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【D8608型駆逐艦、艦載機発着ロビーから各方面分岐通路】
あれー?
案内嬢――といっても軍服をきちんと着た士官である。決して案内嬢ではない。――の話に適当に相槌を打ちながらよそ見をしながらでもちゃんと付いて行っていたつもりだったのだが、途中から違う人について行ってしまったらしい。
――おんなじような服の色だから間違えるのも仕方がないのよ!
軍服なのだから同じような色なのは当然なのに、この言いぐさである。
* * *
第147辺境警備隊 第一辺境防衛基地隣接宇宙港に到着したまではよかった。
そこに待っていた体格のいい軍服たちに囲まれ、半ば拉致のように隣接区画の
第一辺境防衛基地まで連行されたのだ。
丁重ではあるがやや威圧的なごつい軍服に内心びくびくしながらも、
荷物は持たせてもらえないので付いてゆくしかなく、
さらに応接室のような部屋に通されてからも、やけに眼光の鋭いのが
ドアのわきに控えているためおとなしく座っているしかない状態で待たされた。
――非常に居心地がよろしくないわ。
ソファー堅いし。殺風景だし。目つき悪いし。
体感で5分ほどでドアが開き、女性が2人はいってくる。
胸元の司令章を見て慌てて起立し敬礼した。
2人の女性は返礼をし、司令章をつけた中佐が
「楽にして下さい。」
と言ったので指示に従い着席した。
「アルミナ博士、私は当第147辺境警備隊 第一辺境防衛基地司令の
アルマローズ中佐です。長旅お疲れさまでした。あ、これは気がききませんで。
おい、博士にお茶を。」
「はっ!」
「あ、いえ、おかまいなく。あの…それと」
「はい?」
「小官は軍務で参じましたので、できれば少佐と。
それと敬語は不要ですアルマローズ司令。」
「ではそのように。少佐」
「はい」
「本来であればこのような場は不要なのだが、あのアルミナ博士、
いや少佐と一度話してみたかったのでね。
こうして時間をとらせたわけだが。」
「はい」
「もちろんそれだけが理由ではない。」
と、一息つくと無骨な湯呑に入ったお茶が、さきほどのやけに眼光の鋭いごついのがごつい手でテーブルにゴンと、しかし零さずに置かれた。
人数分の湯飲みが置かれるのを待ち、アルマローズ司令が「どうぞ」とばかりに、手振りで指示をしてくれたので、その無骨な湯呑を手にとった。
――すごい熱い、熱すぎでしょこれ……。
手元の操作端末を操作しながら話を再開するアルマローズ司令。
ふーふーしながらお茶を啜っていると、
「飲みながらで良い。
今回試験運用ということで配備されたD8608型駆逐艦だが、
資料では移動型小規模コロニー、というものだそうだね。」
「はい、概ね。」
ここで壁がモニタとなり、宇宙港に接舷しているD8608型駆逐艦の一部が映された。
「この、鏡面のつるんとしたのだが……
旧来の武装が全くないというのは本当なのか」
「はい。ございません。
一部の艦載機には旧来の武装はまだ搭載されているものがございますが、
艦本体には旧来の投射兵器・光学兵器は搭載しておりません。」
「ふむ……、それで新型兵器は、そのぅ、どうなのか?」
おそらくアルマローズ司令は、この『元コロニー艦』という奇妙な艦の、表向きの情報しか知らされてはいないのだろう。もちろん入植している市民たちよりは多少なりとも士官、それも佐官以上が得ることのできる情報程度は知っているはずである。
そして言うまでもないことだが、仮所属とはいえ命令系統も異なる独立艦の能力の詳細は、もちろん重要機密であるため、おいそれと艦外には、たとえ高級士官であろうとも報せて良いものではない。
言いにくそうにしているのはこのあたりのボーダーラインを探りたい、といった意図もあるのかもしれない。
アルミナ少佐を『博士』として話し始めたのだからきっとそういうことだろう。
ならばこのやりとりは、あの信じがたい艦の戦闘力に対する確認と、この半年ほどのカーディナル星系における系外基地や戦艦ミズイリの、戦闘などとは呼べないが確実に存在する実績への、恐れと疑問からくるものなのかもしれない。
――このひともきっと『不安』なのでしょうね。実にお気の毒だけれど。
ほぼ自分が原因であるのに自覚がない、しかもまるで他人事のように思っているこの小娘は、悪気など無いがほとんど理解していてやっているのだ。影響を受ける側としてはたまったものではない。
「機密に触れることになりますのであまり詳しくは申せませんが、
簡単に言うと、星系内の物質を検知し、特定位置へ直接攻撃をする。
そして、ワープアウトしてくる物体を検知しワープアウトさせずに押し返す。
ということのでき得る艦です。」
「……直接、攻撃する?」
「はい。直接物体をぶつけます。短距離ワープで。」
「……。」
絶句した司令が息をのむのがわかった。
おそらくその兵器としての無茶苦茶さと恐ろしさに、であろうが。
確かに恐ろしいだろう。
隣に座る女性士官は平静を保っていたが。うちの関係者かな?
