第11話 女神サフィール
【sideレナ】
「この先みたいだね、シーナちゃん。」
「そんな感じがするにゃ。レナ、準備は良いかにゃ? 」
そう言われて自分の状態を確認する。体調に問題はなく、喉の調子も悪くない。腰に提げたハープの方も調律は済んでいる。
「……うん、大丈夫。」
「にゃはは、それなら安心にゃ! 」
深呼吸を一つして、気合いを入れる。どうやら今回の試練は先輩やシルビア様から聞いていたような内容とは違い、何が起こるか分からない。充分に注意しないといけない。
「シーナちゃん、私行ってくるね? 」
「うん、分かったにゃ! レナ! 頑張るにゃ! 」
お日様のように明るい笑顔でシーナちゃんは私を見送ってくれた。必ず試練を乗り越えよう。そして、二人に伝えるんだ、この想いを
【女神サフィールの祭壇】
「ここが……サフィール様の祭壇……」
石造りの小さな礼拝堂。手にもった松明が無ければ、先が見えないほど暗いその空間は神聖な魔力で満ち溢れていた。
「(不思議な圧迫感を感じる。でも、不快な感じはしない……)」
それは幼い頃、お母様に抱き締められた時の暖かさに似た何かを感じた。不意に目の前が明るくなる。青い燐光が舞い、人形が宙に映し出された。
「良く来ましたね、【福音の娘】よ。」
優しげな声色によって紡がれた言の葉は、私の心に染み渡る。それは、5つの頃に受けた神託の時に聞いたものと同じものだった。
「……サフィール様? 」
「ふふ……ええ、私が歌を司る女神、サフィールですよ。あら? 自分で女神だなんて、ちょっと恥ずかしいですわね。うふふ……」
なんだろう? イメージしていたよりも、フランクな感じがする。話す前は神秘的なイメージを感じていたが、今は近所の優しいお姉さんみたいな感じがする。
「良いですわね、それ。近所の優しいお姉さんですか♪ うふふ、女神だなんて崇められてはいますけど、信徒の方達と距離があってちょっぴり寂しかったんです。」
「って、あわわ!さ、サフィール様!? も、もしかして、私の心の声が……」
「うふふ……はい、バッチリ聞こえちゃってます。神様って人間の信仰を受けているものだから、想念の類いは受信してしまうの。ごめんなさいね? ああ、でもでも! プライベートなものはなるべく忘れるようにしているから、大丈夫よ。」
そうなんだー……女神様ってスゴいなー……。と、思った時、ふとあることが頭をよぎる。
「……サフィール様、失礼ながらお聞きします。サフィール様のお姿って、他の信徒の方には……その」
そこまで言うと、サフィール様は少し寂しげに笑う。
「ええ。他の方には私や他の神々の姿を見ることは出来ません。例外は魔眼の持ち主や霊的なセンスが高いシャーマン……そして、神々の祝福を受けし【福音の娘】くらいでしょうか? 」
「そう、なんですか……」
「ええ。ですから、こうして人の子とお話出来るのはとても嬉しいのです。しかも、福音の子が私の信徒だなんて♪ 」
サフィール様は楽しげにクスクスと笑う。いつまでもお話していたいが、私は顔を引き締め、サフィール様へと向き合う。
「サフィール様」
「うふふ、真剣な顔も可愛い♪ でも、そうね。先にそちらを済ませてしまいましょうか。」
サフィール様の雰囲気が荘厳で優しげなものへと変化した。
「我が愛すべき信徒よ、此度の巡礼ご苦労であった。汝の歌声は確かに私のもとへと届いていた。人の身でありながら、誠に素晴らしいものであった。」
そこまで告げると、サフィール様は表情を緩めて先程までの優しげなお姉さんのものへと戻す。
「汝に我が加護を与えます。これからも励み、歌声にて人々の心を癒すよう努めなさい。」
「はい、これからも精進出来るよう頑張ります。」
「うふふ……はい、これでレナちゃんは立派な吟遊詩人よ。おめでとう♪ 」
「ありがとうございます! サフィール様! 」
「貴女の健やかな成長を楽しみにしているわ。頑張ってね」
サフィール様はそう言い残し、光とともに消えていった。




