1-05
1-05
「上司の荷物のことを忘れるなんて、失態だわ…」
と、声にだしてしまいつつ司令棟の玄関前に出てきたのは、戦闘技術情報室長補佐官ヴィクス・メンレン・ステラ中尉だ。
段差の片隅にぽつんと2つの旅行ケースが放置されていたのを見て、驚くやら情けないやら落胆するやら、もう何と言っていいかわからないもやもやとしたものが渦巻いた。
その旅行ケース2つを総務部に一時預かって貰おうと運ぶ途中で、ハマーノン・リリィ少尉が駆け足でやってきた。
「ステラさん、そのオレンジっぽいほうは室長室行きだそうですよー」
「あ、そうなの。じゃあそっちはお願いしようかな。」
「はーい、じゃ、こっちは預かりますね」
「よろしく」
と、ひとつを任せてもうひとつをゴロゴロと、エレベーターホールを挟んで向かい側の総務部へと持って行く。
総務部で、アルミナ少佐を迎えに行ったときに使った地上車のキーカードを借り、総務部カウンターの脇を通って裏口から出て、第二駐車場へと走っている最中だ。
目的の地上車の後ろにまわり、キーカードを操作して――というほどのものでもないが――トランクを開け、中を覗き込むと、内装色と似たような色でわかりにくいが確かに小型のケースがあった。
「ふぅ…、なんかさすがって感じ…。
それにしても色が分かりにくいとはいえ、荷物を放置するわ
ちゃんと全部出してないわ、確かに指示しなかった私も悪いんだけど、
一体どういう教育を受けてきたんだか。」
などとブツクサ言いつつ小型ケースを持って、さきほど出てきた総務部の裏口へと早足で歩くヴィクス中尉。
指示どころか挨拶もせず、地上車から降りてトランクからショルダーバッグだけを取り出し、少佐に半ば強引に首からかけて、少佐の手をとってさっさと行ってしまったら、残った運転手としてはどうしていいやらわからないだろう。
気の利いた者だったら、荷物を出して総務部に預けるなど、やりようもあったのだろうが、たまたま彼は若く、総務部所属とはいえ軍属ともつかないアルバイトのような者だったために、勤務時間のこともあってか、なんとか彼なりの判断でこういうことになったのだろう。
総務部へ戻ってキーカードを返却したヴィクス中尉に、総務のひとが、
「中尉、戦技情報室のほうに荷物が届いているんですよ、
できれば持って行ってもらえませんか?」
「あ、はい、わかりました。
ではすみませんがこれとこれはもう少し預かって下さい。」
「いいですよ、荷物はこちらです。」
と、カウンター脇のスペースに誘導され、カウンターの下から彼が出してきた樹脂製のケース2つを手渡され、誘導台車に乗せられた木枠の箱と、その脇にある大小の荷箱(段ボール製のようなもの)とを「こちらです。」と言いつつ手で示した。
彼は個人端末を手に取って少し操作し、「どうぞ」と言い、返事も待たずにその場を離れて戻って行った。
「結構多いわね。まあいいわ。」
と呟いて、樹脂ケースを置いて、大小の荷箱をそれぞれ木枠の箱の上にのせ、樹脂ケース2つを手にもち、誘導台車のリードを引っ張り出して戦技情報室へと移動し始めた。
* * *
一方、オレンジっぽい色の旅行ケースを運んだリリィ少尉は、「ふんふふ~ん♪」と鼻歌なんぞ歌いつつも楽しそうにしながらその旅行ケースを副艦長室に置いた。
ちなみにこの艦の艦長室は、司令室にある艦長席背中側の壁を隔ててすぐ後ろだ。さらにその隣奥がソダース少佐の副艦長室である。
同じく背中側の違う扉を通って出た通路側にもそれぞれ艦長室、副艦長室の扉がある。
そのまま廊下を通ってエレベーターを使い、ひとつおりて戦技情報室に入って右手に見える室長席の、背中側の壁にある右手前の扉がアルミナ少佐の副艦長室への扉だ。
アルミナ少佐の副艦長室はなぜか離れているがあとで決まったものであるし、戦闘技術情報室長の部屋として割り当てられていたものをそのまま副艦長室なんて名前にしただけなのだろう。
* * *
