらいいんだけど。あんまり愛情が感じられない、竜加減のない反撃だったので、今もまぁ、風毛に埋もれながら話しているんだけど。

「さすがに、ここまで速いと、羨ましいという気持ちも湧きません。それでは、終わったら迎えに来てください」「うん、リンちゃん、お願い」

 白毛に埋もれた僕を覗き込んできたので、さわさわと、優しく地髪と角に触れる。リンの魔力が離れていって、感じ取れなくなる。風竜から飛び出していったようだ。次は、フィンが居た洞窟へ。フィンは、地竜と違って、普通の速度で飛べるので、洞窟の手前で氷竜に離脱してもらう。なので、スナは見ていないと、見えていない思うので、合っ体っ。

「だーいー」「うん、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

 触れられると、かなり痛いのだが、応えないわけにはいかない。百も、フィンとの合体を許してくれて、……くれて? うん、(さげす)んだ眼差しを向けられているが、何も言ってこないので、許してはくれているのだろう。

「フィン、いってらっしゃい」「すーきーっ」

 フィンの魔力も遠ざかっていって。

「あれ? 何だか魔力が安定したような……?」「主と長く居たは、この四竜故、そう感じるのであろう」「正確には、リシェ殿が干渉して、そのような場を作っているです」

 見ると、ナトラ様は、周囲を興味深げに魔鏡で鑑定なのか探索なのかをしていた。百に視線を移すと、若草色のリボンが気持ちよさそうに揺れていて。ああ、そうだった、フィンとリンにも、何か贈り物を。フフスルラニードで時間が取れたらーーって、何で僕は、寸暇を惜しんで駆けずり回っている自分の姿を想見などしているのか。ふぅ~、もう、ほんと、体がやばいし、中心点では荒事は勘弁して欲しい。実は、中心点には何もなく、落胆して、或いは安堵して、二竜を迎えにいって、フフスルラニードに向かえればーーなどという妄想は、碌でもないことに、僕自身がまったくそれを信じることが出来なくて、嫌な予感しか湧いてこなくて。はぁ、駄目だ駄目だ、淀んだ空気はラカに振り払ってもらおう。もう何もかも投げ捨てて、到着するまで眠ってーー。

「着いたです」

 無慈悲、という言葉を散りばめた、ナトラ様の報告があって。空の妖精から、僕の氷竜になった娘が、僕の頭上に着頭。その位置だと、見えてしまうんだけど、スナの様子からすると、態とじゃない、のかな? すっと手を挙げると、ぷすぷす、との鼻息。う~ん、僕の愛しい娘は、ご機嫌斜めなようだ。寂しそうに、手をふら~ふら~と振っていると、百が掴んでくれたので、引っ張ってもらって立ち上がる。

 今は、五つ音くらいだろうか。空の半分が雲、という状態なので、ちょこちょこと地上を覗き込んでくる太陽さん。ちょうど顔を出してくれたので、中心点の竜山を見下ろす。

「見る分には、やっぱり普通の山みたいだね」「聞いていた通り、何か、がおかしいですわね」「細かな違和感、といった程度です」「というわけで、ラカ。竜にも角にも、先ずは竜山に降りてみて」「ひゅ~。わかっあ」

 ラカが返事をするのと同時だった。ふっ、と竜に化かされたかのように、前触れもなく竜山が消えて、大穴が姿を現したのだ。

「ひゃふっ、歓迎されている、ですわ?」「偶然、なんてことはないだろうから、誰かが竜山を、偽装を解いたんだろうね。ーーあ、そうだ、ラカ。リンちゃんが枝を折ってくれた場所があるので、ちょっと寄ってもらえるかな」「父様。そんなことをせずとも、父様なら見えるはずですわ」「え? そうかなーー」

 スナの魔力を貰って、当該樹木を見てみると。意識しながら見たにも拘らず、折れた枝が確認できてしまう。物事は、繰り返すごとに容易になるーーにしても、これは……。勿論、竜の魔力を使い熟す為に、努力は惜しまなかったのだけど。もうこれは、上達というより進化といった水準に思える。まぁ、この辺りは、一旦落ち着いてから考えよう。

「ラカ。きりきりもみもみきゅーこーかー、はしないでね」「だえ?」

 ぐっ、そんな可愛く聞き返されると、一も二もなく許してしまいそうになるが。

「面倒ですわ、風っころ。相手の意表を衝くのも兵法。魔力の節約にもなるので、落っこちるですわ」「ぴゃ~! 行くのあ!」

 炎氷の洞窟と空の妖精で鬱憤が溜まっていたのだろうか、愛娘が許可を出して。やっぱり僕より氷竜の言う事を聞いてしまう風竜。……いや、ラカ。きりきりももみもみも遣り過ぎだから。これはもう、確実に目を回してしまうので、いないいない竜。

「ラカールラカ。減速するです。聞いていた深度に達するです」「ぴゅ? ぴゅっ!?」

 ナトラ様も、ラカの性格を見越して、もう少し早く言ってくれれば良かったんだけど。落下に加えて、ぐるりと反転、と相成って、見栄えなど構っていられない、全身でラカに引っ付く。って、ラカ!? ああ、鬱憤が溜まっていたのは、氷竜だけでなく、いや、もしかしたら風竜のほうが深刻だったのかもしれない。態々寝た振りをして、ナトラ様に負んぶまでしてもらって。暴風竜となってしまったラカ。まぁ、スナの言った、意表を衝く、という観点からは、荒っぽ過ぎるとはいえ、試してみるのも悪くないとは思うけどーー。

「びゃ~~っっ!!」

 「人化」していない状態ーー竜での特大の息吹。スナと戦っていたときの、操られていたときの息吹と違って、いや、あのときだって相当なものだったけど、比べ物にならないくらいの極風が吹き荒れる。

「っ! ナトラっ、風っころ! ひゃふっ、間に合わないですわ!」「スナ! 結ぶよっ!」

 スナの警告に、事前に予測していたので、体が反応する。竜頭から飛び出す間際に、スナとラカからもらった魔力を使って、魔力の縄で愛娘をぐるぐるに。振り返って、反射なのか何なのか、威力を減じることなく風の息吹が迫ってきていたので、

 とぷんっ。

 手が境界の外側にある内にーー。

「間にっ、合え!!」

 ……ふぅ、ぎりぎりだったが間に合った。四竜の魔力の感じられない、完全な闇の中、風の息吹を喰うことに成功したと、落ちていきながら安堵したのだった。



 暗竜。ーーエタルキアなら助けてくれるだろうか。などと考えつつ、底がすぐそこである可能性、って、いや別に、そこ、を二回続けたのは態とじゃなくてっ!!

