第8話 強襲
「……ありがとうございました。」
「すごいにゃ! レナの歌、なんだかよく分かんないけどすっごく良かったにゃー!」
「……言いたいことはなんとなく分かるが、もう少し良い褒め方なかったのかよ。まぁでも、確かに良い歌だった。」
あれは良いもんだ。芸術やらそういう分野には疎い俺だけど、今の歌は心に染み入って来た。月並みではあるが、これが感動したって感覚なんだろう。
「そ、そんな、私なんてまだまだです! 」
「謙遜するな、といってもお前の性分じゃ難しいか。ただ、俺たちがお前の歌に心を動かされたってことだけは知っといてくれ。」
「そうにゃ! そうにゃ!」
この短い付き合いでも分かるくらい、レナの自己評価は低い。何かしら原因はあるんだろうけど、こればっかりは自分で気付いてもらうしかない。
「そう言えば、なんだか森の雰囲気がさっきと違う気がするにゃ。」
「言われてみれば……なんでしょう? さっきよりも森が広く感じます。」
「……どうやら、結界が解けたみたいだな。これで先に進めるはずだ」
この周辺を魔力探知で探ったが、特に大きな反応はなかった。今のところは人間の魔力は感じられない。進むなら今だな
「レナ、今なら遺跡に入れるはずだ。どうする?」
「行きます。お二人は引き続き護衛をお願いします。」
「了解にゃ!」
この位置からだと、遺跡まではそんなにかからないな。女神も遺跡まではこれ以上、仕掛けてくることはないだろう。女神は、だが。懐に忍ばせたペンダントを手で遊びながら俺は遺跡に向かって足を進めた。
河を越え、森をしばらく進むと、古めかしい遺跡の扉が見えてきた。以前見た時と変わりない造りのそれは、間違いなく蒼歌の遺跡だった。
「着いたぞ、ここが蒼歌の遺跡だ。」
「で、でっかい扉にゃー! こんなのどうやって開けるのにゃ? 」
「扉の前にレリーフがあるはずだ。そこに手をかざして魔力を込めれば、扉が開く。」
「ほぇー……便利なものだにゃ。レナー!早くこっち来て扉を開けてにゃ!」
「あ、はい!今、行きます!」
レナはシーナのところまで駆け寄ろうとする。その時
「っ!? レナ! 」
シーナの鋭い声が辺りに響く
「……え?」
何かが風を切ってレナへと放たれた。距離的に俺は間に合わない。シーナは咄嗟のことで出だしが遅れてしまっている。為す術もないまま、それはレナへと突き刺さる……
「訳がないだろ?」
刹那、レナの眼前に防御魔法が展開され、敵の攻撃を弾き飛ばした。その間にシーナがレナのもとへと走り寄り、背中へと庇う。
「レナ! 怪我はないにゃ!?」
「は、はい。大丈夫です。遺跡に来る前にライさんがくれたペンダントのお陰です。」
魔力探知にも反応せず、シーナの気配察知や嗅覚探知にも引っ掛からない。最初は女神の仕業かとも思ったが、結界が解けた後もシーナの違和感がなくならなかった。
この事から、敵はあらかじめサフィールの試練の内容を把握しており、結界が解けた段階で待ち伏せに遭う可能性は容易に想像できた。
「そのペンダントにあらかじめプロテクションを付与しておいたんだよ。襲ってくるなら、一番気が緩むここだろうからな。用心しておいて正解だった。」
「うにゃー! やっぱり相手の匂いがしないにゃ! 気配もしないし気持ち悪いにゃー! 」
「魔力探知にも反応なしか、厄介だな。」
「……ライさん、シーナさん。すみません、私のせいでこんな」
シーナの背に隠れながら、声を震わせ俺達へと謝罪する。良い年した大人が、自分達のエゴや欲望を叶えるためにまだ幼げな少女を利用するってのはどうなんだ? 少なくとも今回の件はレナにはなんの責任もないはずだ。
「俺達の仕事はお前のクエストの護衛だ。それにこの状況は予想済みだ、気にすんな」
善人を気取る訳じゃないが、レナードからの指示もある。何よりも奴らの手口が気に入らねぇ。大義名分もあることだ、ここで潰させてもらう。
「シーナ、レナと遺跡に入って護衛を頼む。レナ、お前は女神の加護を受けてこい。俺はこいつを相手する。」
「ライさん!? 」
「ブーブー! アタシもそいつをぶっ飛ばしたいにゃ! 」
「気持ちは分かるが、今回は俺に譲れ。レナードのご指名なんだ」
「むー……分かったにゃ。レナ、行こ」
「で、でも! ライさんが!」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶにゃ! アイツはちょっと気持ち悪いくらい強いにゃ。多分、あの隠れている奴ら無事じゃ済まないにゃ♪ 」
「おい、言い方! 俺だって傷つくんだぞ!?気持ち悪いはないだろうが!」
「にゃーはっはっは! そんじゃ、後は任せるにゃ!」
そう言い放ち、レナの手を引いて遺跡の中へと入っていった。それに合わせて、シーナがいた位置へと瞬時に移動する。
「っ!?」
息を飲む音が聞こえた。反応からして恐らくは一人。あれほど高度な隠蔽術だ、あまり数はいないと思っていたがやはりか。
しかし、予想通り驚かせることが出来たな。1流の暗殺者が咄嗟に息を飲むぐらいだ、さぞや驚いたことだろう。なにせ奴らから見れば、俺が突然遺跡の前に現れたのだから。
「はは、驚いたみたいだな? 」
俺が今、使用したのはシフティング。短距離の転移魔法だ。使い方は目標地点の残留魔力を使用し、転移先をマーキング。術式を展開し、そこへ飛ぶという単純な代物だ。
過去、異世界から召喚された勇者と魔王軍の戦いーー【人魔戦役】の際、人間側の魔法技術を危惧した魔王が、世界各地の魔導研究機関を襲撃し、その研究成果ごと滅ぼした。
その結果、魔王討伐後の世界における魔法技術は衰退。300年後の今でさえ、当時の魔法技術の3分の1程度しか再現できておらず、転移系統の魔法にいたっては、未だに再現すらできていない。……ある例外を除いて
「改めて名乗ろうか。自由都市カナード所属、Aランク冒険者ライ=クルーエルだ。」
【クルーエル】。それはこの世界において、ある人物の弟子にのみ与えられる称号。
「さぁ、覚悟しとけ。度肝抜いてやる」