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3.冬のポテトサラダ、の巻①

~面倒な洗い物を減らすには~

 年上の彼氏と年下の彼氏、どっちがいい? と聞かれたら、年上と即答する。


 人生経験を積んだ大人っぽい男性を希望。「大人っぽい」の定義は、頼りになって包容力のある男性のことだ。

 だって、頼りがいのある男性の方がいいじゃない! 私だって甘えたいんだもの。

 ああ、どこかに私の理想の男性が落ちていたらいいのに。落ちていなくとも見つけやすい所に隠れていたらいいのに。


 現実はそうは甘くない。私の理想は他の女性と被る可能性は大いにあって、いいなと思った男性の左手には既に結婚指輪が輝いているという場面には何度も遭遇した。


 友人からは「ゆりは年上って感じだよね。年下だと遊ばれそう」などと言われていた。

 ゆりは私の名前。清楚な花の名前が役に立ったことは一つもない。


 年下だと遊ばれそうとは全く酷い言われようだ。しかし、私は妙に納得して否定はできなかった。

 今までお付き合いのあった人は同世代から年上だけ。実際、年下の男性との距離感がよくわからないのだ。


 時刻は午後七時。指定された場所は最寄り駅から歩いてすぐの、表通りから一本中に入ったところにあるカフェ&レストラン。


 クリスマスが終わったばかりなのに、二月の街角にはイルミネーションが輝いている。白くなった息を大きく吐き出して、木のステップを上がった。

 入り口には「貸切」と木彫りの札がかけられている。手袋を外してカバンにしまい、取っ手を押していく。


「場所、分かりづらくなかったですか?」


 ワイシャツの上からエプロンをかけた福留くんが扉を開けて出迎えてくれた。白地に灰色と青色の交互の縦ストライプのエプロン。涼しげな色がよく似合っている。


「ナビどおりに来たら平気だったよ」


 携帯電話のナビは優秀で、迷うことなく予定時刻のピッタリに到着した。


「荷物はここに置いてください。コートはハンガーを使ってください」


 福留くんが手で指し示してくれた。荷物は布のカバーがかけられたソファーの上に置かせてもらう。


 クッキングスタジオをアジアン風にした店内と言うのだろうか。ガラス張りの店内で、壁にはアジア系のタペストリーがかけられている。


「もしかして。今日のためにお店を借りてくれたの?」


「ほぼ合っています。知り合いのお店ですが、今は長期の海外出張中で。留守の間は自由に使っていいと言われているのです」


 自由に使っていい代わりに、観葉植物等の世話を頼まれているらしい。

 赤いエプロンの腰ひもを結び、シュシュで髪を留める。身なりを整えると自然と気持ちが引き締まってくる。


「持ち物はエプロンとお手拭きだけでいいと聞いていたけれど大丈夫だったかな」


 準備は何一つしていないことに気づいて、急に心配になってきてしまった。


「それは大丈夫です。ほぼ手ぶらで来てもらいたかったので。材料は昨日用意して冷蔵庫に入れておきました」


「昨日用意してくれたの? なんだか申し訳ないな……材料代だけでも私に出させてね」


「僕も食べるので……半分で大丈夫ですよ」


 さらりとお金のことは流して、福留くんは準備を始める。

 材料を用意してくれたのはありがたい。あいにく私は材料を選ぶセンスを持ち合わせていない。どの野菜が新鮮で食べ頃かを見分ける方法があるらしいけれど、全く覚えられない。