防御手段がなければ、この兵器には全く抵抗できない。
しかも反撃しようにも物理兵器は届かず、
光学兵器も歪曲されるかどこかへ飛ばされるかで全く効力がないときた。
地上にぶっぱなされでもしたら地上は地獄と化してしまう。
いや、恒星に何かされでもしたら星系自体の破滅だ。
そんな恐ろしいシロモノを試験運用するなんて、一体どうしたらいい…?
と言うようなことを想像したのかもしれない。
アルミナ少佐のお茶を啜る音がやけに響く。
――あちち。熱すぎだって。このお茶。
彼女はそのごつい湯呑を置くと、
「もちろん、天体相手や地上相手にはぶっ放せないようにしてあります。」
「あ、当たり前だろう、そんな無茶をここでやられてたまるか。」
「仰る通りです。」
「と、とにかくだ」
「はい」
「敵性種《HS》もちらほら現れる当星系なのだ。海賊も結構居る。」
「はい」
「植民惑星が2つあり、資源も多く見込めるだけに、
当星系の平定は至上命題ではあるのだが、辺境という名がつくだけに問題も多い。
第一辺境防衛基地などと大層な名称だが、宇宙港は民営だし、この基地全体を
なんとか守るだけのしがない設備と人員しかないのだ。」
「はい」
「もし、貴官らに何かあっても援軍もだせぬ。」
「はい」
「だが!、あいにくと命令はできないのでお願いするのだが……」
「…はい」
「何をするにしてもとりあえず連絡だけはして欲しい。
戦闘するなら特に。できれば事前に。
こちらも何かできることがあるかもしれんし、こ、心構えも必要かもしれんし。」
「ご心配なさるような事態にはならないと小官は考えますが、善処します。」
「よろしくたのむ。」
といってアルマローズ司令は頭を下げた。
隣の女性士官は目を丸くしていた。
「司令、頭をお上げください。あと、ふたつ質問があるのですが。」
「何かな?」
「ひとつには、さきほど『海賊も結構居る』と仰いましたが、
規模や拠点はどの程度つかんでおられますか?」
「残念ながら、いくつか星系内に基地があるということと、海賊組織が1つではない、
という事ぐらいしか分かっていない。
さきほども言ったが、当施設全体を守るだけの設備と人員しかない。
出向いて行って海賊を掃討する戦力も人員もない。
情けないが与えられた戦力ではどうしようもないのだ。」
「もしかすると、民間船は海賊を雇うんですか。」
「その通りだ。ここと第三惑星ラスタラを結ぶ定期便は護衛艦がつけられるが、
第四惑星リスーマへの定期便は民間船で、軍務でリスーマの地上軍との
行き来でもない限りは護衛艦は出せない。
第三惑星の衛星マヨースの観測所へは強襲型の小型艦で行き来している。」
「では敵性種《HS》への対処も」
「ほぼ、海賊どもに頼っている。」
「それでは海賊を掃討してしまうと敵性種《HS》への対処ができなくなる、と。」
「その通りだ。」
「問題ですね」
「だがどうしようもないのだ。」
「そしてもうひとつの質問ですが」
「ああ」
「さきほどからそちらに座ってらっしゃるかたは、どなたです?」
* * *
アルマローズ司令から紹介された、モデルのようにすらっとした男装の麗人のような案内嬢――D8608型駆逐艦からのお迎え――ヴィクス・メンレン・ステラ中尉と共に基地の応接室から出た2人は、ごつい身体の軍服のひとが運転する車に乗せてもらい、荷物を積んでその車で一路、宇宙港の道路をD8608型駆逐艦が接舷されている区画まで移動した。
特に目新しい景色もなく、単調な運転に眠気が催されてきた頃、停車した。
連絡通路のある建物の前で誘導式カートに荷物を積み替え、カートのリードを持つヴィクス中尉のあとを眠気も醒めやらぬままに、黙々と徒歩で付いていった。
連絡通路で手すりを頼りに移動通路をとぼとぼついて歩く。
――ね、眠い。
「眠そうですね。」
「はい」
「長旅でお疲れでしょう。」
「はい」
「もうすぐ艦載機ロビーですよ。」
「はい」
「少佐」
「はい」
「ちゃんとついてきて下さいね?」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ」
――このあたりまではなんとなく記憶にあるのよ。
このへんから人の行き来が増えてきて、ちょっとこんがらがったのよねー
こんがらがった、で迷子になる少佐というのも情けないものである。
――ま、どうせ限られた空間だし、そのうち端末なり案内板なり、見つかるでしょ。
限られた空間とはいうものの、数千人が暮らす立体的な空間であり、それは言わば地上世界におけるひとつの都市がまるごと納まっているようなものだ。
ろくに案内標識などは設置されていないので、まるっきり手がかりなく一般人が個人端末もなく放り出されたらまず間違いなく迷うだろう。
それに、市街各所にある端末は、配属が上官に認証されて初めて端末使用許可が下りるものであり、搭乗許可のみの状態では大雑把な地図情報しか得ることができず、ましてや司令部区画の詳細なんぞが記載されているようなものではない。
