1-03
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地上車で5分とかからず到着した駐留軍司令棟の前で降ろされ、トランクから少佐のショルダーバッグをひっぱりだすと、頭から無理やりたすき掛けの幼稚園かばんのように装備させられた。
中尉はトランクを閉じもせずに、やっぱり少佐の手を引っ張ってスタスタと正面玄関から入った。
車中から、何を言っても「(キッ!)」と睨まれるだけなので、もう抵抗してもムダだとされるがままになっている少佐。
――ちょっと扱いひどくない?、これ。
自業自得である。
* * *
入ってすぐのホールを突っ切って、正面に見える黄色っぽい扉のエレベーターではなくその前を直角に折れて脇にある水色のエレベーターのボタンをタシっと叩く中尉。
そのまま無言で少し待ち、開いた扉に引っ張り込まれた。
――そろそろ手を放してくれないかなー…?
「(キッ!)」
――何も言ってないのに睨まれたわー
思わず目をそらしてしまったじゃないの。
ポーンと音がしてエレベーターが停止し、ドアが開く。
数人が待っていたのをかき分けるように引っ張られて進み、天井の高い大広間のようなところに机のような操作盤が整然と並び、あちこちにパネル状のウィンドウが開いていたりする間に、席についている者も多いがそれ以上に結構な人数が忙しそうに作業している。
ここがこの艦の司令部だ。
司令棟の地上部分にも『司令室』という部屋があり、規模はかなり小さいが似たような装置が並び、パネルが設置されており、ここと同じようにウィンドウを開いたりできるようになっているが、できることはこことは段違い桁違いの簡易版というか艦内にしか及ばないばかりか、ほぼダミーとすら言える。シミュレーションなどの訓練に使われることが多い。
対して、こちらは先の水色のエレベーターで司令棟の地下――地上階層には疑似空があるのに対して、疑似空のない区画は『○○の地下』と慣用的に言われる――で艦の中心に近い階層にある、本当の意味での司令室だ。
司令部内のそれらを横目に、部屋の端の通路に沿って反時計回りに進み、しゅるんと音を立てて開いた出入り口をくぐって3歩ほど進み直立、敬礼する中尉。慌ててそれにならって半歩下がった位置で敬礼。
「艦長、アルミナ少佐をお連れしました!」
「うん、ご苦労。」
と返礼したのはこのD8608型駆逐艦の艦長、ヘンリート・ハインツ中佐だ。
この部屋は司令部と壁全体が透明になったりするパネルモニタで仕切られている艦長席側の部屋で、そのパネルモニタの両側に出入り口がある。入ってきたのはその艦長席からみて左手側のほうだ。
手前に幾つかの制御盤と椅子があるが、今は誰もいない。
艦長席の両サイドには制御台があり、それぞれに椅子がついている。
艦長席から立ち上がったヘンリート中佐は、脇に立っていたソダース・クリストファー少佐と共に、こちらのほうに近づき、笑みを浮かべながら、
「お初にお目にかかります。アルミナ博士、ようこそ当艦へ。
何やら迷子になられたとか。」
「はじめまして、ヘンリート艦長。お手間をとらせました。
できれば博士でなく少佐とお呼びください。」
差し出された手を少し前にでて(握りたくないが仕方がない)軽く握り、すぐ放して少し下がり、姿勢を正して再度敬礼しながら、
「アルミナ・アユ少佐、ただいま到着致しました。着任許可を。」
「うむ、アルミナ少佐の着任を許可する。ご苦労。」
艦長は返礼しながらそう言うと、そのまま続けて、
「少し話があるので、こちらへ。ヴィクス中尉も来て構わない。」
と言うと艦長席右手の扉のほうへ歩いて行った。
仕方がないので付いて行く。作戦会議室だ。
――迷子のこと叱られたりするのかな。まさかね。
って言ったりしたら後ろからはたかれそうだから黙ってついていこう。
いくらなんでも叩いたりはしないだろうが余計な事は言わないに越したことはない。
作戦会議室脇には飲み物のサーバーがある。
艦長はそこでボタンを操作し、樹脂製のマグカップに入れられた飲み物を取り出してこちらを見、片手でサーバーを示して「どうぞ?」と言うと作戦会議室の奥へと歩んだ。