「ぐっ!」

 二階建ての屋根から飛び降りたくらいの高さだったので、両足で着地すると同時にお尻を、体を後ろに傾けっ、おぐっ!? ぅぐ……、と…何だ?

「うわ~、暗竜の胃袋とかだったら、やだなぁ」

 暗竜が目の前に居たとしても気付けないくらいの真闇で、軽口を叩く、と言いたいところだけど、本当だったら嫌なので、愚痴を零す、くらいにーーいやいや、言葉の解釈なんて今はどうでもよくて。平らな床に触れてみると、硬質のーーやや冷たい感触。なのに、僕に怪我はない。いや、元々結構重傷なので、ちょっと体はやばいのだけど。

「落ちたときには柔らかかったのに、今は硬い。魔法なのか、特殊な材質なのか」

 相変わらず真っ暗らで何も変化がないので、あえて声を出してみる。ふむ、こういうときには、説明乃至解説好きが欲望を抑え切れずに現れてくれるかと思ったが、然う然う上手くはいかないようだ。ぽかんと見上げてみるも、闇ばかり。すぐそこに、(みんな)がいるはずなのに、音も、魔力も感じない。スナ、ナトラ様、ラカーー三竜を以てしても……うん、百、ごめんね。でも、炎竜の知識も、もしかしたら役に立つかもしれないから、多少は期待しておこう。ああ、そうだった、あとで百に知識の偏りについて聞いておかないと。そう、炎竜に聞くには、或いは追究するには、ここから出ないといけないわけで。

「どうしようかなぁ」

 そろそろ順応してもいい頃だけど、光源はないのか、未だ眼前に持ってきた手さえ見えない。咫尺を弁ぜずーーこの状況も何度目だったか。竜はいない。魔力は貰えない。僕の内に、魔力があると言っていた。失った、と言われていた魔力は、何処にあるのか。使うのか、使えるのか、「千竜王」の、或いは「千竜王」とは違う、あの魔力を。

「まぁ、それは、最終手段ということで」

 遭難したら動くな、とはよく言われることだけど。それが功を奏したのだろうか、ふよふよ~と漂っていた。一竜身ならぬ一馬身ほど先をーー。

「残念。驚かないのですね」「はは、……こう…見えても、色々……と体験してき…たので、予測……した事態が…起こって……くれたので、……驚かずに…済みました」

 実は、ちょっぴり心臓が跳ねたりしたのだけど、それは秘密である。突然現れた、いや、灯った、のほうが適切だろうか。「光球」に似た水晶玉らしき、いや、内部は空洞のようなので硝子玉のようにも見えるが。魔法を使う、媒体のようなものだろうか。竜にも角にも、光玉、とでも呼んでおこう。光玉から声が聞こえたが、「遠見」のような効果があるのかもしれない。

「光の……ありがたさ…を痛感しているところ…です。この暗闇…は、暗竜……を拠り所と……しているの…でしょうか?」

 突然現れた、と先に思ったが、僕の居回りで様子を窺っていたのかもしれない。然ても、会話に付き合ってくれるようなので、友好的に接しつつ、何処まで情報を引き出せるだろうか。と言いたいところだが、ここは、敵か味方かもわからない、相手の本拠地。圧倒的に不利な状況なので、神経を尖らせなければいけないというのに。

「どうやら、外の世界では、竜語は話されていないようですね。聖語やハルフルも、古い言葉となってしまったのでしょうか」

 竜語での会話は初めてなので、ぐぅ、聞き取るだけでも大変だというのに。あまり気を使ってくれないようなので、こちらから合わせるしかないだろう。

「ハルフル……というのは、……下位語、ああ、…いえ、そのような言い方は……失礼でしたね」「ほほう、下位語ですか。聖語使いからすれば、違和感のない言葉ーーと言ってしまえるのは、ほんの一握りとなってしまいましたから」「竜語…以外にも、……話せるのですか?」「貴方様は、エルフルを何と呼んでいるのでしょう?」「聖語使い…と、下位語を話す人々の、間を繋いで……取り持っていた、代官のような者が使っていた…言葉のことなら、中位語と呼んで、います」「先ず、ハルフルを。それから、元主の補佐で、エルフルを。聖語時代が終幕して後、竜語を」「ーー主を変えた。そして……今も在るということは、若しや、今の主とは、……八聖の一人なのでしょうか」

 懐かしい、と思うと同時に、苦々しい記憶が。里でよくやった、というか、散々やらされた。光玉が求めているだろう、有能な人物を演ずることにする。まったく冷や冷やものである。氷竜の冷たさを知らなければ、冷静になれなかったかもしれない。などと思えるほど、落ち着いていて、余裕もあるのだけど。やはり竜が側にいない所為か、心が冷えて、逆にもっと炎竜成分が欲しくなってくるのだがーー。

「いや、失敬。『相手が馬鹿だったら放り出せ』と主より仰せ付かっておりまして、試すようなことを致しました」

 落ち着いた、というのとも違う、空虚だろうか、それでいて柔らかい言葉でーーそう、言葉だけなのに、不思議なことに、頭を下げているような心象で。話し振りから、家令か管理者のような印象を抱いていたが、当たりだったようだ。竜にも角にも、初老の男性のような声を発する、光玉の試問には合格したようだ。

「…………」

 ……ふぅ、それと、主、とやら。嫌な、もとい面倒臭そうな相手である予感がぷんぷんする。光玉はまだ答えていないが、この竜穴の主は、恐らく八聖の一人と見て間違いないだろう。悪い予感なんて、ラカの風で吹き払ってしまいたいが、ああ、駄目だ駄目だ、ここには僕しかいないのだから、人間同士の対等、或いは劣勢な交渉であると認識して、気を引き締めないと。

「名を…お聞きしても」「寿命まで生きて、魂を移したときから、名は捨てております。好きに呼んでいただいて構いません」「そうですか、ではーー、(ひかり)さんと(だま)さん、どちらが…よろしいでしょうか?」「玉さん、のほうでお願い致します」

