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13.優しい味の筑前煮の巻①

 

 休日の朝。眠たい目をガッと見開き、キッチンに立つ。作り置きができる料理を作るために。

 冷蔵庫に一品あると思うと、仕事帰りの安心感が違ってくる。


 ジャガイモに包丁を入れて、皮を剥いていく。包丁の先には指を置かないように注意が必要。


「よし、出来た」


 包丁をまな板の上に置くと、無意識に丸くなっていた背筋をうーんと伸ばした。

 剥き終わったジャガイモはツヤツヤと光を放っている。福留くんのようには早くは出来ないけれど、時間は短くなってきている。


「特訓の成果かなぁ。なんとかジャガイモの皮剥きができるようになったよ」


 スパルタ特訓のおかげだ。包丁の持つ恐怖は無くなってきている。まだまだ危ないところはあるけれど。

 材料を切り終えると、ジャガイモを茹でる準備を始めた。




 平日の仕事終わりの時間。福留くんの料理講座の日。

 カフェ&レストランに着いたら、トレーに入った材料を見るのが楽しみ。どんな料理が出来上がるのかと想像するとワクワクする。


「今日はどんなものを作るの?」


「家庭料理の筑前煮を作ろうかと。冷蔵庫で保存すれば二、三日は食べられますよ」


「作り置きいいね! もっと作り置きのレパートリーを増やしてみたいと思っていたんだ」


 福留くんから習った料理の半分以上は作り置きできる料理だった。仕事で忙しい私のことを考えてくれているのかもしれない。


(……将来有望かぁ)


 腕まくりをしたワイシャツに、グレー系のパンツ。身長は私よりも頭一つ大きくて、175センチくらい。目は切れ長で、鼻筋は通って、薄い唇。世間でいう、整った顔立ちをしている。


 爽やかな印象は、会社では特に女性客のウケが良い。

 それもそうだ。親身に話を聞いてくれる男の子で、お客様からしたらどんどん話したくなってくるだろう。「担当は福留くんがいい!」と指名してくるお客様もいた。


(私のタイプではないかな。年下はちょっとなぁ……)


「どうしましたか?」


 ボールに水を入れ終わった福留くんが、私の視線を感じて顔を向けてくる。


「福留くんって、どんな女の子がタイプなの?」

「……え? ええっ?」


 福留くんは私の顔をまじまじと見て、途端に赤面した。視線が揺らいで、口元を押さえている。


 反応の可愛らしさに、クスッと笑いそうになった。これでは弱い者イジメみたいだ。


「あぁ、ごめん。急に聞かれても困るよね。気になる人でもいるのかなぁ、なんて思ったの。深く考えないで」


「真島さんから、そんなことを聞かれるとは思っていなくて……驚いてしまいました。好みのタイプは……そうですね。好きになった人がタイプでしょうか」


(まぁ、そう答えるのが無難だよね)


「福留くんに好きになってもらった人は幸せ者だね。タイプだったってことでしょう?」

「ありがとうございます……」


 赤面したまま黙りこくってしまった。聞いてはいけないことだったのかもしれない。

 心の中で謝りつつ、気まずさを解消するために料理に集中することにした。


「福留くん、料理を始めようか。まずは下ごしらえから?」


「肉は最後に切った方が洗い物が楽になるので、先に野菜からですね。ニンジンから始めます。乱切りにしましょうか」


「先生、乱切りはどうやったら良いですか?」


 仕事では後輩に教えてもらうことはなかったが、料理では疑問がたくさん思い浮かぶ。

 こんなに質問する人が会社にいたら迷惑だろう。


「乱切りはですね……」


 まな板にニンジンを乗せて、一口大に斜めに切り落とすと、ニンジンを回転させた。


「ニンジンを回しながら切るとやりやすいですよ」

「包丁の角度を変えながら切るのかと思ってた……」


 カレーやシチューでニンジンの乱切りは登場する。切り終わった状態は知っていた。

 確かに、ニンジンの角度を変えていけば、包丁をそのまま下ろせば乱切りが完成する。


「本当だ。ニンジンの角度を変えていけば楽に切れるね」


 ニンジンが切り終わると、今度はしいたけ。


「しいたけはどうするの?」


 質問ばかりなのは許してもらおう。


「下の硬い石突きの部分は切って、軸の部分も切っていきましょうか」

「黒くなっているのが石突きでいいのかな?」

「そうです」


 石突きを切って、しいたけの傘に近いところで軸を切っていく。


(軸は使わないよね?……)