 カウンターの前が対面の厨房になっていた。

 トレーにはジャガイモとニンジンとタマネギとホウレン草。きっと今日の料理で使う材料だろう。


「さて、これから料理を始めていく……と言いたいところですが、始める前に聞きたいことがあります」


「どんなこと?」


「真島さんはどのように料理をしていきたいですか?」


 料理をしたいと思ったことがないと答えてしまったら、福留くんの質問の意図ではないだろう。

 料理がしたい、料理がしたい……と自己暗示をかけてみる。


 学生時代にクッキーを手作りしてみたら、洗い物が増えて片付けが大変だったことが頭に浮かんだ。

 黙ってしまった私に「無理に答えを出さなくてもいいですよ」と声を掛けてくれる。


「……洗い物が少なくて済んだら嬉しいかな」

「洗い物ですね。できますよ、工夫次第では」


 私の呟きを拾い上げて、「工夫」を少し強調するように言った。


「これからポテトサラダを作ります」

「あの、作り方知らないけれど……」

「大丈夫です。一緒にやりましょう」


 仕事では教える立場なのに、プライベートでは教えてもらう立場。なぜか福留くんに「大丈夫」と言われると安心感がある。


「まずジャガイモの皮を剥くところからですが、ここで洗い物を減らすコツがあります」


「どんなコツ?」


 とても気になる。洗い物が減れば料理が楽になれる。


「新聞の折り込みチラシ等を数枚重ねて用意しておきます。その上に剥いた皮を落としていったら、チラシを丸めるだけでゴミ箱に捨てられますよね」


 福留くんは用意してあるチラシを広げた。

 新聞のチラシかぁ。実家では新聞を取ってたけれど、今はネットニュースしか見ないから家にはない。


「新聞の折込チラシがなければポストに入っているダイレクトメールでも、なんでも構いませんよ」


 私の戸惑いを察したようで福留くんは付け加えた。


「ピーラーはここにありますよ」

「よーし、始めましょうか!」


 ピーラーを受け取ると、早速ジャガイモの皮剥きに取り掛かろうとする。


「前段階はここまでなのですが、ジャガイモは皮を剥くと色が変わってしまうので……」


「水が必要なんだね」


 空気に触れたままにしておくと、茶色く変色してしまうのは料理初心者の私でもよく知っている。


 そうか、水に浸けるためのボールが必要だ。

 ボールを目で探すが、見つからなかった。


「ここで、次の流れを言いますと、ジャガイモを茹でて粉吹き芋を作ります」


「あの……粉吹き芋って何かな?」


 私の頭の中の辞書には「粉吹き芋」というワードは存在しなかった。


「粉吹き芋作ったことないですか? 料理の一つで、ジャガイモを茹でて水を捨てた後に、さらに加熱して水分を飛ばすとジャガイモの表面が粉を吹いたようになります」


「ジャガイモの料理の一つなんだね」


 お祭りで売られているジャガバターとは違った料理なのだろう。食べたことはないけれど美味しそうだ。


「となると、ジャガイモを水に浸すボールが必要になるよね」


 ジャガイモはそのままにしておくと変色していくので、水に浸すことは知っている。福留くんは小さく首を振った。


「後から茹でるので、水を張った鍋に直接投入すれば洗い物が一つ減らせますよ」

「そっかぁ!」


 茹でる鍋に直接入れるという発想はなかった。

 確かに、水に浸けるのと茹でるのを一つの鍋で完結できる。


 福留くんは鍋に水を入れて横に置いた。

 ピーラーで剥いて、芽の部分を取ったジャガイモを鍋に入れる。

 福留くんもジャガイモを剥いているけれど、手にはピーラーではなく包丁が握られていた。


「慣れると包丁の方が早く剥けるのですよ」

「へえー」


 慣れた手つきからは、普段から包丁を握っていることがわかる。

 私のことをサポートしながら同じ数のジャガイモを剥いていた。

 小さく切った方が火の通りが早いということで、ジャガイモを切って水に入れる。


「ニンジンは半分に切ります。今回は半分だけ使いましょう」

「了解」


 福留くんから半分に切ったニンジンを受け取り、ジャガイモで使ったチラシを再利用することにする。チラシの上でニンジンの皮を落とした。


「コツがわかってきましたね」


 福留くんの表情が和らいだ。

 わーい誉められた。

 でも、嬉しさを素直に表現ができない。

 年下には甘えられない性分が出てしまう。


「そ、そうかな……」


 照れてしまって、ピーラーで剥くことに集中することしかできなかった。

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