彼女の場合には何か奥の手のようなものがあるようだが……。
そして、この手の物語では、配属初日に迷子になるのはお約束というものなのかもしれない。
――辞令とか全部荷物のほうなのよねー、えーっと、市街端末はどこかなー?。
当人は至って暢気に構えているようだ。
* * *
上司が居ない補佐官としてこのコロニー艦に配属されてから三か月が過ぎた。
そして今日その上司が到着するそうな。
同僚のハマーノン・リリィ少尉は朝からそわそわと落ち着かない様子だ。
こんなのをそのまま迎えに出したらどうなるか想像もつかない。
だから強引にでも私が迎えに行こうと思う。
そう考えた頃がありました。今では後悔しています。
2人で来ればよかった……どうせ今は大した仕事もないのだから。
失敗した。どうしよう。
若いとは聞いていたが本当に若かった。高校生ぐらいだ。
なんと10歳も年下の小娘が上司だと知ったときには辞表を出そうかと本気で悩んだ。
でも同僚のリリィ少尉が目をキラキラさせて、アルミナ少佐がどれほどスゴい人物かを力説し、端末に資料を表示し、掲載されている技術誌まで見せにくるものだから、とりあえず辞表はやめにしたのだ。
アルマローズ基地司令との会談では、なるほど人は外見では判断してはいけないものだと自分を戒め心を改め、気持ちを切り替えた。
が……。
まさか迷子になるとは思いも寄らなかった!
ほんの数秒、ほんの数秒だけ目を離しただけなのに、人が増えてきたのでちゃんとついてきてくださいよ、って念を押そうと話しかけようとして振り向いたら消えていたなんて!
すぐ探したのに見つからない!
艦長の承認があるまでは市街端末も使えないはずの少佐が、なぜじっとしていないのか不思議でならないが今はそんなことよりも、なんとかして小娘……じゃなくて少佐を保護……じゃない見つけなくては!
軍が支給している個人端末を探査してみたが、私の脇のカートにある荷物にあった。
お渡しした仮承認状態の個人端末まで少佐のバッグに入っていた。ベルトに装着するホルダーごとでだ。ありえない…。
どうして個人端末を持っていてくれないのか……!
どうしてカートのリードをもう1本ひっぱりだして持っていてくれなかったのか……!
どうしてちゃんとついてきてくれなかったのか……!
泣けてくる。
「背がこれくらいで、軍服の、高校生ぐらいの女の子を見かけませんでしたか?」
「軍服ってなー、ここらじゃーその色の服だらけだろう?」
「ですよねー……」
寄港しているのだ、補給やら降陸(宇宙港ターミナルのみだが)やらで、軍服が一般乗員に混じってうろちょろしている時期である。それに時間帯もよくなかった。夕食前にあたるので、人の行き来も多い。
個人端末にお財布に、辞令まで……!
何も全部預けなくったって、これぐらいのバッグぐらい持っていてくれれば……!
まさか司令部に連絡なんてできっこないし、リリィ少尉に知れたらすっ飛んでやって来そうだし強引にお迎えに一人で出た手前、立場ないし……。
何より艦長派に知れたら物笑いの種だ。
ああっ、全然見つからないっ!、どうしよう、涙出てきたわ。
個人端末が仮承認状態だから艦載機ロビーのゲートから一人で出られるはずのない少佐が、どうしてロビーに居ないのか……。
迷子の呼び出しをアナウンスしてもらおうか……。そんなバカな。できるわけがない。
そんな呼び出しを初日からしなくてはいけない上司だなんてウワサにでもなったら、恥ずかしいなんてものではないじゃないか。
ああ少佐……一体どちらに……(涙)
* * *
「よろしいのですか?司令」
なんとも言えない余韻の残る応接室。
アルミナ少佐と案内役のヴィクス中尉が退出してからしばしの間をおき、ドアのところに会談中ずっと控えていた眼光の鋭い軍服が口を開いた。
司令はちらっと視線を向けると、
「曲りなりとも中央がこの星系を重視する可能性がある、
ということだろう。
あんな小娘がとは思わないが、本当に彼女の言うような性能があるのなら、
当星系の戦力でどうにかできるとは思えない。というより無敵だろう。」
「そうですな。」
「まぁ、堅牢な砦は内側から崩すものだ。
とはいえ部下を割くのは人的にも無理がある。
だから情報屋をコロニー内部に潜入させた。」
「例の、アレですか。」
「そうだ、例のアレだ。
今はとにかくあの得体のしれないコロニー艦の情報が欲しい。
彼等に期待するほかはないだろう。」
そう言うと彼女は忌々しげにモニタに映るコロニー艦のつるんとした外壁を数瞬注視すると、端末を操作して執務室へと歩み去った。
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201501301650 敵性種 ⇒ 敵性種《HS》 修正しました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。