こちらもボタンをくりくりっと操作して、桃果汁入りの氷水を選び、でてきた樹脂製のマグカップを取り出して艦長に続き、テーブルを挟んで向かい側に立った。
他の2名も同様に飲み物を各自用意して並んだのを見て、艦長が「座りたまえ」と言った。
着席してすぐ、艦長は無表情に話し始めた。
「楽にして聞いてほしい。アルミナ少佐に送られた辞令には
記載されていなかったことなのだが、
貴官は当艦において副艦長に任命されている。」
反応を窺うかのように一息ついて、さらに、
「きわめて異例であるし、こちらも辞令の連絡を受けてから
確認の連絡をとったのだが、アルミナ少佐は間違いなく
副艦長に任命されたということだ。」
「小官のほうでは、そちらのソダース・クリストファー少佐が
副艦長だと伺っております。」
「そうだ。つまり当艦には副艦長が2名存在するということになる。」
ちらっとソダース少佐のほうを見ると、実に面白くなさそうな表情をしていた。
――おっとと、目を合わせないようにしよっと。
「なるほど、そうなのですか。少々確認します。」
と言ってショルダーバッグから個人端末をとりだして、ちゃちゃっと操作する。
さきほど口頭で着任許可されたので、この端末でも思考結晶ネットワークに接続できるようになっている。もちろん許可などなくともアルミナ少佐は博士としての権限で接続できるが、形式というものだ。
バッグにある辞令書はあとで司令棟の総務部にでも出せばいい。あくまで形式的なものであるので、出さなくても問題ないくらいだ。着任許可されたのだからとっくにそちらにも登録されている。
来る時にヴィクス中尉から預かった仮承認の個人端末も、少佐の持参した個人端末が承認されたのであるから不要になった。そのうち総務部に寄ったときにでも返却すればいい。
「ふんふん、なるほど。艦長、ソダース副艦長のほうは艦長の補佐、
つまり通常の副艦長の業務を担当することになっていますね。」
「そのようだな。」
「小官は、戦闘技術情報室長、としてこちらへ赴任するというそのままです。」
「うむ。それはこちらでも確認済みだ。」
「で、あれば、小官の副艦長という肩書は、あくまで名前だけのことでは
ないでしょうか?」
「それは貴官は副艦長としての責務には一切関わらない、ということかね?」
「と、受けとって頂いても構いませんが、そういう意味ではなく、
小官と致しましては、ソダース副艦長の能力に疑問など抱いておりませんし、
副艦長の業務・責務はソダース少佐おひとりで充分以上であると考えます。」
「それで?」
「で、あれば、小官は副艦長の肩書を返上してもよいと考えます。」
「それができないからこうして席を設けているのだ。」
――固いなーこのひと。
それにしても一体誰がこんなイジワルな辞令を出したのかな。
お父様ならこうなるとわかりそうなものだからたぶん違うわね。
知っていたら事前に連絡してくれそうなものだけれど、
そこまで過保護じゃないってところがお父様だから
ティシアさんから連絡がなかったってことは知らないのかも。
ってことは人事部系列の誰かかなー。
あんまり変な邪魔して欲しくないんだけどねー。
どう言ったものかと思案するフリをして飲み物に口を付ける。
――あ、レモン果汁も入れるんだったわ。次からそうしましょう。
そんなことを考えている場合ではない。
名前だけでいい、なんて言ったら、名前だけで責任がないというのは責務を蔑ろにしていることにならないか、なんて言われるだろうし、でもそう言わせたいのだろう。
――しょうがない、ちょっとシャクだけれども、乗ってあげようじゃないのさ。
「ソダース少佐のお邪魔をするわけにも参りませんし、
小官のほうはおそらく戦闘技術情報室のほうにかかりきりになると思われます。
司令室のほうへの命令権はヘンリート艦長とソダース副艦長、ということで、
もちろん決して副艦長の責務を軽んじるわけではありませんが、
名前だけ、ということでも小官は構いません。」
「なるほど。ソダース少佐のほうはどうかね?」
「異論はありません。艦長に従います。」