 うわ、即答か。玉さん、が気に入ったのか、若しくは、光さん、が嫌だったのか。ああ、確かに。光、などと呼ばれるのは、何というか、こそばゆい。まだ、邪竜と呼ばれたほうが増しである。……いや、どうだろう。いやいや、忽せには出来ない葛藤は、一時保留にしておいて。然し、玉さんに好みや嗜好があることを知って、ちょっと、ではないくらいに安堵した。聖語時代の、確定はしていないが人種だろう、五百周期の間絶に、一度命数を散らしているとなるとーーん? いや、五百周期の間、ずっとここに居たとは限らない。然あれど、玉さんが話せるのは竜語まで。ーーふぅ、考えることが多過ぎて嫌になるが、現況命の危機に直結するかもしれないのだから、竜心を心掛けないと。

「しばらくしたら、主がーーヴァン様がお目覚めになります。それまでに私のことを話しますので、貴方様と現在の世界についてお話しいただきたい」「はい。お願いします」

 主に忠誠を尽くしている、という感じではないが、ある程度の敬意は払っているようだ。こちらも殊勝な態度は崩さないほうが良さそうだーー今は。

「元主は、貴方様の仰る、代官の一人でした。然し、時代は聖語時代の後期。元主もまた、聖語が使えなくなってしまいました。八聖以外の者は、選択を迫られました。利権や金銭など、それまでに得ていたもので、聖語以外で、身を立てる必要がありました」

「当時の代官は、中位語で……聖語は使えないと思いましたが、後期の、混乱期に何かあったのでしょうか?」

 あ、仕舞った。気になって言葉を挟んで、話を中断させてしまった。然あれど、玉さんは気にした様子もなく、ふよふよ~と漂いながら説明してくれる。

「はい。聖語が使えなくなっていくことに、多くの聖語使いが危機感を抱きました。選択を迫られたーーと先に言いましたが、元主は聖域(テト・ラーナ)を去り、代官となること、領主となって地域を治めることを選んだのです。ですが、その選択は悪手だと、私は思いました。元主は、有能ではありましたが、特権階級でぬくぬくと育ちましたので、明らかに領主としての資質に欠けていました。この時点で、私は元主を見限りました。言葉は悪いですが、聖語使いでない主には、仕えるべき理由も魅力もなかったのです」「というと、八聖であるーーヴァン殿には、然るべき……ものがあったと?」「ーー私には、妻がおりました。妻は、助からない病気でした。伝手の内で、可能性があるのは、ヴァン様だけでした。然し、ヴァン様でも無理でした。いえ、正確に言うとーーその代償として差し出すのが私一人の命では、到底足りなかったのです」「出来たかもしれないが、その為に割く素材や資材、だけでなく時間も惜しかったーーということでしょうか」「はい。その病は、死に際、激痛に見舞われることになる……そんな、往事では周囲から忌避された病でした」

 ……これまで淀みなく話していた玉さんの言葉が、わずかに乱れた。恐らくは、言葉以上のことがあったのだろう。悪意が手招きをしている。想像するだに、すべてが悪い方向へと転がり落ちてゆく。ここから先は踏み込んではならないと、彼の言葉を待つことにする。

「誰が名付けたのか、どんな皮肉なのか、女性しか罹らないその病は、不死の呪い(イズン)、などと呼び習わされていました。病で命を落とすまで、罹患者を殺すことが出来ないのです。死ぬまで、ただ、苦痛に呻くしかないのです。ですが、ヴァン様は、妻の苦痛を取り除いてくださいました。妻は、穏やかな顔で、ーー幸せでした、と最後に、そう言って、天の国へと旅立って行きました。

 私がすべてを差し出すには、十分でした。私は、命を差し出しました。私の前に、十人。私の後に、二十人。成功したのは、生き残ったのは、私一人でした。生き残ってしまった、などというのは不遜なことなのでしょう。妻の許に行けず、今もこうして、いえ、もはや妻と同じ場所には行けないのかもしれません。ですが、私が選択したこと。この業は、自らで引き受けなければなりません」

 光玉の光度が落ちた気がしたが、僕の勘違いだろう。世界はいつも、同じ姿をしているのではない。環境を作っているものの中に、人もまた存在しているのだ。里で、師範がそのように言っていたが、今やっと、その意味がわかったような気がする。世界は、それを視る者によって、異なった姿を見せるのだ。繋いでいるのは、言葉と理解とーー。

「と、暗い話はここまで。ここからは、その後のこととなります」

 思惟の湖に沈みそうになって、玉さんの言葉で、ふっと浮上する。彼の言葉に安堵する。いや、それは失礼なことなのかもしれないが、玉さんの、その後の人生に、暗い話、がなかったのならーー。はぁ、僕は馬鹿か。いやさ、馬鹿だ。背負ってしまった彼が、荷を下ろすことなどない。彼の言葉からわかる。今もまだ、自らの一部となってしまうくらいに、魂に刻まれて、或いは染まったままなのだろう。

 竜の景色には遥かに及ばないものの、「エルフ」の景色を見てしまった人種。胸を締め付ける何かを誤魔化しながら、玉さんの話の続きに耳を傾けることにする。

「私で実験が成功したことで、一応の、目途が付いたようです。ヴァン様は、先に眠りに就かれました。私は、仰せ付かった通りに、奈落ーーと便宜的に名付けましたが、この大穴の目的とは異なるのでーーと、話が逸れました、奈落の管理を行いながら、竜語時代の終わりを見届けるまで生き永らえることになりました」「竜語時代は、外に出て活動していたのですか?」「はい。実は、妻以外には隠していたのですが、私は『魔毒者』だったのです」「『魔毒者』? それは、魔力を用いる、今で言う、魔法使いのことでしょうか」「ほほう、魔法使いですか。竜語時代の後期には、魔術師などと呼ばれるようになっていましたが。幾つか魔術を使うことが出来ましたが、『転写』と言うべき魔術で、本を売ってーー人生、何があるかわかりませんね。八聖以外の、聖語使いがいなくなった世界では、私の魔術は希少で有用で、お金持ちになってしまいました」「往時、貴重であった写本を売っていたとなると、人脈も築けたというわけでしょうか?」「はい。三王とも懇意になり、竜図書の管理も任されておりました」「え? 竜図書って、玉さんが造ったんですか?」「おや、散逸や盗難を防ぐ為に、封印を施しておいたのですが、無駄になりましたか?」