余談だが、この艦の配備はもちろんアルミナ少佐がこっそりいろいろと働きかけたことによるものだが、当人が搭乗することは、当時彼女はまだ第43兵器開発局所属であったので、誰もがまさかそのような横紙破りな辞令が下るとは予想だにしてはいなかった。
もちろん彼女は最初から乗る気満々だったのだが。
往々にして新造艦が配備されるとなると、それも1艦だけではなく複数――D8608型駆逐艦、後に通称『コッペパン』と呼ばれることになるこの艦は、試験運用とはいえ実際にコロニー艦としての運用がなされる最初の艦で、その他の艦はまだ運用計画中――であることや、『移動配備型コロニー建設』などというタテマエでもって建造していたものが、実は『新型駆逐艦D8608』としてカテゴリーに組み込まれてしまうとは、計画に携わっていない者たちにとって予想外すぎた。
それは第43兵器開発局がかなり前から他の複数の開発局に技術提供し、計画をもちかけたものであったのだが、イタズラにしては可愛げのない大がかりなものであったせいで、軍上層部の混乱たるや前代未聞であった。
彼女の父親の悩みが減らないわけである。
そういった前段階があるため、焦った人事局にとっては、小規模コロニーの駐留軍としての人員配備で計画されていたところへもって、大幅に艦艇管理運用のための人員を配備しなくてはならず、しかも新型なだけに前例などあまりアテにはできないが、カテゴリーは駆逐艦であるということで、輸送艦や駆逐艦などの過去例を参考にして、とにかく急ピッチで配備し送り込んでしまった。
そこへ彼女が少佐として着任することとなったのだが、もともとコロニーの駐在官や輸送艦や小型戦闘艦を想定して配備されているところへ、艦長でもおかしくない階級――になってしまった彼女――の、それも艦自体の基本設計者のひとりで、さらに重力制御機関やその制御システム他でいくつも功績を立てた、第43兵器開発局の主任研究員であった者が来るというのだ。
まさか既に決まってしまっていた艦長をおろすわけにもいかない。そこで副艦長として、と、人事局としては最大限に考慮した結果、副艦長が2人存在することになってしまい、2つめの副艦長室がスペースの都合と、もともと戦闘技術情報室と隣接する室長の部屋として割り当てられていたものを、兼任を幸いと、多少不便な場所ではあるがそのまま副艦長室にしてしまった。
さらに余談だが、ソダーシュ副艦長はヘンリート艦長の、前の配属艦で艦長を補佐していた、いわゆる『連れ子』官で、新型艦を艦長共々任せられるということでかなり張り切っては居たものの、小型コロニーとして計画されていただけに、軍関係者の家族だけでなく、生産・加工・流通や、都市基盤や、果ては回収・リサイクル、のみならず、サービス業、学校施設、訓練施設、娯楽施設、それらに伴う企業とその従業員、といった、普通の都市を営むありとあらゆる業種やその家族という、軍関係者の何倍、何十倍もの一般人が搭乗――彼等のほとんどは軍艦(それも戦闘艦)だとは思っていないが――しているということを配属が決定されてから知ることとなり、非常に頭を抱えていた。
さらに元研究職の少佐が鳴り物入りで配属されることを知り、それは艦長権限などという小さなモノではどうしようもないほどの上からの辞令であったため、無視することもできず、過去に存在しなかった胡散臭い『戦闘技術情報部』所属の、彼等の部下ではない、命令系統の異なる人員が多数配属されており、それも艦の中枢を担う思考結晶の制御や上位権限が全て、艦長ではないところにあると知るに至っては、彼女を見る目が心穏やかであろうはずもないのである。
* * *
話戻って、戦闘技術情報室。
副艦長室から戦技情報室側の扉を通って出てきたリリィ少尉はそのまま主任席に居るロックのところに歩いていき、声をかけた。
「ロックさん、アルミナ少佐はこっちに戻らずそのまま官舎へ帰るそうです。」