「そうか。では司令室側はソダース少佐、
戦闘技術情報室のほうはアルミナ少佐、
ということにする。以上。」
と言うとヘンリート艦長とソダース副艦長はさっさと席を立って退室していった。
――そんなに忙しいのなら、どうしてすぐ終わるようなことに
こんなにムダな時間をとるのよ。
ぼーっと空でも(投影された疑似空だが)見ていたほうがマシ
というものだわ。
最初から、「名前だけの副艦長だから我々の邪魔をするな」の一言で
済むようなことなのに、それをわざわざ「席を設けた」だのなんだのと、
全く軍人という人種は度し難いわね。
彼女もその軍人のひとりであるというのに。
飲み物の残りを口にして気分を切り替えてから、ヴィクス中尉のほうを見て、
「さっきちらっと端末で見たのだけれど、中尉はあたしの補佐官だそうね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。補佐官ってもうひとりいるようだけれど?」
「はい、ハマーノン・リリィ少尉です。
戦闘技術情報室のほうに居るはずです。」
「そっちにも顔ぐらいだしておかないとね。」
「そうですね。」
補佐官の手配も引き抜きも人員の手配もほとんど自分でやっておいて、少々わざとらしいがこれは会話のきっかけのようなものだ。気にしてはいけない。
――あ、何か物足りないと思ったら氷入れてなかったわ。
でも音がするし、なくて良かったのかも…。
少佐はカップの底を少し見てから、席を立つ。
「じゃ、飲み終わったし、案内よろしくね。」
「わかりました。」
* * *
作戦会議室を出ると、艦長席のヘンリート艦長が2人を呼び止めた。
「アルミナ少佐。」
「はい」
「そちらが貴官の席だが、貴官はとくに司令室に居なくても構わない。」
「はい。」
「有事の際はその限りではないが、普段は好きにしたまえ。」
「了解しました。」
――さっそくお荷物扱いかー?
でも好きにしていいっていうのはいいことね。
こっちも邪魔されたくないし、ふふふ。
有事の際なんて限定されるのも何だし、あ、そうだわ、
そういうときにはホロでダミー作って置いておくのも手ね。うっふふ。
こちらを見ていたなんとも言えない微妙な表情のヴィクス中尉を促して、ドリンクサーバー横の容器回収口にカップをぽいっと放り込み、作戦会議室の隣、艦長席の背中側の壁にある扉から出る。戦闘技術情報室へはこちらからのほうが近い。
幅の広めな廊下を通って、突き当たりに群青色の大きめな扉のエレベーターがある。
これに乗って1つ下の階層に行けば、戦闘技術情報室。
彼女らの職場だ。
このD8608型駆逐艦における、戦闘面での最重要部署。
それがこの、戦闘技術情報室。
艦の運行や旧来のような戦闘状況、そういった部分は司令室のほうに任されているが、実はそう割り振っているのはここなのだ。
D8608型搭載思考結晶の中心核グループを管理する。
それはつまりこの艦内のみならず、常時監視している艦外、星系全体の何分の1かの状況を掌握しているということになる。
もちろん惑星上や基地内の様子、人々の動きなどを直接というわけにはいかないが、ある程度のことはわかるし、放送信号や大きな物体の移動、その他から入る情報などを分析することで、たいていのことは掴めるようになっている。但し、その分析抽出処理が大変なのだが。
戦闘技術情報室長としてのアルミナ少佐の席もこの部屋にあり、設えは艦長席に劣るようにしているが、機能面では遥かに上を行くものであることは言うまでもない。
2人の補佐官の席もここにあり、『補佐官』という名称からもわかるように、室長席の両サイドを斜めに室長席に向かう形で設置されている。
ポーンともぺーンともつかない柔らかい音がしてエレベーターの扉が開いた。
扉の外には20名ほどの、ここを職場とする者らが整列していた。
「「「ご着任、歓迎致しますアルミナ少佐!」」」
「わ、びっくりした。そういうのいいから、作業続けてね。」
後列のそれぞれがほんのりとした笑顔で持ち場に向かう中、前列にいた5人ほどがその場で嬉しそうに残っているのを見て、少佐は微笑み、