 口を滑らせた、というほどではないが、もう少し慎重に発言するべきだった。とはいえ、玉さんの反応を窺うには丁度良い踏み込み具合だったので、もっけの幸い、ということで、竜語にも慣れてきたし、今少し踏み込んでみようか。

「僕が直接、確認したわけではありませんが、埋もれてしまって、竜図書の存在を知っているのは、氷竜フィフォノと、翠緑王コウ・ファウ・フィアだけで、人口に膾炙するには至っていません」「そのように、相成りましたか。それでは、二竜は、その後、どうなりましたでしょうか?」「二竜ーーと仰ると?」「いや、失敬。貴方様は聡明ですので勘違いしておりましたが、未来のーーという言い方もおかしなものですが、逆に、私のほうが過去の人間でしたね。ーーこれを知っている者は往時、殆ど居なかったと思いますが、三王は二竜と行動を共にしていました。ーー覚えています。二竜の、私を見る目を。いえ、違うのでしょう。私など、二竜の視界に存在していなかった。それ故、知ることは多くありませんが、今でも記憶に残っている言葉があります。二竜は、魔獣種の竜、だそうです」

 光玉が、きらんっ、と輝いた。もしかしたら、光玉は玉さんの魂と直結していて、感情を明度などで表しているのだろうか。然ても、玉さんの話は終わったようなので、次は僕が差し出す番である。

「魔獣種のーー大陸(マース)の竜ですか。幻想種の竜より活発だと聞いていますが、そうですね、あとで竜の皆に聞いてみましょう」

 然てこそ、先ずは保身に走っておく。魔獣種の竜について知りたければ、僕を生かして帰すか、或いは竜を引き入れるか、ーーとはいえ、ヴァンとかいう八聖には、こういった交渉とか、もっと根本的な、常識とかは通じなさそうではあるが。

「聖語時代が幕を閉じたのは、五百周期ほど前だと言われています」「何と! 五百周期とはーー。百周期経っていないと思っておりましたが、正常に機能しなかったようです」「ああ、もしかして。このーー奈落の維持の為でしょうか、三洞窟に竜を配置したようですが、内一竜のフィフォノは、自由に外に出ていたようです」「そうでございますか。この奈落自体が無理を押して成されたので、致し方ないでしょう」

 玉さんが驚くと、光玉がぴかっと明るくなる。時機を待っていたが、今が適切だろうか。僕にとって忽せには出来ない、竜のこと。最も知りたかったことを玉さんに尋ねる。

「玉さんの仰り様ですと、奈落の完成には、エタルキアも寄与しているようですね。彼の暗竜は、在るのかそうでないのかわからない状態のようですが、如何様な役割を果たしたのでしょうか」

 ととっ、不味い。気持ちが先行して、求め過ぎただろうか。表面上は、何事もない振りをして待っていると、主から箝口令のようなものは敷かれていないのか、あっさりと話してくれる玉さん。

「主に失礼になるとはいえ、事実ですので申しますが、ヴァン様御一人では奈落は完成しませんでした。遣り直す、引き返す時間もなく、選択を迫られていたときに、エタルキア様が来訪なさいました。エタルキア様とヴァン様の間に、どのような遣り取りがあったかは存じませんが、暗竜様が姿を消されると、奈落は完成いたしました」

 残念、とか言ってはいけないのだろうが、得られた情報は少ない。やはり、玉さんの主である、ヴァンから直接聞くしかないのだろう。

「おや、今しばらく掛かると思いましたが、御目覚めになったようです」

 ふよふよ~と僕の斜め右に。主との間を取り持つ位置、ということだろうか。結局、僕からは殆ど情報を差し出すことはなかったのだが、五百周期という時間がなにがしかの差し響きとなっているのか、それとも玉さんの元々の性格なのか、まぁ、斯かる仕儀と相成ったからには、幾つかの想定を行った上で準備しておかなくてはならない。

「はく~、はにはくじ、なごじろいさばろじにさじごに……」

「みじめはごうろではざさまはが、ごうさいにじごぶじではざさまは」

 うわ……、これは聖語と中位語での会話なのだろうか、玉さんと同じく、突然現れた、赤子の顔くらいの大きさの光玉ーー大玉とでも呼んでおこうかーー大玉から、気怠そうな、若者の声が聞こえてくる。

「いや、失敬。そういえば、貴方様が何者であるのか、伺っておりませんでした」「『竜の狩場』と言えば、御分かりでしょうか? 炎竜ミースガルタンシェアリ様と交渉を行い、彼の地に国を興しました。竜の国ーーグリングロウ国の翠緑王に奉ずる、侍従長のランル・リシェと申します」「ほほう、それはまた、遠い所より参られましたか」

 「竜の狩場」或いはミースガルタンシェアリで、玉さんには通じたようだ。大袈裟でないように、然し侮られない程度に情報を差し出してみたが、果たして八聖の反応はーー。

「に、ごのろうろごいまな」「ばろくじじくろろく、じはろいはろごろろささくろろはいごじは。じろ、ろじさいいじろろいばろさば」

 感心した様子も、臆した感じも見られない。大玉に目立った変化はなく、ぷかぷかと浮いているだけである。ただ、事前に予想した通りの、尊大さが、端々に。はぁ、こうした手合いとの交渉は、エクなんかが得意なんだけど、まぁ、悪友を連れてきたら別の意味で大変なので、ここはエタルキアの安否を、状態を知る為にも、頑張らないと。

「ごはご、いさくさろはいくいさいいろささろいさは」

 大玉は、見下したような言葉を僕に放ってきたーーようなのだが。何だろう、ヴァンの言葉が、僕の魂というか内側に、ちょっとだけ引っ掛かったような……。然ても、試してみる分には問題ないだろう。僕は、フィン語を解することが出来た。相手が竜だったから、可能だった。聖語? 僕には無理だ。でも、僕の内には、「千竜王」だけでなく、未だ正体の掴めない魔力もあるので、ーー思惟の湖にどっぷりと潜って、心象を行うことにする。

 ーー異言語力(ゼノグラム)。昔、兄さんに聞いた話にあったもの。兄さんは言っていた。自分は「砂の耳」を持っているが、里長なら異言語力を使えるかもしれない、と。里長は、試す機会に恵まれなかった、はず。僕には巡ってきた。斯かる能力があることも知っている。経験と、直感に依るものだが、ヴァンを相手取るには、認めさせる、示す必要がある。そこに言語の壁を挟めば、玉さんが薄めてしまう。ーーとまぁ、色々と理由を付けてみたが、根本的なものはもっと単純で、この太々(ふてぶて)しい、ヴァンという男が気に入らないのだ。何故だろう、従者の少年にさえ、ここまでの苛立ちを、拒絶感を抱くことはなかったというのに、……もしかしたら、この場所の、奈落の影響なのだろうか。