「んあ?、なんだ戻ってこねーのかー」
「ふふっ、長旅でお疲れなんでしょう、きっと。」
と、隣のキャシーの席の脇に居たメイが言う。
「そうですね。」
「ま、今日はゆっくり風呂にでも入ってぐっすり眠ってくれりゃいいさー」
「そうお伝えしますー」
「や、やめてくれ、余計なこと言わなくていいって!」
「あははは」 「ふふふ」 「ふふっ」
「少佐はにこにこごきげんで居てくれればみんな幸せ。」
と、キャシー。
「ごきげんでもおっそろしいことすっけどなー、お嬢は。」
「お伝えしますよー」
「いいって!言わなくても知ってるよどうせ。」
「あははは」 「「ふふふ」」
「あ、そういえば少佐の腕の端末、かっこいいですねー、
キャシーさんと作ったって聞いたんですけど。」
「あー、あれね。そのうち分かると思うけどよ、
ありゃあお嬢にしか扱えねーぜ?」
「そんなにすごいんですか?」
「あれには全部で普通の個人端末の数百倍の思考結晶が搭載されてるの。」
「えっ!?、そんなに!?」
「腕のとペンダントとベルトと靴で1セットになってるのよ。」
「ひぇ~、靴って普通の靴に見えましたけど…」
「ああ、今日の靴はありゃ普通の靴だな。」
「そんなに一体何に使うんでしょう……」
「世の中には知らないほうがいいことってあるのよ。」
「そりゃー真理だな、あっははは」 「「ふふふ」」
「……なんか、ちょっと恐ろしくなってきましたよぉ。」
そこにポポポかピリリかの例のやわらかい音がして扉が開き、誘導台車にのった荷物と、それに続いてリードを持ったヴィクス中尉が入ってきた。
「あれ?ヴィクス中尉?」
「総務で荷物を持って行ってほしいと言われましたので。」
「ガルさんが食事のあとに寄って取ってくるって言ってたんだけど、
会いませんでした?」
そのガルゴなら食堂横の中庭でアルミナ少佐と居るのだろう。
ヴィクスは話しながらとりあえずとロックに樹脂製のケース2つを手渡しながら、
「いいえ?、荷物はどうしましょう?」
「ああ、あとやっとくわ。ありがとう。」
「どういたしまして。
さ、リリィ少尉、少佐がお待ちですし、行きましょう。」
「はーい」
「お先に」
「「おつかれさまー」」
* * *
戦技情報室を出た2人。
「やっぱり資料で見るより本物がステキだったわー、
そう思いません?、ステラさん。」
「え?、少佐ですか?」
「うん、一瞬だったけどあの制御台の操作、
早すぎて何やってるのか全然わからなかったんだけど、
ステラさんにはわかりましたぁ?」
「そうね、私にもよくわからなかったわ。」
「テキパキと指示する姿はすっごく凛々しいし、
軍服もよくお似合いですし、腕の端末はかっこいいし、
ストローでちゅーって飲んで一瞬へにゃって感じになるのも超可愛いですぅ」
「そんな風には見えませんでしたが…」
「ステラさんはちゃんと見てないからですよー、
あぁ、ステキです少佐ぁ…ずっと見ていたかった。
ごはんもノドを通らなかったくらい…」
「その割にはしっかり食べてましたね。」
歩きながら器用にジェスチャーを交えて、少し興奮ぎみに話すリリィ。
どう返事したものかとあたりさわりのない返事になるのも無理はないかもしれない。
基地司令との会話を間近で見たり、艦長たちとの会話の場に居たりと、ここでの少佐をリリィよりも多く見てはいるステラだが、なんせその直前には迷子になったり警備本部で少女っぽいしぐさをしているのを見ているだけに、ステラはアルミナ少佐という、見かけは中学生か高校生ぐらいにしか見えない幼さの残る外見の少女を、どう思っていいのか、正直つかみかねていたのだから。
* * *
総務部へ寄って少佐の旅行ケースと小型ケースを受け取り、中庭に出ると、耳ざわりのいいなんだか懐かしいような曲が聞こえてきた。
「あ、少佐とガルさん」
「そのようね、少佐が吹いているのかな、この音。」
「あぁ…さすがです少佐…楽器までおできになるなんて……」