「あれ?何でキミら居るのん?」
「そりゃあ、少佐が赴任するってったら、自分ら付いて行きますって、なぁ?」
「おぅ」 「はいー」 「ですよー」 「うん」
彼らは元兵器開発局で一緒に研究開発をしたことのあるメンバーたちだ。
もちろんここに来るまでに指令を出したり相談されたりしていたのだから、彼女はもちろん、彼らがここに居るのは知っているはずで、いまさらだし、ガルゴ・ボガラム(通称:ガルさん)とフィリメール・ロッカース(通称:ロック)、それにイワオル・メイ(通称:メイ)に至っては直接ではないがアルミナ少佐がぐるーっと手を回してスカウトしたようなものなのだ。知らないはずはない。
彼女が時々、こういう冗談を言うことは皆重々承知だし、直接話すのはひさびさだということもあるので悪く思う者は居ない。
「ふぅん、まぁいいけど。物好きね。」
「いやそりゃ少佐に比べたら……なぁ?」
「「ははは」」 「「うふふ」」
「んじゃこっちでもよろしくね」
「「はっ、お手柔らかに!」」(敬礼)
「こき使うから。」
「「えっ?」」
「ふふっ、慣れない敬礼なんてするからよ。ここではそんなの不要だから。」
「「……」」
まるで勝手知った場所のように、少佐はドリンクサーバーに立ち寄り、ボタンをくりくりっと操作した。
――今度はレモンと氷も入れて、と。
飲み物を取り出し室長席のほうへ歩き出す少佐の後ろを、無言のままヴイクス中尉が従い、その後ろに5人がそのまま持ち場へ行かずに、雑然と笑顔でついてくる。
席に着いた少佐の隣にたつヴィクス中佐。5人はその2人を囲むように立つ。
「な、何よあなたたち。自分の席に行きなさいよ、することあるでしょ?」
椅子をくるっと回して少佐が言う。
「いいじゃねーかお嬢、久しぶりなんだしよぉ?ぐほっ!」
どこから取り出したか、マゴの手のついた肩たたき球をロックの腹部に突き入れる少佐。
「お嬢っていうな。んで局からも何人かつれてきてるのね。」
「そりゃーもう。他にも付いて来てぇーってのが居たんだけどくじ引きで。」
「それでテリー(ハガ・テルーマン)も道連れにしたのね。
腐れ縁だってきいてたけど、仲良しね。」
「水くさいですよ少佐、どうして呼んで下さらなかったんです?」
「ガルさんとロックに声かけたら、どうせあなたもくるでしょ?
上の方から手を回したり、あなたたちのスケジュールを
それとなく調整するのも結構たいへんなんだから。」
「なるほど。それでとくに障害もなくあっさり移籍できたんですか……」
「そうよ。ちょっとは感謝してね。」
と、デスクの抽斗からストローをとりだして、さきほどもってきたドリンクをちゅーっと飲む少佐。
「それはもう。」 「ひゃっはは」 「相変わらずですね少佐。」
「ガルさんも元気そうね。」
「はい、おかげさまで。」
「進んでるみたいね。それと、陶器窯つくったんだって?」
「はい、先方も喜んでいます。」
「そう。ほどほどにね。」
笑顔でやり取りしていると、
「少佐がそれを言う…?」
と、小声で呟いたのは水中メガネ(四角)みたいなゴーグルを首から下げている、茶髪ドリルツインのトライマー・キャサリン(通称:キャシー)だ。
少佐が何か言おうとしたとき、ポポポともピリリともつかないやわらかい音がして、さきほどのエレベーター側とは逆側の扉がすぅっと開き、小柄な物体が飛び込んできた。
その物体はそのまま室長席の集団に突進し、
「アルミナ博士ぇっ!お逢いできてうあうっ!」
「博士って言うな!」
小柄な物体――もうひとりの補佐官、ハマーノン・リリィ少尉だ――の額に手刀で軽くビシっと一撃を入れて遮った。
「はいぃ」
「って、はじめましてよね?あなた」
「リリィって呼んでくださいぃ。」
ずずぃっと迫る、肩の上で切りそろえられた赤茶のウェイブヘア。
引っ込めそびれた手刀を両手でしっかり捉まえるその迫力に、少佐は少し引きぎみになりながら、
「資料はみたけど、こういう人だったっけ?人選ミスしちゃったかな……?」
「そんな!ひどいですよぅ;、
アルミナ博士の補佐官に抜擢されたって報せたら家族みんなで
お祝いしてくれたんですよぅ?、間違いだって知られたら…」
