番外編 いつもの時間
市乃目線の番外編です。
「鈴原さん、そろそろお茶にしませんか?」
丸盆に急須と湯呑みを二つ乗せ、市乃はパソコンとにらめっこする隆臣の前で首を傾げた。よほど集中していたらしく、一瞬ぴくっと肩が跳ねる。
「ああ……ありがとうございます」
「あんまり根を詰めないで下さいね。眉間に皺寄ってましたよ」
言いつつ申し訳なさが喉元にわだかまる。事務作業を丸投げしてしまっているのは誰でもない市乃なのだ。
これでも努力はしているのだ。時間が空いたときは隆臣にちょこちょこと機械系の使い方を教えてもらっているし、大学でもまずはコピー機からと挑戦したりもしている。━━結果だけ端的に述べると、つい先日顧客データの一部が吹っ飛び、大学のコピー機二台に紙詰まりを発生させたのだが。
その時は隆臣に助けを求めて何とか事なきを得たが、つくづく自分の機械オンチには辟易する。いっそ世の中江戸時代だったら性が合ったかもしれない。全て毛筆で解決する。
もし隆臣がおらず、従業員がいないままだったらこの店は店主の機械オンチによって終わりを迎えていただろう。
そう思っているからこそ。
市乃はこうして、毎日茶を出すのだ。
自分の苦労を負ってくれている、この真面目で優しい人のため。少しでも息が抜けるように、心癒える時が訪れるように。時には甘味を添えて。
ありがとうと感謝を込めて。
隆臣が湯呑みを傾ける。
「美味いです」
「良かった」
互いにくすりと笑い合う。
いつしか日常になったこと。
いつしか、市乃にとっての癒しにもなっていたこと。
あなたはどうかな。同じだといいな。
気づかないうちに、そう思っている。