うっとりした表情のリリィにだんだん慣れてきたとはいえ、やはり少し引きぎみになりつつも、歩みはとめずにそのまま街灯に照らされたベンチに近づいて行く。
曲が終わったのか、少佐が演奏をとめて、
「やっと来たわね、何かあったの?」
「いえ、大したことでは。」
「そう、ならいいわ。」
「だいぶお待たせして申し訳ありません。」
「いいわよ、ガルさんが相手してくれてたし。」
「あ、ガルさん、お荷物は戦技情報室のほうに届けておきました。」
「あ、あとで受けとりに行くつもりだったんですよ、ありがとうございます。」
「いいえ、どういたしまして。」
少佐はいつのまにかオカリナをケースに入れてバッグにしまい、ベンチから立ち上がっていたが、キラキラした目で少佐を見るリリィを見ないようにしてか、よその方を向いたまま、「じゃ、ガルさんまた明日。」と言って片手を軽く上げるなり官舎が並ぶほうへ歩きはじめた。
「おつかれさまです。」
と、ガルさんはこちらにも会釈して食堂のほうへ。
ステラとリリィは少し早足で少佐に追いつこうと歩き出した。
少佐においついてから10歩ほど歩いたところで少佐が、
「ところで、あたしの家はどれなの?」
* * *
「う~~ん」
「どうかなさいましたか?、少佐。」
割り当てられている官舎の前で立ち止まり、腕組みして何やら唸っている少佐。
玄関のロックを解除しようと個人端末を取り出しながら、一応尋ねてみるステラ。少佐を横から相変わらずキラキラした目で見つめているリリィ少尉。
「大きすぎじゃない?、この家。」
「それは…、副艦長ですから…」
「だってひとりじゃこんなのいくらなんでも持て余すわ。」
「おひとりじゃありませんよ?」
「メイドさんでも居るの?」
期待の目で言う少佐に、ステラは、
「メイドはいませんが、バトラーなら。それと私たちも一緒です。」
「なーんだバトラーかー、あれハウスシステムじゃないの。」
ややがっかりしたように言う少佐。そこへキラ目のリリィが、
「め、メイドならあたしがやりますっ」
何を言い出すんだという目で見るステラ。
少佐も少し驚いたようだが、
「おぉぉ?、ホントに?」
「はいっ」
「ふぅん……」
と笑顔になって、
「じゃ、いいわ、入りましょう。我が家へ!」
と、扉をあけてさっさと入り込んだ。
* * *
リビングのソファーに座り、室内のモニタを点ける。アイトーカ市の放送局の番組が放映されていた。少佐はぼーっとそれを見ているやら見ていないやらの中途半端な姿勢でぐた~っと凭れている。
玄関を入って左に上がる階段と正面に廊下が見え、右側に見える扉がリビングで、廊下と並行にして奥にダイニングキッチンがある。廊下を挟んで階段の奥の扉がステラの部屋で、廊下沿いにさらに奥に見える扉が少佐の部屋、リリィの部屋は2Fにある。
2Fには3部屋あり、1Fと同じ位置の廊下の階段側に2部屋、リビングの上に1部屋と、ダイニングの上には物置部屋、さらに階段があって屋上に出られるようになっている。
少佐の部屋に旅行ケースを置き、個人端末でお風呂に湯を張る指示を出し、旅行ケースをがちゃっと開いて中の軍服類を備え付けのクローゼットに移して収納し、中にあったちいさなバッグ類をテーブルに並べた2人。
そしてリビングに戻った2人が見たのは、モニタの番組を点けっぱなしにして、ソファーですぅすぅ寝息を立てている少佐だった。
「少佐ったら、可愛すぎですよぅ♪」
「お風呂、どうするのかな、お部屋へ運んだほうがいいのかな……」
「用意ができてから起こせばいいんじゃない?」
「そうね」
しばらくして、ハウスシステムである通称『バトラー』がピンピロリンとお知らせの曲を流し、無機質な音声で、『お風呂のご用意ができました。』と報せた。
「少佐ぁ~」
「ん~…。お風呂できた?、わ!」
起こされてソファで目をあけると目の前に上気したリリィの顔があった。
そりゃあビックリする。