「ヴァン殿ーーと呼ぶが、問題ないだろうか」

 何処から遣って来たのかはわからないが、僕を潜って湧いてきた「言葉」を使う。

「なんと! あなたさまは、いいえ、りしぇさまは、せいごをきざむことができたのですか」「いえ、話せませんでした。ですが、僕が話している言葉が聖語だというのなら、ーー遣ってみたら、出来ました」

 然も、何事でもないかのように、にっこりと笑う。どうだ、お前に出来ないことをしてやったぞ(訳、ランル・リシェ)、と大玉を見て、笑顔の中に嘲りを含んでやる。

「リシェ、とか言ったか。聖語で、その『言葉』で、『炎よ、燃えろ』と言ってみろ」

「……?」

 ……と、予想した反応とは違ったが、ここで馬鹿面を晒すわけにはいかない。異言語力を使うことが出来たようだが、なるべく意識しないように、話す、いや、玉さんが言っていた、刻む、ように「言葉」を発する。

「『炎よ、燃えろ』」

 ぽっ。

 ……魔法使いが照れたら、こんな感じだろうか。って、いやいや、王様な女の子のことを思い出している場合ではなく。うん、しょぼい。しょっぱい、と言い換えてもいい。聖語が使えたっぽいけど、炎竜の吐息よりも薄らかな、今にも消えそうな炎に、情けない気分になっていると、

「なんとなんと! やはりきざむことができたのですか!」

 光玉が、興奮気味に、ぴかぴかっ。そんな大袈裟な、と思ったが、玉さんの驚き様は、どうやら別の部分に向かっているようで。楽し気に、皮肉めいた笑声を発しながら、ヴァンが引き継ぐ。

「くっくっくっ、自覚なしか、リシェとやら。お前の刻んだそれはな、『原聖語』だ」「『原聖語』? ーーそれは、聖語時代の、失われた初期、前期のーー?」「そうだ。聖語を、引き返せない言語にしてしまった、愚か者たちの所業」「ほほう、それはそれは。もしや、せいごはまださきにすすめるのでしょうか?」「そうかも知れんが、今更、だろう。仮に、今が聖語時代の後期であったとしても、奴らの尻拭いに時間を浪費してやる気になどならんな。そもそも、それらは、どうにかしておかなかったファルワール・ランティノールの所為だろう」「ーーん?」

 ーーんん? あれあれ? いや、ちょっと待って、これって、……やばいことに気付いてしまったかも。竜にも角にも、八聖である彼なら何か知っているかもしれないので、探りを入れてみよう。

「ヴァン殿。ファルワール・ランティノールは、聖語時代の一人目の天才は、敢えて聖語を、初めから終わるように(・・・・・・・・・・)創ったのではないですか?」

「馬鹿か? そんなことをして何の意味がある」

 うぐぐっ、いやいや、我慢我慢。ヴァンが、最後まで残った八聖が、こんな人物であることは事前に予測していた。最後まで残った、聖語を刻むことが出来た、特別な存在。そのまま、拗らせた、典型的な人間。ーーふぅ、会話の技術というか能力がないだけで、悪意はない、もといないどころか天こ盛りだが、反発したところで意味はない。片方が折れるしかないのだから、僕が何とかしなくてはならないーー今は。……くっくっくっ、あとで反撃の機会があったら、覚えてやがれ。と近くにいるはずの竜たちに誓っておく。

「何の意味があるかについては、ここでは言及を避けておきましょう。ですが、考えてもみてください。聖語が、引き返せない言語だとわかったとき、本当に前期の関連した文物のすべてが失われていたのでしょうか?」「む? 何が言いたい?」「前期の、自分たちが愚かだった時代の文物を焼いてしまったーーと伝え聞いていますが、すべてを焼く、そんなことが可能でしょうか。というよりも、ファルワール・ランティノールが、聖語時代の天才、聖語を創った張本人が、何も対策を施していなかったなど、有り得るのでしょうか」「ーーファルワール・ランティノールは、あと、ラン・ティノもそうだったか、天才は早々に去ったと、表舞台から姿を消したと伝えられている。正当に評価されなかったから、恨みに思っていたのかもしれんな」「…………」

 役立たずめが。とか喉元まで言葉が元気に駆け上がってきたが、説得して帰ってもらう。ヴァンは、完全に自分中心の人間だ。他の八聖との接触がなかったとしたなら、本当に困ったちゃんだ。内の王様なんて比較にならないほど、いや、比較はできそうなくらいだが、って、いやいや、魔法使いと随分会っていないからといって、王様成分欠乏症に罹っている場合ではない。竜にも角にも、わかっている範囲で、思考を推し進める。

 ヴァンが知らなくて、僕が知っていること。「魔毒者」ーー魔術師ーー魔法使い。そう、これらに共通しているのが、魔力。往時から、「魔毒者」は存在した。であれば、魔力の存在に思い至って、或いは突き止めて、魔力を、魔法をーーという流れになってもおかしくない。というか、古語時代が、正にその流れだった。その、在るべき、であったかもしれない流れを変えたのか、もしかしたら、歪めたのが、ファルワール・ランティノール。

 僕は彼の人物は、里長と同水準の天才であると当たりを付けている。彼は、他種族から知見を得て、聖語を創ったとされている。兄さんが言っていたように、里長が異言語力を具えていたのなら、ファルワール・ランティノールも同様であった可能性がある。こんな推測(もの)、本来成り立つはずのない図式である。ファルワールの家系を、里長のことを知らなければ、考慮すらしなかっただろう。

 ファルワールにフィスキアに、他にも。彼らに目的があったとしたならーーその一つは、魔力から、魔法に至る過程から遠ざけること。聖語の台頭によって、「魔毒者」は排斥されて。古語時代に入ってからも、魔術の発展は緩やかで、組合が作られることもなく、現在でも魔法使いは、然るべき地位を得られていない。そうあるように、里長が、延いてはファスファールが、若しや〝サイカ〟や〝目〟もその為にーー?

