2.診断の結果は栄養失調
「最近どんな食事をとっていたの?」
「カップ麺を食べることが多かったです。……仕事も忙しくて」
中年の内科医にカルテをめくりながら質問されて、私は即答した。
「カップ麺ね。栄養に偏りが出てしまうから、あまりオススメはできないよ」
医師は小さく息を吐いてから淡々と言った。
「診断の結果は栄養失調。貧血で倒れたのはそれが原因だね」
「栄養失調……! 今どきそんなことってありますか?」
飽食の時代に栄養失調という言葉は似合わない。自分が栄養失調になったなんて、にわかには信じられない。
「あまり珍しくもないよ。ダイエットをしすぎて小食ぎみになったり、サプリメントに頼りすぎていたり。大丈夫。点滴を打って、明日には退院できるから。点滴の準備、お願い」
医師からの指示を受けて、側にいた看護士はナースステーションへ早足で歩いていった。
「それにしても、会社の後輩くんかな。真島さんが救急車で搬送されたときも付き添ってくれたみたいだから、早く元気にならないとね」
診察が終わって、腰を上げかけた私に向かって、医師は言った。
「あ……福留くん。そうですね、お礼を言わなくちゃ」
昨日、急に私が倒れたときに福留くんは救急車を呼んだり、入院の手配をしてくれたりと奔走してくれたらしい。私の両親が来るまで病室にいてくれたみたいだ。多大な迷惑をかけてしまった。会社に行ったときにはひたすら謝るしかない。
月曜日の朝。仕事には影響がなく、普通に通勤。
会社近くのコンビニの前で、命の恩人である福留くんと遭遇した。
でも、なぜ昼食用のカップ麺を買い終わったところで会ってしまったのだろう。
「大変ご迷惑をかけてしまって、ごめんなさい!」
ぺこりと腰を折り曲げた。通勤の人たちが、私たちを避けて歩いていく。
「病院まで付き添ってくれて、感謝の言葉しかありません」
「当然のことをしただけなので。真島さん、顔を上げてください」
顔を上げると、福留くんの優しげな目とばっちり合う。彼は目を細めて笑った。
「真島さん。もう大丈夫なのですね。よかった」
「栄養失調になったみたいで、点滴を打ったら元気になったよ」
「栄養失調……?」
耳を疑うような反応。続きの言葉を待っているようだったので、恥を忍んで説明をすることにする。
「実は、最近一人暮らしを始めてね」
「えっ? ずっと実家から通われていましたよね。もしかして、一人暮らしは初めてですか?」
「そうなの。家に帰ればご飯が待っているという生活だったのだけど、母親から頼りすぎって怒られちゃって。一人暮らしするように言われたの」
福留くんの疑問には答えられたようで、納得したような顔をしている。
「そうだったのですか……」
「今さらというか、どうも恥ずかしくて、一人暮らしのことは会社の人には言えなかったんだ」
「なかなか急に一人暮らしというと大変ですよね」
「料理をしてみようと頑張ってみたんだけど、ダメで。カップ麺ばかり食べていたら栄養が足りていなかったみたい」
軽く言おうとしたのに、福留くんの目は鋭くなった。
「その、手に持っているものは……?」
福留くんは私のコンビニの袋を指を差して聞いてくる。少し怖いのは気のせい?
「……カップ麺だけど」
私がウッと詰まりながら答えると、福留くんは黙って下を向く。前髪に隠されて表情は見えない。
小さく頭を震わせると、バッと顔を上げた。
「栄養の悪いものを食べているから、調子が悪くなってしまうのですよ。こんなものを食べているから……!」
「うっ……」
真っ当なことを言い当てられて、言葉を失う。
福留くんは何かを考えているようだったが、「思い付いた」と言うように瞳を輝かせた。
「そうだ。インスタントのものを食べなくて済むように僕が伝授しますよ」
「え?」
「僕が料理を教えます!」
有無を言わさず、私のスケジュールを聞くと、テキパキと日程を決めてしまう。福留くんは手帳にペンで何やら書くと、ビリッと破いた。
「一週間に一度。このスケジュールで」
日付の書かれたメモを渡された。数字を扱う仕事からか、読みやすい文字だ。
「は、はい……!」
気づくと返事をしていた。今更撤回しようとしても、福留くんの気迫に逆らうことはできない。
こうして、福留くんの料理講座が始まったのだった。