その手にぎゅうぅと力が入った。
「いたたた!」
「ちょっと!放してくださいよ!」
割り込むキャシー。手を放しながらその声の主キャシーを睨むリリィ。すすっと回り込んでリリィの肩を引くヴィクス中尉。キャシーの二の腕をかるく引くメイ。すごい表情をしているロック。関わらないようにロックの後ろで横をむいてるテリー。「まぁまぁ」と言う寸前で両手を上げかけて固まっているガルさん。
「ふぅ、すごい握力ね。リンゴが絞れそう。こんどやってみて。」
「えっ!?や、やったことありませんけど……がんばりますっ!」
「いや、冗談だから。」
「ええっ!」
――本気にしないでほしいわ。
「リリィ少尉は射撃で星系1位だそうね。」
「遠距離精密射撃です!」
「いちいち迫ってこなくていいから。そっちも期待してるからね?、
訓練場、使ってる?、ホロのと実弾のと両方あるはずだけれど。」
「ありがとうございます!、ホロのほうは毎日通ってます。」
「実弾のほうは?」
「そっちはまだ……」
「あれっ?、ロック?」
「使用許可はでてんだよ。でも予約がとれねーんだ。」
「おかしいわね、えーっと…」
椅子をくるっと正面にむけてちゃっちゃと制御盤を操作する少佐。
「あー、2課と警備隊かー、むー、どうしてくれようか。」
「少佐、できれば穏便に…」
「あらガルさん、あたしが今まで穏便にことを運ばなかったことなんてないでしょ?」
「そうでしたね、失礼しました。」
――なんだ、代弁してあたしに言わせて皆を安心させたのね。笑ってるし。
ささやかに仕返しされちゃったかな?
「んー、よし、コッペパン?聞いてる?」
部屋の中央を向いて、少佐がそう言うと、すぐに返事がデスクから響く。
中央を向いたのは雰囲気というものだろう。
『はい少佐』
「遠距離用のあるシューティングレンジのメンテナンスを
週1回から3日に1回で午前中に変更。メンテナンス時間は2時間。
割り込んで予約をずらし、各所に通達。
メンテナンス時にはテスターとしてリリィ少尉がつくこと。
もちろん少尉の参加は自由よ。調整しなさい。」
『了解しました、少佐。』
両手を胸元に組んだリリィがうるうるとした目で、
「ありがとうございますぅ少佐ぁ」
「せっかくの腕を鈍らせては申し訳ないものね。
あたしにはわからないけど、ホロと実弾って違うみたいだし。」
「はいぃ、はいぃ、がんばりますぅ」
そして少佐はロックを見て、
「他に何かある?」
「それ以外は順調ですぜ。」
「ガルさんは?」
「問題ありません。」
「じゃ、作業に戻ってちょうだい。メイとキャシーはそのまま残って。」
「「はい(よー)」」
ガルゴ(ガルさん)、フィリメール(ロック)、ハガ(テリー)の3人が自席のほうへ戻って行った。
この部屋の真下は思考結晶室の区画だ。
中央に大きな円形の柵があり、その内側には穴があり、思考結晶が連結接続されている様子が見えるようになっている。柵の内側は円筒状の透明な強化樹脂壁があり、表面はモニターらしくあちこちに数値やグラフなどが表示されている。
室長席からみて、正面にその大きな円筒が見え、その周囲には4グループ各5つの制御席が円筒に沿うように少し間をあけて並んでいる。室長席にいちばん近いグループが、主任席と呼ばれる彼等5名の席だ。
参考までに言うと、向かって左から、ガルさん、キャシー、ロック、メイ、テリーの順だ。特に指示はしなかったのだが、なんとなくそういう並びになったらしい。
少佐はカップをもち、もう片方の手でストローをよけ、中の氷を口に含んで頬をちょっと膨らませてガリゴリ音をたてて食べてから、残った2人のほうを見て、
「さてと、あんまり用事を頼んだりしなかったから、
キャシーはヒマだったでしょ?」
「ちょっとね、(ガルさんとロックばっかり、ずるいよ…)」
「ん?」
「いえ、別に。」
「ちゃんとする事あるから安心して。
それでね、ここに来る前に第147辺境警備隊の
アルマローズ隊長と少し話したんだけど、
たぶんきっと密偵みたいなのを潜入させてると思うのよね。」
「えっ!?」 「駐留軍に、ですか?」
「ううん、それだとコッペパンにすぐバレるでしょ?