「ーーっ」

 やばいっ、やばいっ、これはやばいっ、って、三度じゃ足りないくらいに、やばやば過ぎるっ! もし僕が考えたことが当たっているのなら、コウさんは、竜の国は、それを成す為に主導してしまった僕は、里長から確実に目を付けられている。

 氷竜百体おいでませ~、と魂から凍えそうになってしまったので、スナを始めとした氷竜たちに群がってもらって、引き攣れのような極寒の恐怖を誤魔化す。……くそぅ、百体でも足りない、雷竜も追加、或いは氷竜千体……って、妄想している暇があったら、先ずは、息苦しくとも頭がずきずきでも、結論まで逝って、もとい行ってしまわないと。

 ーー一度、里を訪れないといけない。身の安全の為に、スナかラカを連れて。いや、二竜一緒に。若しくは全竜で。魔獣種の竜ーー二竜が里長と繋がっていないとは限らない。……里長が竜の国を訪れたとき、はぁ、本当に、いったい僕は、どれだけ足りなかったというのか。コウさんが、魔法王が存在して、グリングロウ国は魔法を発展の、中心地になろうとしている。正しく魔法を、魔法使いを導くこと。それが里長の、彼らの思惑に合致するだろうか。魔法部隊が幾つもの国で成っている現在、蓋然性は勿論あるのだろうが。

 はぁ、大き過ぎる。きっと、何処かで何かが繋がっている。魔力を、魔法を、「魔毒者」という犠牲を生みながらも、発展を阻害した。そして、コウさんという存在。明らかに異質な、世界を滅ぼすことが出来る、竜すらも超えた人種が生まれて。ああ、考えたくないけど、僕もまた、「千竜王(こんなもの)」を抱えてしまった、異質の存在(ひとつ)。僕がしたこと。それは、竜を表舞台に立たせて。係わらせた、と言い換えてもいい。僕は、僕自身の願いと想いで行動してきたがーー。それが誰かにとって、都合のいい流れだというのなら。

「ーーーー」

 ーー駄目だ。届かない。可能性の海で遭難中。竜と一緒にあっぷっぷ。ーー竜にも角にも、パルに乗って、現実に帰還と。ああ、海だったら、アグスキュラレゾンのほうが、って、いやいや、妄想はここまで。とてもでっかいらしい海竜王さんとはおさらばである。

 「発生源の三つ子」も、この世界規模での陰謀に係わりがあるのだろうか。陰謀、と言ってしまったが、他には、危機、とか、異変、とかも当て嵌まりそうだ。この世界は、創世神でない神が創った世界。不十分だった? がたが来ている? ……うーわー、いったい僕は何を考えているのか。世界崩壊水準(こんなもの)、僕一人でどうにかなるはずがない。コウさんに……、いや、駄目だ、あの娘っ子は駄目だ。と感情から否定してしまったが、理性の面からも、大雑把でちゃっかりな王様には、まだこの時点では教えられない。老師は、能力的な面で、不適格。となると、唯一と言える相談相手は、スナ。いや、ナトラ様も問題ない。ただ、ナトラ様はアランに伝える。アランなら問題ない、と言いたいところだが、絶対に問題が発生する。と自分で何が言いたいのかわからなくなってくるが、まぁ、つまりはこういうことである。事を知ったアランは、絶対に僕に対して、事案の解決を求めてくる。そして断ることが出来ない僕は、この問題にずっぷりと嵌まってしまうことになるのだ。

「おい、壊れたぞ、直せ」「いえ、ゔぁんさま。あきらかにあやしいそぶりをみせていますが、かんがえごとをしているさいちゅうであるとおもわれます。よのなかには、いろいろなにんげんがいますので、あきらめがかんじんなのです」

 酷い言い様である。まぁ、玉さんは、僕にではなくヴァンに言っている可能性があるわけだが、いや、僕ら(そうほう)に言っている可能性が一番高いか。

「この世界の秘密の一端に触れてしまったかもしれないので、少しばかり苦悩していました。それに、秘密ーーということなら、この奈落もその一つです。率直に尋ねますが、奈落は何の為に造ったのですか?」

 ヴァン相手には、回りくどいことをしても逆効果になるだろう。遣りたくはないが、子供と話すときの遣り方が参考になる。覚えておかないと後悔することになる、と半ば脅すように里で師範が言っていたが、こんな役立ち方はちょっとやだなぁ。

「八聖の内、他の七人はどうなった?」「ーーいえ、ヴァン殿も含めて、五百周期後の、現在には消息は伝わっていません」「そうだろうな。いずれ聖語は刻めなくなっただろうし、出来ることにも限りがある。ーーお前は、出来ることが少なかったら、どうする?」「それは勿論、『出来ること』を使って、『出来ること』を増やします」

 真剣な声での問い掛けに即答すると、大玉がぴかぴかと明滅し始めた。

「くっくっくっ、あーはっはっはっ、ぐははっ、その通りだ! すべてが知りたかった! だが叶わない! 行き詰まる! あと少ししか知ることが出来ん! そんなこと許せるか! 我慢できるか! すべてを知るにはどうしたらいい!!」「ーーそれは、まぁ、すべてを知っている存在にはなれないでしょうから、そうした存在から聞けばいいんじゃないですか?」「ぎゃっはっはっ、お前っ! いい! 気に入った! そうだ! その通りだ! 聞けばいいんだ!」

 うわぁ、何やら気に入られてしまったらしい。竜の果てまでお断りである。だが、まぁ、今は当然それを利用させてもらうわけだが。溜め息を吐こうとしたところで、その空気を呑み込んでしまった。ヴァンが至った結論ーー。さすがにそれは予想していなかった。

「そうだ! すべてを知っている、神から聞けばいいのだ! 神との対話の為に、この奈落を造ったのだ! ……奈落? 奈落とは、この神話装置の名か?」「はい。べんぎてきにわたしがなづけました。せいしきめいがあるのでしたら、きょうよりそちらでよびますが」「あった、ような気がするが、忘れたから奈落でいい」

 感情の起伏が激しいが、これも五百周期の星霜の然らしめるところだろうか。いや、玉さんの反応からも、たぶん元々の、素の性格なのだろう。然てしも有らず、神話装置って、何か突っ込みどころ満載だが、竜の角で致命傷を与えてやりたいところだが、円滑な会話の為にも、受け流さないといけないだろう。どうやらヴァンは、神々を買い被っているようだ。竜と対等とされている神。創世神でない神のことや、これまで聞いたコウさんやスナたちの話から、神々が完全な存在でないことは、ほぼ確定となったのだが。今は、水竜を差し向けるのは止めておいたほうがいいだろう。