――襲われるかと思ったわ。あの腕力だったら抵抗できる自信がないし。
「先に入っていいのかしら?」
「もちろん、どうぞー」 「どうぞ~」
「部屋はどこにしたの?」
「リビングを出て右手の扉です」
「そう、ありがと」
そう言ってリビングルームに据え置きされているラップライフ印のドリンクサーバーに手慣れた様子でくりくりとボタンを操作し、フタのついた容器を取り出した少佐は、寝起きの足取りで容器を片手にリビングを出ていった。
「だいじょうぶかなぁ、少佐…」
「小さい子じゃないんだから、大丈夫でしょう。」
「あたし、お背中流してくる!」
「ちょっと、やめなさいってば!」
制止の声も聞かずにリビングをとび出すリリィに、ステラは呆れ顔でテーブルの上のリモコンを手にとり、チャンネルを変えたりネットワークニュースを閲覧したりし始めた。
どうやら見なかったことにするようだ。
* * *
軍服の上着と腕の端末やベルトなどを自室で外し、小型ケースからパジャマなどをもって浴室の脱衣場へ。
脱衣カゴに脱いだものを適当に畳んで置き、着替えをその横において、浴室に入った少佐は持ってきたドリンクの容器を浴槽のところにある棚にポンと置くと、身体をシャワーで流してから愛用のボディタオルで洗い始めた。
――結構広い浴室ね。6人ぐらい入れそう。
副艦長って贅沢なのね。
言っておくが艦長に割り当てられている官舎もここと同じである。(なので同じ区画だからすぐ近くというか隣にある)いわゆる高級士官用というわけだ。ステラとリリィは補佐官ということで、護衛官でもあるので同じ官舎に住むようになっている。
そういった役がなければ、とてもこの家には住めない。ステラならこれより小さい一軒家が与えられるかもしれないが、リリィは士官とはいえ学校を出たての少尉だから狭い集合住宅となるだろう。
どちらもここに赴任する前は多少の違いこそあれど寮生活のようなものだったのだ。
2人とも、少佐のおかげでこんな家に住める、ということはよくわかっており、最初はかなり戸惑ったものの、3ヶ月間ものここでの生活は、相当に贅沢なものなのだというとを実感するのには充分すぎるほど長いものだった。
少佐から見てもこの家は充分贅沢だと思えるぐらいの家だ。
ホームシステムで守られているなんて、どこのお金持ちだ。
自炊することなんてほとんどないと思われるメンバーにあの広いキッチンだけでも相当な贅沢品だ。
そして身体から泡を流して髪を洗い始めたとき、少佐にとっての災難がやってきた。
* * *
「少佐!お背中をお流ししますっ!」
「ひぃぁあ!」
浴室の扉にロックをかけておくのだった!、と後悔先に立たず、洗髪中だったため脱衣所の気配に気づかず、あまり音のしない引き戸をあけて全裸の(そりゃお風呂ですから)リリィが飛び込んできて興奮ぎみの大きな声をかけたのだ。
そりゃビックリするだろう。変な悲鳴も出ようというものである。
「あ、髪を洗ってるところでしたか。じゃ、となり失礼しますねっ」
「そういうときはまず扉の外で声をかけなさいよ!、びっくりするじゃない!」
「えへっ、ごめんなさい~」
――えへっ、じゃないわよ全く。
もう少しでペンダント起動して弾き返すところだったわ。
そう、入浴中でも着用している少佐のペンダントは、護身用のもので、別にステラやリリィを(リリィにはちょっと信用を失いかけてはいたかもしれない)信用していないわけではないが、今までの生活上、くせのようなものだ。
彼女だって過去に危ない目に遭わなかったわけではないし、腕力があるわけでも護身術に長けているわけでもないので、こういった自衛装置は手放せないのだ。
そして髪を洗い流すと、近くにかけておいたタオルで軽くぬぐって手早く頭にタオルを巻き、
「もう身体あらっちゃったわよ?」
「いいじゃないですかー、ほらそっちむいて座ってくださいよ~(でへへ~)」
――いま、「でへへ~」とか言わなかった?
