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19.プレーンクッキーの巻①


 確定申告の打ち上げで、秋山課長と福留くんと私の三人でバーに行ってから、どうやって戻ってきたのか記憶がない。気づいたら朝だった。


「もう、朝かぁ……」


 ベッドから起きるとスーツがよれよれになっているのを鏡で確認した。これはクリーニング行き決定。

 メイクも落としていなくて、指で頬に触れるとファンデーションの粉がついた。家に帰ってから、何もせずにベッドに倒れ込んだようだ。悲惨な状態。飲み会が金曜日で今日が休日だったのが唯一の救いかもしれない。


(──そういえば、福留くんにアパートの玄関前まで送ってもらったんだった。あぁ、迷惑かけちゃったなぁ)


 おぼろげな記憶の中、アパートの玄関先で私の荷物を渡してくれたことを思い出す。何か言いたげな、困ったような表情の福留くんだった。


 当然だ。酔っぱらいの介抱なんて、しかも私のような年上の先輩なんて気を遣わせるだけだ。

 月曜日に福留くんに会ったら、謝罪しようと固く決意するのだった。




「焼きすぎちゃったんです。食べてもらえませんか」


 朝、事務所の扉を開けて目に飛び込んできたのは、ラッピングに包まれた袋を福留くんに渡そうとする杉原さんの姿だった。


「もらっていいのかな……?」

「はい、ぜひ」

「それじゃあ、いただきます」


 受け取った福留くんは嬉しそうな表情だった。

 杉原さんは私の視線を感じて振り向いた。一瞬、わざとらしく驚いたような表情を作ってから、私の方へ向かってくる。


「真島さんもクッキーもらってくれませんか?」


 朝に出社している他の職員のデスクにも、杉原さんのクッキーが置かれているのが見えた。


「え……そんな。申し訳ないよ」

「もらっていただけないですか……?」


 大きい瞳が潤み始めた。どうやらクッキーは残り一個だったらしく、目撃した私に配ってしまいたいという魂胆が見えてきた。

 もらってあげなよ、という他の職員からの痛い視線が突き刺さる。これじゃあ、私が後輩いじめをしているみたいじゃないの。


「ありがとう。いただきます」

「わぁ、嬉しい! ありがとうございます」


 断りきれずにラッピングされた袋を受け取ると、杉原さんは輝くように喜んだ。透明な袋で中に入っているクッキーがよく見える。星型のクッキーの中に小さな星に飴が流し込まれていて、飴の色がピンク、青、緑、黄色でカラフルだ。


「……綺麗なクッキーだね」

「これ、ステンドグラスクッキーというんですよ。見た目ほどは難しくはないのですが、可愛さ重視で作っちゃいました」


 思わず呟いた私に、杉原さんが教えてくれる。可愛さ重視でという言葉には、「真島さんにはこんなもの作れないでしょう?」という挑戦状を叩きつけられたような気がする。


 自分の料理の程度はわかっている。あっさりと負けを認めることにする。


「ステンドグラスクッキーかぁ。私には作れそうにないなぁ」

「そんなことないですって。簡単ですよ」


 杉原さんは謙遜するように言う。彼女にとっては簡単であっても、私にとって簡単かどうかは違う。

 クッキーは学生時代に作ってみようとしたことがある。粉まみれの飲み物なしでは食べられないクッキーが出来上がって以来、作っていない。


「……福留さんは渡さないわ」


 私にしか聞こえない声で杉原さんは呟いた。

 「え?」と聞き返すと、その発言が嘘だったようにニッコリと笑ってくる。


「そのクッキー、結構自信作なんです。おいしいですよ」

「あ、ありがとう」


 どうやら敵だと認定されてしまったようだ。私は福留くんのことを可愛い後輩で、仕事仲間としか考えていない。敵対心を持たれてしまうと困ってしまう。私の反応をじっと見て、杉原さんはトップをふんわりさせたハーフアップを揺らしてその場を去った。


 一つ思い出した。クッキーに気を取られていたけれど、福留くんに言わないといけないことがある。福留くんのデスクまで回っていって、小さく声をかけた。


「福留くん、先日は迷惑をかけちゃったでしょう。ごめんね」

「……迷惑ではありませんよ。当然のことをしただけですので」


 福留くんは視線をそらして言った。優しい福留くんは気を遣ってくれているけれど、やはり迷惑をかけたみたいだ。


「今度は飲み過ぎないように気をつけるね。本当にごめん」


 言って返事を聞かずに、自分のデスクに戻る。

 福留くんは言いたいことを我慢している表情だった。一体私は何をしてしまったのだろう。




 仕事が終わって、家でコーヒーを入れてからクッキーをかじると口の中に幸せが広がった。


「……おいしい」


 飴が宝石のようにキラキラとして可愛いし、味もおいしくて、とても手作りのようには見えない。


「クッキーもらわなければよかったな……」


 お菓子作りの腕前をまざまざと見せつけられたような気がする。

 焼きすぎちゃったんですと言いながらも気合いの入ったクッキーだ。


(負けた。これは私じゃ作れない。……悔しい)


 携帯電話でステンドグラスクッキーの作り方を検索する。ステンドグラスの部分は粉々に砕いた飴を流し込んで作るようだ。料理初心者には高度テクニックに違いない。


 『クッキー 簡単』で調べてみる。検索結果の一番上に出てきたものをクリックして、作り方を見てみる。


 材料は主に小麦粉、バター、砂糖、卵。

 思ったよりも材料が少ない。動画も見てみるが、簡単そうに作っている。


(もしかして、私でも作れちゃうのかも……)


 そう思ったことが間違いだったと後で気づくのだった。


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