「ですが、見たところ、未だ神との対話は成っていないようです。成立するまでには、永い時間を要するということでしょうか?」

「すでに、完成は、している。だが、奈落を使える者がおらん。今、目覚めたということは、奈落を使える者が世界にいるということだ。お前は知っているか?」

 さて、どうしたものか。軽々には答えられない。それに、ざっくりとし過ぎている。もうちょっと詳細を、いや、詳密に聞き出したいところだが、そんなことをすればヴァンは絶対に臍を曲げるので、可能性の芽を摘まない為にも、ここは仕方がないだろう。

「二人ーー可能性がある人物を知っています。一人は、先に言った、竜の国の翠緑王。彼女は、聖語時代で譬えるなら、聖語王とも(とな)えられる存在です。王の裁可がなければ、聖語使いは、聖語を刻むことが出来ない。そうした、聖語の根源を握った存在と思ってください。そして、もう一人がーー聖語時代の二人目の努力家(てんさい)、ラン・ティノです」「なんと! せいてんのおひとりがいきておられるのですか!」「せいてん? 聖語の聖に、天の国の天で、聖天?」「はい。とくにせいごじだいのこうきは、はめつのかねにたいこうするように、しんじゃがぞうかしていました」「そうか。じゃあ、どちらでもいい、連れてこい」「…………」

 そろそろいいだろうか。未だ身の危険はあるが、僕を害するのが得策でない程度のものは示すことが出来た。もういいよね、邪竜さんがこんにちはしてもいいよね。などと邪悪竜さんも呼ぼうかと思案していたところで、不穏な空気を察知したらしい玉さんが割って入る。

「ゔぁんさま。ここはせいごじだいではありません。あいてになにかたのむときには、きちんとたのむか、きんせんなどのだいしょうをしはらうか、おどすかしないといけません」

 いや、玉さん。その言葉には完全に同じるが、脅す、とか実際に口にしてしまうのはどうなのだろう。でも、主の扱いを心得ているだろう玉さんのこと、ヴァンは斟酌なんてまったくしないだろうから、はっきりと言わないといけないのかもしれない。

「そうか。目的の為には、仕方がない。連れてくることを許してやる。早く連れてこい」「…………」「りしぇさま。わるぎはない、とはいえませんが、ごりかいいただけるとおもいますが、こういうかたなのです。りしぇさまにもなにかもくてきがあるとおもいますので、そちらでのそうさいをおねがいいたします」

 うぐぅ、玉さんに免じて、今少し我慢してやるとしよう(ぼっかんえんき)。

「どうした、愚図。耳が悪いのか、ああ、それとも脳のほうか、これだから低能は困る」「……正しく伝える為にも、奈落についてもう少し知っておく必要があります。ないとは思いますが、翠緑王及び聖天にお出でいただくことを確実なものとする為には、必要なことかと」「む? あー、ラン・ティノはともかく、翠緑王とか言うのは、聖語の知識がないのか。名前負けも甚だしいが、力だけはあるようだから、説明してやらんでもない」

 スナがにっこり。ラカがほんわり。百がつんつん。足りない足りないまだ足りない、フィンもリンもパルもイリアもリーズも、最近逢ったズェーとナグまで、皆纏めて今日も竜日和っ……はぁ、はぁ、うん、なんとか耐え切った。でも、次辺りは駄目そうだ。みーが頑張竜舞踊を披露しても、……いや、それなら三回くらいは、って、そうじゃなくて!

「お前は、聖語を刻むのに必要な素が何か、知っているか?」「力ある言葉、と聞いています。言葉自体に力があると。あとは、聖語を刻むのに、少量の魔力がーー魔毒が必要であると聞いています」「何を使って聖語を成しているのか、最後まで誰も解き明かすことが敵わなかった。知っていたのは、ファルワール・ランティノール唯一人。然し、奈落を造ると決めてから、代替が利くと、研究で知ることが出来た」「代替とは、何を使用したのでしょうか?」

 もしかしたらラン・ティノ以外で、ファルワール・ランティノールに最も近付いたのは、迫ったのはヴァンだったのかもしれない。感興をそそられて聞き返してしまったが、直後に後悔することになった。ヴァンは、宝物を発見した子供のように、陽気に口にした。

「ああ、それはな、人間の魂だ。四十万くらい使って、奈落を安定させた」

 すたすたすた。がしっ。

「ごぎぃやぁああああああああぁぁあああああ~~っ! ……こ、この下郎がっ!?」

 無言で、僕はもう一度、喰う。

「ぁががががががああぁ~~っ! ぼぎゅぅううううううううぅぅっっ!!」

 もう我慢する必要なんてない。いや、間違いだった。初めからこうしていれば良かった。ヴァンが僕を害する危険があるとか、そんなことはもうどうでもいい。

「なっ!? どういうことだ! 聖語が効かないだと?!」「そうだとは思ってました。里で、聖語の封印を無効化したときから、その蓋然性はあったと。精霊魔法も無効化するし、『千竜王(へんなの)』も内に在るし、まぁ、そんなことはどうでもいいんですけどね。ただ、今、僕は迷っているんです。このまま喰い尽くしてやりたいんだけど、理性の部分ではそれはしてはならないと警告は発しているですけどね、わかります? このあっついんだかひゃっこいんだかわかんない気持ち」「そんなこと知るっぐわぁああああああああっっぞぅばああああああぁぁあああああっっ!!」「りしぇさま。げんじょうはかわりません。わたしをくいつくしてもかまいませんので、あるじをかいほうしてはいただけませんでしょうか」「…………」

 玉さんがヴァンの悲鳴のあとに、言葉を差し挟んでくる。大玉を、ぽいっ、としてから、光玉に尋ねる。

「玉さんは、当然、知っていたのですよね」「はい。ちのくにですら、わたしをうけいれないでしょう。しっそうじけんとして、しょりされましたが、せいごじだいのまっきのこんらんきとあって、りゅうごじだいにはわすれさられていました」「どうにかならないかと、調べはしたのですね」「はい。ですが、せんがくひさいのみ、わたしだけではどうにもならず。のこりのはちせいをさがしまわり、ふたりとせっしょくがかないましたが、かれらはすでにいきついてしまっていました」