 軸をゴミ箱に捨てようとしたら、慌てた様子でストップがかかった。


「あっ、軸は食べれるので捨てないでくださいね」

「え? 食べれるの?」


 ゴミ箱へ放とうとしていた手を慌てて引き戻す。


「食べられますよ。炒め物等で使えるので、捨ててしまうなんてもったいない」

「毒があるんじゃないの……?」

「ないですよ。れっきとした食材です!」


 ぷりぷりと怒った福留くんに、私は「勘違いしてた。ごめん」と謝った。

 根拠がないのに、しいたけの軸に毒があると思い込んでいた。

 福留くんの女子力の高さに脱帽。食材を無駄にしないことは一番の節約だと、テレビか何かで見た覚えがある。


 しいたけを四つに切ると、次はごぼうに取り掛かる。

 土が付いたごぼうはチラシの上に置いてある。


「ごぼうをやっていきましょうか。土の付いたごぼうを洗うところから始まるのですが、ごぼうの皮には栄養がいっぱいあるので、ピーラーで剥くのではなく、流水で洗ってからタワシでこすって洗っていくのが一番良いですね」


「へえ、皮に栄養があるんだね。覚えておこう」


 タワシでこすっていくと、土が取れていく。綺麗に汚れが落ちていく感じは気持ちが良い。


「斜めに切ったら水を張ったボールの中に入れてください」

「はーい」


 シンクの中に水が入ったボールが用意されている。さっき福留くんが用意していた水は、ごぼうのためかと納得した。


「最後に鶏肉ですね」


 まな板に皮を下にして鶏肉を置く。


「鶏肉の黄色い脂身は臭みの原因になるので、取り除いていきます。これですね」


 鶏肉の端に黄色い脂身があって、福留くんが取り除く部分を教えてくれる。指示通りに包丁でそぐように切っていくと、ピンク色の艶が増したような気がした。


 一口大に切り終えて、コンニャクを手でちぎっていくと材料の下ごしらえが完了。手でちぎるというのは断面がでこぼこして味が染み込むらしい。

 コンニャクは手でなくてもスプーンでちぎっても良いようだ。


「鶏肉を鍋で炒めていきましょう。鶏肉の表面を焼くことで肉の臭みが飛んで食感が良くなるらしいですよ」


 豆知識を挟んでくれる。記憶に残ってありがたい。

 サラダ油を引いた鍋に鶏肉を入れていく。

 鶏肉が焼ける匂いは何も味付けをしていないのに、食欲がそそられる。


「鶏肉にほんのりと焼き色が付いたら、野菜を入れていきます。早速入れましょうか」


 トレーから野菜と水気を切ったごぼうをを入れてもらい、私は鍋の食材を炒めることに集中。


「サラダ油が全体に回るように炒めていくといいですよ」

「こんな感じかな」


 木ベラで底の野菜をすくうように混ぜていく。野菜も油で艶っぽくなってきた。


「いいですね。では、だし汁と調味料を入れていきますね」


 カップに用意されているだし汁を入れていく。調味料はまず酒を取り出した。


「酒は大さじ2を入れるのですが、僕はズボラなので目分量で入れます」


 ドバーッと入れて、素早く酒のボトルを引き上げた。したり顔をしたように見えたのは気のせいだろうか。


「料理というのは適当な人の方が、案外得意だったりするのですよ。逆にお菓子作りはキッチリ量を測るくらい几帳面な人の方が上手だったりすると言いますし。これは祖母の受け売りの言葉ですが」


「それなら。適当な方が料理が得意になれるとしたら、私も上手になれるかな? 私、適当なところがあるし」


「きっと上手になれますよ」


 福留くんに言ってもらえると自信が沸いてくる。心の中がほんのりと暖かい気持ちになれた。


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