それで、別に急いでってわけじゃないんだけど、
たぶん民間経由で潜入してるならこの星系の人でしょ、
ってことは海賊さんの息が掛かってるか、
海賊さんの組織の人だと考えるほうが自然よね。」
「それを割り出してマークしろ、ってことですね。」
「そういうこと。メイのほうは市長らの動き、よろしくね。
まさかそっちと繋がってるなんてことは考えたくもないけれど、
気にしておいたほうがいいかも知れないから。」
「はーい。任されました。」
「キャシーはそのへんのコッペパンのデータ分析抽出のやりかたを
メイに手助けしてもらって。確かコッペパンの開発のとき居なかったでしょ?
ちょっと勝手が違うはずだから。」
「「はーい」」
返事をして自席のほうに向かう2人。
少佐は席を正面に向けようとして、メイとキャシーの斜め後ろで
立っていた補佐官2人を見て、席の操作をやめた。
「えーっと…?」
ヴィクス中尉は無表情に立っていたが、
リリィ少尉のほうは胸元で組んだ両手をそのままに、熱のこもった目でじーっと、
少佐を見つめていたからだ。
――なんかちょっと怖いかも。やっぱ人選ミスっちゃったかな?
「だ、だいじょうぶよ?」
何が大丈夫だと言うのか。
「はいっ」 「は、はぁ…」
反応いいのはもちろんリリィで、
よく分からないというような返事をしたのはヴィクスだ。
「そのうち慣れるから。うん、それにね、ヴィクス中尉とリリィ少尉には
今すぐじゃないけれど、ちゃんとすることがあるのよ。
こっち方面のことを期待しているわけじゃないから。」
「少し、安心しました。」
とはヴィクス中尉の弁。リリィ少尉のほうはそのままの姿勢でしきりに頷いていた。
――大丈夫かな、この子。
アルミナ少佐からみれば全員年上なのだし、どちらかというと少佐のほうが心配される側なのだが、この場のリリィは確かに年上という態度ではないだろう。心配するのもわからなくはない。
ちらっと時刻を見ると、とっくに夕食の時刻を過ぎていた。
――そういえばお腹すいたわね。上の食堂まだあいてるよね?
「お腹がすいたわ。二人とも食事は?」
「「まだです(ぅ)。」」
「じゃ、上の食堂でも行きましょうか。」
「「はい」」
そうして席を立ち、歩きながら「あ、みんなは食事は?」と大きめの声で言う少佐に、ロックが大声で、「早めに済ませちまった、すまん!」といち早く返し、少佐は「そう。ならいいわ。」と気にした様子もなく、リリィ少尉が飛び込んできたほうのドアから2人を従えて出て行ってしまった。
* * *
しばらくしてから、円筒の反対側にある制御台のところで部下たちと作業していたガルゴが戻ってきて、
「あれ?少佐たちは?」
「食事行ったよー」
と返事するキャシー。
「僕もまだなんですけどね」
「今からでも追いつくんじゃない?」
「いえ、少しきりがよくないのであとで行きますよ。」
「そう。」
そして皆はてきぱきと作業をするのだった。
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20150211---- 一部の語尾を修正しました。
20150619---- 誤字を修正しました。(助詞の欠落)