「そのスポンジ、いまあなたの身体洗ってたやつでしょ!、
あたしは今から湯船に浸かるの。氷が溶けちゃうじゃないの。」
「氷って?」
「リビングからもってきたドリンクよ。」
と言うが早いかそそくさと棚に置いたドリンクを手に、「あちち」とか言いながら湯船に入る少佐。
気勢を削がれたリリィはちょっとがっかりしたように、
「なるほど~」
と言って行き先のなくなった手にもったスポンジで、また自分の身体をゴシゴシとこすった。
* * *
「ふぅ~♪」
縁にドリンクを置き、湯に浸かって凭れて出た言葉がこれだ。
旅館のお風呂のように広い湯船。しかも表面は大理石仕立てだ。浴槽の洗い場側のほうは垂直だが、左右は若干斜めになっていて、凭れると丁度いい感じになるように作られている。腰にあたるところには丸い金属の二重丸があり、きっと超音波で泡でも噴出するようにできているのだろう。浴槽や壁には手すりもついている。
天井は今は星空が映されている。露天風呂の雰囲気を出すためだろう。いろいろパターンがあるらしい。壁にも一部は映像に変更できるようだが、今はただの壁だ。
リリィのほうはというと、大人しく身体を流してから洗髪しているところである。
「少佐~、湯加減いかがですか?」
「ちょうどいいわね。さすがバトラー。優秀ね。」
「すごいですよねー、こんな家に住めるなんて思いませんでしたよー」
「そうねー」
「少佐のご自宅もこんなのなんですか?」
「うちは、もっと小さいわよ。一応一軒家だったけれども。
バトラーもいないし。」
「へー」
と言って、髪を洗い流し、手で適当に絞って手首につけていた輪ゴムで止め、湯船に入ってきた。
容器に挿してあるストローで「ちゅー」と飲んでいる少佐を見て、
「美味しそうですね」
「飲んでみる?」
「い、いいんですか!?」
「いいわよ?」
「わーい、(ちゅー)わ、美味しい!何ですかこれ!?」
「桃とレモンの果汁の水割りよ。」
「(ちゅー)これいいですねー(ちゅー)」
「ちょっと、全部飲まないでよ?、っていつまで立ったままなの?」
「あ、はい」
と、容器を少佐に返して湯船に座るリリィ。
「少佐って、可愛いですよね、お肌きれいだし。」
「っっ急に何言い出すのよ。」
――むせるかと思ったわ…。
「言っておくけどあたしはそっちの気はないわよ?」
ドリンクを持つ手と違う手でペンダントにいつでも触れられるように身構えながらリリィを見る少佐。
「あたしだってありませんよ~、やだなぁ、もう。」
――だってなんか襲って来そうなんだもん。目つきあやしいし……
リリィの目が少佐の胸元のペンダントに止まる。
「あ、そのペンダントってなんかスゴいってキャシーさんから聞きました。」
「そう。」
「どうスゴいんです?」
「試してほしいの?」
「はいっ(キラ目で)」
「吹っ飛ばされて大けがするわよ?」
「えっ!?」
「ふふっ、だから襲ってきちゃダメよ?」
「し、しませんよぉ、そんなこと~」
少佐はドリンクを「ちゅー」っと飲んで、手すりをつかんでゆっくりと立ち上がり、
「まだ残ってるわね、要る?」
とリリィに差し出す。リリィは、
「ありがとうございますぅ」
といって容器を受け取った。
「じゃ、お先に」
少佐はそう言って、てぴてぴと歩いて浴室をあとにした。
-----------------------------------------------------
201412281545( )がルビになっちゃうのを修正しました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。