 行き着いたーーもう聖語が刻めなくなっていたのだろう。それでも、八聖と称えられるだけの才と知識があっただろうから、玉さんは彼らを雇うか何かして、事に当たらせていたはず。はぁ、片棒を担いだ、担がされてしまった玉さんでさえ、慙愧の念と向き合ってきたというのに、悪逆無道極悪非道言語道断残酷非道残忍酷薄人面獣心大逆無道暴虐非道冷酷無残ーーこの百倍唱えたところで到底足りない、この男は、困ったことに、罪悪感の欠片もなく、反省などといったものはギザマルの爪の先程もなく、……人種とは、こうまでなってしまえる生き物なのだ。

「……ふぅ」

 体の中に溜まった、よくわからないものを吐き出す。そうしないと、自らを制御できる自信がなかった。竜に傾いていると言っても、さすがにこれは効いた。嘗て、「騒乱」で数十万の命を危険に晒した。あのときの、底を失ったような果てのない恐怖は、今でもときどき夢に見て、(うな)されることがある。それがどうだろう、実際に夥しい人種の命を奪った男は、当然の権利のように僕に罵倒の言葉をぶつけている。

「よっと」「なっ!?」「ああ、何かできそうな気がしてやってみましたけど、魔力か何かで引き寄せることができましたね」「きっ、貴様! ただで済むと……」「ゔぁんさま、ゔぁんさま。ここはあやまっておいたほうがよろしいかとおもいます。まったくそのきはなくとも、ことばだけでよいので、そうしないとほんとうにたべつくされてしまいます」「ぐっ……、仕方がない。神との対話を成すまでに、消滅するなどあってはならない。ーーお前の無礼な振る舞いは、すべてなかったことにしてやろう。そら、これでよかろう、次はお前が謝罪をする番だぞぼぼぼっぼぼぼぽぽぽぉ~~っっ!?」「…………」「ぐぅおおっ、何だ! 譲歩しただろう! お前は人非人か!!」「ーーーー」「いや、ちょっと待て、話は聞こう、他に何か要求があるのだろう、業突く張りな奴めが」「……もういいです。これから僕が言うことを復唱してください。ーーごめんなさい。何でも言う事を聞くので許してください。はい、出来る限り簡単にしました。どうぞーー」「はっ、何を勘違いしている。八聖である……」「ゔぁんさま。りしぇさまをはちせい、あるいはかみとおもって、たいとうかそれいじょうのあいてとしてたいおうしてください。そうでないと、わたしでもかばいきれなくなります」「な、何を言って……」「復唱」「だいじょうぶです。いたいのはいっしょんだけです。がまんしてふくしょうしましょう」「…………」「「…………」」「ーーーー」「「ーーーー」」「……っ」

 ぴゅー。

 逃げた。往生際が悪い。引き寄せて、がしっ。最後通牒。氷竜も凍える冷たい目を向ける。玉さんは庇わない。眼前には邪竜だけ。もう言葉を連ねるのも面倒臭い。

「滅びろ」「ぃいまっ、今やる! ちょっと待て、ちょっとだけでいいっ! 心の準備くらいさせろ!!」「一、ぜ……」「っ!? 短過ぎだろうっ! ぐぐぐぅぅぅ……、……ゴメンナサイ。ナンデモハイウコトハキケナイケド、タイガイノコトハキイテヤラナクモナイノデユルシテクダサイ」「ーーどう思います、玉さん」「これがげんかいなのです。さきほどもいったとおり、げんじょうはかわりません。よんじゅうまんの、たましいのあんねいをゆうせんしていただけたならさいわいです」

 まったく卑怯な言い方をする。玉さんの言い様からして、四十万の魂は、未だ奈落に囚われているのだろう。恐らくは、魂は神との対話の代償として使われる。四十万の魂を毀損することなく対話を成すには、はぁ、コウさんしか出来ないだろう。ラン・ティノは、努力の人だと言うし、人外どころか竜外水準の力が必要とされる、そんな規格外な力など持っていない、はず。然し、魔法の制御に難があるコウさんだけでは駄目だ。スナを始めとした竜の協力が、或いはラン・ティノにも要請しないといけないかもしれない。

「竜にも角にも、取り引きといきましょう。ヴァン殿の願いは叶えましょう。翠緑王で敵わないのなら、この世界に他に手段はありません。その代わり、外部から遮断できる、この奈落を、場合によっては利用、ではなく、使用させてもらいます」「む? 奈落の機能に……」「返事は?」「コレデトリヒキハセイリツダ。トットトウセルガイイ」

 ぱっ、と大玉が掻き消える。片言での喋りが気に入ったのだろうか、嫌そうではない捨て台詞が、大変不愉快だった。いやいや、もう切り替えろ。鱗にも尻尾にも、遣るべきことは遣った。

「まぁ、こんなところかな」

 エタルキアについて聞くつもりだったが、ヴァンが変な気を起こしても面倒なので、控えておいた。暗竜に関する、必要な情報は得た。あとはスナとナトラ様に伝えれば、事が済んでからでも遅くないだろう。ーーまだ、確定はしていない。エタルキアは、ヴァンに協力して、奈落を完成させた。それは、四十万の魂を捨て置けなかったからではないかと。

 不思議に思ったことがあった。落ちて、闇に包まれて。この場所を、この暗闇を、恐ろしいと感じることはなく、心地好いとすら思えて。それは暗竜の、竜の能力でーー、何より、エタルキアの優しさの結果だったとしたなら。それは当然のことで。僕はもう、その部分では疑っていない。ーーすべてが終わるには、エタルキアを救う、或いは想いに応えるには、時間が必要だ。暗竜を解放するのは、僕ではないのかもしれない。ふと、そんなことを思って。ああ、そうだった、そういうことか、と甘心する。

「そろそろ戻らないと、心配しているかな」「しょうじき、ならくがこわされないかとひやひやしております。……このようなみになっても、うらやましいというかんじょうがわいてきます。おはやく、りゅうのかたがたのもとに、もどってあげてください」

 玉さんが、じんわりと光ったので、笑顔で頷く。ヴァンを引き寄せることが出来たのだから、まぁ、出来るんじゃないかな、と思ってやってみたら、あっさり成功。ふわ~りふわ~りと、闇の深みに、昇っていくのだった。


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